夜宮さんの授業を終えた僕は、その夜宮さんに案内されて棗さんの仕事場にいる。
セイとフウカが影から上半身だけ出したマモリと僕達にはわからない方法で談笑し、棗さんはコーヒーを飲みながら微笑んでその光景を見守って。
僕はそんな4人を見ながら、聞きたい事を聞いていいのか悩んで、言葉を見つけられないままタバコを咥えて火を点けた。
歌舞伎町で擦れ違った、手練れの男性能力者。
その人と擦れ違ってすぐに会った、夜宮さんの失敗。
そして、様子がおかしい桃さん。
他にもホムラさんとアヤメさんの事とか、委員長ちゃんの家と朱音ちゃんの家から出された依頼の事とか、聞きたい事はたくさんあるのに。
どうにも言葉が出てこない。
「うふふ。あいかわらずねえ」
「僕ですか?」
「ええ。今じゃ龍王の本気の一撃を10回に1、2回は見切れるのに、あいかわらず人との距離を測りかねて。イライラしていつもは吸わないタバコを吹かす。かわいいわ」
人との距離。
それはさっきから僕がしたくてもできないでいる質問の事なんだろう。
「聞いたら答えてくれるんですか?」
「私が、私達がヒロキくんの質問に答えなかった事なんてあったかしら」
すごい。
こんなわかり切ったウソを堂々と言えるなんて尊敬する。
「いっぱいありすぎですから。……じゃあ、聞きます。たぶん棗さんに報告が行ってる、僕が歌舞伎町で擦れ違った男性能力者は。その人が東京に現れた理由は」
「その前に、あの男が所属する監察部の説明をしてあげるわ。推測だけを持って聞くより、その方が理解しやすいでしょうし」
「ありがとうございます」
本社の監察部。
それはやはり、僕の想像通りの部署らしい。
古来から内戦を繰り返していた日本。
その歴史の中で能力者は、そう少なくはない活躍を見せてきた。
でも、どんな事にだって限度はある。
朝廷への反乱は元より、能力をひけらかしすぎたりするのもご法度。
ではそんな能力者をどうしてきたのかと問われたなら答えは簡単。
抹殺だ。
古くは鬼使いだった藤原千方の反乱や、情報系と指揮系の複合能力者だったとされる織田信長の暗殺、もっとも最近では西南の役の終結にまで、あの男の人が所属する『監察部』の前身が深く関わっていたらしい。
「自分の立場は理解してるわよね、ヒロキくん」
「はい。……バレた、そう思っていいんですか?」
「微妙ね。それを私も疑って夜宮に尾行を命じたのだけれど、簡単に見破られたからすぐ退かせたの。でも、バレる日なんて遅かれ早かれ来るのは知ってたわよね」
「ですね。そして、そうなった時からの動きも、みなさんが綿密に予想を立てていた」
「だから、それは心配しなくていいわ。まだまだ予想の範囲内」
「でも……」
「そうね。動く時は一気に動くわ。けれど、動かない可能性の方が高い。私達はそう考え、ヒロキくんを上京させた」
「……強く、ならなくっちゃ。みんなを守れるくらいに」
「急ぐ必要はないわ。切り札となる最強のカード3枚は、こちらが握っているの」
能力者の最上級位、玉将級は現代に3人。
そのうち2枚は生産系なので、今のままでも心配するなと棗さんは言いたいんだろう。
それどころか向こうが焦って動いてくれて、それを大義名分にして叩き潰す事まで狙ってそうで怖い。
「なら、桃さんの様子が少し気になるんですけど。それは?」
「その答えを出すには、もう少し時間がかかるわね」
「というと?」
「確実に嵐は起こる。けれど今はまだ、風が強くなったくらいの状況なのよ」
「……嵐にならなきゃ、僕の出番はないか」
「そうね。もしそうなったら、自分が出るつもりなの?」
「当り前じゃないですか。桃さんは僕の東京での保護者で後見人で雇い主で、師匠であり家族でもあります。あの人のために僕にできる事が少しでもあるなら、黙って見てるつもりはありませんよ」
これは本音だ。
「そう。なら、仕事を回すわ」
「おおっ」
「うふふ。残念ながらあの子、桃の関係じゃなく、支社からの依頼。嵐に備えた準備運動って感じね」
「なるほど。でも、ありがたいです。内容はどんなです?」
「かなり広範囲の索敵、それから発見した妖異の殲滅よ。大物はいないだろうけど、範囲が範囲だから2週間はかかるわね」
「了解です」
「すぐに資料を用意するわ。この依頼を終えるまで、事務所には出なくていいから」
「あ、はい。でも、数日に1度は顔を出します」
「律儀ねえ」
棗さんはこれからお偉いさんと会食の予定があるとの事なので、キスもせず別れて支社のビルを出る。
車に乗り込むと同時にセイとフウカが影から飛び出し、助手席のシートに置いた資料をひったくっていった。
「ふうん。けっこうな広さだなあ」
「湖、湖があるのっ!」
「メインは青梅街道って道らしいよ。それを山梨県まで進みながら索敵して、妖異がいたら棗さんに報告。よほど試験や講習に向いた相手じゃなきゃ、そのまま僕達で斬っていいらしい」
「おっしゃっ、成長チャーンス!」
「セイの通信魔法が届けばいいけど」
「余裕なのっ。それに届かなくっても、桃ちゃんカスタムのスマホなら盗聴の心配なんていらないのっ」
「ふうん。さすがだねえ」
「それよりとーちゃん、晩メシは?」
考えてなかったや。
でもセイとフウカはあの特別室でアルバイトに来た男なら誰でも無料で頼めるビールやゴハンをたらふく食べてたし、適当にある物でパパッと作ればいいか。
となると問題は飲み会の差し入れにするツマミ。
さて、どうしようか。
「セイ、あれを使ったのがいいのっ!」
「あれって?」
「ホットプレートなのっ。買ってから1回も使ってないのっ!」
「あー。そういえば棚にしまい込んで出してないなあ」
「じゃあ晩メシは焼肉に決定だッ!」
「こらこら。せめてお好み焼きで許しなさい。僕達が焼肉なんてしたら、いくらかかるか」
考えるだけで恐ろしい。
「いいじゃんか。この依頼でガッツリ稼げるし、明日からオレとセイが頑張っからさ」
「ホントにー?」
「頑張るのっ! なんなら影の中でぜんぶするから、ととさまはナンパしてカーセックスでもしててくれていいのっ!」
「あはは。どんな酷い親なのそれ。でも、ホントにお手伝い頑張る?」
「おうっ!」
「任せてなのっ!」
なら、たまにはいいか。
どうせたまの贅沢をするんなら、いつも飲み食いさせてもらっているのに食費を受け取ってくれないホムラさんとアヤメさんも呼んで、うんと豪勢な焼肉にするのもいい。
「ならその言葉を信じようか」
「やたー!」
「わぁい♪」
「ついでって言ったらあれだけど、ホムラさんとアヤメさんによかったら一緒にどうですかって聞いといて」
「はぁい。やっきにく、やっきにく、なのっ♪」
「ねーちゃん達には、とーちゃんが斬ったイノシシも食わせてやらなくっちゃな。オレ、影の中で準備しとくっ!」
「おー。いいねえ。ありがと」
ホムラさんとアヤメさんは焼肉パーティーを了承。
なので僕にしては思い切った量のお肉や野菜を買い込んで帰宅して、3人で焼肉パーティーの準備を始める。
「お酒は大丈夫、肉と野菜もOK。あとなんか要るっけ?」
「とーちゃん大変だ」
「ん?」
「や、焼肉なのに、焼肉のタレがねえぞ……」
「あちゃー」
慣れない事をするとこれだ。
部屋着のジャージのまま、財布だけ持って立ち上がる。
留守番を2人に頼んで、玄関へ。
すると僕がサンダルをつっかける前に、呼び鈴が鳴った。
「はーい、どうぞー」
野球帽を目深にかぶった怪しい人。
それに4月も半ばになるのにマフラーを鼻の上まで巻いた、同じく怪しくしか見えない人が玄関に滑り込む。
「ふうっ。ミッション成功、だな」
「ドキドキしたわね」
「いやそこまでしなくても」
怪しい2人は、もちろんホムラさんとアヤメさん。
僕のクラスの担任と副担任だから人目を気にするのはわかるけど、ここまでしなくたって。
「なんだ。財布なんか持って。どっか行くのか?」
「焼肉のタレを買い忘れちゃって。スーパーかコンビニまで」
「だとさ。さすがアヤメ」
「はい?」
「塩コショウ、焼肉のタレ3種類、それと氷。カセットコンロとそのボンベは持参したのよ。もしものために」
「さっすがー。じゃあもう始められるんで、どうぞ」
「ああ。邪魔するぞ」
「ワンルームって初めて入るわ。お邪魔するわね」
まずは乾杯。
そしてセイとフウカが肉を焼き始めたので、僕はホットプレートと同じく新品のすき焼き鍋をキッチンのコンロにかけた。
「とーちゃん、もしかしてその鍋って」
「うん。白菜も春菊もないけどシイタケとお豆腐はあるから、イノシシをすき焼きにしようと思って。カセットコンロあるし」
「やあった!」
「ごちそうとごちそうで幸せ2倍なの~っ♪」
この部屋はワンルーム。
なので料理をしながらだって、全員で話せる。
僕達が明日から放課後は支社の依頼で夜まで出かけると言うと、ビールの缶を呷ったホムラさんはニヤリと笑って僕を見た。
「アヤメ。明日から毎日仕事が終わったら、夜になったらヒロキ達と合流すんのはどうだ?」
「いいわね。実家からテントなんかのキャンプ用品も持っていきましょうか」
「いやいやいやいや、ダメですって」
「なんでだよ?」
「その依頼は2週間かけてする準備運動みたいなものなんで、キャンプなんかしてすぐ終わらせるのはちょっと」
「準備運動? なら、本番はなんだよ?」
「さあ。僕は聞いてないです」
「ホムラ、それってもしかして……」
「かもなあ」
「もしかして、というのは?」
「こっちの話さ」
ホムラさんとアヤメさんの方にも、厄介事の兆しでもあるんだろうか。
もしそうだとしたら、桃さんのそれと動きが被らなきゃいいけど。
自由に動ける時ならいくらでも手伝うし。
「せんせ、お肉焼けたのっ。はいっ♪」
「お、サンキューサンキュー。しっかし意外だなあ。3人が料理できるとは」
「ホムラも見習いなさい」
「いいんだよ。人には得手不得手があって当たり前ってな。……うん、美味い。セイは料理の天才か?」
「あは。焼いただけなのっ。アヤメせんせも、はいっ♪」
「ありがとう、セイちゃん」
「どんどん焼くから、どんっどん食ってくれよなっ!」