先週と、1回目の稽古の時と同じように、僕達を道場の外で出迎えた朱音ちゃん。
その朱音ちゃんが、思わずといった感じで後ずさる。
「朱音ちゃん」
「な、なんですの」
「ジャージ姿なのはまあ合格。準備運動は?」
「お、終わってますわ。それよりなんですの、その、まるで映画のチンピラのような恰好は。スーツからシャツから下品で、サングラスに、髪を撫でつけまでして」
「スーツは、犠牲に、じゃなくって家宝になった。この格好は全力で拒否してたんだけど、ダンスを踊ってるうちにここまでされちゃってねえ」
「は、はあ」
「しかも、しかも……」
終わったらご褒美。
大好きな逆レイプゴッコ。
そう思って僕は3時間も委員長ちゃんと同じ部屋にいて、触れるどころかロクに話しかけさえもされなかったのに、あの人は……
佐伯さんはオナホールでしか僕を犯してくれなかったッ!
「ろ、六道ヒロキ? 体調が悪いなら、わたくしの部屋で休んでいても」
「冗談じゃないっ!」
「ひいっ」
「セイ、木刀を2本」
「はいなのっ♪」
「フウカは朱音ちゃんと稽古、お昼までに体力を削り切れなかったらお説教」
「任せろっ!」
「そして、佐伯さん」
「はい。六道様」
涼しい顔でメイド然として立っている佐伯さん、いや、佐伯さんという名前の悪魔に向かって木刀を1本だけ抛る。
「勝てないまでも1本、1本だけでも取って朱音ちゃんの前でめったくそに、お漏らしするまでぶち犯してあげますからねっ!」
「楽しみにしておりますわ、六道様」
「なら素直に1本っ、……チイッ」
全力。
庭の土が抉れる事なんて気にもしていない、本気の斬撃。
それが、いともたやすく躱された。
「な、なんて踏み込み。それに打ち込みですの……」
「スゲーのはそれを簡単に避けた佐伯ねーちゃんだけどな。ほら、オレ達も始めよーぜ」
「え、ええ。でも今、六道ヒロキがとんでもないセリフを言ったような」
「気にしたら負け。ってか後が怖いから、覚悟しといたほーがいいぞ」
「どういう意味ですの?」
「すぐにわかる。お嬢様ねーちゃん、覚悟!」
睨み合う。
今の僕達を見れば他人はそう表現するだろうけれど、それは間違いだ。
悔しさで勃起、じゃなくって身が震えそう。
「こうして見下されるのは、ひさしぶりです」
「興奮してしまいますか? まるで昨日のアレのように」
「ええ、しますねえ。これから誰かさんを、あのオナホールみたいに使えると思うと」
「あらあら。オナホールになるのは電脳妖精の役目ですわ。ですから佐伯は、六道様の何になりましょうか?」
「性処理メイドに決まってるでしょうがッ!」
小細工は通用しない。
だからこそ、庭土に爪先を沈めて思いっきり蹴り上げた。
土塊が佐伯さんの顔に迫る。
それを追って駆け出し、全力の振り下ろし。
決まる。
土塊だけでなく、斬撃もフェイク。
本命は、この蹴りだ。
「嫌ですわ。メイドのスカートめくりなんて、悪い坊ちゃまですね」
「チッ。そのスカートすらめくれなかったんですがねえ」
「吉喰流ならまだしも、坊ちゃま流では。この程度が限界なのでしょうね」
「煽るじゃないですか」
「いえいえ。心からそう思っておりますので。その通りでございましょう、甘々お坊ちゃま?」
「言ってくれる……」
「誰かのように『切紙の小僧』、と呼んではかわいそうですから」
「こっちはその切紙だから、ヒロキ流カッコワライしか使っちゃいけねえって言われてんですよっ!」
走る。
思いっきり姿勢を低くして。
小型の獣や妖異を斬って身に着けた、僕流の剣。
庭土を削るほど低い位置から跳ね上がった木刀は、メイド服のスカートの裾を掠った。
いける。
見切りを誤らせる程度なら、僕でも可能なんだ。
「おらあッ!」
吉喰流では禁じられている声。
それを張り上げながら、斬り上げた勢いを乗せて跳ぶ。
「あら、かわいらしい」
ジャンプ。
そこから体を捻って、背面跳びのようにまで姿勢を崩す。
普通の剣術に、こんな動きはない。
反応できるならしてもらおうじゃないか。
体に巻き付く腕をムチのようにしならせ、頭蓋を半ばから両断するつもりで木刀を薙ぐ。
「もらったッ!」
「甘々ですわねえ」
着地しながら木刀を片手で突き出す残心。
その剣先で微笑む悪魔メイドは涼しい顔で、木刀を構えもせずに立っている。
「マジかよ、クソが……」
「地が出てこられましたね。そのお召し物によくお似合いです」
「初めて木刀を握った時は、言葉遣いが悪いって骨を3本ほど折られましたからねえ。今じゃ敬語が普通のヒロキくんですよ」
そういえば、ずいぶんひさしぶりにこんな言葉を吐いた。
相手が剣の師であるアヤカさん、僕を『切紙の小僧』と呼ぶ鬼なら、即座に木刀でぶっ叩かれているだろう。
「ですがその本質は、まるでケダモノのようなものでしょう。師の元を離れて修行に出されたのですから、この東京では素のままでよろしいのですよ」
「冗談じゃねえ。ドMのくせに剣を持つと鬼ババになる師匠に、まーたぶっ叩かれるぜ」
「その時は、どうか佐伯もご一緒させてくださいませ」
「ああいいぞ。だから、黙って負けて俺のモンになれやあッ!」
しゃがんだ状態から、全力で加速して突っ込む。
木刀の柄に手のひらを置き、肉に食い込んでも刃筋が乱れぬようにした突き。
初めて熊型の妖異を仕留めた時、たしかこの突きで心臓を貫いたんだ。
これなら!
「この程度のお坊ちゃまの性処理メイドになるほど、佐伯は優しくありませんので」
「クッソ。これも躱しやがるかよ……」
「ですがまあ、稽古の相手くらいはして差し上げましょうか。天下の吉喰流といえど、その切紙を受けただけのお子様が佐伯のスカートに傷をつけ、髪を3本も斬れたのですから」
メイド服の悪魔が、初めて木刀を持ち上げた。
「誰がお子様だ、クソメイドが!」
……空が青い。
たしかこの間ここで見上げた空は、鉛色だったのに。
「俺の心みたいに、ってか。とーちゃん?」
青い空をバックに、かわいいかわいいフウカが笑う。
「心が曇るような結果じゃないなあ。完敗。そうとしか言えないし」
「だろーなあ。でもま、いーじゃんか。とーちゃんはまだまだ強くなれるってこった」
「……もしかしてフウカ、僕を慰めてくれてる?」
「ち、ちげーしっ。笑ってるだけだしっ!」
顔が増えた。
セイだ。
うん、青空に金の絹みたいな髪が溶けてくや。セイもフウカに劣らずかわいい。
「お嬢様ちゃんをガソリン切れにさせてから、フウカは3分くらい、泣きながらととさま達を見てたのっ」
「お、おいこらセイ。ウソを言うんじゃねえっ!」
「ホントなの~♪」
「ははっ、それは是非とも見たかったねえ」
「あは。ととさまもウソつきなの~♪」
たしかに。
僕はできるだけセイやフウカ、子供たちの泣き顔は見たくない。
だから、強くなろう。
そう心に誓いながら身を起こす。
手も、足も動く。
それどころか骨折もしていない。
「佐伯の腕では木刀で六道様の骨を折るなど、とてもできませんので」
僕がそっと足を踏みしめたり、拳をゆっくり握ったりしてたので、佐伯さんはそれを見て見当をつけたんだろう。
そういうところも、なるべく見習って身に着けなきゃ。
「アヤカさんは軽く打っただけでポキッと折れるのにですか。そんなに腕が違うのに、1本も取れないなんて」
「六道様なら、1本くらいすぐに取れるようになるでしょう。佐伯に勝つとなれば、1、2年はかかると思われますが」
「冗談でしょう。半年で勝って見せますよ」
「いいですわね。その日をお待ちしています」
「はい。それで、今日もそこでぶっ倒れてる朱音ちゃんを運んでお風呂で洗えばいいんですか?」
「そうなりますね。しかし今日は、制限時間はなしにいたしましょう。食事もリビングではなく朱音お嬢様の私室にお運びしますので、夕刻までどうぞごゆっくり」
「ははっ。そりゃどうも」
佐伯さんの言葉が耳に届き、その意味をしっかり理解しているらしい朱音ちゃん。
セイが木刀を取ってくれたのでお礼を言い、その朱音ちゃんの横に立って真っ赤なお顔を見下ろす。
「だそうですよ、僕のお嬢様?」
「う、うるさいですわ。いいからさっさと運びなさい、六道ヒロキ」
「はいはい」
お姫様だっこ。
この間より朱音ちゃんは体の力を抜いている。
そして、僕の顔をあいかわらず見ようとしない。
これは、お仕置きが必要かな。
朱音ちゃんの部屋、僕からするとただの豪邸に向かいながら、思わず頬が緩む。
さて、どうしてやろうか。
「そうだ、朱音ちゃん」
「なんですの?」
「こないだの淫気散らしを思い出して、オナニーのオカズにした?」
朱音ちゃんの体がビクンと跳ねる。
「なあっ、なあっ、なっ、なんってバカな事を! 恥を知りなさい、六道ヒロキ!」
「いやだって、もし僕でオナニーしてくれたなら、今日からはもっとサービスしなきゃなって」
「えっ……」
「恋人気分、とまではいかなくともさ。もっとこう、イチャイチャしたり。この間は悪いと思ってしなかった、キスとかもして」
「そ、そんなの……」
「してないならいいよ。さっさと行こうか。僕は今日、あのジャグラーってのにゆっくり浸かって筋肉をほぐしたいんだ」
「ジャグジー、ですわ。バカ……」
「どっちでもいいじゃん」
2度目なので、間取りは頭に入っている。
今日はちゃんと朱音ちゃんの運動靴を玄関で脱がせて、バスルームへ向かう。
そして広い脱衣所の大きな籐椅子に朱音ちゃんを横たえると、さっさと服を脱がそうとした手を強く握られた。
うんうん。
素直でよろしい。
「ろ、六道ヒロキ」
「はいな」
「その、あれですわ」
「うん?」
顔を極限まで赤くして、朱音ちゃんが身をちぢこめる。
きっと、恥ずかしくって仕方がないんだろう。
そしてそれ以上に前回より気持ちよくなりたがってるから、それでも口を開こうと努力をしているんだ。
「その、しましたわ……」
「なんの話? 僕、わかんなーい」
「ま、またそうやって悪ふざけを! ……その、あれですわよ」
「あれ?」
「…………自慰、ですわ」
消え入りそうな声。
でも、朱音ちゃんはたしかに口に出せた。
えらいえらい。
ご褒美をあげなくっちゃねえ。
それに自分のオシッコやザーメンまみれの女の子とキスはちょっとキツイから、今のうちに堪能しとかないと。
「オナニー?」
「え、ええ」
「僕と、僕がした事をオカズにして?」
「そ、そう言ってるでしょう」
「ちゃんと言って。僕を思って、僕がしたどんな事を思い出しながらオナニーしたか。そうじゃないとご褒美はないよ?」
「……いぢわる」
「お褒めの言葉をありがとう。それで?」
「わ、わたくしは、あなたを、六道ヒロキを思って」
「うんうん」
「そのすべて、ここに横たえられてからのすべてを思い出して、したんですわ。……その、オ、オナニーを。何度も、何度も」