どういう理屈でパソコンが動いたり、どこにあるのかもわからない情報をどうやって僕に見せてくれているのか、なんてどう考えたってわかりはしない。
でもこの薄くて小さな箱は、まるで魔法のように働いて僕にいろいろな物を見せてくれるみたいだ。
「……ふむ、なるほど。これは勉強になりますねぇ」
「初めてパソコンを使って、まず見るのがユーチューバーのパンチラ動画とか。これだから思春期の男子は」
「いやー。エッチなアニメのDVDなら見慣れてるんですけど、実物はやっぱりいいですねえ」
「15歳のくせに見慣れるなと心から言いたい」
「だってサラさん、マンガもアニメも手当たり次第ですもん」
「もう1人のバカ女は、やっぱりニュースと時代劇だけ?」
「はい。しかも僕、向こうじゃずうっと和服で、髪型も総髪以外は禁止されてましたし。上京前にティファニーちゃんが高校生らしく髪を整えてくれて助かりましたよ」
頭が軽い!
髪を切ってもらってまず思ったのはそれだった。
7年ちょっともほったらかしにすると、髪はそう感じるほど伸びるものらしい。
「哀れな……」
そうでもないですよと返して、次の動画を探す。
僕がとりあえず気になった動画を流していると、桃さんはキーボードを鳴らしながら『著作権』や『違法なはずの転載で金銭を得られる仕組み』なんて問題を僕にもわかりやすく話してくれた。
「それって、規制できないんですか? 誰かがお金をたくさん使って作った作品や映像をこんな風にして世界中の人が見られるようにできるなら、それを止めるのだって簡単にできそうなものですけど」
「やってるサイトもある。でも、サイトだって商売だから」
「自主規制にばかりお金はかけていられない、と?」
「ん」
バカバカしい。
正直に言うと、そんな感想しか出て来ない。
「じゃあ違法ならダメなものはダメって言って、国がトコトン取り締まるべきだと思うんですけど」
「でもそのサイトは動画の投稿と公開を請け負ってるだけで、法律違反の動画はわざわざ人件費をかけて削除までしてる。だから企業として努力はしてるだろうって言う」
「でも削除されるまで、違法な動画が誰でも見られるんですよね? なのにそのサイトが、損害を受けた分のお金を企業に払ってくれる事もない」
「ん。そうなる」
「……なーんか、いかにも外国人的なヘリクツですねえ。日本人なら『ダメなものはダメ、犯罪は犯罪!』って言われたら大多数は従いそうなのに」
「世の中はそんなもの。それにダメなものはダメなんて理屈は、この国、日本ですらもう通用しなくなりかけてる」
「戦争に負けたから、かあ。あのタイミングで門さえ開かなきゃ、能力者の戦闘力で大東亜戦争の結果も変わったんでしょうけど。日清日露みたいに」
「皇紀2600年に門が開くのはわかってた事。でもまさか同時に6つも開くとは、誰も思ってなかったから」
「勢力を問わず集まって、日本中の能力者が30年も京都で戦いに明け暮れたんですもんねえ」
「ん。次は、皇紀2700年」
「……イヤだなあ」
30を過ぎた僕が、間違いなく参加する事になる戦い。
それを考えると、不思議な感情が湧き上がる。
僕には、自分がわからない。
心の奥底では戦いを望んでいるような気もするけれど、誰かが傷つくくらいなら大規模戦闘なんて起こらないでくれという、常識的な考えもちゃんとあるからだ。
30歳を過ぎた僕はどんな気持ちで京都へ向かい、何を思いながら、そこでの戦闘に身を投じるのだろう。
「あら、初日なのにもうお勉強?」
いきなりドアが開いて聞こえたのは、凛として優しく懐かしい声。
懐かしい、は言い過ぎかな。
つい先日まで、10日に1回ほど僕はこの声で能力者のルールや、決して明文化はされない能力者独自の法律のようなもの、それから100人いたら100通りあるという能力者の系統ごとの特徴やその強さを教えられていた。
それにしても、やっぱり隠形系の能力って凄いや。
僕達に事務所のドアを潜るまで接近を気取らせもしないなんて。
「棗さん、どうしてここに……」
体のラインが浮き出る黒いスーツ。
それにトレードマークのオシャレな赤いメガネをした棗さんが微笑む。
相変わらずおかっぱに似たナントカって髪型の似合う美人さんで、日本人離れしたエロい肢体だ。
「サプライズは大成功ね。今日から西新宿にある支店に出向なのよ。単身赴任でね」
「それはまた。……娘さん達、寂しいでしょうね」
「能力者の家系に生まれたんだから、諦めてもらうしかないわ。渡す物があるから、その中途半端にいやらしい動画を止めてくれる?」
棗さんは僕の対面にあるソファーの後ろに立っているんだけど、見えないはずの画面に苦笑を浮かべられても不思議とは思わない。
能力者なんてそんなものだから。
「あ、はい」
ノートパソコンの画面では、『どう考えてもわざとだろう』って感じでパンツを見せながら女の人が笑っている。
そのインタビューを見ながらぼんやり考えていたのだけれど、マンガやアニメではないエッチな映像を愉しむには、あまり物事を深く考えない事が大切なんじゃないだろうか。
清楚な格好をして男性経験が少ないんですなんて言っても、この女の人はお金を貰ってこういう映像に出演しているんだろうし。
それを撮影している男の人の話し方や声も、一度気にしてしまったら癇に障る感じで、なんというか萎える。
本のページをめくって動画の止め方を確認してから動画を消すと、対面のソファーに座ってセイとフウカに抱き着かれている棗さんが、手提げバッグから大きくて分厚い封筒を出した。
「まずは追加の身分証を渡すわね」
「上京する時に持たされた、財布に入れてある保険証のとは別の名義のですね。僕の4つ目の名前、その身分証明書ですか」
「ええ。これが免許証。これの年齢は20歳になってて、大型二輪と普通自動車に乗れるわ。どこかで提示するような機会があれば、成人してるけど童顔なんだで押し通しなさい。運転の腕は落ちてないでしょうね?」
「本社の教習所で、あれだけ仕込まれましたから。こっちは?」
「パスポートよ」
「海外に行く予定なんてないんですけど」
「たまにでも支店からの仕事を受けるなら、海外でのミッションもあり得るわ。だから、一応ね」
「……嫌な予感しかしないから受けたくないなあ」
それから出されたのはカード類。
なんとスマホやパソコンがあればそれで買い物ができるそうで、物にもよるけれど、早ければ注文した品がその日の夕方にはマンションに届いたりするらしい。
「これが、車とバイクのカタログ。ついでだから、こっちで使う足をここで選んでちょうだい」
「また分厚いのが何冊も。車もバイクも運転はできるけど、僕はこんなのを買うお金なんてないですよ?」
「平気よ、支店が立て替えておくから。もちろん、無利子でいいわ」
「……後が怖いんで遠慮します」
「失礼ねえ。でも、最低でも1台は選んでちょうだい。でないと、ここでのアルバイトにも差し支えるし。それに本社の庇護下にある能力者は、いざ一斉招集となれば何を置いても駆けつける義務があるのよ。足がないから遅刻しました、なんて言い訳は通用しないわ」
そういえば、そんなのもあったなあ……
「とーちゃん。オレ、あれがいい。かーちゃんと買い物行く時に乗ってた、でっかくって頑丈なクルマっ!」
「ハンヴィー? あんなの目立つし、とんでもなく高いって」
「じゃあ、でっかいバイクっ! 荒野の一本道をノーヘルで爆走してそうなヤツっ!」
「でっかいのは予算的にキツイかなあ」
「お金なんて、どうにでもなるわよ。桃とは話が付いてるからヒロキくんさえよければ、いつだって支店から割の良い依頼を回すし」
「お金にもなるけど、それだけ危険な仕事なんでしょうねえ」
「そうでもないわよ。ヒロキくんは、特技が多いから」
「んー。ちなみに棗さんは、新宿支店でどんな仕事を?」
「情報室の室長ね。主な仕事は、関東に足を踏み入れた能力者の情報収集とその分析。敵味方を問わず、のね」
「……それはまた」
棗さんが、そんな危険そうな仕事を。
チラリとその影に目をやる。
「マモリ、聞こえる?」
返事はない。
僕は通話を含む魔法全般を使えないし、マモリもまだ人語を話せないからだ。
にゅうっという感じで棗さんの影から、フランスだったかのアンティーク人形ほどの大きさの上半身が現れる。
女の子。
しかも服は着ていなくて、かすかなふくらみの頂点にあるピンク色の乳首を惜しげもなく晒している。
棗さんと同じ黒髪のおかっぱ頭、でもその前髪はかわいらしいくりっとした目を隠す長さで切り揃えられていて、切ろうとすると泣いて怒るんだ。
「ととさま、マモリが『会えてうれしい』だって!」
「うん、僕も嬉しいよ。棗さんもマモリも、元気そうで安心した。これからもお母さんを、棗さんをお願いね。なんか大変なお仕事をしてるみたいだから。もし何かあったら、すぐに僕達を呼ぶんだよ?」
マモリが微笑みを浮かべて、コクリと頷く。
この恥ずかしがり屋の、乳首は見られていいけど目を見られるのはどうしても嫌なのを恥ずかしがりといってもいいのかは謎だけど、そんなのどうでもいいくらいかわいい女の子、僕の3人目の娘は、滅多に影から出て来ない。
でもこうして思いもよらず再会できた今くらいは、だっこしながらゆっくり愛でさせてもらおうと影に手を入れて優しく抱き上げる。
「桃、ビールもらうわよ。それからご飯やおツマミを、デリバリーサービスでいいから頼んでおいて。今日は全員、ここに泊まるから」
「足を早く選ばせろとは言ったけど、泊まっていいとは言ってない」
「仕方ないでしょう。ヒロキ君のマンションには、お布団すらないんだから。セイとフウカがかわいそうよ」
「む」
「それに、貴方も早いうちにヒロキ君の娘を産んでおきなさい。桃は私と同じ銀将級だから、半人半蟲のかなり強い子が生まれるわ。周りから見れば、桃はまんまと誰もが欲しがる珠玉をその手に掴んだ状態なんだから。護衛は必要よ」
「でも、ヒロキとは会ったばかり」
「何をいまさら。あの2人、上京前にお酒を飲みながらヒロキ君の前で話してたわよ。どんな風に桃の処女を奪って、東京に出てからは2人が上京してここに泊まるたびにどうやって喘がせまくってたか」
「あのバカ女達……」
言ってたなあ。
桃さんは、ちょっと強引にされるのが好きらしい。
それに特に感じるのはその小さなお尻で、僕のアソコを最適化せずそのままの大きさでも受け入れて、呆れるくらい喘ぎまくるだろうとも言っていた。
よくて中学生くらいにしか見えない桃さんが本当にそうなるなら、是非ともなるべく早くそんな関係になりたいなあ。
「ヒロキ君もビールでいいわよね」
「えっと、いいんでしょうか?」
「もちろん。飲みながら今日中に足を決めて、明日の昼くらいに納車。アルバイトが終わったら寄り道せずにマンションに帰って、配達されてくる生活必需品の受け取りね。そういうのは春休み中、それもなるべく早くにしておかないと」
「なるほど」
ならばと絡新婦の体に上半身とかわいらしい顔があるマモリをだっこしたまま乾杯して、たまにビールを飲みながらカタログをめくる。
桃さんはまだ仕事があるそうなので、ビールを飲んでいるのは4人だけだ。
セイもフウカも嬉しそうにグラスを口に運んで、争うようにストローでマモリにオレンジジュースを飲ませている。
僕の2つ目の戸籍は18歳。
それも元イギリス人の師匠、サラさんのお婿さんになっているので、保護者がいれば5歳から食事をしながらの飲酒はOKと決めてある。
ここは日本だし、その戸籍だって日本国籍になっているので本当は違法なのだけれど、そんな事は誰も気にしていない。
能力者という存在そのものが、法律で縛る必要がないくらいのデタラメさだし。
「あら。中古車ばかり見てるのね」
「そりゃそうですって。値段を考えると、新車はちょっと」
「それもバイクばかり。セイとフウカのためにも、車の方がいいでしょうに」
「しばらくはバイクでいいですよ。どれだけ稼げるか、まだわかんないし」
「変な所だけ堅実よねえ。はい、セイとフウカはこっちを見なさいな」
「棗ねーちゃん、これってなんだ?」
「家電、それもテレビやゲームのカタログよ。フウカ、前にゲーム機が欲しいって言ってたでしょ? セイはテレビと、24時間アニメをやってる有料チャンネルや有料の動画サイトも選ぶといいわ。注文や手続きなんかはしてあげるから」
「げえっ!?」
「やったーなのっ♪」
「ラッキー。さすが棗ねーちゃんだぜっ!」
テレビにゲーム。
そんなの揃えたら、いったいいくらかかるんだろう。
「うふふ。ヒロキ君、最低でも春休み中に1件は支店から仕事を回せるわよ? 報酬は100万ってところね」
「……100万円あれば、この400のバイクを買ってテレビやゲーム代も出るかな。桃さんのOKが出るようなら、是非やらせてください」
「ええ。もちろん。いいわよね、桃?」
「ん。性悪に扱き使われるのもいい経験。そっちに口出しはしない」
「生意気な子ねえ」
デリバリーサービスは出前。
出前は、電話をして頼むのが普通。
数々のマンガやアニメで、そのくらいの知識は僕も持っている。
でも桃さんは電話なんてしていないのに、続々と出前が届き始めた。不思議。
「今度は中華料理がたくさん。ピザも5枚ありますけど、こんなに食べ切れます?」
「上京祝いなんだから、ヒロキ君が食べちゃえばいいのよ」
「そんな。もったいないですよ。このくらい余裕ですけど、普通に1人前食べてれば問題なく動けるんだし」
「いいからいいから。桃、仕事が終わったならそこに座りなさいな。ヒロキ君、お酌をしてあげて」
「あ、はい。どうぞ、桃さん。改めて、今日からよろしくお願いします」
「ん」