「もう止めはしない。だが、充分に気をつけてな」
「ケガなんかしたら許さないわよ、ご主人様」
そう言いながら玄関で靴を履いた僕を心配そうに見ているのは、ホムラさんとアヤメさん。
昨日の夜、事務所で桃さんと棗さんと別れた僕は、自宅には帰らずこの部屋に来た。
まずお酒を飲みながら「ゴールデンウイークにちょっとした泊りがけの依頼をするので、しばらく顔を出せません」と言うと、2人はやっぱりかと呟いて顔を見合わせた。
どうして「やっぱり」なのかはすぐわかるそうなので、まあ気にしない事にしておく。
そしてその後は、当り前のようにセックス三昧。
2人はついさっきまで僕の下で喘いでいた。
「わかってますって。じゃあ、行ってきますね」
「ああ。セイ、フウカ。とんでもなく強いが、その分どっか抜けてる父親をよろしく頼むぞ。こんな時だから昨夜はやめておいたが、ヒロキが戻ったらあたし達も妹か弟を産むんだから」
「本当にお願いね、帰ったらトンカツとフィッシュ・アンド・チップスをたくさん作るから」
「わあってるって。ほんじゃなっ」
「任せてなのっ♪」
影から顔だけ出したセイとフウカが言う。
「じゃ、いってきます」
「気をつけてな」
「無事を祈ってるからね」
はいと返事をしてドアを開け、夜も明け切っていない朝の澄んだ空気を身に纏う。
春の払暁。
戦う心構えをするには悪くない肌寒さと、空の色だ。
(まずは事務所だね)
(ああ。腕が鳴るぜっ!)
(人喰いなんて、セイ達が皆殺しにしてやるのっ♪)
(まだ気が早いって)
夜明けくらいに桃さんの事務所へ着いて、そこで朝ゴハンを食べつつ最後の打ち合わせ。
高知空港への最初の便になる飛行機に乗っても、向こうに着くのは午前9時くらいになるらしい。
「初めて行く四国。時間が余ったら、観光でもしたいねえ」
車に入ってしまえばセイとフウカは後部座席にいるので、エンジンをかけながら声に出す。
「あと土佐の女の味も見とかねえとな」
「はちきん娘をチンポ大好き娘にしてやるのっ♪」
「うん。あんま上手くないね」
「ぶーっ、なのっ!」
高知と言えばカツオのたたき、それからなにがあったっけ、なんて話しながら車を走らせる。
そしてたどり着いた事務所のドアを開けると、カイが飛んできて僕の頬にそっとキスをしてくれた。
「あ」
「どうしたの、ヒロキくん」
「いや、事務所の外に出る桃さんを初めて見るなあって」
「なるほどね。それより桃、ちゃんと歩きなさい。転ぶわよ?」
「そうですよ、桃さん。桃さんは僕のオナホールなんですから、勝手に壊れたりしたら怒りますよ?」
「うるさい。変態コンビ」
失礼な。
四国の、それも八十八家とまで呼ばれる家のお家騒動をつぶさに見ておきたいという、棗さんの依頼。
それに応じたので棗さんの家に泊まりこむという桃さんが珍しくワンピースなんか着てたから、ラッキーなんて言いながらその場で犯して、ゴハンを食べたりコーヒーを飲んだりしながら、前と後ろに2回ずつ射精したくらいで。
「オマンコはまだしも、アナルの精液を少しでも漏らしたらお仕置きよ? それは飛行機に慣れないヒロキくんをリラックスさせるため、マモリに見られながらうちのトイレで出すんだから」
「楽しみです。けど、飛行機かあ」
エレベーターみたいな感じで飛ぶんなら、地獄の1時間と約半分。
そう覚悟して乗った飛行機は、エレベーターほどの気持ち悪さを僕に感じさせず高知空港に下り立ってくれた。
行きの羽田とかいう空港では棗さんと桃さんがいてくれたので拍子抜けするくらい簡単だったのに、僕1人で空港を出るのにはかなりの苦労をさせられたけど。
「待ち合わせ場所、ここだよねえ。ただ待ってればいいって言われたけど」
「失礼。貴殿はもしや、桃子様の」
僕が足を止めると同時に声をかけてきたのは、大仰な言葉遣いのお爺さん。
「あ、はい。六道です。わざわざすみません」
「いえいえ。さ、こちらに。車を待たせておりますでの」
「お世話になります」
僕でも名前を知っている高級車、ベンツの後部座席にお爺さんは座らない。
それどころか助手席に座って運転手の若い男の人に「出せ」と言ったきり声を上げないので、なんだか居心地が悪い。
(とーちゃん、俺達は影から出ちゃダメなのかよ?)
(んー。とりあえず待って。桃さんのお兄さんと妹さんが仮住まいしてるって家に着いたら、出てもいいから)
(ふうん。な、なんだそのスーパープレイ! どうやったんだよ、カイ!?)
(カイはゲームの天才なのっ♪ 好きなだけで別に巧くはないフウカじゃ、説明したってできっこないのっ♪)
(んだとセイ!? オレだってその気になればなあっ!)
退屈してるのかと思ったら、そうじゃないみたいだ。
携帯ゲーム機で遊ぶ3人の声を聞きながら車に揺られる。
意外と都会なんだねえ、四国。
あれっ、かなり緑が多くなってきたぞ。
ええっ。こんな細い道を進むの?
道が林道にしか見えないんですけどっ!?
そんな風に変化していった僕の心の中の独り言は、不意に変化した景色に驚きの声を上げた。
ありふれた田舎の集落。
そうとしか言えない舗装された道をベンツが進んでいるから。
あんな道を通って、まさかこんな普通の集落に辿り着くとは。
桃さんのお兄さんって、大昔の軍師みたいな人なのかな。
いや、道路や集落がそんなに最近になって作られたはずがない。
だからこういう場所に集落があるのは昔からで、こんなのは四国八十八家の能力者が暮らす隠れ里みたいなものなんだろう。
「お待たせいたしました。すぐに、雄二様とリコ様がお待ちになっておられる部屋にご案内します」
「ありがとうございます。大きな家ですねえ」
平屋の木造建築だけど、家屋面積がハンパじゃなさそう。
「守りやすさを考慮してここを使っておりますが、それで六道様にもご不便をおかけするかと。平にご容赦を」
「いえいえ」
「こちらです」
隅々まで磨き上げられた板張りの廊下を進み、何度か折れて通された広い部屋。
そこではスーツ姿のイケメンさんと、見た事のある制服を着た眼帯美少女ちゃんが正座をして僕を待っていた。
「遠路はるばる、わざわざご足労を。まずはそれをお詫びします、六道様」
「いえいえ。ヒロキでいいですよ。それと、こんな若造が上座はちょっと……」
上座、下座。
そういった知識や慣習は棗さんではなく、剣の師であるアヤカさんに仕込まれている。
「いいえ。桃子の話を聞く限り、本来ならば一族が総出で頭を垂れてお出迎えするのが当然のお方なのです。どうかお気になさらずその座布団をお使いください」
「こういうの、好きじゃないんですよねえ。でもま、話が進まないから失礼しますね」
「座布団が3つ。ならオレは、とーちゃんの左っ!」
「じゃあセイは右なのっ!」
「はいはい。カイは僕の手の中でいいよね。まず、自己紹介と行こう」
簡単な自己紹介を終え、その最中に出された香りのいい緑茶をありがたくいただく。
まずは湯飲みを傾けてカイに飲ませて、それから僕も緑茶を啜る。
「おいしーのっ♪」
「だねえ」
「オレはお茶より、……なんでもねえよ。そう睨むなって、とーちゃん」
「まったく。それじゃあ雄二さん、まずはこの辺りの地図を」
「はい」
「兄上、私が」
「ありがとう、リコ」
眼帯美少女、リコちゃんが立ち上がって、3畳くらいありそうな大きな紙を僕達の間に置く。
所作も、歩き方も、立ち姿も美しい。
相当に体術を鍛えていなければ、なかなかこうはいかないものだ。
でも所作がキレイすぎて、パンチラチャンスがないのは残念。
「かなり書き込んでありますね。印や数が」
「はい。この子、リコは斥候向きの能力者ですので」
「僕と同じ使役系。しかも珍しいムカデ使いでしたっけ。ところでリコちゃん。その制服って、もしかして?」
「はい。本当ならば六道様と机を並べていた、しかも同じクラスの高校。能磨学園高等部の制服です」
「やっぱりかあ」
入学式からずっと欠席していた生徒。
その家名が藤村で保護者の連絡先があの電脳妖精の事務所、本当の理由は知らなくとも欠席がこれだけ続いていれば、担任と副担任であるホムラさんとアヤメさんが、桃さんの妹さん絡みで僕が四国に行くと見当をつけるのは当たり前か。
「えっ……」
「どしたの、リコちゃん?」
「浪姫、あ、いいえ。私の使役するムカデが六道様に挨拶したいと。そんな事、初めて言ったものですから。少し驚いて」
「なるほど。なら、僕も会いたいな。食べれるようなら、お母さんのとは味の違う使役力もあげるし」
「ですが、その。私とこの子は、なんと言うか。その、……2人とも不気味なもので」
泣き出す直前の子供のような表情でリコちゃんが言う。
「怒るよ? そんな言い方をする使役系なんて、存在していいはずがない。絶対にそんな言い方はしないで」
「わ、わかりました。その、ごめんなさい……」
「わかってくれればそれでいいから」
「リコ。おまえが気にしすぎなんだと、いつも言っているだろう。ほら、六道様に浪姫を紹介しなさい」
「は、はい。おめ、……なんでもありません」
お目汚しとか言ったら怒る。
そんな感情を視線に乗せただけでそれを察して、リコちゃんが手を持ち上げる。
頭のいい子みたいだ。
黒い涙。
そう思ったけれど、違った。
リコちゃんが眼帯の下の方をちょっと持ち上げるようにすると出てきたのは、涙ではなくムカデ。
その子は頬から顎、首筋、リコちゃんが伸ばした腕と指先を通って畳に下り立つ。
「かわいいなあ。おいで」
ひょこっと上げた頭部を左右に揺らしながら、まるで照れたように僕とリコちゃんを見た浪姫ちゃんは、母親のような存在であるリコちゃんが頷くと、地図を横切って僕の前まで来てくれた。