「とーちゃん、ついでに外にも。あと、カイがノーパソ出せって言うから取ってくる」
「お願いね」
「カイの腕見せなのっ♪」
腕見せ。
能力者、特にフリーで仕事をする人はよくそんな言い方をする。
自分を雇う人間にその腕を見せ、それに合った依頼料を貰うために。
「ほらよっ、とーちゃん。ノートパソコン」
「ありがと。雄二さんとリコちゃんにも見えるように、よいしょっと」
立ち上がり、フウカが出してくれたノートパソコンを全員で見れる位置に置く。
するとカイが微笑みながら僕の手の中から飛び立ち、まだ開けてもいないノートパソコンの中に消えた。
「こ、これはっ」
「姉上が産んだ子が、ノートパソコンの中に」
「それだけじゃねーぞ。カイ、準備開始だ」
ノートパソコンのフタのようなモニターが、触れてもいないのに上がってゆく。
そしてその真っ黒な画面に微笑んだカイが一瞬だけ映ると、見慣れた起動画面が映ってノートパソコンが立ち上がる。
このノートパソコンはモニターを自動で上げる機能なんて付いてないから、そうするための機構も動力もないはずなんだけど。
「さすがだねえ、カイ」
「まだまだこんなもんじゃねえって。だからとーちゃん、早く降らせろっての」
「はいはい」
「降らせる、ですか?」
「ああ。僕はこの子達だけじゃなく、自然界にいる虫達も使役できるから」
「普通の使役系はどちらかだけ、ですよね」
「うん。じゃ使役力を、ほいっとな」
縁側の向こうの見事な日本庭園。
そこに、音もなく雪に似た使役力が降り出す。
「こんな量を……」
「浪姫ちゃんもどうぞ、はい」
目の前にすうっと現れた雪玉のような使役力を見て、浪姫ちゃんがリコちゃんに視線を向ける。
「食べたいなら貰っていいよ、浪姫」
「わあっ。頷いた。やっぱかわいいなあ」
「……初めて言われました」
「そうなの? 母娘してこんなにかわいいのに。おお、美味しい? ならもっとお食べ」
「かっ、かわっ、かわっ……」
真っ赤な顔して焦ってる。
かわいいなあ。
「そういうトコもかわいい。セイ、まずはこのくらいの数でいいかな?」
「おっけーなのっ♪」
「じゃ、始めよう」
「偵察、それにカイと桃ママの解析も開始なのっ♪」
「あ、忘れてたや」
スーツの胸ポケットからスマホを取り出す。
するとそれは僕が電話帳を開こうとしているうちに震え出して、画面に『桃さんスマホ』という文字が浮かんだ。
「ははっ。桃かーちゃん、さすがだぜ。とーちゃん待ってたら、夜になっちまうからな」
「さすがにそこまではかかんないってば。もしもーし。あ、はい。パソコンで通話? そんなの」
できるんですか?
とまで言い切らないうちに、ノートパソコンの右上に小さく桃さんが映し出された。
そこに映る桃さんはあいかわらずの無表情だけど、どこかいつもと違う感情の色が滲んでいるようにも見える。
「雄二兄、リコ。おひさ」
「桃子」
「姉上っ。すみません、わがままを言って」
「ん。戦いたいなら戦っていい。ただ、早く終わらせて帰ってきて。じゃないと身が保たない。ヒロキは鬼畜」
「失礼な。それよりどうです、接続とか?」
「バッチリ。セイからカイに、カイからこっちのパソコンに、すべての蟲の視界が来てる」
「……ホントにできてるのか。凄いなあ」
「桃ママ、どんどん指示してほしいのっ♪」
「ん」
桃さんの指示を受け、セイがそれを蟲達に伝える。
偵察と言うよりは侵入になるんだろうけど、敵の様子が見えるのはまだまだ先。
なので浪姫ちゃんに手を差し出し、手の上で使役力を追加して食べさせた。
「かわいいなあ。うちの子達にはこういうのできないから、なんか新鮮」
「そうなのですか?」
「うん。このセイとフウカと、パソコンの中にいるカイなんかにこうして使役力をあげると、ブーストされたみたいに力が強くなるんだよね。だからこの子達がもっと成長するまで、それは控えてるんだ」
「なるほど」
「ホントはオレ達も食いてえんだけどな。とーちゃん、直接ザーメン飲ましてくんねえし」
「ザっ!?」
「こら、フウカ」
処女のリコちゃんの前でザーメンなんて言うんじゃありません。
かわいそうに。
こんなに顔を赤らめて。
……恥ずかしがる処女って、やっぱいいね。うん。
「へへっ。ねーちゃんも、とーちゃんのザーメン飲めよ。聞いたぜ? 金将級ならオレ達みてーな人間型、いてえっ! なにすんだよ、とーちゃん!」
「叱られて当然。初対面の男の子供を産めとかもそうだけど、金将とか軽々しく言わない。それでリコちゃんがどれだけ苦しい思いをしてると思ってるの。ほら、リコちゃんに謝る」
「い、いえ。そんな」
「まー、オレが悪かった。ねーちゃん、ごめんな」
よろしい。
間違えて人を不快にさせたら謝る。
それが当たり前なんだ。
「……大丈夫。ありがとう、フウカさん」
「フウカでいいって。それより、とーちゃんとーちゃん」
「ん?」
「オレ、このねーちゃん好き。浪姫もっ」
「そっかそっか。よかったねえ」
「おう。浪姫、ねーちゃんとゲームしようぜっ!」
「いや、ムリでしょ」
常識的に考えて。
「浪姫はゲーム好きだから、遊んであげて。フウカ」
「やあった。浪姫、こっち来い!」
ウソでしょ?
そう思いながら目をやると、フウカがジーンズのポケットから出した携帯ゲーム機に浪姫ちゃんが巻きつき、見事にその電源を入れた。
「僕が言うのも変だけど、凄いねえ。リコちゃんと浪姫ちゃんも」
「いいえ。とんでもないです」
蟲達はまだ目的地に到着していないので、携帯ゲーム機に巻きついたムカデがアクションゲームをするという他では見られない光景を見守りながら、18歳になったら金将と認定されるリコちゃんの苦悩を考えてみる。
長兄は銀将で、もう1人の兄と姉である桃さんも銀将級。
ところが春から高等部へ進学するからと、わざわざ解析系能力者に高いお金を払って現時点での能力者等級を見てもらったら、自分はなんと金将級は確実と言われてしまった。
親は喜ぶだろうけど、兄、それも家を継ぐ事になっている長兄は面白くない。
かつては優しく穏やかだった兄は一族の不良のような連中を集めて、成駒を果たすため『人喰い』にまで堕ちた。
どれだけ自分に落ち度がなくとも、リコちゃんの心中は……
「ねえ、桃さん」
「ん」
「僕、やっぱり来てよかったです」
「ん。ありがと」
この子の代わりになら、何人だって斬ってやる。
そう心に誓いながらお茶を飲んでいると、ノートパソコンのモニターに映る地図に赤い点が浮かぶ。
「最初だから近いね。えーっと、視界は、……ちょっと出てくる。セイ、フウカ。ここの守りは任せたよ?」
「オレは留守番かよ」
「ととさま、靴と鬼斬りを出すのっ♪」
「ありがとう。こんなクソ女達の血で、アヤカさんから貰った鬼斬りを汚しちゃダメだって」
能力者、それも戦う力が強い者には女が多い。
でもだからと言って高校生くらいの男の子を裸にして犯していいはずがないし、ついでのように拉致したその妹に「今ここで兄とセックスしないと2人の骨を順番に折ってやる」なんて言っていいはずがないだろう。
それも、全裸で下品に笑いながら。
いいから口元と陰毛にへばりついているザーメンくらい拭けと言いたい。
「ととさま、鬼斬りと靴なのっ♪ それとナビは任せてなのっ♪」
「お願いね。桃さん、ちょっと行ってきます」
「ん」
縁側で靴を履き、鬼斬りを持って駆け出す。
「姉上、これはいったい……」
「鬼畜がそれにも劣るクズを斬りに行った。ヒロキくらいになると壁なんてジャンプで越えられるし、車より道なき道を走った方が早い。それだけ」
「誰が鬼畜ですか、ホント帰ったら憶えといてくださいね。桃さんっ!」
叫びながらジャンプ。
桃さんの言葉通り、高い塀を跳び越えてまた駆け出す。
(ととさま。しばらく真っすぐ、目的地は山3つ突っ切った先の炭焼き小屋なのっ)
(了解。間に合ってくれよ)
走る。
それだけじゃ間に合わない。
急げ急げと自分を急かし、集落から深い山に分け入る。
「ひさしぶりだなあ、こんなのも」
言いながら、また跳ぶ。
地面は春に芽吹いた草木が生え放題。
だから、この方が早い。
ジャンプ。
大木を蹴る。
蹴った勢いで次の木に跳ぶ。
それを、繰り返す。
吉喰流の初歩的な移動方法。
(見えたのっ!)
敵、クズ女3人は不良娘だからか、人里から離れた炭焼き小屋に兄妹を連れ込んだ。
だから間に合った。
けれどこの感じじゃ、間に合わず今も泣いている男女がたくさんいるんだろう。
「全員、叩き斬ってやるからな……」
炭焼き小屋。
かなり長い間使われていないのか荒れ放題の室内で、5人の男女が固まっている。
甘い。
他者が現れて動きを止めるなんて、3流以下だ。
「な、なんだテメエっ!」
踏み込む。
逆袈裟の一撃。
それだけで全裸の女は血を噴き出しながら、真っ二つになった。
「なんっ!?」
「ひっ、火よっ!」
甘い。
炎使いの家系なら、小さな子供だって無詠唱で【炎弾】くらい出せるだろうに。
「ぎっ……」
「おい、どうしたっ!?」
「ああ。死んでるから、それ」
僕の言葉が合図になったように、女の上半身が床に落ちる。
噎せ返るほどの血と、生臭い臓物、それとその中にあった糞尿のせいで、狭い室内に酷い悪臭が満ちた。
「ううっ……」
「お、おえっ」
「吐いてもいい。ただ、目は閉じておくんだ。いいね?」
兄に跨って処女を散らす寸前だった女の子が、ボロボロと涙を零しながら何度も頷く。
「君も」
「はっ、はい」
兄妹が揃って瞳を閉じる。
「さあ、死ね。クズ女」
「な、なんなんだよアンタ。自分がなにしたかわかってんのかっ!? 八十八家の次期当主、その部下を殺したんだぞっ!? どうなるかわかってやってんのかよっ!?」
「その次期当主様もこの手で殺すさ。じゃあな、痴女ネエチャン」
肋骨を避けた突き。
それが心臓に突き立って、あっけなく最後のクソ女も死んだ。
どうっと音を立てて汚れた床に倒れた女から、かわいそうな兄妹に視線を移す。
「立てる?」
「は、はいっ」
「君達は藤村家の?」
「い、一族ですっ。その、能力はないんですけど」
「そっかそっか。僕は桃さんの部下で、お兄さんと妹さんを手助けに来てるんだ。家まで送ろうか?」
「い、いえっ。自分達で帰れます。助けていただいて、ありがとうございました」
「うん。さすが、肝が太いね。でも、妹さんはそうじゃない。心のケアもしっかりお願いね」
「……わかりました。俺も能力者だったら、妹をこんな目には」
「それを悔いても仕方ないよ。さ、お帰り」
「はい」
何度もお礼を言って兄が妹に肩を貸し、炭焼き小屋を出てゆく。
その姿が見えなくなってからタバコを咥えて火を点け、入り口から奥に向かって伸びる影に視線をやった。
「セイ、これいる?」
「当り前なのっ♪」
影から出てきたセイが魔法で死体どころか、血や尿の1滴も残さず室内を片付ける。
なんでもいつか死肉を好む妹か弟ができたら、物が腐らない影の中に溜め込んでおいた死体を外の世界に山と積み上げて、好きなだけ食べさせてあげるんだそうな。
「……優しいんだか酷いんだか」
「優しいに決まってるのっ。それよりととさま、こんなのまだまだ序の口なのっ」
「みたいだねえ。人喰いが、好き勝手やりやがって」
「まずは戻って潰す順番をって。それとちょっとした仕掛けをしたいって、桃ママのお兄さんが言ってるのっ」
「この戦の大将は桃さんのお兄さん、だから好きにしてって伝えて。それとセイはフウカの影から先に戻ってていいよ。これ吸ったら、僕もまた走って帰るから」
「はぁい」