食事をしながらビールを飲んで、雑談代わりにこれからお互いがこの東京でどんな暮らしをするのかを話す。
桃さんは、この探偵事務所兼自宅で普段通りに。
いつもと違うのは、高校生の僕が助手として通って来る事だけ。
棗さんは京都の名家の当主でもあるので、都内にもかなり大きなお屋敷があって、そこでお手伝いさんでもある分家の人達と暮らすらしい。
仕事は忙しいだろうけれど、京都で暮らす2人の娘さん達にはなるべく顔を見せに帰るそうだ。
そして僕は高校の近くのワンルームマンションで暮らしながら、探偵事務所のアルバイトと棗さんが回してくれる支店の仕事をして生活費を稼ぐ。
通う高校は、一般にはまったく名前が知られていない私立。
でもその実態は能力者の子弟や、その能力者達と関わる仕事に就く事が決まっている家の子弟が通う、関東で唯一の能力者養成専門学校的な高校だ。
おかげで小学校に途中までしか通っていない僕でも入学できたし、問題を起こさなければ、どれだけ成績が悪くとも卒業はさせてもらえるらしい。
「師匠達には東京での生活のすべてが修行って言われましたけど、僕はなにをどうすればいいんでしょう?」
「普通に生きてればいいのよ。そうしていれば、自然と成長するから。人としても、能力者としても」
「んー」
そう言われてもなあ……
「あまり考えない方がいい。ヒロキは世界を見るべき時期で、あのバカ女達はなるべく自由にそれをさせてあげたかっただけ」
「でも最低でも1年間、2年生に上がる直前の春休みまでは帰って来るなって言われてて」
「うふふ。寂しいの?」
「……それは、まあ」
「その寂しさすらいい経験なのよ。噛み締めて暮らしなさい」
「はぁ」
寂しさすら経験。
それはそうなのだろうけど、ならついでに世の中のすべての不幸を経験して来いとか言われそうで怖い。
あの人達なら言いかねないような気がする。
「それで支店から回す報酬が100予定のスポット依頼だけど、内容は合同で行われる討伐の査察なのよ」
「査察、ですか」
「ええ。近々、近所で銀将級4名での小規模討伐が予定されてるの」
「銀将級が4人も。実戦に出るなら戦闘向きの能力者なんだろうし、かなりの大事ですね」
本社の指揮下にある能力者はその強さや有用性で、歩級から玉将級までのランク分けが成されている。
銀将級は中間以上のランクであり、そのすぐ上の金将級よりだいぶ数が多いので、本社の主戦力と言ってもいい。
それが4人も。
「そうね。だからこそしっかり監視しながら、もし討ち漏らしがあれば即座に片付けて欲しいのよ。その場合は追加報酬も出るわ」
「おおっ」
「その依頼なら、情報は掴んである。指揮は風使いの中年男になるはず。他は四大家の分家の炎使いである若い女に、それより少し家格が下になる同年代の女が2人。全員が銀将級で火風土水の構成」
「へえ。ならみなさん、かなりの人材ですねえ」
「そうなるわね。だから、しっかり腕と人柄を見ておきなさい。なんなら、3人とも堕としちゃっていいから」
「……分家でも四大家の人はちょっと。あと2人の家は?」
地水火風の能力。
それを持って生まれる能力者は使役系とかよりずっと多いので、何千年もの間に普通より強力な術を使える能力者や、それを持って生まれる者の数が多い家系がハッキリと見えた。
その頂点に立つのが四大家なんだから、関わるのを想像するだけでめんどくさい。
「どちらも武家よ。元幕臣で江戸に残った能力者の家じゃ、かなり名の知られているね」
「うん。怖いから、誰にも手は出さない方向で」
意気地がないわねえ。
そんな呟きを聞き流しながらピザを食べ、ビールでくどくなった口の中を洗う。
能力者の家は、いろいろと面倒なんだ。
家柄に拘る考え方から脱却を果たしている人なんか稀。
その家には本家と分家それぞれの思惑やらが入り組んでいて、絶えず権力闘争をするのが当たり前になっていたりする。
一時の快楽のため、そんなのに巻き込まれるなんて冗談じゃない。
「でも手駒は増やせる。ヒロキなら」
「僕が使役対象として産ませられるのは、今のところ女の子のみなんです。自分の娘が手駒だなんて思った事ありませんよ」
「……なるほど。謝る。ごめんなさい」
「いえいえ。棗さんが産んだマモリみたいに、母方の影で暮らすならいい護衛になるんですけどね。そうするにはセックスをしないとだし。そんなポコポコ産ませられませんよ」
「悪い癖よ? ヒロキ君には、慣れてもらわないと」
使役蟲を産ませる事に、それを戦力として使う事に慣れる。
その先にあるのは100年に1度この国を訪れる災厄で、僕がある程度の役割を担う事が期待されているという事実だろう。
面倒だな。
素直にそう思う。
師匠の1人、サラさんなんかはもし気に入らなければ一緒にこの国を出ようと笑っていたけれど、僕にそんな事が出来るのか。
「抱いたらやっぱり情は移る、ヒロキ?」
「……ですね」
セックスをする。
孕ませる気で、奥にたっぷりとザーメンを吐き出す。
そしたら相手は、人ではない存在であったとしても、自分の血と特性を引き継いだ娘を産むんだ。
情が移らないなんて人がいたら、そんなのはただのヒトデナシじゃないか。
「難しいわよね、ヒロキ君の場合は性格的に」
「開き直って、能力者の女が望めば気軽に使役蟲を産ませられるなら。当たり前のように天下だって狙える」
「いつの時代ですか。やりませんって」
「そうじゃなくても、家の垣根を超えて配下を増やせるのは得難い能力。普段は母親の手伝いをさせて、いざ事あらばその母親と使役蟲はヒロキの指示に従う。それが可能ならヒロキが生きてる限り、少なくとも50年以上この国は平和」
「たかが能力者1人の力なんて、国って規模で考えたら」
そこまで言って、声が詰まってしまう。
塵に等しい。
とまで言い切れないという事は、僕みたいなバカにもわかるからだ。
ただでさえ数の少ない能力者。その男女比は、3:7とも2:8とも言われている。圧倒的に男性が少ないんだ。
その女性能力者に蟲を産ませてその子達も戦わせることが可能なら、この国の戦力が倍近くに跳ね上がるという事になりかねない。
「まあ、今はあまり深く考えるのはやめておきましょう。ほら、もっと飲みなさい。それとも、飲みながら桃にフェラでもさせる?」
「……いえいえ。そんな」
「うふふ、迷ったわね。桃は小食だし酔うのを嫌うから、もう食事もビールも充分でしょう。ヒロキ君の隣か前に移動して、丁寧にご奉仕しなさいな」
「い、嫌だ」
「へえ。私に逆らうなんて、いつの間にか偉くなったものねえ。調教が足りなかったのかしら」
おおっ。
同じメガネ属性でも両極にあると言っていい、知的グラマータイプの棗さんが、素材は最上なのに地味メガネっ子なツルペタ桃さんを調教だなんて。
まるでサラさんの部屋にあった薄い本じゃないか。
「……やめて。ヒロキが見てる」
「はいはい。まあ桃は男とは初めてなんだから、こんななし崩し的なのはかわいそうよね」
「桃さん、棗さんも。今日はそういうのは考えないで飲みましょう。お酌ならいくらでもしますよ。これからお世話になるんですし」
「うふふ、ありがとう。ほら、桃も。今夜はどれだけ酔っ払ったって心配ないわよ。この3人がいるなら、能力者だけで構成された3000の兵隊に守られてるのと同じだもの」
「ん。たまになら、深酒もいい」
「そうこなくっちゃ」
棗さんは昔から大酒飲み。
それに桃さんも酔うのが嫌いなだけでお酒そのものは好きだし弱くもないそうで、すぐに冷蔵庫のビールはなくなってしまった。
買い出しなら任せてくださいと僕が言って、それは笑顔で了承されたのだけれど、初めて自分だけで稼いだお金でお酒を買うのは絶対にダメだと言われてしまう。
なので僕は5万円を預けられ、フウカと2人で探偵事務所を出た。
「楽しみだなあ、とーちゃん」
「なにが?」
「ツマミも買うし、酒は缶ビールだけじゃなくってブランデーも。だからドンキまで行くんだろ?」
「それがいいって言われたねえ。ドンキってのが何屋さんなのかすら知らないけど」
「なんでも売ってる、でっけえ店だよ。テレビでやってた」
「ふうん」
1階。
エレベーターでそこまで下りてドアに向かうと、もうすっかり街は夜。
これじゃあ、5歳くらいのフウカを僕が連れて2人で歩いていたら酷く目立ってしまうだろう。
「フウカ」
「やっぱオレ、影の中かあ」
「だから留守番してていいって言ったのに。僕の見てる景色は事務所にいても見られるんだし」
「そんなんヤダよ、もったいねえ。んじゃ、中にいるな」
「うん」
「あとドンキの帰りに、寄るトコあっから。よろしくっ」
「どこさ?」
返事は、頭の中で直接聞こえた。
(ハンバーガー買うんだっ。ずうっとテレビで見てて、食いたかったヤツっ!)
「それが目的で、着いてくって言い張ったのか。なんだかなあ……」
ビルを出たら明治通りを渡ってまっすぐ進むより、まず靖国通りという道路まで出て、それから駅方向に向かった方が道はわかりやすいと教えられた。
なので、まずは左に。
(とーちゃん。真っ直ぐ行って交差点に向かうより、そこの左の路地とか縫ってヤスクニドーリに出るのが近道だぞっ)
(へえ。ありがと)
フウカは僕やセイとは違って、東京への憧れが強かった。
だから新宿駅からここまで歩くだけでも、僕達よりずっと道なんかまで注意して見ていたのかもしれない。
ありがたく助言に従おうと、細い道に足を向ける。
(あちゃー。オレ、余計な事を言ったかも……)
(気にしなくていいって。あんなの、どうにでもなるから)
能力者には固有の能力があるけれど、それとセットになった特性と呼ばれる特徴があるものだ。
視力が飛び抜けて良かったり、耳や鼻が良かったり、人によっては100メートルを5秒で走ってしまう。
能力者なら誰もが持っているそれは複数あったりもして、その数と能力の強さが等級を決めるらしい。
僕の特性の1つは目が良くて、どれだけ暗くとも日中と変わらず先を見通せるというもの。
その人並み外れた視界には、路地裏を全力で走る1人の少年が映っている。
白いスーツ。
リーゼント、と言うのだろうか。家を出るまでに、とんでもなく時間がかかりそうな凝った髪型。
年の頃は僕と同じくらい。
そんな少年が息を切らし、必死の形相で狭い路地を駆けていた。
「すまねえ、兄さん。通してくれっ!」
「はいはい」
道を譲る。
「サンキュ」
擦れ違いざま、そんな声が耳に届く。
僕なんかにお礼を言ってる場合じゃないだろうに。
少年は、逃げているのだから。
追手は6人。
先頭を走る23、4の男はまるでプロレスラーのような体格で、耳障りな怒声を上げながら少年を追いかけている。
少年もなかなかに鍛えて引き締まった長身だったけれど、これがヘビー級としたなら階級は2つ3つ下になるだろう。
逃げて正解だ。
「ジャマだ、小日本鬼子ッ!」
「へえ……」
ここをどこだと思ってるんだか。
もし大陸のどこかだと勘違いしているなら、しっかり教えてあげないと。
(待てって、とーちゃん。オレに任せろ!)
僕の横を、6人の外国人が駆け抜けてゆく。
その誰もが気づきはしなかっただろう。
僕の影。
そこから飛び出した小さな生き物。
ガッシャーンッ!
ガコンッ、ガッシャン、ベチャッ。
そんな音に、耳障りな甲高い外国語の喚き声が次々と重なる。
でも、僕は足を緩めない。
(ただいまっ。これでカンベンしてやってくれな)
(ビールケースやゴミ箱を倒して道を塞いだんでしょ。フウカは優しいねえ)
(それなりに怪我もしてっし、どいつもこいつもくっせえ生ゴミまみれだ。そんくれえでいいだろって)
(甘いねえ。この平和な国から出た事もない人を小日本鬼子なんて言うくせに、自分はしれっと日本に来て暴力行為を働こうとしてるんだから、殺されたって文句は言わないと思うんだけど)
(かーちゃん達に、なるべく一般人殺しはさせんなって言われてっからさ。あのままじゃ、追っかけて全員をぶった斬ってたろ。とーちゃん?)
(わざわざフウカに鬼斬りを出してもらうのも、あんな連中に鬼斬りを使うのももったいない。殴り殺すか、壁に叩きつけて殺すだろうねえ)
(ったく。まだ上京2日目だっての。少しは抑えてくれよ)
(ヤダって。そんな生き方をするくらいなら、和歌山の山奥でずっと暮らすもん。師匠達と毎日セックスしてお酒を飲んで、お金がなくなったら棗さんに依頼を回してもらってさ。あーあ、想像したら明日にでも帰ってそうしたくなって来たや。早く卒業してあの家に帰りたいなあ)
(……やれやれだぜ)