「それじゃ、……死ね」
まずチンピラ女を袈裟斬りにして、それからもう1人の女も斬り棄てる。
最後に残ったのは、性格が悪くはなさそうな若い男が1人。
顔がよくて頭も回りそうで、だからこそ不良達とツルむようになったんだろう。もしかしたら、それが自分の身を守る唯一の方法だと考えての選択だったのかもしれない。
能力者は男より女の方が強い。
いくら不良でも一般人をどうこうすれば八十八家の、『執行部』だかが黙ってはいないだろうから、まず狙われるのは特性の【頑強】なんかを持っている男の能力者。
能力者というのはその血筋のおかげで数を増やす事が多いから、家格が低かったりすると上の人間に逆らえず、自分だけでなく家を守るために異性に体を差し出したりする人もいるんだろう。
でも、だからといって人喰いにまで堕ちた人間を許していいはずがない。
弱い立場。
それのせいで選択肢がなかったにせよ、立場ではなく能力が自分より弱い人間を殺すなら、間違いなくこの男もクズだ。
むしろ、弱い人間の苦しみを知っているのにそうしたんだから、余計にタチが悪く思える。
「お、俺は、俺は違うんだ……」
「でも人を喰ったらアウト。キミは2週間くらい前、タコ殴りにされて弱り切った能力者に【炎弾】でトドメを刺したよね? それを雄二さんの部下さんが遠くから、悔しさで涙を流しながら見てたらしい。その時のじゃないけどキミの写真を見せてもらってるから、とぼけてもムダ」
「や、やっぱ本家の……」
「僕は雄二さんとリコの友人、そして桃さんの部下。だから、わかってるよね?」
人喰いへの報復。
それは、とんでもなく苛烈なものだ。
証拠があれば自由に殺害してもいい。
その屍を家族や縁者が弔う事は許されない。
それどころか凄惨なリンチをしようが、どんな風に犯そうがすべて自由。
唯一のルールは『飼わずにその場で殺せ』、それだけ。
「なんでだよ。オマエだって男だからわかるだろうが! 俺達には選択肢なんかねえんだ! 女共の言う通りチンコ立てて、舐めろって言われたらどんだけくっせえマンコでも舐めまくって! 男ってのはそうして生きてくしかねえだろうがよ!?」
「選択肢はあったさ。人喰いにだけはなっちゃいけない。その選択をしないでこうなったのは、完全にキミのせい。さ、おしゃべりは終わりだよ」
斬る。
その決意を視線に込め、踏み出す。
「や、やめ……」
「断る」
振り上げた鬼斬りを、それから僕の顔を見て、男は【炎弾】を放つのではなく、強く瞳を閉じた。
その選択が正しいのかはわからないけれど、おかげで男は苦しまずに死ねたと言えるのかもしれない。
「うっ……」
小さな声を上げただけで、ほぼ即死。
その死体が【影移動】で現れたセイに魔法で影の中に収納される。
セイは僕が指示をしなくとも、他の死体も黙ってすべて回収してくれた。
「ととさま。優先順位の高い順にウィンドウを並べとくのっ」
「ありがと」
僕の視界に表示されているウィンドウは2つ。
まずは左端の、公民館のような場所に向かって駆け出す。
影に戻らず僕についてくるセイも一緒に。
作戦は昨日のうちに雄二さんから伝えられていて、見張りだけでなく下調べも蟲達に頼んで念入りにしてある。
なので初めて訪れる集落でも迷う事はない。
ありふれた田舎の公民館の玄関に入るとそれだけで、ムワッと嫌な、けれど嗅ぎ慣れている臭気が僕を包む。
それだけでなく複数の、肉を肉に叩きつける音と啜り泣きの声も耳に届いた。
「好き勝手しやがって。人喰いが」
呟きながら足音を消さずズカズカと歩き、引き戸を開ける。
スパァンッと大きな音を立てて開け放たれた引き戸の向こう、だだっ広い板張りの広間にいる全員はこれ以上ないほどに驚き、一斉に視線を僕に移す。
「なっ、なんだあっ!?」
「誰だテメエっ!」
「日本刀を持ってるって事は、この子達……」
そう言った3人の女は全裸。
僕がその3人を斬るより早く、セイが動く。
セイが向かったのはステージのようになっている壇に背を凭れさせた男の子の前。
かわいそうに。
素直に命令に従わなかった男の子は見せしめを兼ね、両手両足の骨をすべて折られて、その手足を床に投げ出すようにして力なく座っている。
特に酷い右手は、完全に関節とは逆方向に腕が曲がって。
そしてその顔は元の顔立ちが想像もできないほど、それこそバスケットボールのようになるまで殴られて腫れ上がっている。
一般人なら、死んでいてもおかしくはない。
「よく頑張ったの」
そう言ったセイの手から魔力が放たれ、男の子を優しく包む。
治療魔法だ。
「い、痛みが消え……」
「あとは目を閉じてればいいの。そっちの、さっきまでクソ女達に乗っかられてた子達も」
「あ、あなた達はいったい……」
「いいから目を閉じるのっ! 全員っ!」
僕でも滅多に聞かない、幼稚園児にしか見えないセイの怒声。
それを身に浴びて4人の男の子達が強く瞼を閉じる。
ありがたいけど、僕の立場がないなあ。
「人様の餌場で勝手な事を。死ね、クソガキ!」
女の1人が放った【石弾】。
それを魔法で止めたセイは、2人のちょうど真ん中に【石弾】の石をふわふわと浮かせたまま、子供らしい満面の笑みを浮かべる。
その魔法が魔法系でも使い手なんてほとんどいない【重力魔法】の一種だなんて、誰もが思い浮かべる事すらできないらしい。
しかも笑顔のまま僕を見たセイが視線で「ここはセイに任せてほしいのっ♪」と言っているから、もし頷きを返したなら結果は見えている。
でも僕は、黙って頷いた。
セイは僕が使役力を分け与えた蟲達を指揮する副官のような存在。
だからこの男の子達が朝っぱらからどんな酷い目に遭っていたかを知っているし、泣きたいのを堪えながらその様子をずっと見ていたんだ。
ここは譲ってあげないと。
「ん~。どうせなら、仲良しクソ女を3人同時に殺してあげるのっ♪」
【石弾】が3つに増える。
それを見ながら僕は胸の内ポケットからタバコを出して咥え、サラさんから餞別に貰ったオイルライターで火を点けた。
頭ではわかっているけれど、やっぱりセイに人殺しなんかさせたくはないというのが僕の本音だ。
「な、なんだこのガキ。【石弾】の多重展開? 風使いじゃねえのかよ……」
「まさかダブルか!?」
「いや違うわ。あの生意気なガキの治療を見たでしょう。……この子、魔法系よ。この日本じゃレア中のレアな能力。気を抜くんじゃないわよ?」
「正解なのっ♪ じゃあとっととくたばれなのっ、クソ女ちゃんっ♪」
【石弾】が重力魔法で、元の術の倍近くの速度で放たれる。
2人はそれを眼窩に受けて、石が後頭部の頭蓋を突き破りまでして即死。
特性の【頑強】でも持っているらしい最後の1人は石を手で受け止め、それでもその手を自らの顔面に強く打ち付けたせいで脳震盪を起こし、ふらつきながらセイを睨む。
「なんなの。なんなのよ、アンタら……」
「ふーっ。雄二さんとリコの友人。そして、桃さんの部下。そこまで言えばわかるよね?」
「……故郷を捨てた裏切り者が。余計なマネを」
「余計なのはそっちなのっ。妹の才能に嫉妬するだけでも恥なのに、その差を人喰いをして埋めようとか。恥を知れってレベルじゃないのっ」
「はっ。本家のボンボンなんかどうでもいいのよ。アタシ達はこうやって好きに男を抱けるから、ボンボンに従ってるだけ。成駒もできるしね」
クズだねえ。
「ふうん。なら、ゴミはゴミらしく焼却処分にしちゃうのっ♪」
「セイ。臭いも音も遮断できるにしたって、この子達が目でも開けたらトラウマになる。殺るなら普通に、さっさと。次もあるんだから」
「はぁい♪」
次もある。
その言葉で優しいセイは、そこで今も苦しんでいる人を1秒でも早く助けてあげたいと思ったんだろう。
なんの合図もなく【重力魔法】が放たれ、女の眼窩を貫く。
自分の拳が衝突した衝撃で切れた額から血を流し、それでもセイを睨みつけていた女は、断末魔も上げずに絶命。
「おつかれ、セイ」
「譲ってくれてありがとうなの、ととさまっ♪」
「いいさ。他の子達のケガは?」
「擦られすぎてチンポがヒリヒリしてるくらいなのっ。ホントは舐めて治したいけど、魔法で治しとくのっ」
「当り前です。セイにはまだ早い」
「ぶーっ。でも、ととさま」
「ん?」
セイが微笑む。
母親であるサラさんそっくりの、イタズラっぽい微笑み。
「最後のクソ女、かなり人を喰ってたらしいの」
「ふうん。成駒してたか、してなかったけどそれも近かったって事か」
「なのっ。だからその成駒経験値をそのままいただいちゃったセイは……」
まさか。
成駒経験値。
それはコンピューター・ゲームに慣れ親しんだ世代がそう呼んでいるだけで、それを計るような能力も存在しない。
けれど成駒は神話の時代から能力者達が繰り返してきた事象で、半人半蟲以上の僕の娘達は人と同じようにそれが可能。
「いつかそんな日が来るとは思ってたけど、まさか?」
「そのまさかなのっ♪ ん~、……脱皮っ♪」
いや、脱皮って。
そう言いかけた僕は、くらりと意識が揺れたのを自覚しながら、長テーブルに置いてある吸殻が詰まった灰皿でタバコを消した。
それが終わると、セイが駆け出して僕の胸に飛び込む。
「重くなったねえ、セイ」
「デリカシーがないのっ! もっと他に言うべき事があるはずなのっ!」
「うん。大きくなった。そして、かわいらしさも増してるね。おめでとう、セイ」
「えへへ~♪」
セイが、幼稚園児ではなく小学校低学年の女の子にしか見えない愛娘が僕に頬ずりする。
「じゃ、次に行こうか。今日はそれで終わりだから、我が子の成長を祝ってお酒でも飲みたいね」
「ととさま~♪」
「なあに?」
おツマミに、小学生マンコから出るエッチなジュースもどうぞなのっ♪
そんな声は僕の耳元で囁かれたので、まだ目を強く閉じている男の子達には聞かれずに済んだらしい。
でもいつまでもそのままじゃかわいそうだから、セイが僕に抱きついたまま死体や血を消すのを待って、男の子達に目を開けて服を着るように言った。
「あの、本当にありがとうございました。本家の人達なんですよね?」
「そうなるね。ケガや骨折は治ってるけど凄惨なリンチをされて、その相手がこの場で死んだってのに、普通にお礼を言えるのか。偉い、そして強いねえ」
「そ、そんな。俺なんか。……俺がもっと強かったら、コイツらを守ってやれたって思うと」
両手両足の骨を折られ、顔がバスケットボールのようになるまで殴られながら、この子はそんな事を考えていたのか。
「キミは強いよ。いつか僕の娘と付き合いたいって言っても、まあ許そうかなって思えるくらいに。名前は?」
「大泉正です」
「タダシ、ね。覚えた。いつか東京に来る事があったら、桃さんの事務所を訪ねてみるといい」
「そんな。俺なんかが本家のお嬢さんを訪ねるなんて。そっ、それよりお願いがっ!」
「なにかな?」
「ととさま。次の目的地、そこのあの部屋にいる男の子、タダシっちにソックリなのっ」
それは……
「姉と双子の弟です、それ。お願いしますっ! 姉ちゃんと清を、あの2人もどうか助けてやってくださいっ! この通りですっ!」
土下座。
そこまでしなくてもいいんだと言いながらタダシを立たせ、まっすぐにその目を見る。
性根は曲がってない。
根性は最上。
まだまだ幼い体から漏れ出している心気は小気味よく澄んでいて、その量も多い。
どう見てもまだ12、3歳くらいだろうけれど、将来が楽しみな子だ。
「最初からそのつもり。じゃあ、この子達は任せていいかな?」
「はいっ!」