缶ビールを1箱と12本。
ブランデーを5本。
それと、総菜やスナック菓子や乾き物でパンパンになったビニール袋が2つ。
スマホで指示を受けながらドン・キホーテとかいう大きなお店で買い込んだ荷物を抱えて、来た時とは違う道で事務所を目指す。
商品を買い物かごからビニール袋に移す場所何人かが、その大荷物を1人で持ち帰ろうとしている僕を見て驚いたようだけれど、特に声をかけられたりはしなかったので気にせず店を出て、路地裏に入ってからフウカに荷物を影の中に入れてもらう。
帰り道の途中で寄ったハンバーガー屋さんの会計には、淫気祓いで得た報酬を使った。
師匠達と暮らしていた山奥にハンバーガー屋さんなんてあるはずがないし、月に一度だけ買い出しに出ていた麓の街にもそれはなかった。
今までテレビでしか見れなかった憧れの食べ物を手に入れ、これ以上ないほど上機嫌なフウカと話しながら事務所に戻る。
「ただいまですー」
「おか」
「おかえりなさい。セイに聞いたわよ。よく殺さずガマンしてくれたわねえ」
「ただいまだよっと。セイ、ハンバーガー食おうぜっ!」
「わぁい♪」
影から飛び出したフウカが僕の手からハンバーガーの袋をひったくるように取って、セイの隣に駆けてゆく。
それを見ながらまず、12本だけ買った冷えた缶ビールとブランデーを1本テーブルに置いて、箱を冷蔵庫の隣に置いた。
「いえいえ。一般人は、なるべく殺したくないんで。残りは冷やしておきますね。ブランデーを飲むグラスもすぐに出します」
「ありがとう」
その夜は大いに飲んだ。
誰もが酔っ払って、全員が並んでも余裕のある大きなベッドで雑魚寝。
僕は今まで何度となく触れ、舐めたりしゃぶったりして、最後には最奥にたっぷりとザーメンを吐き出した棗さんの豊満な体に手を伸ばそうとする自分を押さえ込むのに一苦労だった。
棗さんは朝の7時に起きて、シャワーを浴びて身支度をしたらすぐに出社。
酔っぱらうのは10年ぶりくらいだと言っていた桃さんは、まだベッドで夢の中だ。
棗さんはクンニで起こしてやって目を開けると同時に挿入して、それから「おはようございます」と言って腰を振りまくれと笑っていたけれど、さすがに出会ったばかりの桃さんにそれはできない。
もっとお互いを知って、1度でも肌を重ねてからなら余裕でやるけど。
「ええっと。事務所は10時からだから、そろそろ起こした方がいいのかな」
「かもなあ。もう9時んなったし」
「セイが起こすのっ!」
「それじゃお願いね。僕は」
ノックの音が言葉を遮る。
「お、来た来た」
「なにが?」
「いいから出てくれよ、とーちゃん。オレとセイは、カーテン閉めて桃っちを起こしとくからさ」
「はぁ」
なんなんだろうと思いながら身支度を確認して、返事をしながらドアへ向かう。
誰がいてどんな攻撃が来ても即座に相手を無力化する心構えでドアを開けると、そこにいたのはダンボール箱を抱えた、制服らしきものを着込んだ男の人だった。
「おはようございます。お届け物に上がりました」
「へ? ええっと」
「藤村探偵事務所様内の、斎藤正樹様宛になります」
「あ、それなら僕です」
昨日渡された、20歳の免許証とパスポートに書かれている名前。
「ではまずこれを」
「はあ」
差し出されたのは、頑張れば子供でも持てそうな大きさの箱。
「まだまだありますので、すぐに運び込みますね。次からは台車を使うので、少しだけお待ちください」
「あ、はい」
お届け物の受け取りなんて初体験。
どうすればいいのかなと悩んでいるうちに、男の人はドアを閉めてエレベーターへと向かう。
「おはよ、ヒロキ」
「あ、おはようございます。桃さん。なんか、僕の免許証の名前宛だっていう荷物が来たんですけど」
「ん。午後にはバイクも納車」
「はやっ。どれがいいかわからないから、最後には棗さんにお任せでって言ったのに」
「棗だから。シャワー浴びてくるから、受け取りが済んだらセイの指示で取り付けしてて」
「取り付け?」
「ん」
その意味がわかったのは、運ばれてきて伝票にサインをするように言われ、山になったダンボール箱を開けてからだ。
テレビにゲーム機、そのテレビやゲーム機を置く専用のテーブル。
ゲームのディスクもたくさんある。
「こ、これ全部でいくらするのさ……」
「シラネ。とーちゃん、2つあるテレビはどっちも壁際。ソファーに座りながら見やすい位置な」
「これだけじゃなくって、自宅にも同じのが2つ届くのっ♪」
「げえっ!?」
いくら世の中に疎い僕でも、こんなに大きなテレビが安くないのは知っている。
ゲーム機もだ。
それを、事務所と自宅の両方に買ってしまうなんて……
「早く繋げよーぜっ!」
「ととさま、早く早くっ♪」
でもそう言って急かす2人の嬉しそうな笑顔を見ると、何を考えているんだと怒る訳にもいかない。
頭を抱えながら通話魔法で桃さんからやり方を教えてもらっているらしいセイの指示に従って、なんとかテレビの設置と接続をやり遂げた。
「……はい、どーぞ」
「わぁい♪」
「っしゃあ。まずはコレから遊ぶぜっ!」
普通にソファーセットは対面型。
なので横を向いた状態で座ったセイがテ幼児番組を見て、反対のソファーに座ったフウカは最新型のゲームを始める。
どうしたものかと思いながらコーヒーを準備してそれを啜っていると、昨日と同じ色のジャージに着替えた桃さんが、シャワールームに続くドアから髪を拭きながら顔を見せた。
「桃さんもコーヒー飲みます?」
「ポカリがいい」
「了解です。…………これだっけ。はい、どうぞ」
「ん。ありがと」
「えっと、僕はどうすれば?」
「動画でも見てて」
「もっとこう、なんて言うか。僕にもできる仕事ってないんですか?」
「ない」
「そ、そうですか……」
もしかしたら僕の主な仕事は、桃さんのボディーガードなのだろうか。
棗さんが支店の仕事をスポットで回してくれたり、この探偵事務所に運よく祓い仕事が舞い込んでこなければ、こうやって動画で社会勉強をしたり、掃除洗濯なんかをして、もしなにかあった時のために待機するだけみたいな。
まあ、セイとフウカが楽しそうだからいいけど。
「来た」
桃さんがキーボードを叩く手を止めず、そう呟いたのはまだ午前中。
「何が来たんです?」
僕がそう問うと同時に、セイがテーブルに放置しているスマホが鳴った。
自慢じゃないけど、携帯電話なんて持つのは初めての経験。
電話に出る方法すら僕にはわからない。
「ええっと、棗さんって書いてあるけど。えっと」
「電話器の画像。緑の方を押す」
「こ、これですか。……押しました」
「受話器は耳に。能力者ならスピーカー通話はなるべくしない方がいい」
「なるほど」
もしもし。
僕がそう上ずった声を出すと、見事に棗さんの声が聞こえた。
微かな笑い声。
その後でバイクが届いたから下りて来てくれと言われる。
「バイクが届いたのか、とーちゃん?」
「うん。どれがいいかわかんなかったから、棗さんの知り合いのバイク屋さんオススメのにしてもらったんだよね。どんなのが来たんだろ。フウカ、バイクとか好きでしょ。一緒に行く?」
「とーちゃんの視界を見てっからいい。このゾンビ、なかなか手強くってさあ」
「あっそ。じゃあ桃さん、いってきますね」
「ん。駐輪場は、エレベーターを降りて左」
「了解です。ついでに、お昼ご飯の材料も買ってきますね」
「出前でいい」
「せっかくキッチンがあるんだから、自炊の方がいいんじゃ?」
「それは家ですればいい。仕事中は賄いだから、お金はいらない。だから、できるだけいろんな食べ物をセイとフウカに食べさせてあげたい」
2人は今まで出前なんて食べた事がないから、か。
やっぱり桃さんは優しい。
口調がぶっきらぼうでも、酔っていない時はほとんど無表情でも。
そんな優しい桃さんに愛娘達がお世話になる分は、僕が恩返しをしよう。
桃さんは、この探偵事務所は僕が守る。
それともう少し慣れたら、……ぐふふ。
「……ありがとうございます。じゃ、バイクだけ見て来ますね」
「ん」
事務所を出て、エレベーターで1階に。
言われた通り左の非常階段の横にある通路を出ると、そこには狭いけれど駐車場と、屋根の付いた駐輪場があった。
「おはよう、ヒロキ君」
「棗さん、おはようございます。わざわざすみません」
「これも仕事だもの。これがバイクで、この方が江口さん。全国展開してる中古車販売店の新宿支店長さん、それはもちろん本社の系列の会社ね」
「本社って、そんな手広くやってるんですか」
「それはそうよ。どこからか予算が貰える訳じゃないし、運営資金が寄付ばかりだと組織が歪むわ」
「なるほど。わざわざすみません、江口さん」
「いやいや。これが名刺だから、メンテが必要ならいつでも店に顔を出して。裏面に簡単な地図もある」
「ありがとうございます。これが東京での、僕の足ですか。タンクにメーカー名とかないんですね」
色は黒。
大きさはそうでもない。
250cc、もしくは400ccという種類だろう。
これなら、値段も手ごろなはずだ。
「オリジナルのままだと目立つからねえ」
「目立つ?」
「RZ350。それがこのバイクなんだけれど、かなりの年代物でね。当時からかなり人気があった。だからフルチューンついでに、ペイントも変更して目立たなくしてるって訳。ま、バイク好きなら一目で見破って、逆に感心するだろうけどね。この名車をここまでイジるかって呆れるかもしれない」
「……は?」
能力者は18歳になって本社に所属する予定で、本社が認める保護者か後見人がいれば、だいたい15歳くらいから、表記される年齢が18歳や20歳になっている、名前すら本名と違う身分証を発行してもらえる。
でもそれが免許証となると一般人と同じように講習を受けて、普通より厳しい試験に合格しないと取得はできない。
だから僕は高校生になる前に講習や試験でバイクに乗った経験があるけれど、それは250ccと400ccと750ccのバイクだった。
「うふふ」
「なんで250でも400でもなく350ccなんだろうとか、なんでフルチューンしてるんだとか、名車ってなんだとか、いろいろと不思議なんですけど……」
「だってある程度は速いバイクじゃないと、何かあった時に困るじゃない」
「そんな時は認識阻害魔法をかけて自分の足で走りますって。これ、いくらするんですか……」
「大丈夫だよ、ヒロキくん。本社の系列企業はどこも、能力者割引があるから」
「おおっ」
「だからこのサンパンは、100万ポッキリ。信じられないほどのお値打ち価格さ」
「……はい?」
100万円!?
僕の財布の中にあるのは、8万円ちょっとなんですけど!?
「そんな顔しないの。100や200なんて、その気になればすぐにでも稼げるから」
「……支店から依頼を回してもらえば、ですよね?」
「ええ。もちろん」
いい笑顔。
借金をさせる気マンマンじゃないですかと文句の1つも言っておきたいけれど、それをしたら後が怖い。
なので、溜め息だけ返しておいた。
「ははっ、尻に敷かれてるなあ。ほら、これがメットだ」
江口さんが放った、やはり黒いヘルメットを受け止める。
「ありがとうございます」
「そのメットも高いからね。間違っても、タンクやシートの上に置きっぱなしにしたりしないように」
「ち、ちなみにおいくら万円ですか?」
「15万だねえ。シンプソンのヴィンテージにしてはお安いだろ」
「うへぇ……」
15万円って。
僕が買うつもりだったのは、そのくらいの値段のバイクなのに。
ヘルメットだけで15万円……
「それでは百里室長、私はこれで。彼、運転の腕はたしかなんですよね?」
「ええ。ありがとう」
「いえいえ。では、失礼します」
「えと、ありがとうございました」
「こちらこそお買い上げありがとうございますってね。休みの日にでもブン回してみて、セッティングを変えたければ気軽に店を訪ねてくれ。それには料金は発生しないからね」
「ありがとうございます」
小さく手を振って江口さんがトラックに乗り込み、見事なハンドル捌きでバックのまま細い道へ。
それを2人で見送ると、棗さんも赤いボルボのドアへ手を伸ばした。
「あれ、もう帰るんですか? 僕達は今からお昼ゴハンみたいですけど」
「まだ仕事中だもの。そうそう。今日は、寄り道しないでマンションに帰ってね。荷物がたくさん届くから」
「……うち、めっちゃ狭いんですけど。大丈夫なんでしょうか」
「なにを言ってるの。ワンルームマンションで12畳なんて、東京じゃかなり広い方よ。じゃあ、またね」
「あ、棗さん」
「なにかしら?」
「その、今度やる100万円のスポット依頼ってのだけじゃなくって、出来るだけ依頼を回してもらったりは」
「あらあら、いいの? 助かるわあ。支店じゃ新参者だから、信頼できる腕の良いエージェントが少なくって。ならこれからは、遠慮なく依頼を振らせてもらうわね」
あ、これ間違いなくハメられた。
でもそれを言ったら後が怖いし、僕の耳に顔を寄せて「いつも私のここにハメまくってるのはヒロキ君でしょう?」くらいは言われそうなので黙っておく。
「は、はい。よろしくお願いします……」
「任せて。次は、土曜の夜にでも顔を出すわ。またね」
「お気をつけて」