セックスとチートと、時々、無双 作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ
1.
あなたは透明な衝撃吸収防護壁越しに睨みつけられている。
あなたは管理局地下九九階に設置された上位転成儀式界域でこの世ならざる人間の少女を召喚して危うく戦闘になりかけたがあっさり拘束された三人目の従者候補である彼女を見送ったのち、いったん昇降機で地上に舞い戻った。それから担当の立体映像
目的の部屋は、無菌室を思わせる清涼感で息の詰まりそうなほど白い廊下を進んだ先にあった。
「さ。入ろう」
あなたの信頼する頼もしい従者であるネル・ゼルファーは、立ち止まったあなたの肩に手を置いて言った。「向こうも待ちかねているだろうし」低く、魅力的な声でそう呟くと、隣に並んでいるもう一人の従者であるメドゥーサもおっとりと頷きながら、ネルと等しく綺麗な声をして言った。
「行きましょう、マスター」
あなたが認証をパスすると、扉は自動的に開かれた。すると部屋の中央に佇んでいた少女が気配に気づき、勢いよくあなたのほうを振り返った。
「ここから出せ」
扉が閉まり、
「それはこれからあんたにする質問の返答次第だね。もちろん、私たちは出してやりたいと思ってるけど」
鋭い眼光にも、胸の下で腕を組みながらネルは悠々とした態度を崩さない。
「まずは私たちの話を聞いてからだ。さっきはゆっくり話す時間もなかったから……でもその前に。ご主人」
あなたは前に出ると、最初にいきなり少女を拘束したことを謝った。あれは正確にはあなたのせいではなかったが、あなたはとりあえず警戒心が怒髪天を衝いている少女に誠意を見せる必要があると考えて少女が混乱するのは無理もない事だと頭を下げると、不満や不安があるのは重々承知しているがひとまず自分たちの話を聞いてほしいと伝えた。
少女は当初はわなわなと唇を噛んでいたが、あなたの態度と謝罪にいくらか留飲を下げたらしい。部屋に入ってから一度も喋っていなかったメドゥーサを睥睨すると、話を促した。
「何から話そうか。話すことはあまりにも多いけれど、そうだね。改めて自己紹介を。私はネル・ゼルファー。かつては聖王国シーハーツ封魔師団の隠密部隊長を任せられ、女王からはクリムゾンブレイドの称号も戴いた。今は……色々あって、この子の従者をやっている」
少女の目が点になったのも気にせず、メドゥーサがようやく口を開いた。
「メドゥーサです。クラスはライダー。ゴルゴン三姉妹の末妹で……好きなものは読書と、姉さまたちです。嫌いなものは、エメラルドと、あとは、わかめです。マスターのサーヴァントをしています」
あなたも続けて自己紹介をした。教えられることはそれほど多くはなかったが、少女は途中で言葉を挟むでもなく静かにあなたを見つめ続けていた。
「
少女は口端に力を込め、皮肉るような笑みを浮かべた。
「この世界は滅びかけている」
「うん」
「滅びを解決するために、私は呼び出された」
「そのとおり」
「君が、私を呼び出したのか?」
召喚時に形成される
「おかしくなりそうだ。私のなかに、私の知らないはずの知識や経験がある。ついさっきまで私は鬼どもと戦っていたはずだ。私にはその記憶がある、それは確かなことのはずだ、なのに気が付くと、光に包まれて、君たちが目の前にいた。見たこともない場所で、見たこともない機械たちに連行されて……此処に閉じ込められて。頭のなかには、私の知らない私が詰め込まれている」おかしくなりそうだよ、と少女は低い声でわらった。「おまけに世界が滅びかけているだと。何の悪夢だ、これは。新手の妖術か?」
「なんだか、あんたは自分がサーヴァントじゃないって言ってるようにも聞こえるけど」
「意味は分かる。サーヴァント。要するに式神ということだろう。
〈よくないね、これは。召喚に不具合があったのか〉
〈私のときとは異なりますね。私は自分がサーヴァントであることに自覚的でしたし、自分の死についてもはっきり認識していました。ですがこの
〈それまで別の場所で暮らしていて、いつの間にか此処に召喚されていたっていうのは、つまりサーヴァントとしての自覚はないと見るべきだね。記憶か記録に欠落があるのか、……最悪そもそもサーヴァント
メドゥーサたちがひっそりと嘆息したのにも少女は気づかない。俯いていた双眸が、あなたをうつろに映した。黒曜石の瞳。美しく普段は気高いであろう眼差しには、あなたの知るどのサーヴァントのものとも違う縋るような弱さが見え隠れしている。
「私は、帰れるのか?」
〈……まあ、そうなるか。どうする?〉
あなたは口を噤んだ。サーヴァントは自分を
あなたは逡巡するも、本当のことを告げた。即ち、わからない、ということを。
「そうか」
項垂れている。それでも、これからの関係性を考えると嘘は吐くべきではなかった。
〈どうなるかな〉
〈さて〉
少女が何かを言った。「なんだって?」聞こえない。目も、耳も閉じている。己の裡に渦巻くものを確かめるように。あるいは迷い込んだとしか言いようのない夢と現実の狭間の何処に自己を確立するか手探りしているかのように。
程なくして少女は艶のある長い髪を揺らし、あなたを見据えた。
「どうすればいい」
先ほどまで囚われていた怒りは抜け落ち、落ち着きを取り戻した声色で、言う。
「私は、どうするべきだ?」
「それはつまり、協力してくれるってことかい」
「ああ」
諦観交じりに笑った少女に対し、ネルはまだ疑わしげだった。
「あれだけ激昂したのを見ているからね。物分かりがいいのは有り難いけど、わけを聞いても?」
「――世界が危機に瀕している。たとえ異世界であったとしても、私の力が求められているのなら、私は草壁美鈴として力を揮わなければならない。それが理由だ」
「帰れないかもしれないよ。はっきり言って、現時点だと帰れない公算のほうが高いと思う」
「いいさ。いいや、よくはないが。だからといって見過ごすわけにはいかない。……君のような小さな子供を、放っておくことなど。そうだろう?」
ネルは暫し見つめると、あなたのほうを向いた。あなたは、無言の問いかけに頷くことで答えた。戦力の充実という意味でも彼女の加入は喜ぶべきものだ。続いてメドゥーサにも確認を取ると、再び少女に視線を注いだ。
「わかったよ。あんたを歓迎する」
あなたは虚空に呼びかけ、待機状態から復帰した
透明な境界境が取り除かれ、触れ合える距離で少女と対峙しながら
「それは……
刀身の根本が折れ曲がった形状をしている、今は雷電を帯びていない「文曲」の太刀。草壁五剣。回収しておいたそれをあなたが差し出すと、少女はおずおずと受け取った。柄を握り、感触を確かめている。
当然のことながら、あなたは少女の間合いの内側に入っていた。
もしあなたを人質にして逃げ出そうと企んだとしても、非協力的転成種一時隔離階層は上位転成儀式界域と同様に無認可の能力の発動を妨害する機能を兼ね揃えているため制圧すること自体は容易い。それでも、顔色一つ変えないながらもネルたちが緊張したのが伝わってきた。
「たしかに」
しかし心配は杞憂に終わり、少女は赤い召喚陣を手元に開くと、雷撃を操る妖刀を呪紋に収納した。
あなたはそれを確認してから、そっと彼女に手を伸ばした。少女は差し出された掌をきょとんと見下ろし、一拍遅れて苦笑しながら握り返してきた。
契約してくれたことへの感謝と期待の言葉を掛けると、少女はあなたと目線を合わせるように膝をつき、表情を引き締めて厳かに告げた。
「今この時より、草壁美鈴は君の式神となろう。君が正しさを違えない限り、私は悪を祓う刀として、君を傍で守り続けると。我が先祖の御魂に固く誓おう」
あなたが神妙に頷くと、
「すまなかった。この通りだ」
「……お互い様さ」
「ええ」
事情を理解するあなたたちはあっさりと謝罪を受け入れて、それでようやく張り詰めた空気はやわらぐ兆しを見せた。
「これからいろいろ世話になる。ゼルファーさん。メドゥーサさん」
「ネルでいいよ。長い付き合いになるだろうからね」
「私も呼び捨てで特に問題ありません」
「わかった。私のことも、下の名で呼んでほしい。ネル。……メドゥーサ」
「じゃあ行こう、ご主人。ミスズを登録しないといけないからね。そのあとは
面談室を後にすると、あなたは最後尾に並んだ新しい従者の隣に立った。受付フロアに着く間、時おりあなたをちらちらと見ながら、何か考え込んでいる。
「どうしたんだい」
「うむ。ああその、私は、……君のことを何と呼ぶべきだろうと思ってね」
誤魔化されたような気がしながらも、あなたは好きに呼んで構わないと答えた。しかし先輩たちの「私は“ご主人”って呼んでる」「私は“マスター”ですね」という言葉に、ふむ、と歩きながら小首をかしげると、不意に名案を閃いたというように顔を上げた。
「“あるじ殿”。どうだろう、これならば二人ともかぶらずに済む。君をそう呼んでも、構わないだろうか」
あなたに異論などあるはずがない。「決まりだな」快諾すると、美鈴は凛とした声で口元をほころばせながら言った。
「これから、よろしく頼むよ。小さなあるじ殿」
2.
あなたは美鈴を他の二人のようにシティエリアの準市民として管理局で登録したあと、管理局を訪れたときと同じように公共車両に揺られながらシティエリアに幾つかある訓練施設の一つへ向かった。
あなたたちは自分たち以外誰もいない座席を自由にするのに慣れていたが、この街の新人である美鈴は窓際で外を眺めながら、最初に管理局の外に出て目の当たりにした驚愕から未だに持続する彼女の知識にあるどの街とも違う巨大構造体が乱立する未来的景観の衝撃に「本当に異世界なのだな」と半ば青ざめており、ぽつぽつとため息を漏らしては打ちのめされたように首を振ったりしている。
彼女を気遣うあなたやネルがどんどん話しかけるようにしていると、美鈴も疎んじるようなことはせず、メドゥーサも偶に加わって互いの話題に花を咲かせることになった。
「――そうやって、星の海を駆ける船で旅をしたこともあったくらいだからね。この世界で目覚めた時も、この世界の外にいろんな世界があると知った時も、驚きはしたけど受け入れることはできたよ。驚き慣れてたのが役に立ったってわけさ」
「す、すごい話だな」
美鈴がかつて身を投じた“赤い夜”を巡る因縁やその後も続いた
「とても壮大だ。壮大過ぎて……ちょっと想像がつかない」
〈これでも控えめに言ったつもりだったんだけど〉
〈私は生前はそういうことはありませんでしたね〉
〈あんたは人間に討伐された立場だからねえ〉
「メドゥーサは?」
いくら仲間になったとはいえ、やはり美鈴の反英霊であるメドゥーサに向ける態度には微妙な違いが含まれていたが、メドゥーサもその辺りの事情は判っているのだろう。敢えて指摘して波風を立てるような真似は控えていたが。
「ないです」
「そ、そうか」
〈あんたはもう少し優しく言いなって〉
〈これが普通ですよ。ねえマスター〉
〈ただでさえ苦手に思われてるんだよ〉
〈私はそもそも人間にあまり興味がないので〉
〈おい〉
〈冗談です。ミスズは私の好みに合っています〉
〈ならさ。あるだろう〉
〈そうですね〉
「ですがサーヴァントになってからであれば、七つの聖杯を巡る探索に参加した記録はあります」
「聖杯っ?」
「ええ。人理焼却を企む魔術王との戦いです」
仔細を訊くと、美鈴はまたしても愕然とし、しまいには乾いた声で肩を揺らした。
「途轍もないな、貴女たちは。まさしく歴戦の猛者だ。なんだか私は早々いらない気がしてきたな……」
「あんただって十分に修羅場をくぐってるじゃないか。そう卑下したもんじゃないと思うよ。あんたには期待しているんだから」
「その期待に応えられるといいが」
微かに自嘲するような響き。ネルはそれに気づかないふりをして、それにしても、と呆れたように背もたれに身を預けた。
「どの世界にも、世界を滅ぼそうとするやつっていうのはいるものなんだね」
公共車両が止まり、あなたたちは目当ての縦長建造物の複数ある入り口の前で下車した。
二体の威圧的な守衛級
あなたはあなたの市民権限を網膜走査した
そこは薄暗いため橋のように誘導灯が両側に点されており、その上を進んでいると突如として巨大な空間があなたたちを出迎えた。
人が米粒に思えるような高さの天井。大観衆を収容できる
一〇〇〇〇〇〇㎥を優に超える広さは入場前の建物の外観から推測できる大きさと明らかに矛盾していたが、シティエリアの建造物の多くに使われているのと同じように此処も空間拡張技術を用いて造られているのだろう。
「いったいどれほどの……」
美鈴が圧倒されるように吐息を漏らすのを聞きながら、あなたは広大な空間にぽつんと設置されている操作卓に触れた。
【異史記録体再現選択】
「最初は誰にするんだい」
あなたは少し悩んだ。この施設を訪れたのは、実戦の前に美鈴の実力を把握するのと同時に美鈴にあなたたちの戦いがどういうものであるのかを確認させるためだ。“この世界”は草壁美鈴のいた世界とは別物であり、その敵の
「うん。いいんじゃないか」
ネルと相談しながら美鈴をあまり驚かせ過ぎないよう対戦相手をピックアップしてゆくと、敷き詰められた箱型の〈蓄験機〉の一つが輪郭に沿って発光し、水槽のなかの液体も
「メドゥーサ。ふと気になったのだが」
「なんです」
「貴女は、ギリシャ神話に出てくるあのメドゥーサなのだろう?」
「ええ。と言っても、あれも真実を語っているわけではありませんが。概ねその認識で間違いはありません」
「私はギリシャ語は話せないし、私が話している言語は日本語なのだが、なぜ言葉が通じているんだ?」
「……さあ。たぶん聖杯の奇跡とか、そういうものなのでは?」
【異史記録体出力形成】
【量子性荷魄粒砂注入】
あなたの操作を受けて足元の床材が隆起し、人間工学に基づいた曲線の肘掛け椅子に早変わりした。ネルたちのぶんも用意すると、あなたは腰かけて視線上の
「用意はいいね」
「ええ」
「う、うむ」
遅れて美鈴が席に着くのを確認してから、あなたは一列に並んで
【仮想領域点構築完了】
【異史記録体演算開始】
【没入】
光が網膜から神経に浸透し、あなたの意識は奔流に呑み込まれた。
「―――」
あなたの頭上に鉛色の空が広がっている。
眼前には倒壊した建造物や投棄された機械が積み重なっており、何処からか吹く木枯らしがネジの錆びついた解読不能のプレートを揺らして軋む音を鳴り響かせている。
「マスター」
気配に振り返ると従者たちは三人とも勢揃いしており、美鈴などは一変した景色に子供のように目を瞬かせていたが、ネルとメドゥーサは既に臨戦態勢で周囲に意識を張り巡らせている。
「凄いな。まるで本物の街にいるみたいだ」
「本物じゃないさ、よくできてるけどね。それよりミスズ。驚くのはわかるけども、後にしな」
はっとして自身の浮かれた姿に気づいた美鈴は、ごほん、とわざとらしく咳払いをして呪文を唱えた。じゃっかん早口で。羞恥に頬を色づかせながら。
「【
あなたは〈……可愛いですね〉というメドゥーサからの念話に同意しつつ、
【フィールドバリアー】
【アグリゲットシャープ】
【スペルエンハンス】
「【
八尺余りある吸い込まれるような闇色の直刀が呪紋から引き抜かれ、美鈴が「巨門」の太刀である小烏丸天国を構えたのと、空から何かが降ってきたのは同時だった。
ひび割れた道路にボールのように弾むと、ぽてんと転がって正面に止まり、それは真ん丸の目玉を見開いた。
「これは、なんだ」
唖然とした美鈴と違い、あなたたちは知っていた。青緑の身体と白く膨らんだ腹を持つ、あなたよりも背の高い、巨大なオタマジャクシのマスコットのような
「作戦を伝えるよ。ご主人が後方で魔術による支援。メドゥーサはご主人の護衛で、私とミスズは前線の維持」
大量に降ってくる。一つや二つではなかった。大きさは一緒だが体表が黄色であったり桃色であったり兎耳が生えていたりと様々に種類があり、それらは次々と目玉を全開すると、一斉にあなたたちのほうを凝視した。
「ミスズ、あんたは好きに動いてくれていい。今日はあんたの戦いを見るのが目的だからね。何かあれば私が援護する」
「あ、ああ」
「ちなみにだけど、こいつらの名前は
言いざまネルが踏み込み、鋭く一匹を両断した。固まっていたオタオタが地面を飛び跳ねながら一挙に襲い掛かってくるのにも動じず、「【肢閃刀】」〈施術〉と太刀の織りなす斬撃を衝撃波として放ちながら切り裂くと、ネルの凍り付くほど凄まじい技量に目を奪われている美鈴を見やり、普段と何ら変わらない口調で言った。
「
あなたはオタオタの群体から魔力の流れが変化するのを感覚した。魔術に心得のあるメドゥーサが素早く短刀の繋がった鎖を奔らせて手近な一匹を捕らえ、群れの中で声なき言葉で魔術を詠唱していた
「さ。お手並み拝見といこうか、陰陽師さん」
斃れたオタオタたちの身体が傷口から急速に時間が進んだように変色し、砂のように崩れ去って消える。跡形も残っていないが、他のオタオタたちは元気にたくさん跳ね回っている。
美鈴は覚悟したように頷き、独自の走法でオタオタに肉薄した。尻尾を駆使した見た目にそぐわない強烈な斬撃を躱しつつ、一閃。一撃で斬り伏せるや跳躍し瞬く隙に別の獲物に斬りかかり、横薙に尻尾を弾き飛ばした。小烏丸天国の起こす刃風が群れの合間を疾り抜け、枝毛でも刈るように敵の
あなたは、もしこれが実戦であるのならオタオタの〈ディープミスト〉や〈サイクロン〉を始めとする厄介な魔術攻撃を避けるべく比較的詠唱の早い魔術で攪乱したところをネルたちに一気に追撃させる即行戦法を取っただろう。しかし今回は事前に高威力の攻性魔術の使用は控えるよう言い含められていたため、あなたは美鈴の技量を見極める妨害をする魔術の介入を適度に防ぎながら基本的には視界の端でおたおたしているオタオタを〈ライトニング〉や〈ファイアボール〉で潰しながら状況を見通す役割に徹した。
ネルも〈チャージ〉や〈影祓い〉であしらっていたが、あくまで掃討は美鈴の手腕に任せている。
美鈴は迫りくる攻撃を目まぐるしく間合いを操りながら躱していた。峰や
「やりますね」
あなたに近づこうとするオタオタを叩き潰して引き摺りまわしながら、メドゥーサが感心したように言った。短刀の突き刺さった刃先では、オタオタが消し炭になっている。
「これで最後か」
残りの一匹を仕留めたとき、美鈴はほとんど息を切らしていなかった。けっきょく陰陽術による式神召喚は一度も使わずに剣一本で平らげ、しかし酷使した小烏丸天国には刃こぼれの一つもない。口に指を当てて呪言を唱えると、刀に付着した再現された脂が日焼けした皮膚のように剥がれ落ちた。
額に掛かっていた髪を手で整えると、美鈴は僅かに目を細めた。手甲に一筋の
じっと見下ろしている。傷を受けたことがそれほどまでにショックだったのか。メドゥーサと二人で首を傾げていると、視線を悟ったらしい美鈴は笑みを作った。
「これで終わりか?」
「まさか」
移動するよ、とネルが先導した。
崩壊した街を歩き進む。両端の電柱が建物の壁面に寄りかかるように折れ曲がって不安定な橋を架けており、たわんだ電線が風に揺れている。穴だらけで永遠に修復されない道路。活動限界を迎えて野ざらしにされている機械装置。破けて散乱する生活必需品の容れ物。腐蝕した鉄塔。掠んで消えかけているアラビア数字のハードコピー。
都市の残骸。
「似ているな。私のいた世界の、私の暮らしていた時代の都市に」
「ここまで壊れちゃいなかっただろう? 人も、物も」
「それはそうだ。……此処は、どれほどの時間が流れたのだろう。人が去ってから」
「あくまで再現だからね。もとになった場所はあるだろうけど、錆とか、これなんかの放置された具合を見るに、だいたい二、三〇年ってところじゃないか」
「ネル。先ほど向こうに機械が転がっていたのですが、あれは
「ほんとかい」
「もしそうだとすれば、此処も、かつては私たちの街と同じようなところだったのでは?」
「在り得るね、それは」
ご主人はどう思う、というネルからの問いは、あなたにしてもなかなかに答え辛いものだった。
荒廃の状態がそのまま経過年数に直結するとは限らない。例えばあなたたちの生活するシティエリアから人類が消えたのは一八〇〇〇年も前のこと――非更新の最新情報記録が正しければ――だが、大勢の建設系の
「これまでそういうふうには気にしてこなかったからね。戻ったら調べてみようか」
微笑にどこか陰のある美鈴を見上げながら、あなたは話題を変えた。先ほどの戦いで感じたことについて。
「念話?」
「そうだね。使えるに越したことはない。使ってみるかい――/――こういう感じさ〉
「わっ。頭のなかで声がする。これがそうなのか?」
〈口で喋るよりも早く思考が伝わるし、特別な術もいらない。離れていても通じるから、慣れれば連携に便利だけど〉
美鈴は目を閉じて「むむむ」と唸っているが。「ネル、聞こえるか?」
「それは念話じゃないね。声に出して言ってる」
だんだん眉間にしわが寄り、水中で息を止めているような顔になった。
「だめか?」
「うん。さっぱり。ご主人とはできるかい」
あなたが念話を送ると、〈聞こえる。聞こえているか?〉とすぐに応答があった。
「やっぱり
唐突に、低い電子的な鳴き声が聞こえた。
瞬時に身構えたあなたたちの前に、新たな敵群が崩れかけの高層建築物から姿を現す。
あなたは現れた“それ”を当然ながら知っていた。オタオタ同様に。U字型に曲がった磁石のようなユニットを左右に接着したはがね/でんきタイプである
「【黒鷹旋】!」
開幕一番、ネルの放った太刀が黒い渦を巻いて先頭の
「【
走りながら小烏丸天国を収納すると、次いで美鈴は小烏丸天国の二倍はあろうかという幅広の大太刀を引き抜き、矢継ぎ早に呪文を重ねた。
「【護身破敵とともに、禍災を除かむることを請う】――【神隠す
レアコイルはオタオタほどではないが数が多かった。「廉貞」の太刀が炎の輝きを纏い、足を止めた隙を狙って〈ラスターカノン〉が美鈴に殺到したが。
「【火焔呪、急々如律令】」
一瞬動きを止めたレアコイルを、逆に召喚された火炎流が勢いよく呑み込んだ。
「【壱の閃】、【弐の閃】――【参の祓い】!」
〈
「だめです」
メドゥーサの視たものを石化させる〈魔眼〉が間に合わなければ、一番近くにいた美鈴は浴びるのを避けられなかっただろう。発動間際で停止した敵群へ、〈ファイアボール〉とネルの〈ファイアボルト〉が命中した。爆撃でふらついたところに火車切広光を斬り下ろし、美鈴があなたたちを振り返った。
その足元で、斃したはずのレアコイルが
「ミスズっ」
けたたましい雷光が吹き飛ばした。受け身も取れずに横転し、不意を衝かれた美鈴は麻痺したらしくすぐには立ち上がれずにいる。上空に逃れた他のレアコイルたちは好機を見逃さず、一気に球体状に電気塊を生成。特大の〈エレキボール〉を撃ち放った。
それを、ネルの投じた〈黒鷹旋〉がきわどく迎撃した。電気塊が掻き消され、再びメドゥーサが〈魔眼〉を発揮すると、あなたは〈メディテーション〉で美鈴を治癒しながら呼びかけた。
「……すまない。油断した」
合間にネルがとどめを刺し、メドゥーサが一体を引き寄せて霊基を蹴り砕いたが。
レアコイルのほとんどは手の届き辛い高度へと位置を変えていた。接近は止めて遠距離攻撃に徹するつもりなのだろう。美鈴は悔しげだった。
「問題ないさ。問題ってほどじゃない」
三つの光線から成る〈トライアタック〉を躱しながらあなたは魔術を唱え続けた。道路が陥没し、破壊音が重複した。粉塵が舞う。爆圧が打ち叩く。だが当たることはない。幾つもの戦場を生き延びて〈ターミナル〉を解放してきた実力は伊達ではない。ネルの言うとおりだった。失点と云うほど深刻ではない。失点であったとしても取り返す方法は豊富にある。その機会も。
あなたは美鈴にあなたの魔術の一端を魅せることにした。
【歪められし扉】
【今開かれん】
【ネガティブゲイト】
空中に開かれた魔空間の門から闇色の球体が生じ、初級魔術を上回る苛烈さで敵を拘束した。ネルは〈施術〉を利用して建造物の壁面を地上と同じように駆けながら〈黒鷹旋〉で邪魔をし、避け切れなかったレアコイルをメドゥーサが銀鎖で縛って激しく衝突させた。
あなたは鮮やかな連携を見ていた美鈴に、あまり気負い過ぎる必要はないということを伝えた。彼女はあなたを見つめ、切り替えるように深呼吸を一つすると、「そうだな」淀みなく格子のように
「【
敵を見据えて駆け出した美鈴の手には、人型の紙片が握り込まれていた。泉が湧き出すように嵩増すと、それらは意志を宿したように浮遊して標的に突貫した。すかさずレアコイルが放電し式紙は焼き払われるがそれ以上の数量で張り付いて動作を封じ込めると、あなたは美鈴にレアコイルを落下させるよう頼んだ。
「ああ!」
美鈴の指に合わせて滝のように上から式紙が圧し掛かり、レアコイルが下まで沈み落ちてきた。
【イラプション】
待ち構えていた魔法陣から超高温の溶岩流が噴き出し、無慈悲に落下物を迎え入れた。効果は抜群であり、あっという間にレアコイルは襤褸紙のように塵となった。
【吼えよ】
【古の炎】
【不浄の生命を灰燼へと誘え――】
形勢の不利を悟ったのか、残り少なくなったレアコイルたちは背を向けると一目散に逃げ出した。
メドゥーサは鎖を引き戻し、ネルも降りてきて、敵の姿はみるみるうちに遠ざかってゆく。
「いいのか、あのまま追わずとも」
「殲滅が目的じゃないからね」
あなたはせっかく完成した上級魔術〈エンシェントノヴァ〉をちょっぴりがっかりしながら破棄すると、すっかり遠のいてしまったレアコイルたちの空を見やった。
そして虚空に亀裂が奔り、内側から裂けるように縦に抉じ開けられると、レアコイルたちが突如として目の前に出現した“
「………、」
鼻の尖った白い仮面をつけ、夜の切れ端のような黒布を全身に纏っているそれの全長は高層建造物に匹敵する
あなたたちは建物に身を隠しながら、咀嚼する
「あれも、見過ごすのか?」
「不満かい」
美鈴は
「それが方針ならば、私は従うさ」
陰陽師である美鈴にとっては快い選択ではないのだろう。あなたは火車切広光を収納した彼女に声をかけた。彼女の指があなたの髪に伸び、乱れていたのをやさしく――まるでかつて子供によくそうしていたかのように――整えると、美鈴は微笑みながら頷いた。
「先へ進もう」
あなたたちが目的の構造体を見つけたのは、それから体感で二時間ほど歩き続けた後のことだった。
3.
その“オブジェクト”に辿り着くまでの間にあなたたちが遭遇したエネミーは、実に様々な外見のもので溢れていた。
デフォルメされた人形のような見た目の
青く丸まった透過性の身体で巨大な単眼とそこから触手を生やしているモンスター
翼を生やし鎧を
人と蝶が融合したような美しい姿のアラガミ
神々しい威容を放つものや果たして本当に生物なのか判断が付きかねるモノたちと戦い、時にやり過ごすなどして進んだあなたたちは、当初の目的通りに打ち解けて結束を深められたと言っても過言ではなかった。連携も噛み合うようになり、
「【護身破敵とともに、禍災を除かむることを請う】――【神隠す十拳の如く火産霊び、火車来々、焔羅に送られん】」
幅広の道路を占有する巨大なイソギンチャクめいた食人植物である
モルボルの特徴である悪臭は〈サイクロン〉の風で無効化しており、襲い掛かってきたもう一体のモルボルは倒壊した建造物の下で黒焦げになって消滅しかけているため、残るはこの一体だけだった。
メドゥーサが拘束した鎖を通じて攻性魔術を流し込み、ネルとあなたが美鈴を支援して触手を消し飛ばしながらモルボルの注意を引き付ける。
「――【
肉薄したところへ火車切広光の奥義が衝き刺さり、モルボルの体内で炸裂が巻き熾った。
爆散する肉片を飛び退いて避けると、崩れたモルボルが急速に変色し、その巨体は間もなく内側から焼かれて塵になった。
消滅を確認する。辺りに静寂が戻ってくる。
【
「さて。ここまで来たわけだけど」
あなたたちはモルボルが守っていた道路の真中に佇立する“それ”を見つめた。
“それ”は高度な科学技術の行き届いた都市には明らかに馴染まない非現実的なオブジェクトであると同時に都市の様相と違ってまったく劣化の痕跡が見られない構造体であり、都市を探索してきたあなたたちの目的でもあった。
「疲れたかい?」
あなたがかぶりを振ると、ネルは他の二人を見やった。
「次で最後だ。準備は」
「ええ。構いません」
「覚悟はできている」
皆の視線に、あなたも頷いた。
オブジェクトに触れる。大量の
「―――」
あなたの視界に、新たな景色が広がっている。
シティエリアではなかった。再現都市でもない。
鉛色の空の下、あなたは“赤い海”の上に立っていた。
「海!? しずっ、……まないのか。浮いている? それにこの赤は、
海を、地面と同じように踏みしめて。赤潮よりも遥かに毒々しい色合いは底のほうから発せられており、赤い花弁が咲き乱れるようにして海上の至る所に浮かんでいた。
「彼岸花、か?」
地平線が見える。そこから近づいて来る人影に〈強化〉した視力で気が付くと、あなたは戦闘杖を片手に補助魔術を唱えた。
【フィールドバリアー】
【アグリゲットシャープ】
【スペルエンハンス】
ネルが太刀を抜き、メドゥーサが短刀を構える。「【文曲零零、急ぎて律令の如く成せ】――」美鈴が遅れて雷切を手元に召喚したのと、五つの敵影がはっきりと肌の粟立つような気配を発しながら存在を現したのは同時だった。
あなたは、“彼女たち”の名前を知っていた。
人類の危機に出現した海の守護者。
深海棲艦と対を為す
「あれは、人か」
「いいや。敵さ」
一番艦神風。
二番艦朝風。
三番艦春風。
四番艦松風。
五番艦旗風。
振袖に袴という大正の風俗を現した着物姿の艦娘たちが、単縦陣で海上を航行しながら接近してきていた。
どこまでも昏い双眸であなたたちを睨みつけながら。人ならざるあかしに、〈12.7cm単装高角砲後期型〉と〈10cm高角砲+高射装置〉を幽鬼のように青白い細腕に
「ご主人」
「マスター」
「あるじ殿」
作戦内容を確認する。
作戦目標は、誰一人欠けずにこの戦いを勝利すること。
「アペリスのご加護を」
ネルがからっと笑い、
「ご命令とあらば」
メドゥーサが口元で微笑し、
「必ずや勝利を」
美鈴が生真面目に頷いた。
あなたは彼女たちを見回した。遮蔽物一つない戦場で、あなたはこれまで戦ってきた魑魅魍魎とは別種の絡みつくような悍ましい殺気が自身に向けられているのを感知し、その殺気の正体があなたを殺傷するに十分すぎるほどの戦闘力を持った敵性存在であること――しかも敵の移動速度が特殊な
火蓋が切られ、五体の構える砲塔が立て続けに激しく火を噴いた。
絶叫のような砲声が響き渡るのを耳にしながら、あなたは戦闘杖を強く握りしめた。
◇草壁美鈴
・親愛度レベル1(ティロリン♪)→3に進展したド☆スケベ要因。ぴちぴち肌とけしからんムチムチ尻を兼ね揃えた高嶺の美少女学生退魔師。
・お姉さん。美声。
◇神風型駆逐艦隊
・かつて「あなた」ではない誰かの指揮下で奮闘した少女姿の付喪神。条件を満たしていないため、あなたのパーティには加入しない。