※この作品はR-18です。

セックスとチートと、時々、無双   作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ

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05

 

 6.

 

 

 

 踏み込んだときから、その街は燃え盛る炎に包まれていた。

 

 引き裂かれた家屋。捲れ上がった地表。飛散して煤けた破片。打ち砕かれた無人の城下町。それらは禍々しい蒼い炎に呑まれ、黒煙を灰色の隙間なき天蓋へと立ち昇らせていたが、しかし街そのものは遥か昔に沈黙し長らく放置されてきたかのような埃の積もった印象を感じさせる。すべてがくすんだ景観に、炎の蒼さだけが浮かび上がるように色づいている。

 

 遠くに見える、街の中央には、かつては優麗であったであろう面影を残した王城がそびえていた。

 

「ご主人」

 

 足音が聞こえる。あなたたちのものではない。近づいてきている。気配に備えあなたが戦闘杖を握ると、不意に激しく炎が揺れ動いた。瓦礫の向こう側から何かが飛び出す。

 人型。複数。

 

「【疾空斬】」

 

 旋風のような回転斬りが、伸ばされたオールドギア(・・・・・・)の腕を斬り落とした。間合いを詰めるネルは頭蓋と胴を刎ね断ち、舞うように同時に二体の霊基を刈り取る。他の二体の殺戮人形(キリングドール)は深緑の体躯をバレエのように躍らせて真っ直ぐ飛び掛かってきたがあなたの唱えた三つの光弾から成る〈デルタレイ〉が空中で邪魔をし、態勢を崩した隙に前に出た美鈴が雷切を閃かせた。一撃で頸を精確に斬り落とし、残る一体が蹴撃〈骨を断つトロワ〉を届かせようとするものの躱しざま背後を取った美鈴が斬撃を送り、赤黒い機械の覗いている胴を斜めに斬り伏せた。

 

 機能停止したオールドギアは、痛痒の存在しない無貌の残骸を転がし、塵と化して消失する。あなたたちが足早にその場を後にすると、騒動を聞きつけたらしい巡回するスケルトンナイト(・・・・・・・・)とアンデッドアーチャー(・・・・・・・・・・)の集団が骨と鎧をかたかた鳴らしてやって来たが、感知能力が低いため建物に身を潜めているとそのまま素通りして行ってしまった。

 

 あなたは息をつくと、隣で汗の一つもかいていない美鈴に今日で何度目かになる確認をした。

 

「ああ。大丈夫だとも」

 

 美鈴は、軽やかな笑みを浮かべてあなたに頷いた。双眸にはこの間まであった焦燥感のようなものは残っておらず、むしろ心身の充足による自信と余裕が現れている。

 

「ここまで連戦を重ねてきたが……疲れるどころか上り調子だ。少し前までが嘘みたいに、身体が軽い」

 

 事実、訓練施設で最初に測った時と比較しても――そのときですら見事な剣技だとあなたたちは感心していたが――こうして新エリアに侵入して〈魔力針(コンパス)〉の導くままに霊地を探索する美鈴の身のこなしようは明らかに鋭さと柔らかさを増し、陰陽術の冴えも向上していた。

 

 あなたとの交合(セックス)にサーヴァントの体調を整えたり場合によっては能力を向上させる効果があるのはネルやメドゥーサで証明済みだったが、つまりはこれこそが、房中術の働きで引き出された草壁美鈴の本来の実力であるということなのだろう。

 

 君のおかげだな。そんな呟きと共にあなたに注がれる美鈴の視線には、感謝と親愛はもちろんだがそれ以外の意味合いも込められている。あなたが美鈴の手に触れることで理解していることを示すと、彼女は戦闘では欠片も動揺しなかった表情を嬉しそうに綻ばせながら、ぎゅっと握り返してきた。

 房中術の効果は永続ではないから定期的に調整する必要があるものの、丸二日間の交合を経て結び直された今のあなたとの関係性があれば、もしそうなったとしても断られたり悪化したりする心配はなさそうだった。

 

「やれやれ。見つめ合っていちゃいちゃするのは勝手だけど、もうちょっと時と場所を選んでほしいもんだね……せめて敵地じゃなくて、シティエリアに帰ってからとかさ」

 

 じとーっとした眼差しに気づき、赤面した美鈴がしどろもどろになっているのを見やりながら、ネルが呆れたようにため息を吐いた。

 

「最初の印象じゃ、もっと真面目かと思ってたけど。そのうちメドゥーサみたいにどこでも発情するようになるんじゃないだろうね。いやだからね、いきなりしたくなったからって言って、人に見張りを押し付けて岩陰でお構いなくおっぱじめる様子を聞かされるだなんてのは」

 

「そんなことするはずないだろう!?」

 

「まあミスズなら問題ないと思うけど。いちおう、釘を差しておかないとね」

 

 もし当人がこの場にいれば「私を何だと思っているのですが」と抗議されたかもしれなかったが、メドゥーサは今は斥候役として先行しているため聞かれる心配はない。仮に聞こえていたとしても、あんがいしれっとした顔で「じゃあ次からは一緒にしますか?」とのたまうかもしれなかったが。

 

 むくれる美鈴をあなたが宥めていると、ネルは肩をすくめながら言った。

 

「相性か。メドゥーサの言うとおりだったな」

 

「なにがだ」

 

「なんでもない。三人目があんたでよかったって話さ」

 

 〈マスター。“ボス”がいると思われる場所を発見しました〉

 

 メドゥーサからの念話に、あなたは一瞬固まった。

 

 〈……何かありましたか?〉

 

 いきなり美鈴が立ち上がり、一閃した。ネルに抱えられて飛び退くと、あなたはあなたの背後に現れかけていた瘴気が霧散するのを目視した。幅の広い路地に出て周囲を見回す。何処からか哄笑が響き渡った。

 

「離れるな、あるじ殿」

 

 素早く陣形が組まれると、剥がれかけの壁材から瘴気の渦が滲み出した。

 真っ黒な瘴気が人間大の浮遊する塊になり、暗黒のマントのようにはためきながら真っ白な仮面を被った怪物としての姿を現す。

 鳥の足のように細い腕には、巨大な血に錆びた鋏(はさみ)が握られていた。あなたは特徴的な武器のおかげで即座に見当がつき、ネルたちにこの悪魔の正体を教えた。その弱点についても。

 

「デスシザーズ(・・・・・・)か」

 

 ネルが〈施術〉を漲らせ、太刀を振るった。迎え打つ鋏を弾き飛ばし、仰け反らせたところで入れ替わりに肉薄した雷切が煌々と光輝く。

 

「【五雷神君奉勅(ごらいしんくんほうちょく)】――【我が剣に歳星の気を宿さん】」

 

 帯電した斬撃を放った。鋏の片刃が破砕され、デスシザーズは赤いオーラを発しながら苦悶の声を上げて鋏を振り回すが、冷静を失った攻撃が美鈴たちに当たるはずもない。二人の連携がデスシザーズを苛烈に追いやった瞬間、あなたは悪寒に襲われた。

 低く転がり込むように飛ぶと、寸前まであなたの頭の在った空間を鋏が斬り裂いた。

 

「ご主人――」

 

 ネルたちの眼前で嘲笑するものと同じ黒い瘴気と白い仮面が、あなたの前で死臭を発しながら鋏を振り被ってくる。潜んで隙を伺っていたらしい二体目のデスシザーズの突撃はそこそこの速度だったが、あなたは危うげなくそれを躱した。ネルとの危機察知訓練で回避能力が鍛えられていたおかげだ。あなたは詠唱の短い〈アイシクル〉で反撃した。氷槍は鋏で防がれたが、しかし距離を開くことはできた。

 

「【風刃斬】」

 

 一体目を消滅させたネルが、太刀を奔らせて飛ぶ斬撃を打ち放った。繰り出された斬撃は二体目の鋏に弾かれるが、その直後にあなたは従者からの念話を聞いた。

 

 途端に、空から稲妻のような蹴撃がデスシザーズの顔面に突き刺さった。

 あまりの衝撃に地面が陥没し、叩きつけられた悪魔の仮面がひび割れ、破片が舞い上がる。

 

「メドゥーサっ」

 

 ペガサスからダイヴして飛び蹴り(アサルトアタック)を命中させたメドゥーサは、紫色の長い髪を靡かせながら〈魔眼〉で動きを封じ、デスシザーズの腕を〈怪力〉で捩じ切った。鋏を強引に奪い取り、苦悶の表情に変化する仮面のひび(・・)に突き立てると、ダメ押しとばかりに身体を回転させ脚とぴったり一体化したブーツで柄頭を思い切り蹴りつける。

 砲弾のように壁に激突し、鋏は仮面もろともに砕け散った。デスシザーズはぐったりと倒れ、そのまま起き上がらずに消滅してゆく。

 

「お待たせしました」

 

 あなたに怪我がないかどうかを確かめると、メドゥーサはあなたにダイナミックな着地を褒められてじゃっかん声を浮き立てながら、持ち帰ってきた情報を共有した。

 

「いよいよ、だな」

 

 美鈴が神妙に呟く。

 

 メドゥーサに先導を頼み、あなたは炎と死霊の跋扈する街を進んだ。

 

 遭遇戦を避けながら一時間ほど歩いて辿りついたのは、寂れた教会だった。

 

 王城から南東の程近い場所に建ち、数一〇〇人は入れそうな広さであることから栄えた勢力だったのだろう。ただし今では天井の一部が崩落し、脇にどかされている長椅子は何かに押し潰されたように圧し折られており、象徴と思しき左右の長さの違う十字架は無残に床に放置されている。

 

 今にも落ちてきそうな曇天の下で、クリスタルの結晶体で構成された半人半獣(ケンタロス)の騎士が蹲るように活動を停止していた。

 

「問題は?」

 

 顔を見合わせる。

 

「ない」

「ありません」

 

 あなたは頷いた。

 

 【フィールドバリアー】

 【アグリゲットシャープ】

 【スペルエンハンス】

 

 ネルたちが武器を構えると、高まる魔力を感知したのかクリスタルが起き上がった。

 気力は充実している。初めて目にするクリスタル・シリーズにも美鈴は動揺していない。たとえボスであろうとなかろうと、すべきことは変わらないというのが彼女の言だった。

 

「アペリスのご加護を」

 

「ご命令とあらば」

 

「我らに勝利を」

 

 槍と盾を轟然と唸らせ、クリスタルが突撃してくる。少しも怯まず、ネルと美鈴が飛び出した。太刀を振るうのを見やりながら、あなたは移動しつつ攻性魔術を詠唱した。ペガサスで飛び回るには場所が狭いため今回は助けは借りず、代わりに護衛として付いているメドゥーサもあなたの傍で魔術の援護を始める。

 

 【サイクロン】

 【スプレッド】

 【ナイトメア】

 【サンダーブレード】

 

 特別なことは何もなかった。作戦はいつもと変わらない。

 まずは敵の弱点を調べる。敵に弱点属性が無ければ連携を繋いで一方的な攻撃を畳みかけ、反撃の暇を与えずに絶えず戦場を支配し続けるだけだった。

 

「【白隼刃】【斬渦剣】【鷲爪羅閃】【黒鷹旋】」

 

 縦横無尽の機動から繰り出される、斬撃の嵐が半透明の人馬を翻弄し――

 

「【牡籥かぎかけ闔とざす総光の門】【七惑七星が招きたる由来艸阜の勢】【四星零零(しせいれいれい)、急ぎて律令の如く成せ】――

 【千歳の儔、火車切広光】

 【並びて来たれ】

 【千歳の儔、鉋切長光(かんなぎりながみつ)】

 【雷切】

 【小烏丸天国】」

 

 五宝のうちの四つを召喚した美鈴は、用途に合わせて呪文で手元に呼び寄せながら、草壁流の絶技を披露した。

 

「【火焔呪、急々如律令】」

 

 至近距離から放たれた爆炎が表皮を焼き焦がし、クリスタルの耐久を減らしてゆく。傾きながらも暴威を纏って突き出された槍の穂先へ、美鈴は僅かに身を引くと、五剣のなかで最も硬い斬鉄の太刀である「禄存」鉋切長光を寸分狂いなく突き合わせた。

 

「【忌剣(きけん)、蟲喰(むしばみ)】」

 

 甲高い壊音が反響した。

 クリスタルの動きが一瞬止まる。硝子のようなものが宙を舞った。鉋切長光の刀身には、傷一つ付いていない。対して勇猛に振るわれた巨槍は、その刃先が、原型を留めないほど粉々に砕け散っていた。

 

「【五雷神君奉勅】――」

 

 鉋切長光を握る手には、次の瞬間には雷切が召喚され、雷電を装(まと)っている。

 

「【千鳥打ち】!」

 

 振り下された雷撃が亀裂からクリスタル内部へ浸透し、人馬はついに耐えかねたように膝を付いた。

 

 【焔の御志(みし)よ】

 【災いを灰燼と化せ――】

 

 念話で退避するよう告げ、あなたは上級魔術を発動した。

 

 【エクスプロード】

 

 虚空から、超圧縮された炎の塊が落ちてくる。足元に魔法陣を展開され、回避するには遅すぎる標的を目掛けて。

 

 着弾/炸裂。

 

 爆風が長椅子を吹き飛ばし、爆心地で直撃したクリスタルは、半ば融解しかけた状態で起き上がろうとするが。

 

「【裏桜花炸光】」

 

 自己修復能力はメドゥーサの鎖を通した〈吸血〉で阻害しているため、回復が追い付いていなかった。更にネルによる怒涛の斬撃が防御を打ち砕き、畳みかけるように赤熱化した火車切広光の奥義〈火天墜衝〉がクリスタルの懐に叩き込まれた。

 

 【吼えよ】

 

 メドゥーサが〈魔眼〉を瞬間的に最大発揮し、クリスタルの逃れるすべを封殺する。

 崩落した天井を覆い隠すように生じた大魔法陣は、注ぎ込まれるあなたの魔力に歓喜するかのように輝きを強めた。

 

 【古の炎】

 【不浄の生命を灰燼へと誘え――】

 

 魔術が完成する。

 破壊を解放した。

 

 【エンシェントノヴァ】

 

 遥か高みから。星の如き輝きを放ちながら、太古の時代の業火が降り注いだ。

 

 光の柱に押し潰されるように、クリスタルは抵抗も意味を為さず倒れ込む。そのまま灼熱の箱に閉じ込められると、教会を揺るがすほどの光と爆発が巻き起こった。

 あなたはメドゥーサに余波から庇われながら、うっすらと細目にクリスタルを見た。

 

「……やったか?」

 

 激しい剣戟から打って変わって静寂が訪れ、冷たく澄んだような音が響いた。聞き覚えのある金属の破断音が数度し、あなたはメドゥーサの腕のなかでようやく戦いが終わったことに胸を撫で下ろそうとして、ネルの焦った声に顔を上げた。

 

 急速に黒ずんでゆくクリスタルの足元に、突如として巨大で複雑な魔法陣が現れていた。発光しながら、それ(・・)はゆっくりと回転を始めている。

 

「なんだ、なにが」

 

 あなたは詠唱などしていない。だがあなたはその魔法陣から滲み出す気配に、強い既視感を覚えた。

 

「マスター?」

 

 回転速度が速まるにつれ魔法陣から生じる光が増し、かろうじて形を保っているクリスタルを呑み込んでゆく。あなたはその魔法陣が、シティエリア管理局地下九九階の一等霊地に設置されている上位物質転成装置(サークル)と近しいものであることに気が付くと、すぐさま〈ファイアボール〉を打ち放った。

 

 だが火球はクリスタルに届くことなく、その手前で唐突に爆発した。まるで透明な壁が存在しているかのように。魔法陣から発せられる光を揺らすこともできない。

 

 クリスタルの前に、空中画面(ウインドウ)が表示された。

 分析不能の文字列と数式が大量に流れ、それも一つではなく、無数の空中画面(ウインドウ)がクリスタルの姿を隠すように次々と表示されてゆく。

 ネルが〈雷煌破〉を奔らせ、遅れて美鈴が〈火焔呪〉をぶつけるも、やはり手前で弾かれて羅列と回転は止められない。

 

「何が起きている!?」

 

 何かが起きようとしていた。クリスタルを斃せばあとはこのエリアの〈ターミナル〉を再起動するだけでよかったはずが、尋常ならざる事態になっている。それも決して快い方向ではなく。

 

「なにか……来るぞ(・・・)っ」

 

 魔法陣の奥から、ひときわ気配が膨れ上がった。

 

 光が膨れ上がるや、あなたたちはけたたましい咆哮が教会に反響するのを聞いた。単なる咆哮だけで建物に亀裂が走り、あなたは肌に痺れるような圧を感じながらメドゥーサに抱えられて教会を飛び出すと、背後で爆発的な魔力と、大気を劈くような極光が上空へ伸びるのを見た。

 

 天蓋を覆う灰色にぽっかりと穴が開き、瞬く間に曇天が掻き消されてゆく。

 代わりに現れたのは、闇だった。星一つない、真なる暗黒が広がっている。

 

 調律の狂った鐘の音が二度鳴り響いた。三度目は鳴らなかった。光を放つ教会の建物が内側から弾け飛び、突き破るように巨大な翼を持つ“それ”が顕現した。

 

 “それ”は巨大だった。生物として、ただそこにいるだけで他者の魂を圧迫する規格外の存在規模(スケール)だった。

 

「ドラゴン(・・・・)……」

 

 漆黒の鱗に覆われた爬虫類の如き体躯に一対の翼を生やし、黄金の恐るべき双眸と同じく鋭い牙と爪を持つ、伝説の存在。万夫不当の英雄たちが死に物狂いで立ち向かう御伽噺の怪物(ファフニール)。

 キリングドールやスケルトンのような小物とは比較にならない。フライゴンやボスゴドラのような愛嬌は皆無であり、幻想種の頂点に相応しい威容を発しながら小人(ミニチュア)のあなたたちを見下ろしている。

 

 美鈴が唖然としていた。太刀を握りしめながら、ネルが口元を引き攣らせていた。メドゥーサもだ。

 しかしすぐに引き締められる。あなたがそうであるように、誰も混乱こそすれ絶望はしていなかった。

 

「どうなっているんでしょう。クリスタルを斃せば〈ターミナル〉への道が開かれるはずでは」

 

「考えるのはあとにしな。むこうには、私たちを逃がすつもりはなさそうだ。ミスズ?」

 

「流石に竜退治は初めてだ。あとこんなに大きな敵を相手にするのも」

 

「そう言いながら、顔が笑っていますよ、ミスズ」

 

「すまない。本音を言うと、すこし、わくわくしている。不謹慎かもしれないが」

 

「この状況で笑えるんだ、頼もしいね。まあいつも通りにいこう。ご主人、連戦になる。でも、大丈夫だろう?」

 

 あなたが頷くと、わしわしと頭を撫でられた。

 

 クリスタルがドラゴンに変異したのか。それともクリスタルを材料に、ドラゴンは召喚されたのか。

 上位物質転成装置(サークル)と酷似した魔法陣。召喚を手助けするように表示された空中画面(ウインドウ)。

 それらについて思考を巡らせるには時間が足りなかった。あなたたちはまずはこの窮地を生きて踏破しなければならない。

 

 効力の消えた補助魔術を掛け直しながら、あなたたちが作戦を立てようとしたときだった。

 

 翼が広げられ、ドラゴンが空へと飛び上がった。重力を操作しているのか、翼を動かさずとも落下する様子はない。崩壊する建物を地上に残し、まるで大空の支配者であるかのように滞空し顎(あぎと)から咆哮を叫び散らした。

 音響兵器さながらの咆哮。それは歓喜か、はたまた嘲笑か。

 

「……飛ぶのか。あの巨体で」

 

「……まあ、翼がありますし」

 

 飛行するドラゴンを相手に取れる戦術は限られてくる。だが、方法がないわけではない。

 

 【幾星霜の】

 【時を翔ける星空の旅人よ――】

 

 的を絞らせないよう散開し、あなたは戦場を駆け回りながらあらゆる知識を動員して戦った。

 

 【天理のもとに】

 【終焉をもたらせ】

 

 【メテオスォーム】

 

 星の海に通じる虚空から小惑星を呼び寄せて降り注ぐ魔術で上空への退路を封じ、あらゆる構造体を焼尽せしめる〈ファイアブレス〉を回避しつつ絶対零度の大氷塊で押し潰したり閉じ込めたりする上級魔術〈インブレイスエンド〉でドラゴンを大地に押し留めながら、あなたたちは果敢に戦い続けた。

 

「蹴散らしてあげます」

 

 メドゥーサの宝具。魔力の防壁を展開した白馬(ペガサス)の吶喊で吹き飛ばすが、一撃では沈まない。一度で足りなければ、二度、三度を重ねるまでだった。

 

「【騎英の手綱(ベルレフォーン)】!」

 

 最後は片翼を斬り落としたところに膨大な裁きの雷を極限まで殺到させる〈ビショップ〉の奥義を叩き込んで城内の庭園に引き摺り落とし、〈強化〉と〈怪力〉を重ねたメドゥーサの鎖で縫い留めた隙に飛び乗った美鈴がドラゴンの片目に小烏丸天国を突き刺して退魔刀に蓄積した妖力を瞬間開放したことでようやくドラゴンの霊基(あたま)を爆散させ、耳障りな嗤笑を永遠に黙らせるのにあなたたちは成功した。

 

 一切合切終了したその頃には、城下町はすっかり更地と化していた。

 

 城も教会も住居も広場も、あらゆる歴史ある建造物は跡形も無くなっている。燃え盛る蒼い炎だけは健在であり、むしろ破壊が余すところなく撒き散らされたおかげか炎の範囲は拡大していたが、これほどの激闘であっても脱落者が一人もいないのは幸運の女神が一行に微笑んだからとも言えた――もちろん、あなたたちの努力があってこそ掴み取れた幸運の成果ではあったが。

 もしあなたが瀕死から蘇生させる〈レイズデッド〉を習得していなければ、事態はもっと惨々たる結果になっていたことだろう。

 

 あなたが覚えている限りでは(・・・・・・・・・・・・・)、予期せぬ問題が起こったのはそのあとだった。

 

「マスター!」

 

 崩壊するドラゴンの傷口から光の粒子が蝶の大群が羽ばたくように広がってゆく。あなたは幻想的な光景に誘われるようにその一つに手を伸ばした次の瞬間、足元に展開された上位物質転成装置(サークル)と酷似した魔法陣の眩い嵐に巻き込まれた。

 

「あるじ殿!」

 

 無数のあなたからの操作を受け付けない空中画面(ウインドウ)に囲まれて身動きが取れなくなり、ネルたちが何とか魔法陣からあなたを助け出そうとするが透明な壁に無効化されて絶叫する様子を間近にしながら、あなたは回転する魔法陣の輝きが強まるのに目を瞑った。

 

「ご主人っ!」

 

 あなたの意識は光の奔流に呑み込まれた。

 

 

 そして――

 

 

 

 

 7.

 

 

 

 あなたは、水底から意識が浮上しかけているのを感じた。

 

「――■■■――■■■■――」

 

 誰かの喋り声と誰かの気配を近くに感じ、その干渉が意識を覚醒状態へと押し上げてゆく。

 

「――■――■■――■?」

 

 あなたは目蓋を開いた。

 

 あなたを見下ろしている者と、目が合う。

 

「………、」

 

 至近距離に、顔があった。

 色白で、凛と鼻筋の通った女。口元にほくろがあり、両目は黒い目隠しのようなもので覆われているが、あなたには“目が合った”という感覚があった。

 あなたは咄嗟に道具箱(アイテムボックス)から喚(よ)んだ戦闘杖で振り払った。女は銀髪(シルバーブロンド)を揺らしてしなやかに躱すと、飛び退いてあなたから距離を取った。

 

「……起きた(■■■)。ポッド(■■■)?」

 

 唇が動いたのはわかったが、何を言ったのかはよく聞き取れなかった。黒いゴシックドレスのような恰好の女の傍らには箱に手足の付いたような機械が浮遊しており、それが応じるように合成音声を発した。

 

「報告(■■):対象者の心拍数上昇(■■■■■■■■■)。脳波の状況から(■■■■■■■)極度の緊張状態にあると推測(■■■■■■■■■■■■■)」

 

 あなたは女と浮遊機械に見覚えがあり(・・・・・・)、思わず声を上げた。びくりと反応するが、女が襲い掛かってくることはない。

 あなたがいる場所は鉄材で作られた部屋だった。狭いというほどではないが決して広くはない。剥き出しの配管が張り巡らされている。小さな暖色の照明がつけられており、あなたはゴムのように弾力のあるベッドの上で断熱性の毛布をかぶせられて寝かされていたらしかった。

 

 女はあわあわと何度か浮遊機械のほうを見たあと、あなたが道具箱(アイテムボックス)から取り出したように何もない場所から粒子化した大剣を呼び出した。あなたの警戒する様子を見て片手を突き出し、そっとしゃがんで剣を置くと、今度は両手を挙げながら静かに、しかし緊張したように言った。

 

「あ(■)、安心してほしい(■■■■■■■)。私たちはあなたの味方(■■■■■■■■■■)、です(■■)。あなたを傷つけたりはしません(■■■■■■■■■■■■■■)」

 

 あなたは平静を取り戻しながら、言葉が判らないということを伝えた。女も、あなたの使っている言語が通じていないらしい。困ったように浮遊機械とあなたを見比べている。

 

「言語基体分析完了(■■■■■■■■)。該当あり(■■■■)。情報同期(■■■■)。調整完了(■■■■)」

 

 小さく息をついた女が、おずおずと口を開いた。様子を見るに、やはり敵意は感じられない。

 

「通じていますか……?」

 

 女の口から出たのは、あなたの使う聞き慣れた言語だった。あなたが笑顔で頷くと、女は心から安堵したように笑みを浮かべた。

 

「私は自動歩兵人形、ヨルハ二号B型(・・・・・・・)戦闘用アンドロイド、です。私たちはあなたの敵ではありません。此処は、私たちの活動拠点の一つです……セーフガード(・・・・・・)の脅威もありません。ポッドが探知妨害の電波を発しているから。私たちは、上の階層であなたが倒れているところを発見、救助しました。あの、あなたは――」

 

 生存のための希望にも似た期待と、同時に期待が裏切られることを恐れるように声を震わせて、感情を持つことが禁じられているはずの2B(・・)はあなたに問うた。

 彼女にとって、彼女たちアンドロイドの存在理由である核心の問いを。

 

「ニンゲン、ですか?」

 

 あなたは答えた。迷うことなく。そのとおりだ、と。

 

 2Bは呆然としたようにあなたを見つめ、少しの沈黙を挟むと、触ってもいいかと口にした。あなたが頷いて手を差し出すと、恐る恐る寄ってきてあなたの手の平を確かめ始める。

 

「あたたかい」

 

 腕、肩、そして胸。壊れものを扱うように触れる。「心臓の音……うごいてる」聞き入るようにそうしており、あなたはむず痒いのを耐えてじっとしていると、ぽつりと呟かれるのを聞いた。

 

「本物の人間。生きている……ほんものの」

 

 2Bは目隠し(ゴーグル)を外し、あなたを見た。素顔になった彼女の眦(まなじり)には光るものが伝っており、あなたの手を自身の頬に押し付けると、人間の機能を再現した躰であなたの体温を感じ取ろうとしていた。

 

 あなたは暫らく好きにさせ、その間に念話で従者たちに呼びかけてみた。応答はない。ここに来るまではあったはずの繋がり(・・・)も感じられなくなっている。

 あなたが声をかけると、はっと我に返った2Bは立ち上がって目元を拭い、随行支援ユニットであるポッド042(・・・・・・)を振り返った。「ポッド」

 

「報告:分析の結果、対象者が人類であることは99.9%確実。ヨルハ機体2Bはこの生存者の安全を保障し最優先で保護するべきと判断する」

 

「当たり前のことをわざわざ言わなくてもいい」

 

 2Bはぶっきらぼうにポッドに返事すると、姿勢をしゃん(・・・)と正し、胸に手を当てながら敬礼した。涙ではなく、強い決意を秘めた眼差しをして。

 

「あなたは私が守ります。それが私たちの使命だから。人類と、再びお会いすることができて――とても光栄です」

 

 あなたは2Bの迸らんばかりの熱意に、彼女たちアンドロイドに組み込まれている“使命”を察してその心情を解しながら、記憶が断絶する前のことを思い出そうとした。

 ドラゴンとの激闘。斃したあとの、眩い召喚陣の光。気が付くとあなたは此処にいた。ならば、ネルたちは何処にいるのか。

 

「他にも人がいるのですかっ?」

 

 2Bが発見したのはあなただけだったらしい。あなたは自身に起きた幾つかの可能性を考えながら、そもそも此処は何処なのかを訊ねた。

 

「解答:建設作業機械によって無作為に成長を続ける無人都市。工事を途中放棄された区画。呼称名は不明。現階層の全貌を把握することは困難」

 

 あなたはやはり自分の目で確かめるために立ち上がり――気怠さは残っていたが動けないほどではない――2Bがあなたを発見した場所までの案内を頼んだ。当然ここを出ることの危険性を説かれたがずっとこのまま閉所に引き籠り続けるわけにもいかないため、あなたは2Bが守ってくれるから心配はしていないと気楽に言って出立の用意を始めた。

 ポッドの小言を尻目に道具箱(アイテムボックス)を改める。

 

 発信機。

 魔力針(コンパス)。

 熱電小刀(ベクトルナイフ)。

 瞬間固定泡(バブルテープ)。

 擬装粒子散布端末(ステルスメイカー)。

 防水防刃防弾外套(ユニバーサルコート)。

 耐麻痺耐毒耐石化耐呪殺耐凍結耐火傷耐封印耐停止耐病魔耐幻惑礼装/チェック・シリーズ。

 魔力活性剤。回復促進剤。栄養補給剤。

 等々。

 

 万が一味方とはぐれて単独行動をせざるを得なくなったときのサバイバル・キットは一通り揃っていた。中身に問題はない。

 

「……わかりました」

 

 安全を保障すると誓った手前2Bとしても「やっぱり守れません」と否定はできず、人類への奉仕を根幹にプログラムされているアンドロイドがあなたのお願いに逆らえるはずもなかった。

 

「ですが、一つ質問をよろしいでしょうか。――あなたのことを、私たちは何と呼べば?」

 

 あなたは少し迷った。思考を挟み、それからあなたは“ビショップ”と名乗った。

 

「わかりました。ビショップ。……ビショップ……ビショップ……」

 

 2Bは噛み締めるように何度も呟くと、操作パネルに触れて隔壁を解除した。付近に敵性存在がいないかどうかをポッドに走査(スキャン)させながら東洋の刀を思わせる小型剣〈白の契約〉を片手に呼び出し、確認するように振り返る。

 2Bに頷き返し、大きな音を立てないよう気を付けて外に出るや、あなたは喉を引き攣らせた。

 

 視界いっぱいに続く巨大構造体の壁と、海溝のような空間の断絶に圧倒される。踊り場は金網で組まれているため、顎を開いた渓谷の上を歩いているような感覚があなたを襲った。いったいどれほどの深(たか)さなのか。メートル換算で数一〇〇〇メートルはありそうな断崖だった。堪らず脚を震わせるあなたの目の端で、ポッドがじっと浮遊している。鉄や化学薬品の臭いの混じった風が流れてきてあなたの前髪を揺らした。

 

「ビショップ。こっちです」

 

 石材で造られた灰色の階段で2Bが待っていた。階段は建物に絡みつくように曲がりくねりながら続いている。こちらは、金網のように踏んでも弛んだり弾んだりはしない。

 あなたはバンダナを取り出して空気中に交じる粉塵を避けながら時に2Bに気遣われつつ数一〇〇段を登り終えると、なおも果てしなく続く大空間に言葉を失った。

 

 高さの違う巨大建築物が乱立し、槍のように壁に突き刺さる細長い機械構造体の上部に埋め込まれた発光体が何処までも続くばかばかしいほどの広がりを照らしている。

 視力を〈強化〉しても奥まで見通すことは叶わず、優れた精度を誇る2Bのゴーグル機能やポッドの走査能力でも“底”までの距離を測ることはできないという。

 向かいの壁に“建設者”が張り付きながら作業を行っている。単体ではなく群れでいる姿は蟻や蜂の蠢くさまを連想させ、別の場所では斜面に不規則に連なる通路を建造していた。こちらから攻撃を仕掛けなければ、特に放置していても問題はないようだった。

 

 断絶に架けられた斜張橋を渡り終えた頃、あなたは先導してくれている2Bに“サーヴァント”という言葉を訊いたことがあるかと訊ねた。「サーヴァント。何かの暗号ですか?」2Bに魔力反応はなかった。知識もないらしい。つまり、聖杯に召喚されたりしたケースとは異なるのか。

 あなたは他にも色々と訊いた。そのなかには、お願いも含まれていた。

 

「言葉遣い……ですか。しかし、人類であるあなたを相手に敬語を使わないようにと言われても」

 

 あなたは2Bの身内に対する普段の口調を知識で知っていた。それはあなたから見ても好ましいものであり、是非そうしてくれたほうが自然であなたにとって精神衛生上都合がよかった。

 

「わかりま、……わかった。……これで、いい?」

 

 あなたは元気よく頷いた。2Bは不思議な要求をする人間相手に、慣れるのに時間がかかりそうだった。 

 訊くことはまだ残っている。薄々勘付きながらも、あなたは更に踏み込んだことを訊いた。此処(・・)には2Bの他にアンドロイドはいないのか、ということを。

 

 2Bの歩調は変わらない。声質も。ただし空気が変わったのをあなたは察した。

 

「今は、私だけ」

 

 ぽつぽつと語り始める。

 今から三五〇四〇時間前――つまりは四年前(・・・)――2Bは、“此処”より遥か下層の衛星軌道基地(バンカー)のなかで目覚めたという。そこには2B以外にも22B、21O、6O、A2、ヨルハ部隊司令官やそれぞれのポッドらがいて、バンカーは巨大構造体の壁の中に埋まるように不時着していたらしい。

 

 “らしい”というのは不時着の前後記録を誰も持っていなかったからで、バンカーはシステムに甚大な被害を受けていたが司令官の指揮によって部隊が情報収集を進めた結果、一部の構造体に人類の生活痕跡が在ることを突き止めるに至った。アンドロイドの宿敵である機械生命体やエイリアンが存在せず、代わりに未知の生物が無限とも思える垂直に連結した巨大構造群体を動き回る2Bたちの元いた場所とは何もかもが違う世界で、部隊は何とか人類を探し出そうと探索を続けていたが。

 

「誰も見つからなかった」

 

 誰も見つからないまま半年が過ぎた頃、その敵は現れた。

 

「セーフガード。奴らに、仲間は皆、殺された」

 

 防衛に失敗し、僅かに生き残った人員で完全に破壊されたバンカーを去り、アンドロイドの悲願を叶えるために探索を続けたが一人また一人と斃され、数を減らし――そうして現在(いま)に、あなたに辿り着くことになったのだという。

 あなたは俯いた2Bの横顔に、彼女があなたに寄せる思いの丈を推し量った。仲間を失い(ポッド042がいるとはいえ)一人で戦い続けた末に人類(あなた)を見つけられたことは彼女にとって、どれほど衝撃的な救いであったのかを。

 

 あなたは悩んだ末、自分もまたそうなのだと告げた。

 真剣な声音に脚を止めた2Bに対し、あなたは自らの正体を打ち明けることにした。即ち、あなたは2Bの世界の住人でもこの世界の住人でもない、別世界の人間なのだということを。

 

「別世界の、人類……」

 

 あなたは語った。この物語(せかい)には次元の壁を隔てて様々な世界が存在しているということを。あなたはそのうちの一つにして滅びかけた世界を救う役割を担わされており、これまでにも従者たちと共に多くの世界を巡ってきたのだと。

 そして“この世界”もまた、様々な世界のうちの一つなのだと。他ならぬ2Bや2Bの語ったセーフガードという聞き覚えのある存在がその証明になるのだと説明した。

 

 2Bとポッドは途中で言葉を挟んだりしなかった。ただあなたの話に耳を傾けていた。

 

 沈黙があった。2Bたちに、あなたがアンドロイドを生み出した人類でないことを知られればどうなるのか。守るべき対象(じんるい)ではないと見放されてしまうのか。ネルたちとは連絡がつかない。あなたには2Bの協力が必要不可欠だった。だからあなたはこのことを黙っていることも出来た。だが正直に打ち明けてくれた2Bを前に、あなたは不誠実でいることを選ばなかった。

 

「わかった」

 

 2Bの声は小さかったが、敵意は含まれていなかった。

 

「ここに来るまで、探索の道程で人類と遭遇したことは一度もなかった。だからあなたを発見したとき、私はもしかしたら、あなたも私たちと同じような境遇なのかもしれない、と考えた」

 

 あなたは見つめ合った。ゴーグルで隠されている彼女の双眸と。

 

「司令官は、私たちの守っていた地球とこの世界は別物である可能性を口にしていた。だけど人類が生きているのなら、たとえ別世界であっても、それを助けるのが我々の使命だ、とも言っていた」

 

「肯定:人類の保護と情報収集は我々の存在意義。これは最優先の重大事項であり、この目的が他の命令によって脅かされることは決してない」

 

「あなたの横たわる姿を目にした瞬間、私も司令官と同じことを思った。これが私の使命なんだって。だから安心して。ビショップは、私が守ります」

 

 あなたは礼を言った。信じてくれて、助けてくれありがとう、と。

 

 2Bの口元が、それと判るように微笑んだ。

 

 歩き進んでいるうちに、幾つもの金属レールが集まる場所に到着した。

 

 鋼鉄製の中型昇降機がある。これであなたの倒れていた階層まで昇れるらしい。乗り込むと、箱型昇降機が大きく軋み揺れた。思わず不安になるほどに。

 

「報告:保護対象者ビショップの心拍数上昇」

 

 2Bによれば動作に支障はないらしいが、扉が閉まると突き上げるように上昇が始まり、加速が増すとレールが激しく火花を散らした。

 窓ががたがた鳴き、きゅるきゅると金属音が鳴っている。

 あなたは座席に腰を落ち着けず出来るだけ2Bの傍に寄り、移動が無事に終わるまでアトラクションさながらのサスペンスと付き合うことになった。

 

 あなたに頼られている2Bはまんざらでもない様子でずっとあなたと手を繋ぎ、ポッドはふわふわと浮きながら、あなたにとってはびみょうに気恥ずかしい光景を記録し続けていた。

 

 

 

 8.

 

 

 

「ここ」

 

 2Bが立ち止まる。

 

 古びた建物のなかにある、小さな広場だった。廃墟でありながら他の建築物と違い瓦礫の散乱が少なく、建設者によってでたらめに作り替えられた形跡もない。

 

「ここに、あなたは倒れていた」

 

 広場の中央には石碑のようなものが立っていた。

 それを見た途端、あなたは奇妙な感覚に襲われた。ポッドが以前調べたが何もなかったと報告してくるが、あなたが近づいてそれに触れると、沈黙する石碑は突如して“起動”した。

 

 空中画面(ウインドウ)が表示される。〈ターミナル〉の再起動時のように表示された画面は高速で下に流れていくため、いちいち文字を読み取ることはできない。

 空中画面(ウインドウ)が、電源が落ちるように消失した。

 

 何も起こらない。

 

「ビショップ……?」

 

 するとあなたの期待とは裏腹に、随行支援ユニットが淡々と報告を上げた。

 

「警告:付近に膨大な電磁力場の出現を検知」

 

「まさかっ」

 

「報告:信号解析の結果、電磁力場はセーフガード出現時の傾向と98%の確率で一致」

 

 2Bが走り出し、あなたも構造体の外に飛び出した。

 

 通路に、目が眩むような放電現象が起きている。夥しい電流が渦を巻き火花を噴きながらますます拡大して通路や瓦礫を呑み込み、それらの物質的特性である材質や体積をまったく無視して何処からか送り込まれてきた(・・・・・・・・・・・・・)情報に則り異なる存在へと強制的に上書きし再構築してゆく。

 

 五つの放電現象が止み、道路や壁材であったものが人型の機械に変貌し終えたのはほぼ同時だった。

 

 五体。その機体(ボディ)は首や関節や掌部の黒を除いて全身が白で統一されており、頭部は仮面めいた感知器と分析器で覆われていてあなたの数倍の大きさを誇り、昆虫めいた四足歩行でありながら獣の如き敏捷さであなたに飛び掛かってきた。

 

 奔る音。それ自体が鋭利な重金属の刃である五指があなたに届く前に2Bが拳撃で吹き飛ばすと、小型剣で一体を斬り払い、勢いのまま投擲して別の個体を縫い留めるや喚び出した大型剣〈白の約定〉を片手であなたに当たらないよう振り回して蹴散らした。

 ひっくり返った“駆除系”を一息で両断する傍ら、あなたは〈デルタレイ〉で接近しかけていた個体を攻撃しながらまだ放電が続いている六つ目の箇所に〈ファイアボール〉をぶつけた。

 

「ポッド!」

 

 火球は効いておらず、放電現象は止まらない。瞬く間に五体目を粉砕した2Bが命じるとポッドの外装が変化し、けたたましい銃声を発しながら重機関銃のように弾丸を連射した。

 全弾命中。だが止まる気配はなく、ポッドは続けて貫通レーザーまでもを放ったが不可視の電磁場によって弾かれてしまう。

 

 異質な放電現象が収まると、現れた“それ”はそれまでの機械人形たちと違って白ではなく黒の外殻機械(スキンスーツ)を鎧(まと)っており、他の機械人形のような仮面ではなくはっきりとした人相があった。

 

「あああ……! おまえは!」

 

 途端に2Bが、悲鳴にも怨嗟にも似た絶叫を上げた。

 

 

「私/■■(われわれ)セーフガードは」

 

 

 “それ”は目を開き、無感動に。

 無機質に、あなたたちに告げた。

 

 

「排除する。おまえたち〈アル・トネリコ〉接続権を持たない不法居住者を」

 

 

「――サナカン(・・・・)!!」

 

 

 上位識別個体(サナカン)の背後で放電現象が始まっている。数にして一〇。

 

 サナカンは憎悪を剥き出しにする2Bとあなたを見やると、外殻機械(スキンスーツ)の右腕部に接続された武装の照準を合わせた。

 

「警告:高熱量反応増大」

 

 ポッドの報告に次いで。

 

 

 重力子放射線射出装置(・・・・・・・・・・)が高周波を発し、すべてを灰燼に帰す強烈な閃光が解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ◇ヨルハ二号B型(2B)
 ・銀髪眼帯ゴスロリスタイルでしかも得物が日本刀&大型剣というちょっと尋常じゃないくらい属性を盛りまくった美尻クール系人類奉仕型女性アンドロイド。
 ・条件を満たしていないため、あなたの召喚に応じることはできない。

 ◇重力子放射線射出装置
 ・直撃すれば耐えうる素材は存在しないとされるビーム弾を発射するエネルギー・ウェポン。第一種臨界不測兵器とも。





















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