※後編の執筆途中で忙しくなり、完成までにかれこれ1年半以上の時間がかかりました。
原作ではうるかルートに入る前の段階で書いたため、ふたりが結ばれるまでの経緯が原作と異なります。あらかじめご了承ください!
「うぅ……階段を上るのさえキツいとは……」
アパートの2階へと歩を進めながら、成幸はどろりと疲れの滲んだ息を吐いた。
曜日は金曜、時間は夜遅く。職員会議だ追加の仕事だなんだで、身体全体に鎖が巻き付いたような倦怠感に包まれている。油断すれば足を引っかけてすっ転んでしまいそうなので、普段は使わない手すりにまで頼っている始末。いつもは目に入ることのない階段の汚れにまで気付く。いったいどれほど歩くのが遅いのかと苦笑した。
「ただいまー……」
鍵を開けると、見慣れた小さなスニーカーが三和土にちょこんと置いてある。日頃からあちこち駆けずり回って研究するという意志を込めて買った、ちょっと良いスニーカー。買ってまだ数ヶ月のはずなのに、もうぼろぼろになっている。靴ひとつで彼女の努力の跡が見えるのが、なんだかすごく嬉しい。体力がない彼女がこれだけ頑張っていることに勇気をもらえる。
のろりと辺りを見回す。廊下やリビングの灯りは点いているが、寝室は暗い。さすがにもう寝てるよな……と、足音を立てないようにそろりそろりと移動する。
「……あれ?」
もう寝室で休んでいると思った女の子を、リビングのソファで発見した。
ふわふわとした生地のスウェットとショートパンツ姿の彼女――緒方理珠が、身体を丸めて横向きになり、くぅくぅと愛らしい寝息を立てていた。
「待っててくれたのか……」
通勤カバンを置き、理珠の寝顔をじっと見つめる。
疲れているだろうからベッドで休めばいいのに……と心配する気持ちと、それ以上に自分を待っていてくれた嬉しさが胸を打つ。
「あ……」
テーブルを見るとメモ書きが置いてあった。
『うどん、冷蔵庫にあります。起こしてくれれば簡単な料理を作りますから。起こしてくださいね?』
「……ほんと、無理すんなっての」
胸のうちがぽかぽかと温まる。倦怠感の鎖が、理珠の優しさでするりするりとほどけていく気がした。自分は本当に幸せ者なんだな、とつくづく思う。
「料理は無理に作らなくていいけど、ベッドで寝てほしいしな……」
いずれにせよ起こさないと……と理珠に近付いたとたん、目をつぶったままの彼女が急に機敏に動いた。
「ぐぇっ!?」
まずは脇腹へのチョップ。
「げふっ!?」
続いて同じ場所への回し蹴り。
「がふっ……な、なんで同じところを……うおぉ……っ!?」
次はどんな攻撃が……と思ったら、今度はぎゅっと抱き寄せられた。疲労&とつぜんの攻撃に弱った身体はなすすべもなくよろめき、ちっこい身体からは想像もつかない豊乳に顔が包み込まれる。
(うおぉぉぉぉ!?)
柔らかい。良い匂い。寝てしまいそう。やわらかい。とてもいいかんじ。しあわせ。
疲れた身体にこの刺激は甘すぎる。知能指数がとんでもない勢いで下がっていく。
「んー……成幸さん……」
(……俺?)
成幸の頭をくしくしと撫でながら、理珠が幸せそうに呟く。視線を上げれば、整った顔に安心と愛情に満ちたほのかな笑みが浮かんでいる。胸をたやすく貫く愛らしさ。
と、そこで。
「……成幸さん……。……って、あれ? 成幸さん!? ひゃわぁぁっ!?」
理珠が目覚めた。夢の中で名前を呼ばれ、現実に戻ってももう一度名前を呼ばれるという稀有な体験。
「ご、ごめん理珠! 悪気があったわけじゃあ……!」
そもそも抱きつかれてこうなったのだし、仮に成幸から抱きついて今の状態に至るのだとしたら悪気以外の何物でもないのだが。低下した思考能力ではろくな言い訳ができるわけもない。
「い、いえ、大丈夫です、きっとまた寝ている私が悪さをしてしまったんでしょうから……」
「……あの、理珠さん?」
先ほどから続く違和感。
理珠さんが、なぜか起きてからも離そうとしません。
「……えーっと、あの、理珠さん?」
「…………」
ぎゅー。
ほんのりと顔を赤らめながらも、理珠はマシュマロのような胸で成幸を包み込んでいる。
「……成幸さん、今日も大変でしたね」
「え? ああ……そうだな、週末だからってのもあって、業務が立て込んでなぁ……」
「そうですか……本当にお疲れ様です。……あ」
「どうした?」
顔を上げると、理珠が小さな手を口に当ててこほんこほんとわざとらしい咳払いをする。
「おかえりなさい……成幸さん」
順番があべこべになったなぁ……と苦笑しつつも。
「ただいま、理珠」
小さな花が咲いたような笑みに、成幸も柔らかな笑みで応じた。
× × ×
成幸と理珠が交際に至ったのは、一ノ瀬学園の卒業式の日だった。
『緒方、伝えたいことがあるんだ』
『成幸さん、お伝えしたいことが……』
ふたり同時に相手を呼び出そうとしてぽかんとして。
『え、えっと、緒方からどうぞ?』
『え、いや、その、な、成幸さんからどうぞ!』
いざひと気のないところに行っても、どちらから言うか迷いに迷い。
『お、緒方の用事は重要なのか? 俺はすごく重要なんだけど……』
『わ、私も重要です! その、こ、今後の人生を大きく左右するというか……一生ものの影響というか……』
『え、ええ!? そんなに!? いや、でも俺もそうかも……』
この辺りでお互いなんとなく察したものの、まさか相手に「もしかして告白しようとしてる?」などと無神経極まりない聞き方をできるはずもなく。
その結果、同時に用件を言おうという奇妙な展開になり。
『緒方……いや、理珠』
『成幸さん……』
『『好きだ(です)、よかったらお付き合いしてください!』
『『……えぇ!?』』
同時に告白するという、奇妙奇天烈なことになった。
ふたりとも驚き、顔を真っ赤にして、そしてどうしようもないほど幸せな気持ちになった。理珠は泣き出し、何も泣かなくても……と困ったように笑う成幸もつられて泣いた。
ふたりの大学は別々だったが、電車でふた駅ほどしか離れていなかった。それでいて実家からは遠い。経済状況の苦しい成幸は実家から通おうとしたが、そうすると片道1時間半はかかってしまう。
『ここまで来といてなーに遠慮してんの。せっかくなんだからひとり暮らしを満喫してきなさい』
『い、いいの……?』
『子どもが巣立つのは寂しいけどねぇ。……ほら、水希、しっかりしな……水希!? ちょっと!?』
『おおおおお兄ちゃんがひとり暮らしししし……』
温かい言葉をかけてくれる母の横で、妹の水希がかたかたと震えながら泡を吹いていた。経済事情よりも家庭事情を何とかするほうが大変だった。
結局、成幸は教育大学の学生寮に引っ越すことになった。理珠も同じく学生寮に住んでいた。
成幸と理珠は、初めこそとてもウブな生活をしていた。恋人になった理珠は思ったよりも遥かにいじらしく、心理学部の1年目で忙しい合間を縫っては成幸に会いにきた。そんな理珠が可愛くてしかたがなく、成幸も頻繁に会いに行った。
交際は順調そのもの。教師になる夢を叶えるべく励んでいる勉強も、とても楽しくてやりがいに満ちている。
しかし、徐々に時間が経つにつれて、成幸はある悩みを抱えるようになった。
……理珠を、部屋に呼べない……!
高校生の成幸なら、こんな悩みは想像さえしなかっただろう。
しかし理珠との交際も進んできて、デートの際にキスもよくするようになった。ちなみにキスは理珠からよくせがんでくる。言葉にはせず、薄い唇をすぼめてぴょんぴょんと飛び跳ねるのだ。こんな可愛い生き物がこの世にいるのかと毎回感動している。いや、そうではなくて。
そろそろ次の段階へ進みたい。しかし、学生寮はセキュリティのしっかりした男子寮で、受付には常に守衛がいる。防犯がしっかりしているのはありがたいが、こういうときは恨めしい。
理珠の住む女子寮は成幸の住んでいるところ以上のセキュリティで、かなり厳重に警備されているとのことだった。
そういった防犯の面でも入りづらいが、成幸は理珠を寮まで送った際、女子グループがかしましく話しながら寮に入っていくのを見た。古めかしい言葉で言えば花園、という言葉がよく似合う場所。尋常でないほど入りづらい。
ちなみに関城紗和子も理珠と同じ大学、そしてどれほど運が良いのか同じ寮の隣の部屋に住んでいる。『緒方理珠が今日も可愛いわ』と毎日大量にLINEしてくるのがどうしたものかと思うが、幸せそうで何よりだ。
どちらも学生寮で、相手を招き入れるのは厳しい。そしてふたりの互いへの思いは高まるばかりで、成幸だけでなく理珠も、恥ずかしがりながらも次の段階へ進みたがっているのが手にとるようにわかった。
初めてはどちらかの部屋で落ちついて……と考えていたが、それならばいっそホテルで……などと考えているうちに、大学1年目の終わりを迎えた。
お互い、アパートやマンションに移るとなるとバイトを始める必要があった。しかしふたりとも勉学に忙しく、さらにバイトまでしては逢瀬の時間が減ってしまう。
そして何より、理珠ともっと深い関係になりたい……!
そう思った成幸は、
『理珠、いっしょに暮らさないか?』
夕方、ひと気のなくなった教育大学のキャンパスのベンチで、自分でも驚くほどすんなりとその提案を口にした。
『へ……?』
夕暮れに染まる整った顔が驚きに固まる。きっと真っ赤になっているんだろうな、と思えた。成幸自身もひどく顔が熱く、真っ赤になっている気がした。
『た、たた、たしかに、私たちは学生で、い、いっしょに、す、すす、住んだほうが、ご、合理的に、せ、せせ、生活費を切り詰められるかとも思いますし……』
耳から煙が出そうなほどあわあわとする恋人は、表情筋が溶け落ちそうになるほど可愛らしかった。
『よ、よろしくお願いします……』
『……ありがとう』
こうして、ふたりは同棲することにした。
まだお互い被扶養者なので、当然ながら同棲の承諾を両家で得る必要があった。
大変だった。
すごく大変だった。
正確に言うと、ふたり。大変な人がいた。
唯我家では母と双子の弟妹である葉月と和樹は大賛成をして、緒方家は母が快く承諾してくれた。
成幸の妹の水希と、理珠の父が大変だった。
水希は成幸がひとり暮らしする段階でもさんざん駄々をこねたし、理珠との交際を知った際は三日三晩寝込んだと葉月と和樹から聞いていた。
『お、お兄ちゃんが、遠くへ行ってしまう……』
ハンカチを目に当て「よよよ」と泣き、ひたすら同情を誘ってくる妹を真剣に説得した。初めは成幸ひとりで真剣に話し、次に理珠も交えて3人で話をした。謎の三者面談だった。
初めはどうなることかと思ったが、
『理珠さん、わかります!? ちょっとうとうとしてるときに少しだけ舌っ足らずになるお兄ちゃんの可愛さが!』
『わかります、わかります! 口がむにゃむにゃしている成幸さんの可愛さといったらもう……!』
途中から、思いのほか意気投合していた。水希も理珠も興奮でふんすふんすと鼻息をついていた。仲が良くなるのは嬉しい限りだが、話題が恥ずかしすぎてその場にいるのがとても大変だった。
理珠の父はもっと大変だった。
まず挨拶に行った際、鬼の面をつけて包丁を持参していた。
『お父さん、半径3km以内に近付くのを禁止します』
『それもはやこの街にいれないよ理珠たまぁぁぁ!?』
娘に泣きつく父親という構図はなんとも悲しいものがあったが、娘が可愛いということには深く深く同意した。
その後、まずは3人で会話をした。『成幸さんとお父さんをいきなりふたりきりにするのは危険ですので』とごもっともなことを言われた。
『おう成幸よぉ……うちの理珠たまの愛おしいところ、とりあえず100個言ってみな』
『お、お父さん!? とつぜん何を……!』
『あ、100個でいいんですね? 重複するといけないので紙に書いていいですか?』
『え? お、おう、べつにいいが……』
一ノ瀬学園で理珠と過ごした1年間、そして交際するようになってからのもう1年間を思い出しながらひたすら書き連ねていく成幸。キスのときの仕草など、書いた瞬間首と胴が泣き別れするような事柄は避けつつも、気が付けば100個書き出していた。
『ほ、本当に書いちまいやがった……』
『はぅぅ……』
リストを眺めて唸る父と、両手で顔を覆って耳から湯気が出そうなほど赤面する娘という不思議な構図ができあがる。
『書こうと思えばもっと書けますが……僕は単純に、理珠さんといっしょにいたいんです。隣にいてくれると安心して、いっしょに頑張ろうと思えます。支え合おうと思えます。……だから、同棲を許していただけないでしょうか』
『成幸さん……』
どこまでも真摯な成幸の言葉に、理珠がぽわぽわとした顔を向けてくる。ふたりきりなら抱きしめていたところだ。
『ぐぬぬ……こ、ここまで理珠たまを大事に思ってるとは……よし、成幸、こっち来な。理珠たまは休んでてくれ』
『お、お父さん!? いったい何を……!』
『大丈夫、心配すんな。理珠たまが生まれてから一ノ瀬を卒業するまでの全アルバムを解説付きで見せるだけだから』
『別の意味で心配ですよ!? 成幸さん、そんなことに付き合わなくてもいいですからね!?』
『興味あるな……お願いできますか?』
『おうよ! 一晩はかかるから覚悟しときな! 明日は店が定休日で良かったぜ!』
『お父さん!? 成幸さん! うぅ……!』
それから本当に一晩かけて説明を受けた。朝になってリビングに戻ると、きちんと休んだ理珠が赤らめた頬を膨らませ、成幸の脇腹をてしてしと叩いた。眠気と幸福が重なって気絶しそうになった。ソファで休ませてもらっているあいだ、理珠は両親と話し込んでいたとのことだった。
そして、ふたりの同棲が始まった。
『成幸さん、その、今夜は……いっしょに寝ませんか?』
同棲開始から1週間が経ち、そろそろ新たな一歩を……と思っていた矢先。理珠から誘いを受け、成幸は首が壊れたのかと思うくらい何度もこくこくと頷いた。
初めての行為は、予想通りぎこちなく、予想以上に気持ちが良く、予想という言葉が馬鹿らしくなるほど幸せな時間だった。
『成幸……さん……っ』
奥まで繋がり、指を絡めたときに理珠が漏らした声。今まで聞いたどの声よりもか細く、なのに濃密で、胸を貫く声だった。
緒方理珠というひとりの女の子の心を、身体を、芯の芯まで知ることができる大事な時間だった。
それからふたりはいっそう仲睦まじくなり、3年あまりの時間が経った。
成幸は無事教育大学を卒業し、母校である一ノ瀬学園に教師として赴任した。理珠は大学院に進学して、日々心理学の研究に励んでいる。
とてつもなく忙しい日々。けれどふたりで支え合って生きている。
さほど広くもないアパートで暮らす日常が、成幸にとっても、理珠にとっても、かけがえのないものになっていた。
× × ×
「理珠、今日はどんな感じだった?」
ご飯を食べたあと、ソファに座って会話をする。同棲を始めてからはふたりの心理的距離はもちろん、身体的距離も近付いた。今もぴったりと寄り添ってくつろいでいる。
「ゼミだったんですが、私の所属している研究室は輪講がランダムで当てられる形式でして……」
マグカップに入ったホットミルクをくぴくぴと飲みながら理珠が苦笑する。
「うわ……それは大変だな」
成幸も輪講は経験したことがある。論文や書籍の内容を数人の学生が担当分けをして発表していた。理珠の話からすると、学生がどこを当てられるかわからないので、1回のゼミで進む分をすべて準備・予習しておく必要がある。まして理珠は心理学の大学院ではかなり有名な研究室だ。そのハードさは想像さえつかない。
柔らかな髪をくしくしと撫でると、理珠の目がほにゃっと細められる。愛らしい小動物のような仕草。
「すごく大変ですけど……楽しいです。毎日毎日、自分の力がめきめきとついていくのがわかりますから」
理珠がふんすふんすと鼻息をつく。
「大学受験のときは文系の勉強を頑張ってたけど……心理学って統計も使うんだよな」
「そうなんです。数学に絡む部分は大丈夫なんですが、それ以外はまだまだ苦戦することが多くて……」
大丈夫とあっさり言ってしまう辺りに、彼女が数学の天才と呼ばれていることを実感する。
「それと、お昼はいつも通り紗和子と食べました」
「相変わらずだなぁ……」
紗和子は理学系の大学院に進学した。ちなみに理珠が学生寮を出ると聞いたときは「そんなぁ!? 緒方理珠がいなくなったらどうやって生きていけばいいの!?」と嘆いていたが、その後もう1年間学生寮で暮らし、案外うまくやっていたようだ。
現在は成幸と理珠の暮らすアパートのほど近くのマンションに住んでいて、「緒方理珠という唯一無二の美しさと可愛らしさが奇跡のバランスで両立する素晴らしき女神を守らないといけない」などと誓いを立て、しょっちゅう防犯グッズを送ってくる。おかげで何てことのないアパートの一室にも関わらず、最新の技術を駆使でもしない限り侵入できないようなセキュリティ体制になっていた。
「紗和子なんですけど、最近お弁当を自分で作って私に食べさせてくるんです。でもそれがすごく美味しくて……」
理珠が昼間のやりとりを思い出してくすくすと楽しそうに笑いながら話す。本当に表情が豊かになったな……と愛おしい気持ちが湧く。
「う……」
ホットミルクを飲み終えてマグカップをローテーブルに置いたとたん、ぐらりと眠気が襲ってきた。
「成幸さん、お疲れですね……」
ふらふらとする成幸を抱きしめ、理珠自身はソファにもたれかかる。顔がふたたび極上の柔らかさに包まれるが、今は恥ずかしさよりも安心感が勝っていた。
「……教師って、世間ではブラックだの公僕だのと言われてるけど……」
成幸がぽそぽそと語り出す。理珠は成幸の頭を愛おしそうに撫でた。
「それでも、わからないことがわかるようになったときの、教え子たちの輝く笑顔を見るの嬉しくてしかたないんだ……」
「……成幸さんは、教師の鑑ですね」
顔を上げると、理珠が慈母のような笑みを浮かべていた。胸が撃ち抜かれる。
「……でも、無理はだめですよ? 身体を壊したら元も子もないんですから」
「……ん、そうだよな」
「そうです、休憩は大事です」
「うん? ……そうだよ、な?」
「という訳で……」
なにやら妙なつなぎ方だな……と首をかしげると、理珠が成幸の肩を掴んで身体を起こす。そして自分の太ももをてしてしと撫でた。
「ひざ枕、どうぞ!」
「えぇ!?」
理珠がふんすふんすと荒い鼻息をついている。恥ずかしいが、たしかに魅力的な提案だ。ショートパンツから覗く太ももがとても柔らかそう。いや、何を考えてるんだ自分は。
「そ、それじゃあ……遠慮なく」
「はい、どうぞ」
おそるおそる、理珠の太ももに頭を乗せる。
もにゅん。
(や……わらかぁぁ……っ)
同棲するときにふたりで家具店に行ったときに体験したウォーターベッドを思い出す。柔らかさだけを見ればウォーターベッドも同等かもしれないが、こちらは理珠の体温を感じてさらなる安らぎが得られる。
(なんで俺は食レポみたいなことをしてるんだ)
心の中で自分にツッコんだ。
「ふふ、いつでも寝ていいですからね。そのときは私がベッドに運びますから」
「嬉しいけど……それ、大変じゃないか? 俺が理珠を運ぶ分には軽くて楽だけど」
「う……。そうですね……その場合はお互いの安全性を考慮して台車で運びます」
「シュールすぎるな……」
身体を丸めて寝る成幸を運ぶ理珠という構図が奇妙にもほどがある。
「けど、ほんとに寝そうだな……すげぇ気持ち良い……」
「ふふ、良かったです」
理珠が愛おしそうに、本当に愛おしそうにおでこを撫でてくる。上からじっと見つめてくる顔はどこまでも穏やかで美しい。視界の半分が豊かすぎるものに塞がれているのだけれど。
「あ、成幸さん。スマホに通知が入りましたよ?」
「へ? ああ、まあ後でも……ふおぉぉ!?」
理珠がローテーブルに手を伸ばした拍子に、量感たっぷりの豊乳がぼたゆんっと顔に乗った。圧倒的重量感と圧倒的柔らかさ。息ができないのに心地が良い。
「あれ……すいません、成幸さん……って、わわ……っ」
理珠が慌てて身体を起こすと、急に顔を赤らめた。何事かと理珠の視線を辿ると、自分の股間が膨らんでしまっている。
「ご、ごめん……っ」
「い、いえ……っ」
成幸は理珠の顔を見つめ、理珠は膨らみを見つめている。沈黙が流れる。気まずくはない。むしろ、この後の展開への期待が膨らむような空気感。
「成幸さんは、以前よりもその、なんというか……欲求に正直になりましたね」
「うぐ……ご、ごめん……。イヤだったか?」
「いえ……少し、というかかなり恥ずかしいですけど……」
理珠が髪をそっと耳にかけ、じっと見つめてくる。
「それでも……成幸さんが我慢せずにしたいことをしてくれることが、何より嬉しいですから」
「……っ」
胸がきゅぅん、と甘く疼く。この子ともっと触れ合いたい、と強く思った。
「理珠……」
「あ……んむぅ……っ?」
身体を起こし、華奢な肢体を抱き寄せて唇を重ねる。理珠は初めこそ目を見開いて固まったものの、すぐに顔を傾け、口づけに応じた。ちゅっ、ちゅむっ、と唇だけを触れ合わせるキスを何度も重ねる。そのたびに理珠の表情が蕩けていく。慈母のような表情が恋人としての表情に移り変わるさまに身体が疼く。
「んふぅ……なり、ゆき、さん……んっ、ちゅぴっ、んむふぅぅ……っ」
理珠が湿った声で名前を呼び、ふたたび唇を重ねる。くぐもった吐息が脳を焼く。理珠の舌は小さく、ちろちろと動くのがとても愛らしい。
「ふぅぅっ、んっ、んふぅぅ……っ」
理珠の呼吸が徐々に切迫して、成幸の背中をすがるように撫でてくる。小さな舌を啜るとすかさず啜り返してくる。絡み合う唾液の量が増していく。
「ふぁぁ……っ? あっ、あんっ、んふぅぅ……っ」
キスを続けながらそっと耳を撫でると、理珠が唇を離した。されるがままになって成幸を見つめ、耳の形をなぞると薄い唇を引き結び、かと思えば空気を求めてはふはふと開閉する。
「理珠……可愛すぎるって……っ」
嗜虐心を煽る仕草にぞくぞくして、耳を撫でながらもういちど唇を重ねる。理珠の身体がくなりと脱力して、成幸の胸板や腹をぺたぺたと触る。
「んぐ……っ」
小さな指がTシャツ越しに尖りを探り当てた。くり、くりりと撫でられ、甘い電流が走る。理珠は成幸の反応をつぶさに見つめ、どうやったらより強い快感を送り込めるかとさまざまな力加減や触り方を試す。この3年と数ヶ月で、成幸も、理珠も、すっかり互いが互いの身体を熟知し、感じやすくしていた。
「成幸さん、指でくりくりってされるのが好きですよね」
いたずらっぽく微笑む理珠の口を封じる。唾液をたっぷり含んだ舌を巻きつけ、くちゅくちゅと卑猥な水音を立てる。そのあいだも成幸は理珠の耳を撫で、理珠は人差指と親指で尖りを愛でる。成幸がてろりと舌を垂らすと、理珠も同じく舌を垂らして重ね合わせる。互いの鼻先がこすれる。そのまま顔を傾ける。ふたりのメガネがかちゃりと触れた。気にすることなく舌を、唾液を重ね、微弱な快感を互いに送り続ける。
時間を忘れて貪りあい、唇を離した。荒らげた息が互いの頬を撫でる。
「……すごく、大きくなりましたね」
理珠がぎちぎちに張り詰めた膨らみをじっと見つめ、それから上目遣いで見つめてくる。探るような、ねだるような瞳。庇護欲をそそる愛らしさと扇情的な色っぽさを備えた不思議な表情。
「……するか」
頬をそっと撫でると、理珠が色っぽく目を伏せた。
「……そう、ですね。明日はおやすみですし……その、いっぱい……したいです」
「理珠はエッチだな」
「うぅ……成幸さんとたくさんしたからこうなったんですよ……?」
頬に触れている成幸の手に自分の手を重ね、恨みがましく見つめてくる。
「たしかにそうだよな、ごめんごめん」
くすりと笑い、人差指をそっと曲げて頬を撫でる。快感を刷くようなかすかな動きに、理珠は薄い唇を震わせた。
「それじゃ、いっぱいしような」
「……はい」
うっとりと目を細める恋人の表情に、劣情の波がぞくぞくと背すじを駆け抜けた。
後編も読んでいただけるととても嬉しいです!
それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!!