「フーラーミー。何やってんの?」
部屋の隅でしゃがむフラミーはキッチンで水を飲むウルベルトに振り返ると手招いた。
「見てぇ。子供できたの。」
「ヘ〜子供なぁ。」
ウルベルトはニコニコしていたが言葉がふやけた脳に染み込むとしゃがむフラミーの下へ走った。
「――子供!?」
先週の金曜にして以来していない。傷が癒えるのを待っているのだ。今夜当たり誘ってみちゃおうかな〜などと気楽なことを考えていた。
「ほら、可愛いでしょ!」
フラミーは嬉しそうに緑色の塊を差し出した。
それはフラミーの部屋からフラミーと共に引っ越して来た丸いサボテンだった。春の陽気に誘われてぷくりと子サボテンを実らせていた。
「…そうだな。うんうん、可愛いな。」
ウルベルトはフラミーの可愛さを再確認し、ソファに座ると、ペラペラと手帳を確認して行った。
(……ベルさんから連絡ねぇなぁ。)
二月に事務所に来て、フラミーの歌について教えてくれた時以来だ。
メールも電話も繋がらずに四月になり、ウルベルトは心配になっていた。
ベルリバーの家までの行き方を確認してメモする。
「――なぁ、フラミー?」
「はぁい。」
フラミーは呼ばれるとソファに座るウルベルトの膝に頭を乗せ顔を擦り付けた。
よしよしと撫でてやるとよく懐いている犬のように目尻を下げた。
「俺、今日少し出かけなきゃなんないんだわ。」
「お出かけですね!」
「うん、お前一人で留守番できる?」
「できますよぉ。毎日事務所でお留守番してますし!」
任せて欲しいとドンっと小さな胸を叩いた。
「はは、そうだな。じゃ、少し行ってくるよ。」
ウルベルトは立ち上がると鉛筆と数枚の白い紙をポケットに突っ込んだ。春だと言うのにギュッと手袋をはめる。
二人は廊下に出て、ウルベルトが靴を履くと、フラミーは頬にキスした。
「気を付けて行ってきてくださいね。」
どことなく心配そうな顔をするフラミーに笑い返した。
「――ありがと。すぐに帰ってくるからな。こんなカッコだしな。」
フラミーを抱きしめ、背をポンと叩くとウルベルトは軽装で出かけた。
見えなくなるまで廊下から手を振って見送ると、フラミーは部屋に戻り、ハッと気付いた。
「あ、携帯!」
事務所用も個人用も残されていて、大変な忘れ物だと急いで階段を駆け下りて外に出たが、ウルベルトの姿はなかった。
駅に着いたらきっとすぐに気付いて戻ってくるはずだ。
フラミーはウルベルトが戻ってくるのをマンションの廊下で待った。
――が、待てど暮らせどウルベルトは戻らなかった。
(…ウルベルトさん…。)
どこかで困ってやいないか、事件に巻き込まれて戻って来れないようなことになってはいないかと思うと不安で堪らない。
何かの拍子で電車に乗れてしまって、降りようと思った駅でスマホがないことに気付いたが、降ろして貰えないなんて事もあるかもしれない。
駅に迎えに行った方がいいのだろうか。
しかし、これでフラミーが駅に出かけている時に入れ違いで帰って来たら連絡も取れない――。
いや、事務所用と書き置きを置いて行って、個人用を持って行けば入れ違っても連絡が来るだろうか。それでは二度手間なような気もする。
フラミーが一人悶々とマンション廊下で唸っていると、トン、と肩に手を置かれた。
「ウルベ――あ、先輩!」
「こんにちは。今日不動産屋行って、近くに寄ったんで遊びに来ました。」
日下部は箱を持っていて、軽くそれを見せた。
「奮発してケーキなんて買ってみちゃいました。――こんな所で何してるんですか?」
「け、けーき!」フラミーはヨダレが垂れるような顔をしてキラキラと日下部の手の中の箱を見た。「――じゃなくて、えっと、ウルベルトさんが忘れ物したんで、ここで待ってるんです。」
「はは、何忘れたんですか?先生が忘れ物なんて珍しいなぁ。」
「この事務所用と個人用のスマ――ッン?」
二台の携帯を見せるとフラミーは口を抑えられた。
日下部は廊下を見渡し、鋭い目つきに似合わないほどいつも通りの声で――いや、少し大きめの声で言った。
「あー、スマートウォッチこないだ忘れてましたよね。今日届くって訳ですね。さ、部屋に入りましょう。」
扉を開けると、日下部は笑った。
「あ、先生こんにちは。ケーキ買って来ましたよ!皆で食べましょう。」
バタン――と背で扉が閉まると覗き穴から外を確認した。
「あの…先輩…?」
人差し指を口に当て、日下部はそのまま数秒止まった。
そしてスコープから目を離すと靴を脱いだ。
「すみません、おかしな事して。えーと、忘れ物ですね。」
「はひ、えっと…私、これ一台だけ持って駅に行こうかと思ってたんですけど…。」
「……先生は駅には行っていません。下手に出かけない方が返って親切です。」
「そ、そうでしょうか…?」
「そうです。えーと、お散歩日和ですから、今日。先生も歩いてお出かけですよ。さ、ケーキ冷蔵庫に入れないと。」
フラミーはケーキ!と言うと嬉しそうに部屋に入って行った。
(…先生、<箱>の事はしばらく動けないって言ってたけど…どこに行ってるんですか…。)
日下部は玄関ドアを振り返り、部屋に入った。
何かがあった時にここにいたと称するためのスマホを忘れたなどと誰かに聞かれては一大事だ。
部屋には無垢にケーキを冷蔵庫に入れ、ウルベルトの帰りを楽しみに待つフラミー。
本当にフラミーに何も言わずにいるのかと、幸せの真綿の中で暮らす後輩を眺めた。
「…な、ない…。」
天気はいいがガスマスクを着けたウルベルトは火災跡と化しているアパートの前で立ち竦んでいた。
不要だがブルーライトカットメガネもかけている。
黄色い侵入禁止のテープが張られた場所の中は地獄のようだった。
焼け落ちた中には、十個程度のステンレス製のポストと宅配ボックスが連なるものが業火に焼かれ、ひしゃげていた。
「ん?そこの住民さん?」
向かいの家から出てきた初老の女性に声をかけられると、数軒先に見えているアパートを指差した。
「――いえ、僕はあそこに住んでいる日吉と言う者です。しばらく里帰りしてたら、こんな感じになってたんで…ちょっとびっくりしちゃって…。何があったんですか?」
ウルベルトの格好はパーカーに黒いスキニー、スニーカーなのでご近所らしい身軽さだ。
そして老人は孤独な場合が多いため、こういう時よく語ってくれるので助かる。
「あぁ〜そりゃびっくりしたでしょう!ここね、先週の金曜に事故起きたのよ。火が出たのは真夜中でね、殆ど住んでた人死んじゃったみたいよ。」
ウルベルトは息を飲んだ。喉がカラカラになる。
「…そ、それで…事故の原因は……。」
「なんでもリコールされた電子タバコの充電池だかなんだかが爆発しちゃって、明け方だったせいで誰も気付かず一気に炎上したみたいでねぇ。中々原因が分からなくて、焼け跡からたっくさん警察が物持って行ったのよ!でも、鎮火にも結構時間がかかってたし、焼けちゃって原因が分かったのはつい一昨日!うちなんて向かいでしょ?熱せられて窓が割れたりしたらと思ったらヒヤヒヤしちゃったんだから。」
確信した。証拠や情報の回収までされている。ウルベルトは手袋をする手をギュッと握りしめた。
「なるほど、お母さんは情報通ですね。そんなお母さんにもう一つ聞いてもいいですか?」
お向かいさんは得意げな顔をした。
「うふふ、なんでも聞いてよ。」
「ここに住んでた人って、ほとんど死んだ、って事は生きてる人もいるんですよね?僕、ここに住んでた人と二回くらい駅からの帰り道一緒になって、話した事があったんですよね。生きてるなら病院に顔見に行ってあげようかと思って。」
「え…そうだったの…。」
どこか愉快そうな、自分とは無関係な野次馬根性丸出しな話し方をしていたために、お向かいさんは分かりやすく「反省しています、残念だわ」と言うような顔をした。
(たぬきばばあが…。)
心の中で吐き捨てる。
「そんな深刻になんないでくださいよ!ほら、僕も二回話しただけですし、生きてた方が気分がいいなってくらいの気持ちで軽く見に行こうかなーなんて。それに――こう言うのって…ちょっと面白いじゃないですか。非日常的で。連れてかれた人の名前とかもわかりません?」
ウルベルトは出ている目元だけ細め、お向かいさんは分かりやすく顔を明るくした。
「…ふふ、私もあなたの気持ちわかるわ!じゃあ、教えてあげる。一番近い救急に行ったみたいだから、駅向こうの衛生総合病院よ。でも誰が行ったとかは、さすがに分からないわね。」
「ありがとうございます。じゃ、僕ちょっと見に行っちゃおうかな〜!」
「も〜悪い子ねぇ!」
ウルベルトは屈託のない顔をして手を振ると小走りで駅向こうの救急病院なるものへ向かった。
地図を必死に思い出す。確かこっちの方に駅があったはずだ。
マスクが息苦しい。
(電子タバコの充電池だと?舐めやがって。あれだけの焼け方して、そんな小さな出火元な訳があるか!!一気に炎上してやがる!ベルさん、ベルさん頼む…無事でいてくれ…!)
心臓がバクバクと鳴る。祈るような気持ちで足を進めるが、ウルベルトの理性がベルリバーはもう生きていないと訴える。
しかし、認められない。
ウルベルトは駅に着くと、バス停に向かった。
(…大きな救急病院なら…駅からバスくらい出てるはずだ…。)
乗り場をいくつか確認すると、衛生病院行きのバス停を見つけた。
ポケットから鉛筆と紙を取り出し、停留所をメモしていく。
(…ここが南口か…。上八丁目…三面道交差点…公園跡地前…衛生総合病院 …。)
しばし待つと、バスが来た。
当然乗れないが、バスの向かう方を確認すると歩き出した。
四停留所程度とするとバスなら十分程度、徒歩なら三十分程度だろうか。
バスはすっかり見えなくなったが、そう小さな道は通らないはずなので幹線道路を進んだ。
先程の狸ババアの話したことを忘れる前にメモしながら歩いていると、ウルベルトは手を止めた。
(…出火は先週の金曜の夜中…。)
先週の金曜はサン・マロでオフ会をしていた。
ウルベルトは癖でジャケットの内ポケットに手を入れようとし、舌打ちした。
今日はジャケットじゃないし、いつもの手帳も置いてきている。
あのおかしな電話はベルリバーだったのではないかと思うと、メモしたモールス信号を確認したかった。
ジャリっとスニーカーが止まる。
目の前には衛生病院。
(…ベルさん…。)
広い病院に入ると、多くの老人や肺を壊したような者達が調子悪そうに座っていた。
面会受付に向かう。
「すみません、先週金曜の真夜中に運び込まれた田中の面会に来たんですけど。」
鈴川の名前を出すのは危険だ。ウルベルトは適当な名前を言った。日本で数番目に多い苗字だ。十戸あったので、一人くらい田中がいるかもしれないと言う適当な理由だ。
「田中様…ですか…?」
訝しむような目を向けられると、ウルベルトはあちゃーと顔に手を当てた。
「あ、そっか…。親離婚したんだって言ってたっけな…えーと、今の名前はなんて言ったかな…。あー困ったなー。出かけ直すかな…。」
「下のお名前がわかればお調べしますが…?」
ウルベルトはまぁそう来るよなと悩むと困ったように笑った。
「……ターさんってずっと呼んでたからな…。お姉さん、友達の下の名前とかちゃんと覚えるタイプ?」
「そりゃ覚えますよ…。お気の毒ですがお調べになってからまたいらして下さい…。」
ウルベルトはカウンターに身を乗り出した。ちらりとバッチの名前を確認する。
「いやいや、お姉さんみたいな可愛い子見れたからそんなに気の毒じゃないよ。お姉さん、坂城さんって言うんだ。今日何時に終わるの?」
受付の女性はきょとんとした後、少し照れ臭そうに笑った。
「夜までですし、帰って下さい。」
もう一押しだ。
「はは、連れないなぁ。ターさんのところで休憩して待てれば良いのになぁ。こんな綺麗な人中々会えないし。参ったね。ねぇ、坂城さん、ターさんの新しい苗字知らない?」
ウルベルトが戯けたようにすると、受付の女性は呆れたように笑った。
「分かりませんよ。でも、金曜の夜に運び込まれたのは二名なので――」女性はウルベルトを手招いた。
ウルベルトが顔を寄せると小声で言った。
「望月様か吉野様です。」
「あ!そーだそーだ、望月!確かそんな名前だった!!」
顔を寄せ合った二人は楽しそうに笑い合った。
「思い出せて良かったですね。望月様なら三一〇二号室。はい、面会票書いて。下の名前達也さんでしたよ。それもあってターさんなんじゃないの?」
「あー、そうだったのかも。はは、ありがとね。ねぇ、坂城ちゃんぶっちゃけ俺今日夜まで待てないからさ、次にターさんの面会に来る時は昼飯時に来るから、ランチ行こうよ。坂城ちゃんガード硬い女子でしょ?俺そう言う子大好き。」
人はこう言う人ですよね、と言われるとそう振る舞いたくなるものだ。これで電話番号を聞かれる事はないだろう。
「ふふ、お昼ならいいですよ。水曜と木曜は休みだから、そこ以外で。」
「じゃあ、次はランチしようね。俺は嘉川。」
ウルベルトは皮の手袋を取りもせずに嘉川直人と名前を書いた。ベルリバーの家に行く途中で見かけた家の表札にかかっていた名前だ。住所もそこを書いた。曲がる所としてメモしたのですらすらと書けた。
嘉川直人の面会票を渡すと、坂城は面会証のネックストラップをくれた。
手を振り合いエレベーターに乗るとウルベルトは途端にイライラと足を鳴らした。
箱に近付く時、ウルベルトにプライドは無い。
三階に着くと一〇二号室の望月を確認し、向かいに吉野の名前を確認すると――吉野の病室をノックした。
「はーい、どうぞー。」
中からそう暗くない声が聞こえると、ウルベルトは頭を下げて部屋に入った。
「こんにちはー、道田です。お加減どうですか?」
年が上でも下でも、そう言っておけば問題ないだろう。
部屋に入ると、中には眠りにつく男性患者と中年の女性がいた。ウルベルトは痛ましそうな顔をし、男性患者の顔を覗き込んで大まかな年齢を確認する。年の頃は自分とそう変わらなそうだ。
女性の手にはパジャマがあるので、ウルベルトは母親かと当たりをつける。
「おばさん、お久しぶりです。」
母親らしき人物は必死に自分の中の記憶を探っているようだった。
「久しぶりね。大きくなって、ずいぶん会ってないんじゃない?」
「はは、そうかも。」
ウルベルトは疲れたように笑うと、吉野を見て悲しそうな顔をした。
「…もうずっと寝てるんですか?」
「今はちょっと寝てるけど、ちょくちょく起きるのよ。今起こすからね。」
ウルベルトはヤバイと思った。
「いいよいいよ、また来るからさ。ほら、今日俺、何も持たずにとにかく顔見ようと思ってきちゃったから、またすぐに来るつもりだし。」
「そんな事気にしなくて良いのに。」
「生きてるって分かっただけで俺は十分だから。それに、前に喧嘩して以来だしさ。」
「あー、そんなこともあったのねぇ。」
母親は感慨深そうにした。
「まぁね。ねぇ、火事って真夜中だったんだよね。無事で良かったよ。」
「そうなの。一番遠い部屋だったから助かったのよ。電子タバコかなんかで燃えたらしいの。」
「はーそっか…。一番遠いって、何号室?」
「どうしてそんな事聞くの?」
野次馬かと母親の視線が鋭くなると、ウルベルトは怒りを込めた目を返した。
「そいつが生きてるなら、殴ってやらなきゃ気が済まないから。」
「――ありがとね。出火下は二〇二号室だったんだけど、そこの人はもう死んじゃったのよ。」
ウルベルトは思わず膝を折ってしまった。それを確かめに来たが、確かめたくなかった。
その部屋番号は――(べるさん……。)
「大丈夫?どうしたの?」
ダメだと、震えそうになる声を必死に押さえてウルベルトは首を振った。
「こ、こんな目に合わせたくせに…自分はあの世に行っちゃうなんて…許せないよね…。」
「本当よね…。でも、あちらの親御さんと、それから火災保険の会社と今話し合いしてるのよ。」
背中をさすられていたウルベルトは顔を上げた。
「――相手の親の名前と…連絡先知ってるの…?」
「名前はわかるけど、連絡先は知らないのよね。弁護士の先生介して話し合いしてるから。」
ウルベルトは立ち上がった。
「そっか…。良い所に着地できると良いね。」
「そうね。向こうも向こうで電子タバコ会社と揉めてるみたい。」
「はは…目に浮かぶよ…。じゃ、おばさん。来たばっかだけど、俺もう行くから。」
「あ、待って。もう一回名前聞いても良い?おばちゃん忘れっぽくってごめんね。」
「ううん、来たって言わなくて良いから。照れくさいし。」
ウルベルトは笑うと「待って」と止める声を聞かずに病室を出た。
望月のところに入っていればこうなった時に面会票の住所と名前から訝しまれただろうが、吉野のところならウルベルトは幽霊面会者だ。
一階の受付カウンターに戻ると坂城が心配そうにした。
「嘉川さん、大丈夫ですか?」
「…ターさん、思ったより悪かったよ。なんかショック受けちゃったな…。」
「…嘉川さん…。」
「ごめん、暗い雰囲気出して。じゃ、また来るね。」
ウルベルトは面会証を坂城に返すと病院を後にした。
今日はいい天気だ。
明日はフラミーを連れて出かける約束をしたが、そんな気も失せる。
とぼとぼと何時間も歩き、ただの住宅地になると、ウルベルトは近くに監視カメラがないことを確認して着ていたパーカーをひっくり返して着直した。
帰ったら裁判記録の閲覧をしよう。
やらなければいけない事はごまんとある。
そして、一つの確かな事を前にウルベルトは手袋をギュッと握った。
(…ベルさんは確実に箱に近付いた。そうじゃなけりゃこんな目に合うわけがない…。)
足も痛くなり、辺りに夜の
一日がかりになってしまった。
家に入るか入らないか悩む。
今はひどい顔をしている気がした。
ウルベルトは部屋の階を通り過ぎ、屋上を目指した。
屋上からはアーコロジーがよく見える。
(…あんなに綺麗に見えたのに…。)
フラミーに綺麗にしてもらった景色はまた酷く汚らわしいものになった。
ウルベルトは柵に寄りかかって座った。
星一つ見えない空はアーコロジーにさらに汚されていく。
ウルベルトの親のように社会に殺される人間が――いや、アーコロジーを維持するために柱となり死んでいく人間がどれほどいるだろう。
アーコロジーを維持するために地球から吸い上げられるエネルギーと、それと引き換えに吐き出される汚れた物がどれほど世界の崩壊を進めているだろう。
(…どうして皆そんなに無関心でいられんだよ…。ベルさん…ごめん…。俺ちゃんとやり遂げるから…。)
ウルベルトは静かに目を閉じた。
(……俺に遊んでる時間なんかねぇな…。)
その日、ワールド・ディザスターの頭の中を引退の二文字が掠めた。
ウルベルトは手の中で鉛筆を回し、放心していた。
すると、どこかで男女が揉めるような声がした。
「もう行かせて下さい!」
「信じて!大丈夫だから!」
痴話喧嘩は他所でやれと一瞬思ったが、それが知っている者達の声だと気付くと慌てて立ち上がった。
「警察行かないと!!」
「っ…!すぐに戻るから!!」
腕時計を確認すると、もう時刻は0時を回っていた。
「や、やべ!俺こんなところで!」
何時間も放心していた事に気がつくと階段を駆け下りた。
「フラミー!日下部!!」
階段から降りてきたウルベルトを二人はポカンと見た。
泣きそうな雰囲気のフラミーを日下部が捕まえていた。
「う、うるべるとさん…。」「先生…。」
「…待たせて悪かった。ただいま。」
ウルベルトが疲れ切った顔をして笑うと二人はウルベルトを家に入れた。
ウルベルトはこんな時間になってしまって申し訳ない気持ちと、苛立ち、やるせなさ――張っていた気持ちが切れる感覚に、取り繕う事も億劫になった。
「ウルベルトさん…?」
「あぁ…。フラミー、悪いけど、明日出掛けんの無しでいいかな。」
フラミーは黙ってうなずいた。
「…先生、ケーキ買ってきたから、良かったら食べてください。」
日下部がそう言うとウルベルトはふっと笑った。
「ありがとな。でも、お前達二人で食べな。俺は今日はもうダメだ。暗くてごめんな。日下部、もう電車ないだろ、泊まってって良いぞ。」
ウルベルトは恥ずかしがりもせずにぽいぽいと服を脱ぎ捨て、ボクサーパンツ一丁になるとベッドに潜り込んだ。
少し経つと、寝息が上がり、部下二名は心配そうに目を見合わせた。
「…ウルベルトさん…どうしちゃったんだろう…。」
「…今はそっとしておきましょう。」
静かな夜は更けていった。
黙祷…(´;ω;`)