来たる初秋の日、ウルベルトは部屋にかかる草原が刺繍されたカーテンを外していた。
「本当にとっちゃうんです?」
「本当にとっちゃうんです。」
「明日結婚式だから?」
「明日結婚式だから。」
「「むぅ。」」
声を揃えてそう言われたフラミーはきょとんとした。
「はは、そういうと思った。これ二回目じゃん。」
ウルベルトは楽しげに笑うと外したカーテンを丁寧に畳んだ。
カーテンは一月から九月の今日までその役目を全うした。
ウルベルトとフラミーは週末の二日以外は同じ布団で寝る事なく、節度を守って暮らしてきた。
肌を重ねて愛し合うのも週に二日だけ。時に避妊具を着けずに戯れるように体にばら撒いたりもしたが、ウルベルトはこれで一つ目のミッションを完了できる。
着替えを覗いて怒られることもこれでおしまいだ。
一年も付き合わなかった二人だが、ウルベルトとしてはもっと早くても良かった。他人と暮らし慣れているフラミーと、暮らしのことで衝突したり喧嘩したりしたことはない。信じられない居心地の良さだった。
式の準備は喧嘩をすることもあると伝え聞いていたが、二人は特別喧嘩することもなく互いを尊重し合い楽しい思い出ばかりだった。未だに書き込まれ続けているカレンダーは最近は式の準備の話ばかりだ。
ただ、準備期間は五ヶ月の余裕を持ったが想像以上に忙しく、箱探しは中途半端なところで中断されたままになった。
ユグドラシルにもあまりログインできなかった。
とは言え、武人建御雷や何人かの引退者が出た時には最終ログイン日にきちんと見送ったが。
建御雷とは最近飲みに行ったばかりだ。フラミーを見るとちっこいなー!と言い、「ウルベルト、お前本当バカやるやつだな!」と楽しげに笑った。もちろん褒め言葉だ。
彼は本当にたっち・みーがいなくなったユグドラシルに価値を見出せなくなっただけで友情は健在だった。
ただ、気がかりなのは「モモンガさんに会うと戻ってこないかって言われちゃうんだよな、もうあの装備も売っていいのにさ」と困ったように笑っていた事だ。
そういう話は別の引退者からも聞く。
長年の友情は場所を選ばないと皆思っているが、モモンガはユグドラシルに固執しているような気がした。別のゲームに移動してもアインズ・ウール・ゴウンのメンバーと遊んでいる者ばかりなのに。
しかし、いつでも会えるとしても引退してしまうのは寂しい事だ。モモンガの気持ちもわかる。
ウルベルトは特に何も言わなかった。
まさかモモンガが取り残された、置いて行かれたなどと孤独を重ねているなんて誰が想像できるだろう。
ウルベルトは手の中のカーテンをそっと置くと、相変わらずユグドラシルプレイ時以外はソファに座らないフラミーの前に正座した。
「宇留部透です。良いお嬢さんを貰えて感謝しています。ちゃんと幸せにします。」
頭を下げるとフラミーも正座し、膝の前に指を三本つくと丁寧に頭を下げた。
「文香です。何も持ちません不束者ですが、精一杯努めます。よろしくお願いいたします。」
二人は頭を上げると照れ臭そうに、困ったように笑った。
「俺こういうの苦手だよ。」
「私もぉ。」
「なんだよ、お前がうちに来るときにこうしたからちゃんとしてやろうってのに。」
ウルベルトはフラミーを抱き寄せるとようやく感慨深い気分になった。
「じゃ、やっと書いてくれるか?」
そう言って差し出したのは男性の欄だけ記入済みの婚姻届。――いや、同性婚もできる時代なので男性欄というのはおかしいが。
「はい!書きます!」
婚姻届は引っ越してきた翌日ウルベルトが役所からもらってきたものだ。
そっと寝かし続けて来たそれはようやく日の目を見ようとしている。
「名前と、本籍と、ここの住所な。ちゃんと今の戸籍見ながら書けよ。」
本来なら親の名前も書く場所があるが、フラミーには書けない。新しい本籍地は事務所のある場所にしておいた。
ふむふむ言ってペンを握ったフラミーの目は尋常じゃなく机に近付いて行き、ウルベルトはギュムッと頭を押した。
「目が近い。そんな距離で字書いてると目悪くするだろ。」
「はひ〜緊張したらどんどん近付いちゃいましたぁ。手が震えちゃう。」
「二回までなら失敗しても良いぞ、昨日外出たとき予備貰っといたから。」
「あ、ありがとうございます!ウルベルトさんって本当に優しいですね。」
フラミーの変わらない笑顔に、この顔のためなら幾らでも優しくなれるウルベルトは少し微笑むと涼しく返した。
「別に普通だろ。」
「ふふ、優しい旦那さんで私幸せです!でも、なんでこれ未だに手書きなんでしょうね。」
「データ入力だけにしてストーカーみたいな奴に勝手にネットから婚姻届、出されたりしたら大変だからだろ。」
筆跡読み取り技術が発達した今、実印と言う文化は廃れたが公的書類は手書きが生きている。
婚姻届から顔を上げさせられているフラミーはおぉ!と声を上げた。
「さすが先生!賢いです!」
「それほどでもある。ほら、集中しな。」
フラミーはふんふんと鼻息を出し、書類に視線を落とした。
一生懸命書くフラミーはどんどん顔が机に近くなって行った。
ウルベルトはその様子にやれやれと苦笑し、書き終わるのを待った。
「――できましたぁ!ばんざーい!」
嬉しそうに掲げたそれをウルベルトは覗き込んだ。
二人の名前がきちんと並んでいる。
ウルベルトはフラミーをぐりっと撫でて告げた。
「まだ完成じゃないだろ。ほら、ここ。」
指差したところは姓の選択欄だった。別姓、同姓から選べるが、別姓はあまり聞かない。
「宇留部さんじゃないんです?」
「いや、前に気に入ったか聞いたろ。その時気に入ったって言わなかったからさ。気に入らないなら俺村瀬で良いぜ。」初めて名乗った時にそんな話をした。「――それに、村瀬文香はお前のたった一つの財産なんだろ。」
フラミーはぶんぶんと首を振った。
「私、宇留部さん大好きです!私をあなたの名前にしてください。あなたの名前を私の二番目の財産にします!」
ウルベルトはまっすぐにそう言うフラミーに笑った。
「ありがと。村瀬でいいって言ったけど、俺親父とお袋の為にも……本当は宇留部が良かったんだ。」
儚げな笑いだ。フラミーはウルベルトのあぐらの間にもぞもぞと座ると首に抱きついた。
「私のために何かを我慢しないで。私の夢には、幸せなあなたも必要って言ったじゃないですか。」
ウルベルトは抱きつく小動物になでられらながら肯いた。
「ありがとな。本当。」
「ううん、宇留部さん…愛してます。」
「…初めて言ってくれたな。俺も愛してるよ。」
ウルベルトはフラミーの頭を支えるとキスした。
愛しい愛しいと深く求めるようにキスしていると、たっち・みーの「そんな物は愛じゃない」と言った呪いの言葉が浮かんだ。
思わず口を離し、不安な顔をするとフラミーはウルベルトの顔を優しく包み、キスを続けてくれた。
「――ん…ふらみー…。」
あれ以来ウルベルトはたまに考える。
やんごとなき人探しはもう断ろうかなだとか、箱探しはやってないんじゃなくて忙しくてできていないだけだとか――。誰かに言い訳をしていた。
それでも、いつかは諦めることしかしてこなかったフラミーの為に箱を――そう考えていると、腕の中のフラミーが唇を離し、赤い顔で笑いながら首を傾げた。
「へいき?」
「…平気だよ。さぁ、じゃあそろそろ行くか。このままじゃしたくなるわ。」
ウルベルトがそう言うとよそ行きの格好をしたお嬢さんは急いで膝の上から退いた。
「わわ、大変。い、行きましょ。」
「なんだよ、そんなにしたくねぇの?仕方ねぇなぁ。」
不服そうなウルベルトは、出かけようと扉に向かったフラミーを抱きしめ、胸をふにょりと撫でた。
「っあ――もうしたくなってるじゃないの!」
「…バレた?やだやだ言うお前のこと後ろからめっちゃゆすりたい。死ぬほど音立てながら。あ――でも、今日は我慢した方が良いか。明日全部終わったらもっともっとって言ってもらって…」ウルベルトの手は胸から下腹部に滑った。「前から生で深いとこ突いて…お前の全身くまなく見ながら…一週間溜めた精子を溢れるくらい中出しして…ちっちゃな子宮に種付けご褒美タイムだな。」
恥ずかしげもなく陳列されていく卑猥な言葉のキオスクを前にフラミーは一瞬言葉を失った。
「え、え、え、えっちー!!」
「良かったな、俺がえっちなやつで。きっと子供なんかすぐだぜ?」
ウルベルトが耳元でそう言うと、子宮の辺りを撫でられるフラミーはキュンと震えてから赤い顔で振り返った。
「…あ、赤ちゃんは…いつか欲しいけど…でも、まだ二人で暮らしたいです…しんこんさん…。」
「あー…………めっちゃわかる。」
ウルベルトはフラミーの向きをぐいっと変えさせ、ベッドに手を着かせた。
「それは大賛成。じゃ、ゴムはもうやめるけど、中出しはまだ我慢だな。なんだかんだ外に出してれば出来にくいし。そう思ったらちょっと薄めとくか。」
太腿を撫でながらスカートをたくしあげるとウルベルトはフラミーのパンツに手をかけた。
フラミーは一瞬目がハートになりかけたが、頭をぶんぶんと振った。
「でも今はお出かけしなきゃでしょ!」
「ち、一瞬やる気になった顔したくせに。」
ウルベルトはパンツのゴムをピンッと引っ張り、フラミーにぱちんと当てるとぶーぶー言いながら廊下に出た。
「なってませんもん。」
今日のウルベルトの黒いワイシャツは袖までまくられている。黒いズボンに黒い靴下、黒い革靴だ。
フラミーも黒いワンピースをくるりと翻し、黒い靴を履いた。
外は秋の初めとはいえ、九月はまだ猛暑だ。
「じゃ、行くか。」
「なんか緊張して来ましたぁ。」
「はは。大丈夫、お前なら気に入られるよ。俺が困るくらいしっかりしてるって話してやるから。」
伸ばされた手にフラミーはぼんやりと頬を赤くした。
「おねがいします。」
二人は出かけ、電車に揺られた。
この暑いのに腕にひっつき、肩で眠るフラミーをウルベルトは愛しげに撫でた。
(本当にここまで来れるとはな。)
自分のガッツを手放しで賞賛する。
しばらく電車に揺られフラミーの感触に身を任せた。
二人は電車を降りるとバスに乗り、清廉な白い建物の前に着いた。
「ここ…?綺麗です…。」
「そうだろ、来な。」
ウルベルトが入っていくと、フラミーは慌てて追いかけた。受付の人に頭を下げられ、室内霊園を進んだ。
「良いところですね。」
「あぁ…ずっと何年も供養しなかったからな。遺骨も返しちゃ貰えなかったけど、ある程度事務所が軌道に乗り始めて、ようやくここに遺骨の代わりに遺品入れてやれたんだ。」
そう言うと、行き着いた真っ白な部屋にぽつりと置かれる碑の前でウルベルトは片膝をついた。
「親父、お袋。来たよ。」
何人も眠る集団墓地だが、ウルベルトは満足している。
「今年はお盆に来れなくてごめんな。ちょっと忙しかったんだよ。」
ウルベルトがそう言うと、フラミーもその隣にぺたりと座った。
「紹介も報告も遅くなっちゃったんだけどさ、俺明日結婚するよ。いい子見つけたの。沼地で綺麗な場所探してうろうろしてたんだぜ。意味わかんないだろ、はは。この子。村瀬文香さん。」
静かに座っていたフラミーは碑に頭を下げた。
「村瀬文香です。本当は…反対されても仕方ない私ですが…私なりに透さんのために精一杯頑張ります。きっと透さんを幸せにします。どうかよろしくお願いいたします。」
ウルベルトは笑った。
「な、俺にはもったいないような子だろ。たくさん苦労して来た子だけど、俺みたいにすれてないんだ。この子といると俺も泥の中で生きて来たのに、少し綺麗になれるような気がするよ。蓮はドロの中で咲くとか言うけど、そう言う…夢見たいな人なんだ。俺の泥塗れのきったねぇ世界を綺麗にしてくれる…――俺の…俺の箱の底に残った…最後の希望なんだ…。」
ウルベルトはそう言うと訳もなく熱が喉から込み上げ、ひとつポタリと涙を落とした。
「…きっと幸せにするから、見ててくれ。それから…もしそっちに――」
――ベルリバーがいたら、よろしく。多分天国行ける奴だから探しておいて。
――後、フラミーの親がいたら、代わりにぶん殴っておいて。親父の強烈なの一撃。
「――なんて、よろしく。」
ウルベルトは悪い顔をして笑うとすっくと立ち上がった。
「――文香、行こう。ありがとな。」
「はい。」
手を取り合い、挨拶を済ませた二人は帰って行った。
翌日の早朝、二人は今日貸し切った邸宅へ向かった。
新郎と新婦、それぞれ別の部屋に行き、支度をした。
支度室でウルベルトがそわそわしていると、何人かが顔を出した。
最初に口を開いたのはモモンガだ。
「ウルベルトさん!おめでとうございます!」
「モモンガさん!来てくれて本当にありがとうございます!あいつも喜びますよ!」
武人建御雷はその様子にハハ、と笑った。
「よ、ウルベルト。なんだよ、シャツが白いだけでいつもと変わんねーな?真っ白かと思ったのに。」
ウルベルトは紺色のタキシードにグレーのジレ、シルバーのネクタイだ。
「建やぁん…嫌だろ?俺が白いフロックコートとか着てたらよぉ。」
ペロロンチーノがうなずいた。
「わかるわぁ!白いシャツでもウルベルトさんぽくないっすね!」
「俺もそう思う。フラミーは良いって行ったけど、明るい色着てるとそわそわするわ。」
タブラは丸いメガネを押し上げた。
「いえ、掛け値なしに似合ってますよ。赤黒コーディネートじゃなくて安心しました。」
メイド愛好家ホワイトブリムも続く。
「白黒じゃないんですね。残念…。」
フラットフットはガチ目のカメラを首に下げていた。
「フラミーさんのドレス姿は俺に任せといて。最高なの撮るから。」
「………不安しかない。胸ばっかり写ってたら多分切れるわ。」
「流石にそんな事しねぇよ!!まぁ多分全部にお胸は写っちゃうけどね!仕方ないね!お胸は顔に近いから!」
フラットフットが大きな声を出すと、立ったまま寝そうなヘロヘロは大きすぎるクマが鎮座する目元をこすった。
「早くフラミーさん見ないと寝そうです…。」
転職したヘロヘロは前にも増して激務になっていた。
「…フラミー、そろそろできたのかな。」
「さっき姉ちゃん達が行ったよ。」
男子勢は新婦のいるであろう部屋の方を眺めた。
新婦の部屋には多くの女子と、おばあさんが一人いた。
おばあさんは事務所の近くに住む料理を教えてくれるおばあさんだ。結婚式をすると言ったら来たいと言ってくれたので喜んで招待した。ギルメン達は一瞬フラミーの身内だと思った。
他にも、孤児院で同じ部屋だった友人達や、前の職場――ガスマスク工場の同僚もいて、賑やかだった。
「フララお団子じゃなくて良いの?」
茶釜は長い髪を編み込み、たくさんの花さすフラミーを眺めた。
「はい、そろそろいい加減大人になる頃かなって!」
「あれ?フラミーさん、お団子卒業?」
やまいこはムービーを回していた。その隣には妹のあけみもいて、バシバシと写真を撮っている。
「へへ、その予定です。」
「お団子じゃないフラちゃん新鮮だなぁ〜!かわいいねぇ、かわいいねぇ〜!」
餡ころもっちもちはフラミーの隣でピースサインを作った。あけみに撮らせるちゃっかりさんだった。
孤児院の友人達はフラミーの爪を綺麗に磨くと、真珠色のネイルを塗った。
「ぶんちゃん、じゃあ、これ乾かしてね!私達先に行くから。」
「あ、ありがとうございます!皆また後でねぇ。」
友人達が一組去っていくと、じゃあそろそろ…と皆ぞろぞろと出て行った。
介添えだけが残った部屋でフラミーは何粒か涙を落とした。
自分が思っていたよりも多くの物を持っていた。孤児院の友人達やガスマスク工場の同僚達には結婚しますと報告したところ向こうから式を挙げるなら行きたいと言ってくれた。
化粧が崩れないように気を付けて目元を拭いた。
ノックが響く。
「ご新郎様です。」
介添えがそう言うと、ウルベルトが入ってきた。
「フラミー、迎えにきたよ。」
「ウルベルトさん。」
立ち上がり振り返ると、ウルベルトはハッと息を飲み、フラミーに駆け寄り、触れるか触れないかのすんでの所で止まった。
「こ…これ、触っていいの…?」
目の前で手をワキワキとするウルベルトの謎の発言に首を傾げ、理解した。
「あ、爪多分もう乾きましたよ!」
フラミーがほら、と手を見せるとウルベルトはフラミーをかき抱いた。
「っわ!」
「フラミー、お前本当綺麗だよ。やばいよ。天使かよぉ。」
「はは、やだなぁ、大袈裟ですよぉ。」
一緒にドレス選びもしたくせにドレス姿のフラミーを見ると、ウルベルトは少し泣いた。
大きな階段のある吹き抜けのホールには七十人近い参列者がいた。
宇留部の懇意にしている――お客斡旋対象の弁護士や、通りの組合の知り合い、サン・マロのマスターもいた。
まさに人生の縮図だった。
身内のいないウルベルト達の式はなんとも難しい。それに、ウルベルトは神なんてものを信じちゃいない。
送り出してくれる身内がいないのにフラミーにバージンロードを歩かせる気にもならないし、十字架の前でアーメンなんて言うのはまっぴら御免だ。
かと言って神前で親族固めの三三九度の後に誓詞を読み上げるのも嫌だった。
「フラミーさんどうでした?」
新郎新婦が来るのを待ち男子勢でシャンパンを飲んでいたモモンガは先にフラミーを見に行った茶釜に尋ねた。
「めっちゃ可愛かった!いや、綺麗だった!!私まだ結婚式って三回目だけど最高だった!!」
「ボク動画撮ってきたよ!モモンガさん見る?」
やまいこから魅力的なお誘いが来るが――「あぁ〜やめときます!今は想像だけにして、実物待ちます。」
わいわいと過ごしていると、タブラ・スマラグディナがピアノを弾きはじめ、誰かが拍手を始めた。
優しい曲の中、あたたかな拍手に迎えられ、二階に続く大きな階段からウルベルトに手を引かれるフラミーが降りてきた。
フラミーは色白で小さく、可憐で――見たことがないほどに美しかった。長いトレーンとベールを引きずって降りてくる姿は妖精のようだった。こぼれるように大きな瞳は黒曜石のようだ。深く透き通る黒。
幸せそうに降りてくるフラミーを見るとモモンガは鼻の奥がツンとした。
ぐすぐす言っていると、茶化すようにペロロンチーノに背を叩かれた。
「ほらほら〜モモンガさ〜ん。よく目に焼き付けておいた方がいいですよ〜!」
「あ〜ペロさぁん…。ちょっと絵になりすぎててダメージ食らいました。」
「わかる!俺も今初めて結婚したいとか思っちゃったもん!」
降りてきたフラミーはモモンガを見つけると手を振った。
不覚にもモモンガは大喜びで手を振り返した。
「あぁ〜残酷なフララ。」
「いいんですよ茶釜さん…。仕方ないんで俺は保護者ポジションに収まります…。」
「モモンガお兄ちゃん!」茶釜はフラミーを真似て言ってから、素に戻った。「――前から保護者じゃん。」
「あぁ〜〜ウルベルトさん、なんでアタックする前に俺にフラミーさん好きか聞いてくれなかったんだぁ。」
ウルベルトからの謝辞が始まる中、モモンガが唸っていると皆笑った。
「――でして、皆様にはそれも見守っていただきたいと思います。」
あまりよく聞いていなかった。ウルベルトのスピーチが終わってしまい、モモンガは後でやまいこに動画を送ってもらおうと決め――「――モモンガさん!」
フラミーに呼ばれると背筋をピンッと伸ばして、はいっ!と大きな声で返事をした。
面白いあだ名だと、アインズ・ウール・ゴウンに関係のない人達が言っている。
ウルベルトが手招いた。
「モモンガさん頼みます。」
周りが拍手をする中、ウルベルトの謝辞をあまり聞いてなかったモモンガは招かれるままに前に出た。
フラミーの差し出すペンを受け取り、――ああ、そう言うことかと納得する。
婚姻届のまだ空席の証人の欄に鈴木悟と記した。
すると、モモンガはなんとも言えない達成感を覚えた。
二人の名前欄を確認し、顔を上げた。
「文香さん、宇留部さん。本当におめでとうございます。俺なんかを証人に選んでくれて…ありがとう。」
次々とユグドラシルを辞めて行く仲間達がいる中で、いつか自分は空気よりも軽く、影よりも顧みられない存在になると思っていた。
この二人はきっと、鈴木悟を覚え続けてくれるだろう。
ウルベルトとフラミーも証人の名前を確認すると、頷いた。
「鈴木さん、ありがとう。鈴木さんがいてくれなかったら、俺文香に会って貰えなかったです。あ、ヘロヘロさんもだけど。ははは。」
ウルベルトが笑うとモモンガも笑った。
「鈴木さん、私、あなたの事大好きです。困った時とか、寂しい時とか、いつもそばにいてくれてありがとうございました。鈴木さんはいつまでも私の憧れです。」
フラミーがそう言うと、モモンガは目頭が熱くなり、静かに首を振った。
「俺の方こそ…。ずっとあなたに憧れて…――ッ。」
二人の間にはやはり、不思議な運命めいた空気があった。
モモンガは妹をやるような気持ちや、好きだと自覚させられた切ない想いや、親友達の結婚を心から嬉しく思う気持ちや、二人の中に自分が存在し続けられる喜びがごちゃ混ぜになると、目頭を抑えた。
ウルベルトとフラミーに背をさすられ、その様子に参列者達も涙した。
モモンガは涙が止まると、いつもの優しい顔で二人に微笑んだ。
「――うちの妹頼みます。宇留部さん。もし幸せにできなかったら、返して貰いますからね。」
「冗談きついな、お義兄さん。絶対返しませんよ。」
モモンガは頼みます、と言うと二人は手を握り合い、軽く抱きしめ合って背をバンバン叩き合った。
モモンガが爽やかに皆の中に戻って行くと、ウルベルトはずっと泣きそうになっている男を手招いた。
「新太、もう一人はお前に任せるよ。」
「っえ!は、はい!先生!!」
日下部が一瞬転ぶようになりながらサン・マロのマスターの隣から出てくると、通りの組合の人達は笑った。
「がんばれー!日下部君!」「間違えたら宇留部社長に給料下げられるぞー!」「手震えてる震えてる!」
「っく…!皆さん…!覚えておいてくださいよ…!俺は今月の通りのゴミ拾いには絶対参加しません…!!」
日下部がおじさん達と謎の攻防を行うと、ウルベルトは笑った。
「お前なぁ、地域活動の参加は重要だって百回聞かせたろうが。」
アットホームな笑いが上がる中、ウルベルトは「宇留部社長?」「宇留部先生?」とギルメンの中でますます謎の男になった。
フラミーの友人達はどこで知り合ったんだろうなと羨ましく思った。
震える手で証人のところに日下部新太と書き込むと、日下部もやはりウルベルトと抱き合い背を叩き合った。
「先生、本当に本当におめでとうございます。これからは自分を大切にしてくださいね。」
ウルベルトは数秒目閉じた。
「…そうだな。ありがとな。――でも、俺これまでだって命を大事にでやってきたぜ?」
スマホを置いて行ったり、地域に自分を印象付けたりと、ウルベルトは慎重派だ。死ぬ気はさらさら無い。
「…た、確かに。いやいや、一層ですよ!頼みますからね。大事な兄ちゃんなんですから。」
「弟でも給料上げないけどな。」
二人は笑い合い、日下部はフラミーと握手を交わして「兄さんを頼みます」と伝えてからマスターの隣に戻って行った。
「皆様、おかげさまで婚姻届が出来上がりました。今日の帰りに提出いたします。ご存知の方も多いかと思いますが、文香の夢は可愛いお嫁さんです。皆様のお力を借り、なんとか夢を叶えてやれます。本日皆様に見守られて結婚できることを心から感謝し、ここに結婚の誓いをいたします。」
ワァッと拍手が上がる。
ウルベルトは恥ずかしそうにするフラミーと向かい合い手を取った。
「文香。生涯、嘘いつわりなく誠実であること、当たり前の日々に慢心しないこと、全てから守り抜くこと、残る夢も必ず叶えること、変わらぬ愛を誓います。」
「私も。あなたのお父さんとお母さんや、あなたを大切に思うすべての人に文香で良かったと言ってもらえるように日々努力します。文香は宇留部透を、フラミーはウルベルト・アレイン・オードルを愛しています。生涯の愛と幸福、私の持つ全てをあなたに捧げることを誓います。」
二人が静かに指輪を交換すると、皆ぐすりと涙した。
「文香。」
「はい、あなた。」
ウルベルトはフラミーの頭を支えてやるようにすると静かに顔を寄せ、幸せに涙を浮かべるフラミーに微笑んでから口付けた。
その瞬間――ブループラネットが持ってきて配った造花の花弁を皆が投げ、二人は舞い散る花弁の中、万雷の拍手と歓声の中祝福されて夫婦となった。
モモンガは「愛している」と言う言葉がこれほどまでにあたたかく聞こえるものかと、こみ上げる感動にまかせて、手が痛くなるまで惜しまずに拍手を送った。いつかモモンガを愛している――鈴木悟を愛していると誰かが言ってくれると良いなぁと思った。
誓いが済み、披露宴に移動するとビュッフェ形式の気取らない食事会だった。
ウルベルトが気の抜けたスピーチをし、死獣天朱雀が最年長としてありがたい言葉を聞かせ、通りの組合の組合長が道端でキスする二人をたまに見ると茶化すようなことを言い、手作りの嫉妬マスクをモモンガとペロロンチーノ以下数名から贈呈され、孤児院の友人からフラミーに手紙が送られ、フラミーの感謝のスピーチに皆泣いた。
大いに盛り上がり、よく食べ、よく飲んだ。
フラミーの夢として終わるはずだった憧れは、憧れ以上の形となって見事に叶えられた。
フラミーは生涯今日の日のことを忘れることはなかった。
泣いて、笑って、一日中くるくると幸福の中を泳ぎ続けた。
「本当にありがとうございました。」
フラミーはぽろぽろと泣いてウルベルトに笑った。
「ゴールみたいな言い方だな?今日がスタートだよ、文香。」
ウルベルトは何度もフラミーの涙を拭って笑った。
全てが終わると、ウルベルトとフラミーは日を跨いでしまわないうちに婚姻届を出しに行った。
役所に着くと、渡されたコネクターを二人とも手慣れた仕草で繋ぎ、情報の更新をした。
「――宇留部さん。更新終わりましたよー。」
ウルベルトがやれやれとコネクターを抜くと、フラミーは足をプラプラさせて我関せずと言ったような風だった。
ぷっと笑い、ウルベルトは隣に座るフラミーをつんつんとつついた。
「宇留部夫人、終わりましたよ。」
「っあ!そ、そうでした!はは。」
フラミーは照れ臭そうに笑い、コネクターを抜くとパチリと首の後ろを閉めた。
婚姻届受理証明書も貰い二人は仲良く手を繋いで帰った。
帰り着いた二人は今日来てくれた参列者達へお礼のメッセージ送信に精を出した。
届いた返信はどれも今日の写真が添えてあり、二人は肩を寄せ合い写真をひとつづつ眺めた。
はぁ〜〜〜おめでとう!おめでとう!!
二話に分けてもいいくらいの量だった…!
次回#28だって初夜だもんR18
やったぁ!!!