「泣かないで。」
何かの映像を見て涙するウルベルトを見ていたフラミーは映像が終わり、涙を拭ったその手を握った。それが感動や喜びの涙ではないことはすぐにわかった。
嘆きや苦しみ、悲しみに染まる涙だった。
ウルベルトがフラミーを見る瞳は戸惑いに揺れていた。
「ふ、ふらみー。」
ゆっくりとイヤホンを外したウルベルトは言葉に詰まっているようだった。
「どうしたの?悲しいビデオレター貰ったの?」
「――…あぁ。俺宛じゃないビデオレター。」
「ウルベルトさん宛じゃないのにそんなに泣いちゃったの?」
「うん………フラミー、少し時間をくれ。いつかはお前にも見せるから。」
「…うん…ありがとう…。」
「なぁ、フラミー。」
「なぁに。」
「俺…お前のためなら…なんでもするよ…。」
ウルベルトは床にパソコンを置くとフラミーを抱きしめ――フラミーの首からコネクターを抜いた。
「っん…。」
何故繋がれていたのかは分からないが、そう気にならなかった。
ウルベルトは自分の首からもコネクターを抜き、床に放った。
「フラミー、したい事は?欲しい物は?行きたい所は?」
ウルベルトの胸にしがみついてフラミーは首を振った。
「あなたといたい…幸せなあなただけが欲しい…どこにも行かないで…。」
「わかった、ありがとな…。一緒にいるよ。」
心臓の音と、大きな体から響いてくる声にフラミーは良かった、と呟いて再び眠った。
ウルベルトはちらりと時間を確認した。夜明けまではまだ時間がある。
こっそりとベッドを出るとパソコンやケーブルを片付け、携帯などの電波を出す何もかもを置いて出かけた。
「……どうして…。」
フラミーは寂しくなった布団で少しぐずった。
その日からウルベルトは仕事の合間や、フラミーが寝付いた後に、今まで自分が見付けた箱に関わる情報を手に入れた場所に行ったり、それらしい痕跡を始末して歩いた。
『――べ………るべ……。』
――ごめん、ベルさん。
箱は開けない。だけど、フラミーといたら、それだけで世界は綺麗に見えるよ。
あんたの言う通りだった。フラミーに骨抜きじゃんって。
ごめん。
ごめん。
ウルベルトは白く遠い場所から聞こえる声に謝った。
そして――「宇留部さん!!」
はっと目が覚めた。
「っ――あ、あぁ?く、くさかべ?」
覗き込む日下部は呆れたような顔をした。
「ったく宇留部さん、いい加減にして下さいよ。村瀬さんはちゃんと働いてるってのに、何自分ばっかりうとうとしてるんすか。村瀬さんの方が体力あるって何事なんすか。――はい。」
ウルベルトは差し出された濡れたタオルでゴシゴシと顔を拭いた。
「…はぁ…。生き返るわ…。」
「そんなに毎晩毎晩やってよくジョニーがもちますね。」
絶倫?と日下部が言っていると、事務所にフラミーがいないことに気がついた。
「あ、おい。フラミーはどこ行った?」
「やっぱり聞いてなかったんすか?三人分の飯買いに行ってくれましたよ。溜まってる報告書やってて下さいって。」
「…まじか。帰って来るまで少し寝るわ。」
ウルベルトはふらふらと立ち上がると応接ソファセットに転がり、腕を目に乗せた。
眠い。
情報を始末するためとはいえ箱に近付く時、移動手段は相変わらず徒歩だ。
疲ればかりが溜まり、そっちはもうご無沙汰だった。
フラミーが寝るまで抱きしめて過ごし、夜明けまで情報の抹消に奔走し、こそこそと家に帰り数分寝ると出勤だ。
流石のジョニーも元気になれずにへこたれている。へこたれていなくても、抱いていると出掛けるのが遅くなる為お預け状態なのだが。
肘置きに乗せた足から靴が抜かれていく。
「だから靴くらい脱いでくれって言ってんのに。寝れないくらい悶々とした次は寝れないくらい抱きすぎってゼロか百しかないんすか。」
「――ふらみー、まじでやばすぎ名器だからな…。」
あのなめらかな肌の感触、ウルベルトを優しく包む全て、すっかりうまくなったキス――。
「ひだひだがめっちゃ絡まって、柔らかいのにきゅんきゅん締め付けて…真空みたいに食い下がってきて…ジョニー持ってかれそうになると、あいつ好き好き言いながらイクんだよ…。キスしながら突くとイキやすくて…あいつそろそろキスだけでイケんじゃねぇかと思うわ…。」
「…ご馳走様です。」
「……想像してオナんなよ。」
「…じゃあ言わないで下さいよ。」
「……そりゃそうだな。」
ウルベルトはハァ…とため息を吐くと、フラミーの夢を見ようと意識した。
黒い世界に沈んでいく。ウルベルトはすぐに寝れた。
「――ほんとに疲れてんな。なんで村瀬さんはあんな元気なんだ…?」
日下部は首をかしげた。
二ヶ月もそうやって過ごすうちに、ウルベルトは立ったまま寝られるようになったり、半分寝ながら報告書を書けるようになったりした。
ただ、ずっと疲れている様子で、日下部は何かがおかしいと思いながら、夫婦間の事に口出しできずに日々を過ごした。
「じゃ、客先から直帰すっから。」
「…先生、文香さん。久しぶりに三人で飲みに行きません?」
ある金曜日、最近多い客先直帰を言い渡された日下部は提案した。村瀬と呼ぶのはやめるようにウルベルトが言ったし、確かに結婚したのだからと日下部はフラミーを文香さんと呼ぶようになった。
ウルベルトは飲みに行く時間はないと思ったが――フラミーの行きたそうな顔を見ると、うなずいた。
「良いよ。じゃあ、客先からサン・マロ直行な。」
「わーい!二ヶ月ぶりです!」
式の数日後の――十月の頭に三人で行って以来だ。明日から十二月になってしまう。
「マスター、きっとまた寂しがってますよ。」
三人は笑い、約束を交わすとそれぞれ仕事に向かった。
すっかり一人立ちさせられた日下部も客先から直行に決めた。
フラミーは事務所に残って、就業まで事務を行い、鍵をかけてサン・マロに向かった。
街の人々にお熱いねぇと言われるたびに困ったように笑った。
皆ウルベルトがどことなく寝不足な雰囲気なのは夫婦生活が熱すぎるのと、たくさん家のために働いているからだと思っている。
もう二ヶ月。ウルベルトはフラミーが寝入ったようにすると、毎晩欠かさずに出かけて行く。
ひどく疲れていて、土日の日中はよく寝ている。
フラミーが起きている間はずっと一緒にいてくれているが、寂しかった。
結婚する前のように可愛がって欲しいとか、綺麗なものを二人で見に行きたいとか、そんなのは我儘だろう。
ウルベルトが冷たくなったとか、そういう事はまるでない。ただただ夜中に出かけるのだ。
週に一度のランチ外食にはきちんと連れて行ってくれて、フラミーといる時にはずっと愛を囁いてくれる。たくさん口付けて、優しく抱きしめてくれる。
――だけど、こうして一人で電車に乗ることも増えた。
客先からの直帰と言って、夜中まで帰ってこない事もある。
――明け方に帰ってくる事も。
フラミーは怖かったが信じるしかなかった。寝かし付けてくれて、黙って出掛けるのだから、聞かれたくないであろうことは明白だ。
結婚したら多少変わるものだと自分に言い聞かせるしかなかった。
世の中の既婚男性は皆こうしているのかも知れない。
(はは、私って何も知らないからなぁ。)
一人ぽちぽちとサン・マロに向かっていると、ぽんと肩を叩かれ、パッと顔を明るくした。
「ウル――えへへ、先輩。」
「文香さん、お疲れっす。同じ電車だったみたいだ。」
二人でサン・マロに行き、少し待ったがウルベルトはなかなか来なかった。
「腹減りましたね。電話も繋がんないですし、先に初めてますか。」
「ん、そうですね。」
肩を並べてマスターと三人で話し――時間は過ぎて行った。
「先生遅いなぁ。」
日下部は足をプラプラさせ、頬杖をついた。
「はは、手こずってるのかな。最近は遅い事多いですし…。」
「ん?そうなんすか?」
フラミーは迷ったが、日下部に"それは仕方ないですよ"と言われる事を期待してうなずいた。
「直帰の時、中々終わらなくって…朝だったり、着替えて帰ってきたり、大変そうです。」
「着替えてって…夜中に尾行…?」
日下部は最近のウルベルトの仕事に考えを巡らせた。
ウルベルトの背中を見て育て上げられた部下はウルベルトと同じように、口元に手を当て考えた。
しかし、夜の尾行に思い当たる節はようやく一つ、二つ浮かぶくらいだ。
フラミーの「最近多い」と言う口ぶりには合わなかった。
――その後、ウルベルトは閉店の時間になっても現れなかった。
日下部はマスターにスマホを渡し会計した。ご馳走になれないと言うフラミーと払うの払わないのとくだらないやり取りをして勝利した。
「マスター、次は三人できますよ。」
「ははは、宇留部さんは忙しそうですねぇ。」
「ほんと何やってんだか。――文香さん、行きましょう。」
ほろ酔いのフラミーにコートを着せ掛け、日下部もコートを着ると二人はマスターに手を振りサン・マロを後にした。
隣を歩くフラミーは困ったように笑っていた。
(……クソ兄貴。)
マンションに着くと、日下部はフラミーに手を伸ばした。
「文香さん。屋上行きましょうよ。」
「…でも、立ち入り禁止ですよ?」
「良いから。行こう!」
手は躊躇われ、取られなかった。日下部はそんなフラミーの手を取ると屋上に向かった。
ウルベルトがフラミーと見た屋上からの景色は綺麗で――心が洗われたと言っていた。
フラミーも綺麗で感動したと。少しでも元気にしてやりたかった。
二人は澄んだ空気の中、マスクもせずに屋上に着いた。
想像よりも風があり、寒い。二人分の吐く息は白く染まり、絵具を水に垂らしたようにモヤとなって消えた。
屋上からの景色は何故だかとても寂しく見えた。
「…どうして…?きれいじゃない…。」
フラミーはぼんやりと見える繭を見るとそう言った。
「……あなた…どこにいるの…?わたし…どうしたらいいの…?」
そう言い一文字にギュッと閉じられたフラミーの口は震えていた。
何かを言えば泣いてしまいそうな姿に、日下部はどうすれば良いか分からなかった。
「ふ、文香さん…先生はそんなにずっと出掛けて…?」
「毎晩…私が寝た頃に出かけてるんです…。でも…ちゃんと好きだって言ってくれるの…。わたしが…わたしが何か間違っちゃったのかなぁ…。」
フラミーはひぐひぐ言い、涙が落ちないように堪えた。
「ま、まいばん…。そんな…先生まじで何やってんだよ!文香さんの心が欲しいってずっと言ってたくせに!!」
日下部はウルベルトに電話をかけたが――つながらず、屋上にいるとメッセージを送った。
「――文香さん、先生は文香さんのこと、間違いなく愛してます。それだけは…俺、馬鹿だけど確かだって思います!」
「ん…ん…ありがと…ありがとございます…。」
フラミーは何度も頷きながら、
持たなければ失くして悲しい事なんかないのに。
変わって悲しい事なんかないのに。
もっとなんて求めたりしないのに。
「文香さん、先生は多分何かどうしても今やらなきゃいけないことがあるだけで……女の人とおかしな事してるとかはないって、多分、あの――」
日下部は言いながら、これは保証し切れないと思った。下手な気休めを言うのはやめた方が良い。
ウルベルトはある日突然フラミーを手に入れると言い出したし、まさか手に入って安心して次の誰かを――いや、あの日の誓いはそんな良い加減なものじゃなかった。
命や人生を賭けた誓いだと皆分かったから、胸に込み上がるものがあったのだ。
考えられる事としたら、箱探しだ。
日下部はフラミーが泣きそうな顔で笑うと堪らずに抱きしめた。
「文香さん、大丈夫ですから!」
「せんぱい…。」
温かい。
フラミーはこれは甘えすぎだし、ウルベルト以外の人の胸の中にいたくなくて――離れたい意思表示として、日下部の胸をそっと押した。
「先輩…ありがとうございます…。」
日下部はすぐにフラミーの望むところまで離れると、フラミーは自分を慰めるように歌を歌いだした。
「…それ、文香さんが作ったって言う…?」
フラミーはうなずき、恥ずかしそうにした。
「どうして知ってるんですかぁ。」
「はは、先生が聞かせてくれたよ、昔。」
「……そっか。」
ウルベルトはこの歌を覚えてくれている。二人を繋ぐ絆になる気がして、フラミーはまた歌った。
しばらくそうして過ごしていると、バタバタと階段を駆け上がる音がした。
立ち入り禁止の場所に入っているのが管理者か誰かに見つかったようだ。日下部は歌うフラミーを背に隠した。
さて、なんと言い訳をしよう。こんな時、ウルベルトならペラペラと適当にある事ない事を言って切り抜けるだろう。そう考えていると――足音の正体は血相を変え、姿を見せた。
「フラミー!!」
「あ、先生。」「ウルベルトさん!」
フラミーが喜びに顔を染めると――
「外でそれは歌うなって言ったろうが!!なんでお前約束守れねぇんだよ!!」
顔を青くしたウルベルトはそう言いながら日下部の隠していたフラミーの両肩を掴んだ。
「っひぅ…ご、ごめんなさい。」
「二度と外で歌うな!!二度としないって今俺に誓え!!」
「せ、先生やめてください!どうしたっていうんですか!!歌一つで!!」
「うっせぇぞ日下部!!フラミー!!誓え!!」
フラミーは数度ゆすられると、顔をくしゃくしゃにしてぽろぽろと泣き出した。
「ごめんなさい…ごめんなさぁい…。…わたし、わたし…ふわぁぁぁん。」
ウルベルトはハッとしフラミーを抱きしめた。
「ご、ごめん。俺…ごめんフラミー…。遅くまで働いてて、ちょっとおかしくなってて…ごめん。」
日下部はウルベルトの肩を握った。
「……先生、離してあげて下さい。今のははっきり言って精神的暴力です。身柄の保護案件です。」
DVに合う女性の身柄の保護も時には行う。
保護と言っても、懇意にしている弁護士の伝手の福祉事務所に連絡を取り、二週間ほど
「…す…すまん…。ぐうの音も出ん…。」
ウルベルトはそっとフラミーを離した。
「…先生、毎晩どこに行って何してるんですか。今日も直帰してないし。」
「…どこにも行っちゃいないさ。」
「文香さんは、毎晩先生が出掛けて行くの見て、自分が何か悪かったのかなって悩んでんですよ…。しっかりしてくださいよ…。」
「は、ふ、ふらみ…。お前は何も悪く無いよ。ごめんな、出かけてることに気付いてるなんて思わなくて――いや、そうじゃなくて――あぁ…くそ…。」
ウルベルトはフラミーの腕を掴んだままずるずると膝をついた。
「俺は…お前には…嘘はつかない…。」
呟くと、深呼吸をした。
「……たしかに毎晩出かけてる。お前が寝たと思った頃に…。だけど…やましいこととか…お前を裏切ったりとか…そういうんじゃ無いんだよ…。ごめん…ごめん…。」
フラミーは涙を止めようとしゃくり上げていた。
「…家にいきましょう。話し合いが必要です。」
日下部に促され、階段を下りると三人で部屋に帰った。
「……お前は帰らんのか。」
「…ちょっと先生の精神状態が危うすぎるんで、まさか殴ったりはしないとは思いますけど、さっきみたいな事されたら嫌なんで悪いけど居させて貰います。なんなら鈴木さんを召喚します。」
「ももんがさん…。」
フラミーの呟いた声の、モモンガを求めるような色にウルベルトは一瞬頭に血が上りそうになった。
「…話し合いの前に俺少し寝ないとダメだわ…。気が立ってる…。」
「……こんな時間までうろうろしてるから。今日サン・マロに行く約束したの覚えてんすか?」
ベッドに座ったウルベルトはやってしまったと顔に出ていた。
「…重症だわ。寝てください。」
「………悪かった。」
ウルベルトはジャケットを脱ぎジレも脱ぐとネクタイと共にゲーミングチェアに放ってベッドに転がった。
十秒と経たずにウルベルトからは寝息が上がった。
フラミーはウルベルトに布団をかけ、軽く頬を撫でた。
「……先輩。付き合わせて…泣いたりしてごめんなさい。先輩も今日は寝て下さいね。掛け布団はそこに積んである奴、好きなの使ってください。」
フラミーはそう言うとウルベルトの脱ぎ散らかした服をハンガーに掛けた。
ジャケットを廊下にあるクローゼットにしまいに行くと、そのまま風呂に入った。
「…行ったか。」
「は?宇留部さん寝たんじゃなかったんすか。」
「寝たよ…一分。フラミーが離れたから目が覚めた…。」
日下部がそんな馬鹿なと思っていると、ウルベルトはよろよろと立ち上がり、キッチンのシンクの下を開けた。
「…何やってんすか。まじで一回寝てください。おかしくなってますよ。」
「…俺は正気だよ、今日は行けなくてごめんな。袖無しを見付けたら夢中で追っちゃったわ。でもあいつやっぱりプロだわ。クソが…。」
シンクの下に手を伸ばし、ごそごそするとノートパソコンが出てきた。
「やっぱり箱がらみなんですか?まじで宇留部さん、無理しないで一回休んでください。いい子ですから。」
「あぁ、俺はいい子だぜ。ありがとな。」
軽い口調で言うとウルベルトはパソコンを立ち上げ、イヤホンを挿してキッチンで何か作業をした。
「何やってるんですか?…俺が代わりにやりましょうか…?せめて座って少しでも休んでくださいよ…。毎晩箱探してうろついてるなんて…。」
「いや、座ると寝るから平気。これで…やっとあいつに見せてやれる。」
ウルベルトは深い達成感を覚えているようだった。
「――ッゴホ。っあ"ー…。喉いてぇなぁ…。」
「…マスクしてたって毎日長時間外に居すぎるのは…。」
「そうだな、俺の親も殆どそれで死んだようなもんだ。はは。俺もそうやって死ぬのかな。」
ウルベルトが軽く笑っていると、バンっと扉が開き、二人はビクリと肩を震わせた。
「………もう、もうおこった…。」
そう言うびしょびしょの髪のフラミーはギュッとウルベルトを睨み、涙をためていた。白いパジャマのワンピースは裾に草原と赤い鯛焼きの刺繍がしてあった。ウルベルトが土日に寝ている間にせっせとカーテンだった布を改造した物だ。他にも外で着られるワンピースとスカートにもした。刺繍のない所も含め、布はまだまだある。
「そう言う顔も可愛いよ、フラミー。このパジャマも…ずっと可愛いって言ってやりたかったけど、遅くなってごめん。可愛いよ。」
「わたし怒ってるんですからね!」
「うん、そうだな。…ごめんな。」
「…ごめんって思うなら私からウルベルトさん取らないで下さい!何やってるんだか知らないですけど、そんなに体に悪いことするくらいなら、お他所で女の子とえっちしてる方がよっぽど良い!!別に後一人くらい女の子作ったって良いから体大事にしてよ!!」
ウルベルトはパソコンを抱え、泣いているフラミーの肩に手を置くとソファに向かい、座らせた。
「フラミー…。ごめんな、そんなこと言わないでくれ…。俺にはお前しかいないんだから…。」
「やだ!大好きだからやだ!!」
「…そこって普通大嫌いって言うタイミングだろ?」
「嫌いだったらこんなに辛く無い!嫌いなんて思ったことない!」
「…ありがとう…。本当にごめんな。」
ウルベルトは泣くフラミーの顔中にキスをした。
「ごまかさないでよぉ。ばかぁ…ばかぁ。」
「フラミー…愛してるよ。今はまだ何してんのか言えないし……まだ行かなきゃなんないけど、いつかちゃんと話すから…。勝手な俺を許してくれ…。」
「どうして今は言えないのぉ…。」
「お前のためにだよ。だけど、いつかちゃんと話すから…黙ってフラフラしてた俺が言えるセリフじゃないけど、今は俺を信じて待って欲しい…。」
フラミーは顔中にキスされながら、目を閉じて何年も聞き続けて来たウルベルトの声と息遣いに耳を傾けた。
「………信じる。」
「ありがと。時が来たら必ず言うから。本当にごめんな…。」
どうあっても箱の事を言う様子のないウルベルトに、日下部は胸が苦しくなった。
「…先生、本当に文香さんが好きなんですね…。」
「…俺の全てだよ。この世界を綺麗にする天使は。」
日下部はやれやれとソファの端に座った。
隣でウルベルトがフラミーの目蓋や顔中にキスする様子から目を逸らして。
「フラミー?お前に早めの誕生日プレゼントがあるんだよ。」
「…幸せなあなた以外なんにもいらないって言ってるのに。あなたといたいだけなのに…二人でいつまでも…どこにも行かないで欲しいだけなのに。」
少し拗ねたような雰囲気だ。ウルベルトは濡れたフラミーの髪を撫でた。
「あぁ。もう少ししたら本当にそうなれるよ。だけど、これはきっと文香の気にいるから。」
ウルベルトはテーブルに置いたパソコンの動画ファイルをクリックした。
そこには以前ウルベルトが見て泣いていた動画が映された。
フラミーの知らない二人が、今よりも綺麗な空の下で微笑んでいた。
『結婚おめでとう――。』
『大人になったのね。きっと綺麗になったんでしょうね。』
『僕たちは未来を生きる――――文香が――僕らから生まれ――た君を、少しでも綺麗な場所に辿り着かせてあげたかった――。――文香、僕らはいつでも君の生きる道が美しい事を祈っているよ。』
『文香、愛してるわ。あなたの髪を結ったり、一緒にお洋服を買いに行ったり、喧嘩したりしたかった。』
『今の文香は結婚してるんだよな。はは。きっと――美人になるから、モテたんだろうな。――――ちっちゃくても、どうか綺麗な紫色の花を咲かせて。いつまでも幸せに。』
二人はフラミーとよく似た顔で泣きそうに笑うと、深呼吸した。
『さようなら――――元気で、僕の村瀬文香。』
『さようなら――――元気で、私の村瀬文香。』
フラミーは呆然とそれを眺めた。
「お前の父さんと母さんだよ。お前に似て、背負い込みがちな二人だけど、お前と世界のために頑張ったって。訳あってお前といれなくなったみたいだけど、愛してくれてたんだな。」
「お、おかあさん…おとうさん…?」
ふるふると震える手でパソコンを持ち上げ、どこか悲しげに微笑む二人を至近距離で見た。
「あぁ。お前は祝福されて生まれてきたんだよ。捨てられてなんかいなかった。」
「うるべるとさん…わたしの…みつけてくれたの…。」
「見つかったよ。フラミー、誕生日、おめでとう。大きくなったな。」
元旦にはまだ一ヶ月早いと言うのに。ウルベルトは再びフラミーの額に口付けた。
「っうぁ…うぁぁぁん!おかあさぁん!おとうさぁん!!」
わんわん泣くフラミーを抱き締めるウルベルトの顔は辛そうで、どこまでもやるせなかった。日下部はその顔をこれまで二度見たことがあった。奪われ、苦しむウルベルトの顔だった。
「…先生…まさかこの二人は…。」
ウルベルトは小さく頷いた。
「そうだ…言うな…。」
日下部は自分の親と同じ最期を迎えたであろうフラミーの親を思ってぐじりと目元を拭った。
フラミーはウルベルトにしがみついていつまでも泣いた。
落ち着くと、ぽつり、ぽつりと言葉を紡いだ。
「うるべるとさん…見積もりのお金…はらいます。」
「…いらねって。」
「ううん、払いたいの…。」
ウルベルトはフラミーをさすり、少し考えると、その目蓋と頬、耳にキスした。
「これで良いよ。家賃と一緒にもらう。」
「…ありがと…。」
その晩はそのままソファでフラミーを抱えて眠った。離れれば落ちてしまうソファで、二人は少しの隙間も生まないように互いに縋り付いた。
日下部はウルベルトのベッドで寝た。二度目だった。
ウルベルトは久し振りによく寝た気がする。
紫色の肌をした、たくさんの翼を背負ったフラミーが、文香と抱きしめ合う夢を見た。
――翌日。
目を覚ますと、フラミーはいなかった。
「――え?フラミー?」
日下部はその声を聞くともぞりと起き上がった。
「文香さん…?」
「ふ、フラミー!」
ウルベルトは洗面所を開け、トイレを開け、クローゼットを開け――フラミーはどこにもいなかった。
だと言うのに、スマホはテーブルにぽつんと置いてあり、パソコンはなかった。
全身から血の気がひいていく。
ウルベルトは玄関に駆け、突っ掛けに足を入れると部屋を飛び出し、日下部は慌ててその腕を掴んだ。
「う、宇留部さん!!マスク!!」
「離せ!!今日は空気綺麗なんだからいらねぇよ!!」
「綺麗ってったって宇留部さんは肺休めないと本当に死んじゃいます!!マスクだけ取って探しにいきゃいいでしょうが!!」
「くそったれ!!そんな時間も惜しいってのがわかんねぇのか!!」
もし、この映像の二人を探してくださいなどと警察に行っていたりでもすればフラミーは――。
ウルベルトはやめておけば良かったと後悔した。
本人が諦めていたと言うのに、余計なことをした。
フラミーの命は世界と等価だと言うのに。
「宇留部さん!!ここでこうしてる時間のがもったいないです!!頼むからマスク持って!!」
「っちくしょう!!てめぇ、良いことしてるつもりかも知れねぇけど、お節介なんだよ!!」
「あんたにお節介なんて言われたくねぇわ!!」
「離さねぇとぶん殴るぞ!!」
「殴れば良いだろ!!良いからマスクだけしろよ!!」
二人がもつれていると、階段をトントンと軽い足音が降りてきた。
「……けんかしてるの?」
不安そうにするフラミーの手にはパソコン。ウルベルトと日下部はフラミーを見ると駆け寄り、二人で抱きしめた。
「ばか…ばかふらみー!!黙ってどっか行く奴があるかよぉ!」
「文香さん、もうまじで勘弁してください!先生が狂うじゃないですかぁ!俺も死ぬかと思った!」
「えぇ…私ちゃんと屋上行ってくるって言いましたよ?ウルベルトさんもいってら〜って言ったじゃないですか。」
ウルベルトはぽかんとし、日下部はじっとりとウルベルトを見た。
「……わり…俺、寝てて無意識に返事したかも。」
「…最悪だ。もう本当疲れるわ、宇留部さん。」
「うるせぇ。それよりお前何ちゃっかりフラミーに抱き付いてんだよ。」
「俺今分りました。文香さんのこと好きだわ。」
「へ?」
「は?」
日下部はしゃがむとフラミーを膝の当たりから抱き上げ、片方の肩に半ば担ぐようにして玄関ドアを開けた。
「ッキャ!」
「マスクもしないで危ない真似ばっかしてすぐに死ぬあんたより幸せに出来る気がする。」
ウルベルトは呆然とし、日下部は当て付けのようにバタンッ!と思い切り扉を閉め、靴をぽいぽい脱ぎ捨てた。
フラミーを担いだまま、フラミーの靴も捨てるように脱がせて部屋に入っていった。
「せ、先輩どうしたんです?」
「冗談すよ。ただ、先生があんまりにも自分を大事にしないから――そんな風にしてればこう言うことも起こりかねないって思い知らせてやったんです。」
悪い顔をする日下部にぽてりと下されるとフラミーは笑った。
「はは、それは思い知らせた方がいいです。」
「でしょ?ははは。」
ウルベルトはきちんと三人分の靴を揃えてから部屋に入ってくると、フラミーを抱き上げた。
「っわぁ!」
「お前マジでクビにするぞ!!」
「できないこと言うなんて、大人のすることじゃないですよ。」
「てめぇ…!」
「それより、文香さんどうして屋上に?」
フラミーはウルベルトにギゥと抱きつき、顔いっぱいの笑顔を作った。
「少しでも綺麗な場所に辿り着かせてあげたかったって、お父さんが言ってたから。私のいるところがこんなに綺麗って見せてあげたんです!」
「はは、そっか。綺麗でした?」
「はい!すごく――すごく綺麗でした!」
昨日は綺麗じゃないと嘆いた景色だったが、再び綺麗だと言う姿に日下部は安堵した。
「早く帰れ。」
ウルベルトはパソコンを持つフラミーに顔をぐりぐりと擦り付けつつ、笑う日下部を睨んだ。
拗ねベルトさん!!!
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