「ここは?駅近五分。今くらいだぞ?」
「やです…。」
「じゃあ、ここは?オートロック、二十四時間ゴミ出しオーケー。」
「やだ…。」
「こっちなら?ほら、湯船がついてるぞ?」
「や。」
「あーこれなら良いだろ?公園至近。閑静な住宅街。」
「やなの!」
フラミーは頬を膨らませると応接ソファから立ち上がり、待合ソファに膝とナポレオンを抱えて座り、ウルベルトを恨めしそうに見た。
「なぁ、じゃあどこなら許してくれるんだ?フラミー。」
「どこもやなの!今のところで暮らすの!」
「わがまま言うなよなぁ。全く困ったなぁ。」
ウルベルトは頭をぽりぽり掻くとスマホをポケットにしまい、小さくなっているフラミーの前にしゃがんだ。
「フラミー、アーコロジー楽しかったろ?」
「それは楽しかったです。」
「暮らしたくなったろ?」
「ちょっとなりました。」
「じゃあ真面目に物件情報見ろよなぁ。」
フラミーはぶんぶん首を振った。
「やなの!ウルベルトさんが暮らしたくもない所なんか行きたくないの!」
「俺は良いんだよ。お前がいればどこでもいんだから。」
「ウルベルトさんが好きな場所じゃなきゃ嫌です!」
「じゃあ、俺がアーコロジー好きになれば良いのか?」
「なったら考えるけど……でもアーコロジーは高いです。」
二人のやりとりを見て液状食料を吸っていた日下部は口を開いた。
「二人とも暮らしたくないアーコロジーにわざわざ引っ越す必要あるんすか?」
「フラミーに健康に長生きしてもらう為にはアーコロジーが良いだろ?だって言うのに、肝心の嫁がこれなんだよなぁ…。」
フラミーはぶんぶくれていて、ウルベルトはやれやれと立ち上がった。
「はは、珍しいすよね。普通アーコロジーで暮らそうなんて言われたら両手を上げて喜ぶだろうに。」
「そうだろ?頼むよ、嫁にプレゼンしてくれ。こいつ見もしねぇんだから。」
ウルベルトはスマホを取り出し、物件情報を開くと日下部に渡した。
受け取った日下部は間取りを確認し、フラミーの隣に座った。
「文香さん、ほら、ここなんか良いじゃないですか。建物の外観もかわいいすよ。――うわ、窓が開くし、ベランダもありますよ。」
フラミーはちらりとだけ日下部を見ると、ぷぃっと顔を逸らした。
「やです。」
「…やなの…?」
身もふたもない返事に日下部はウルベルトを見た。ウルベルトは肩を上げ、不服そうにした。
「…家賃見てください。そんなのやですよ。私今のところが良いです。」
日下部は写真一覧を閉じ、スクロールすると物件の詳細情報の書かれた表に目を落とした。
「えーと一、十、百、千、万、十万――うわ!?この広さでこの値段!?やっぱりアーコロジーってえぐいな!?って言うか俺にも還元して下さいよ!!」
「引っ越したら俺は休日減らす事に決めたし、うちは給料入れるのが二人いるから。それにお前には十分還元してるだろ。成功報酬もボーナスもやってんのにこれ以上出せるか。」
「っく…そ、それはそうですが…。」
「地元の中で一番貰ってんだろ?欲はかくなよ。」
ぐぬぬ…と家賃に視線を落としていると、フラミーは日下部の隣から立ち上がり、自分の席に戻った。
「私、やです。今のおうちが好きです。」
「はーフラミーなぁ。お前の体のためにアーコロジー行こうって言ってるのに、どうして解ってくれねぇの?」
「ウルベルトさんが自分自身のために住みたいなら住みますけど、私のためにどうこうなんて嫌です。私には過ぎた贅沢です。お金も物凄くかかりますし、そんなくらいなら子供を小学校上げさせてやりたいもん。」
「子供は何がなんでも大学まで行かせる。だけどな、良いか。金なんかただの数字なんだよ。そんなもん必要以上に増やして喜んだってなんの意味もねぇの。お前が一秒でも長生きできるようにしたいの。」
堅実に自動積み立ては続けているし、積立型の生命保険にも入っている。積立をきちんと続けていけば子供を大学に行かせることも夢じゃない。ただ、二人目は難しそうだが。
「私、健康です。」
「体のためってのは健康だけじゃない。お前が買い物だのなんだのでフラフラしてる時に四方に監視カメラがあるほうが良いだろ。」
「でも危ないような時間に一人でフラフラなんてしないですよ?」
「昼間はフラフラしてるだろ?買い物にも行くし、俺がそばにいられない事もある。」
日下部は会話を聞きながら、なんて過保護なんだと苦笑した。
「先生、軟禁みたいな真似はよして下さいね。警察沙汰はNGです。」
「俺だってこいつに好きに生きてほしいって思ってるさ。だからこそアーコロジーに行こうって言ってんのに――」
「やだ。」
「あーもー!なんでやだしか言わねんだよ。布団二枚敷ける家だろうが。」
ウルベルトはつーんと顔を背けているフラミーのデスクに手をついた。フラミーを覗き込む姿はインテリヤクザめいていた。
「やですもん。私が言ったのはちょっと重なってお布団敷けるようなお家ですし。」
「じゃあまたワンルームなら引っ越すって言うのか?」
「ワンルームでもアーコロジーはやです!」
「アーコロジーじゃなきゃ今引っ越す意味ねぇだろ!」
「引っ越さなくて良いもん!今のお部屋好きだもん!」
「俺は狭いんだよ!!」
ウルベルトがそう言うと、フラミーはハッとし、申し訳なさそうな顔をした。
「せまくしちゃって…ごめんなさい…。」
しゅんとされると、ウルベルトはわたわたと手を振った。
「い、いや。狭くはないけどな?なんちゅうか、売り言葉に買い言葉ってやつでさ、本当はちょうどいいって思ってるぜ?なんなら箪笥もいっこ買ってもいいし。」
男ウルベルトはフラミーに弱かった。
「じゃあ…引っ越さない…。」
「………アーコロジーには行くって。」
「……行かない。家賃も、スーパーも、環境税も、高すぎます…。」
無限ループだった。日下部は飽きたので仕事をしようと席に戻り、近頃買ったブルーライトカットメガネを出した。
「なぁ、フラミー。俺はお前の命に億単位の価値を見出してんだよ。家賃なんか大した問題じゃない。今この世に生きてる奴でフラミーより価値のある人間なんか一人も居やしない。」
日下部はすごいセリフもあったものだなと、いつか女子を口説くときに使うかと心のメモに書き留めた。
「私よりウルベルトさんの方がよっぽど価値あります。」
「それは無い。」
「あります!そのウルベルトさんが、本当は暮らしたいなんて思ってもないアーコロジーに行くなんて嫌です。無理して暮らす所じゃないです。」
ウルベルトは困ったようにため息をついた。
「フラミー?お前は世界そのもんだよ。生きてるだけで価値がある。」
今のフラミーは金の成る木でもある。生きてるだけで、仕事を増やしてくれるとんでもない存在だ。
「もう。ウルベルトさんは過保護だし私を高く見過ぎです。」
「そんな事ない。俺は多少何かを我慢してもお前に長生きして貰いたいし、健康でいて欲しいの。」
「…私のために何かを我慢しないでって言ってるのに。」
「フラミー、頼むから。」
「やです。」
これだけ頼んでいるのに。
ウルベルトはフラミーに関しては気が長いが――フラミーの為に引っ越そうと言っているのでついに火がついた。
「…お前…。もう無理に引っ越させるぞ。」
「やです。そしたら私、先輩と今のお部屋で暮らしますもん。」
日下部の目からはブルーライトカットメガネがずり落ちた。メガネをクイッと上げ直すと、呟いた。
「…またカーテン買わなきゃいけないすね。」
「そこじゃねぇだろ!」
ウルベルトはわしわしと頭をかいた。
「もー…、仕方ねぇなぁ。俺もアーコロジーを好きになるように努力するから。」
フラミーはデスクに置かれているスケジュールを無言で開いた。
「後三十分程でご依頼者様がいらっしゃいます。」
ウルベルトは若干苛立つように自分のデスクに戻って行った。
『別に良いよ。遊びにおいで。』
『私も構いませんよ。久しぶりで胸が踊りますねぇ。』
死獣天朱雀とタブラ・スマラグディナは会議通話で笑った。
「すんません。助かります。本当に家の嫁は変なところで頑固で。」
ウルベルトはアーコロジーに住む二人の暮らしを見せてもらおうと仲間に連絡を取った。
少しだけムクれるフラミーをよしよしと撫でていると、フラミーの顔は徐々に緩んでいった。
『ふふふ、一年経ってウルベルト君もいよいよ所帯染みて来たね。』
『ギャップ萌えですね。』
「…よして下さいよ。」
苦笑していると、ちらりとフラミーに見上げられ、短くキスをしてやるとパァッと顔を明るくした。
(ちょろい。ちょろ可愛い。)
フラミーはウルベルトの顔に顔をすりすりし始めた。
『で、どっちの家から見る?僕は一人暮らしだからなんでも構わないよ。』
『私も寂しいひとり者ですから構いません。でも、先に朱雀さんの家に行きませんか?夜はうちで皆で映画でも見ながら食事しましょう。是非。』
「いっすねぇ。」
ウルベルトは話を聞きながら――段々と集中力が切れて来た。
頬擦りするフラミーが手を絡ませてくる。
『タブラ君は映画好きだもんねぇ。愛好家の選ぶ一本。実に興味深いな。』
『任せてください、きっとご満足いただけますよ。』
フラミーはウルベルトと目が合うと幸せそうに笑った。
繋いだ手を撫で、ウルベルトの顔に何度も無音のキスをしていた。
『僕もお勧め一本持って行こうかな?』
『それでは映画オールなんてどうです?』
ウルベルトは頬に降り注ぐ柔らかな感触を感じながら、フラミーの繋ぐ手にキスを返す。
『ははは、オールなんて僕、何年ぶりかなぁ〜!』
『ちなみにかく言う私も久々です。』
電話を肩と耳で挟み、フラミーを引っ張り、自分の上に跨らせた。
『夫妻はどうかな?』
スマホを持ち直し、フラミーの首筋に口付けた。
『途中で帰っても良いですし、泊まってっても良いですよ。』
ペロリと舐めると、体が震え、ウルベルトはフラミーの服の中に手を入れた。ビロードのようになめらかな皮膚を感じる。
『もしもし?聞こえてるかな?』
朱雀の声にウルベルトは見えもしないと言うのにうなずいた。
「――えぇ。俺達は何でも。お二人の迷惑じゃなければ。」
フラミーの背と太腿を撫でると、耳元で熱くなりだした息がはふっと漏れ出る。
『じゃあ、オールだね。』
『ですね。私達は飲酒しますが、フラミーさんは苦手ですし、お二人は飲まなくても良いですよ。』
「俺は飲みます。一杯くらいならうちのも付き合えますよ。」
返事をしながら勃ち上がり窮屈になった陰茎を取り出し、フラミーに擦り付けた。
耳元でなまめかしい息遣いを感じる。
『じゃ、乾杯だけフラミー君も飲むかな。』
『寝られちゃつまらないですからね。少しで良いですよ。』
「タブラさん、言っとくけどホラーは無理っすからね。」
ごしごしと擦り付けているとフラミーの背は反り、喉が震えているようだった。
『ホラー無理?ウルベルトさんが?』
「そんな訳ないでしょ。フラミーが。」
ウルベルトがフラミーのパンツをずらすと、フラミーは首を振り、ウルベルトは「良いなぁ」と思った。
『可愛い系を用意しますよ。』
「いや…そう言うの関係ないから。」
少し腰を引き、手探りで入り口を探し――見つけた。
ぬめりを拾うように数度擦り付けると控えめにくちゅくちゅと鳴る。
『可愛いお人形さんシリーズからピックアップします。かわいいですよ。』
「…それ、もしかして氷結牢獄の元ネタ?」
フラミーの腰が弱々しく逃げていくのを片手で押さえつけ、入り口をこねるようにしていた物が頭だけずぶりと入り――
『えぇ、着想を得てます。わくわくするでしょ?』
フラミーはウルベルトの肩を噛んだ。
「っいて。」
『ん?大丈夫ですか?』
「だ…大丈夫っす。」
腰を押し下げていき、肉のひだがキツくウルベルトをつつんだ。フラミーは獣のようにふー…ふー…と息を漏らしていた。
全てが収まり切るとフラミーは震えた。
「――っふぅ……。氷結牢獄の兄貴分なら見たいな。」
『僕も興味あるなぁ。』
馴染むまで待ち、髪を撫でてやるとフラミーは肩から口を離し、噛んだところをペロペロと舐めた。
無意識に噛んだのか、小さな声で「ごめんれ…ごめんれ…」と囁く。
首を振ってやり、ぐりぐりと腰を回すとフラミーは必死にしがみついた。
「ッン……っあ……。」
小さく柔らかな胸が押しつけられる。昼間の反抗的な姿は微塵もなかった。
「じゃ、土曜はそんな感じでたのんます。」
『待ち合わせは僕の家の近くの駅でいいかな?』
『私はもちろんそれで良いです。』
フラミーがビクッと動く場所をしつこく擦っていると、内部はキュンキュンと収縮し、思わぬ刺激が加わった事で一瞬声が漏れそうになり唇を噛んだ。
「ッ――おれらも、それで。」
『じゃあCの九番出口の地上で待ってるね。』
『わかりました〜。』
「はーい。」
回していた腰で優しくフラミーを突き、バクバクと鳴る鼓動が伝わって来た。
『それじゃあ、おやすみ〜。』
『おやすみなさい。』
「おつかれっす。」
そう言った瞬間電話を切り、ウルベルトはスマホを放り捨てるとフラミーを両腕でギゥっと抱きしめ、奥をえぐるように思い切り腰を押し当てた。
「っきゃゎん!!」
「あぁー!フラミー好きだ!!いじめてごめんなぁ!ついやっちゃうんだよ!」
小学生男子はフラミーに顔を擦り付けると腰を掴み、下から突き上げ始めた。
「っはん!っあ!やぁ!」
「フラミー、好きだよ、愛してる!」
粘膜を容赦なく擦り上げ、子宮に押しつけていく。
「わたしも、すき、すき、だいすき!」
ぶちゅぶちゅと音が鳴り、ウルベルトは噛み付くようにフラミーにキスした。
口の端から唾液が滴り落ちていくと頭を上げさせて舐め上げた。
「――っはぁ、すきだっ…すきだすきだ…っ!」
「っあ…!っん…!うっ…あうぅ…!もっとぉ…!」
両膝がガクガクと震えている。キスを求めているのか快楽を求めているのか、愛を求めているのか、全てなのか。
ウルベルトは脳味噌を焼かれるようだった。
「すきだよっ…っん…!っはぁ!もっとな!」
「すきっ、すきっ、っ…もっとぉ、うんたぁん…!」
卑猥な水音を鳴らし、フラミーはキスを求めるように口をあけ、ウルベルトに舌を出した。
はしたない顔をしていて、二人は性欲にまみれたキスをした。
「っんぅぁ!っあぁ!」
腰の奥から熱がせり上がるのを感じると、フラミーをソファに転がらせた。
服をたくし上げ、ぷるんぷるんと揺さぶられる胸を露わにさせる。
出してはもったいないとわかっているが、腰を振り立てフラミーの中を蹂躙していく。
「はへっ!はひ…っ!はげひっ…!ひぁん!っはぁ!」
キスを続け、ドッドッと奥へ奥へと突くとフラミーの腰は浮き、開いている内太ももと内部は痙攣した。
「ッ…!ふらみー、イくよ、出すよ…!」
根元から先端まで全てを刺激され、ウルベルトは限界を感じると引き抜こうとし――キツく締まりすぎた入り口に先端の返しが強く刺激された。
「っや、っべ!」
白い蜜が迸る。ぶりんっと抜けるとフラミーの顔、用意した腹と胸元を汚した。
顔を汚され、なおもフラミーは目の中にハートを浮かべてウルベルトを眺めた。
「はぁ…ふ、ふらみー…。ごめんな…?」
「…ぃぃょぉ…。」
「俺のことすきか…?」
「しゅき…。」
「……じゃあ…あーころじーで暮らす…?」
「やら…。」
それはだめだった。
フラミーは小さ目のボストンバッグと紙袋を二つ抱え、事務所のある駅でウルベルトを待った。
土日でなければ相談に行けない、もしくは報告を聞きに行けない、と言う人はどうしても存在する。
駅に置かれる広告の上に付いている鏡で前髪の行方を確認していると、ポンと肩を叩かれた。ふわりとコーヒーの匂いがした。
「よ、お待たせ。」
「ウルベルトさん!」
フラミーはウルベルトの胴に抱き付いた。
おっと、とテイクアウトしたコーヒーを持ち上げ、こぼさないようにした。
「はは、お前なんか荷物多いな?」
「お泊まりだって言ってましたから!」
「お泊まりったってオールだけどな。貸しな、持ってやるよ。」
えへへと嬉しそうにし、ウルベルトに荷物を渡すと二人は電車に乗った。
「私、男の人のお家にお泊まりなんて初めてです!」
「はは、俺んちはお泊まりじゃなくて生活始めちゃったもんなぁ。」
すぐに電車は地下に入り、フラミーを連れて乗り換えた。
「ウルベルトさんは女の人のお家にお泊まりしたことあります?」
「全くお前はすぐにそう言うことに興味持つんだからなぁ。」
困ったなとウルベルトは苦笑した。フラミーは嫉妬心よりも純然たる興味に惹かれるような顔をしていた。
「知りたいです!ウルベルトさんは私のこと何でも知ってるのにずるいです!」
「お前も俺のこと必死になって調べれば?なーんてな。」
「じゃあ、宇留部先生依頼です!ウルベルトさんのこと調べてください!」
「着手金百万円です。しかも成功報酬は百パーセント。」
ウルベルトはベッと舌を出した。
「はひぃ、た、たかいです…。」
「悪魔の契約だからな。ははは。」フラミーは笑うウルベルトの手をそっととり、甲に口付けた。「はは――は?」
「家賃と、今お支払いしてる私のお母さん達の分と合わせてこれで一生掛けてお支払いします!」
「余計な知恵付けんなよ。ウルベルトさん情報についての報酬はそれはダメ。」
「億の価値があるって言ったくせにぃ。」
「お前だって俺の方が価値があるって言ったろ?」
二人はムゥ…と視線を交わすとプッと笑いを漏らし、楽しげに笑った。
「いやぁ、見せつけてくれますねぇ。」
ウルベルトの横からにゅっと顔を出したインテリジェンスの塊のような男に、二人は肩を震わせた。
「た、タブラさん。いつの間に…。」
「三駅前で乗り換えたら、あらびっくり。私の友達が二人もいるじゃないですか。」
「…そんな前から…話しかけてくださいよ…。」
「いやいや実に楽しげでしたからね。」
タブラはそう言うとウルベルトの肩を掴んだ。
「さぁ、私のことは気にせず続きを――」
「えっ、ちょっ。」
ウルベルトをフラミーに向けて押していくと、電車は止まった。
「――と言いたいところですが、降りましょうか。いやぁ残念だなぁ。」
タブラが楽しげに降りていくと、ウルベルトは立ち上がり、顔を赤くしてプルプルしているフラミーの手を引いて電車を降りた。
「あぁ、もういらっしゃいますね。朱雀さーん。」
タブラは眼鏡を押し上げ、階段の上で優しげに微笑む少しの顎髭を生やした男に手を振った。
「やぁ皆。来たね。僕の街へようこそ。」
死獣天朱雀は腕を広げて三人を迎えた。
「先生!こんにちはぁ!」
「朱雀さん、こんちわ。」
ザァッと柔らかな風が吹き、草がふわりとフラミーの元に届いた。
多くの若者が辺りを行き交っていた。
「わぁ…こないだ見た街とは…また違います…。」
フラミーはキョロキョロと辺りを見渡した。
「ふふ、ここは大学と高校がいくつかあって、僕みたいなおじさんは少ないよ。君達くらいまでの人はたくさんいるんだけどね。さぁ、おいで。」
死獣天朱雀について歩いていくと、何度か「教授、こんにちはー」と若者が頭を下げた。
フラミーは何を見ても目新しいようでふらふらうろうろした。
「朱雀さん、若者に囲まれてめんどくさくないんすか?」
「ん?めんどくさいどころか孤独死しないで済んじゃうね。」
朱雀は穏やかに笑った。
「俺は部下一人でもめんどくさいって思うけどなぁ。すげぇなぁ。」
「まぁ、ウルベルト君にはフラミー君がいるからね。フラミー君のいない生活考えたら、どう?若者に囲まれてパワー分けてもらいたくならない?」
ウルベルトは葉っぱを拾うたびにタブラにあれこれ説明されるフラミーを眺めるとふっと息を吐いた。
「…あいつのいない生活なんて、飯食う理由もなくなりますよ。」
「はは、相変わらずベタ惚れなわけだ。」
「……最近、惚れてる以外にもあいつの側にいる理由ができました。何があっても離しちゃいけないんす。」
「あら〜羨ましいね〜。僕も昔は好いた子くらいいたけどね、その子は僕の親友が好きだったからなぁ。」
ウルベルトはいくつも上の、兄のような父のような人を見た。
「ちょうど、僕はモモンガ君の立場だった感じかな。今も年に何回か会うたびに、その子の娘がどんどんその子に似ていってね、昔を思い出したりしちゃうよ。」
「…お嬢さん嫁にもらったらどうです?」
「ははは。バカ言っちゃいけない。僕はもうこんなにおじさんだし、その子が大人になる頃にはもっとおじさんだよ。それに、ウルベルト君、娘ができてモモンガ君に嫁に行かせたい?」
「無理ですね。」
わずかな間も無く答えた。
「ほら〜。も〜。」
「ははは、すんません。」
そうこう言っていると、三階建てのコンパクトマンションに付き、一階の部屋に入った。
「お邪魔しまぁす!」「お邪魔しまーす。」「お邪魔します。」
「どうぞどうぞ。」
「――うわぁ。」
朱雀の家はウルベルトの家二つ分ほどあるワンルームだった。
全てバラバラのデザインの四脚の一人掛けソファがテーブルを囲んでいた。部屋の隅にはメッシュ状の椅子が何脚も積まれている。学生が来ることもあるのだろう。
バラバラなソファセットの向かいには小さな庭があり、掃き出し窓の外にはベンチ。
部屋の端には四畳ほどの小上がりに文机と人をダメにするような大きめのクッションが置かれ、飾り棚に本がずらりと並んでいた。端っこにはポツリとフルダイブシステム。
独身貴族の名にふさわしい家だった。
「窓開けようね。今日は一日晴天に設定されてるし。」
朱雀は窓を開けると、視界を遮るように生やされている庭木の向こうに手を振った。
教授ー!と声が聞こえる。
「朱雀さん、ここ家賃いくらっすか?マジでやばそうだな…。」
「ここはね、大学から借りてるから光熱費も込み込みで相場の三割くらいで暮らしてるよ。安月給だけど、満足してるんだ。」
「特殊技能持ちの強みですね。」
タブラは庭先から外を眺めた。
「じゃ、何かお茶でも出そうか。皆楽にしてていいよ。」
口を開けて部屋を見渡していたフラミーははっと我に帰った。
「っあ、先生!お手伝いします!」
先生と言う言葉にウルベルトは一瞬反応しかけ、すぐに自分じゃなかったと気付いた。
「本当?はは、女の子とキッチンに立つなんて始めてだなぁ。」
「あの、それから、これ。お口に合うか分からないんですけど。」
フラミーはウルベルトがここまで持ってくれていた手土産を紙袋から出して渡した。
「あらら。気を遣って貰っちゃって。ありがとね。じゃ、せっかくだからこれ食べようか。開けて貰って良いかな。」
「はい!」
フラミーは丁寧に包装を解きはじめた。
「フラミー君、復習はしてる?」
「えへへ、毎日じゃないんですけど、ちゃんとしてます。」
「良かった。ほら、普通は三年かけてやるでしょ。でも、君は一年半くらいで学んだから、身に染みる前に落ちちゃいかねないからね。もし分からないことがあったら、僕が教えたところじゃなくても遠慮なくいつでもメッセージ送って良いんだよ。」
「ありがとうございます。先生には本当に感謝してもしきれません。」
朱雀はうんうん、と頷き茶葉を急須に入れた。その手元をフラミーは食い入るように見つめた。
水道水を小さなやかんに汲み、IHに乗せると数秒で沸いた。
湯冷ましに湯を注ぎ、湯冷ましから湯呑みに注ぎ直し――「お湯入れるから、顔離してね。」
「あ、すみません。」
湯呑みから急須に湯を注いだ。
「あの、これ、なんで?」
「煎茶には沸騰してたら熱すぎるの。湯冷ましに入れてもまだ熱すぎるから、湯飲みもあったまるしこうして入れるんだよ。番茶なら九十度、煎茶なら六十度から八十度、玉露なら六十度から七十度。」
フラミーはふむふむ頷くと菓子をテーブルに出し、そのまま小上がりに置かれたバッグの下へ行って手帳を取り出すとメモに書き込みはじめた。
「フラミー君は変わらないね。ウルベルト君の教育が良いんだ。」
朱雀がお茶を出すとウルベルトとタブラは適当なソファに掛けた。
「はは、年上でも教育されてるのはこっちですよ。」
「ウルベルトさんがアーコロジーに行きたいなんて言った晩、私フラミーさんすごいなって思いましたよ。」
「…本当はお二人の前で言うことじゃないすけど…俺はやっぱり繭が好きになれないっすよ。――フラミーは俺が好きじゃないならアーコロジーには住みたくないとか言うし…。好きにならなきゃならないのに……飲める水道水、開けられる窓…鳥の歌う声…綺麗な空気…歪んでない草木…。どれも、ここを支える誰かの命を吸ってんだ…。」
朱雀とタブラはちらりと目を見合わせると、ウルベルトの肩をそれぞれ撫でた。
「僕もそう思うよ。生かされてるって。」
「私もこの隔離された方舟の中の暮らしが当たり前なんて思ってはいませんよ。」
「…すんません。別に、お二人をどうこう言うつもりとか、糾弾するつもりとか、本当、まるでないんすけど…。」
「良いんだよ。誰もが思ってる事なんだから。」
「そうです。ただ、無理に好きになろうとしても、中々それは難しいのではと私は思います。」
「俺もそう思います…。…あいつがどうしても暮らしたいって思ってくれたら…話は早いのに…。俺はあいつに百を超える歳まで生きて欲しいのに…。」
切実な願いに二人は少し胸を痛めた。
フラミーは手帳をしまうと、てて…と寄ってきて、残るソファに座った。
ウルベルトは軽く息を吐くと、優しい顔をした。
「フラミー、ここ、気に入ったか?」
「はひ!先生のお家とっても素敵です!なんだか、先生の素敵さをギュッと詰め込んだみたい。また遊びにきたいです!」
フラミーが顔いっぱいに笑うと朱雀はフラミーに茶を勧めた。
「いつでもおいで。なんなら、近くに越してきたらどうかな。学生の多い街だから、物価もそんなに高くないし、家賃もそんなに高くないよ。そうしたら、毎日でも遊びに来られる。勉強も教えてあげるよ。」
ウルベルトから感謝の視線が送られる。
「嬉しい。でも、私今住んでる所が好きだから。またお休みの日に来させて下さい。」
四人のお茶会は静かに続いた。