真っ暗な部屋でフラミーは震えていた。
「タブラさん…やだ…。」
「怖いのは最初だけですよ。慣れれば楽しめます。」
「ウルベルトさん…助けて…。」
「良いからお前も楽しめって。」
涙目のフラミーはウルベルトの腕にしがみ付くとギュッと目を閉じた。
『あがごをがえぜぇ!!』
「いやー!!」
タブラの家にはシーリングライト搭載型のプロジェクターがあった。
白い壁いっぱいに映し出されたホラー映画を前にフラミーはずっとこの調子だった。
ナザリックへの課金度なら誰にも負けないと言うほどの重課金者も、やはり独身貴族。
「あ、今んとこ見なかったのか?面白いのに。」
ひぃーん!と泣いているフラミーを撫でながらウルベルトは割と楽しんでいた。
タブラの解説を聞き流しながら皆でビールを飲み、ホラー映画を見る。実に悪くない。
「フラミー君、次は僕が持ってきた奴だから――あと一時間の辛抱だよ。」
「せんせぇ〜!」
「ははは、かわいいねぇ。」
隣に座る朱雀がフラミーに笑うと、ウルベルトはぐいっとフラミーを横抱きにするように膝に座らせた。
「朱雀さんでもそれはダメ。」
「えぇ、何もしてないよ…?」
「触りたくなっただろ。」
「…人のお嫁さん触ったりしないよ?」
ウルベルトは番犬のようにグルグル言うと抱き付くフラミーに頬を擦り付けた。
「ふふふ、やっぱりホラーは怖がる人がいてこそですね。」
タブラはご機嫌だった。
「ふぇぇ、ももんがさん、ももんがさん…。」
「おやおや、呼ぶのはやっぱりモモンガさんなんですねぇ?」
師匠じゃないんだぁとタブラが呟くとウルベルトはフラミーの耳を甘噛みした。
「っやん!」
「お前なぁ、旦那を呼ばんか!」
「まぁまぁ。対ギルメンにはやっぱりモモンガ君が一番頼りになるからね。」
「――あ!今皆さん見逃しましたね。少し戻します。フラミーさんもちゃんと見て下さい。」
フラミーはウルベルトから離れなかった。
「怖いのやです!!」
結局フラミーはウルベルトの膝の上で残りの一時間を過ごした。
「はぇぇ…おわった…。」
「いかがでした?中々見応えあったでしょ?」
「タブラさん、これ絶対続編あるやつっすよね。」
「あはあは、ばれました〜?」
タブラは可愛らしく小首を傾げた。
「っえ、ま、まだ見るの…?」
「フラミー君がかわいそうだから、続きはフラミー君が寝たらにしようか。」
朱雀はうーん、と伸びるとフラミーが持ってきたタブラ用の手土産を食べた。
ビールももう空だ。
「…怖がる人がいないんじゃただの分析会じゃないですか。それにフラミーさん、一人であっちの部屋で眠れます〜?」
タブラはウルベルトに抱えられてこちらに背を向けるフラミーを覗き込んだ。タブラはフラミーに寝室を貸すつもりでいる。
「っ…ね、ねれない…。」
「はは、じゃあここで続編も見たほうが良いですよ。何てったって、続編は救済編なんて呼ばれてるくらいですからね。」
「フラミー、救済編なら見るか?怖くなくなるぞ?」
「こわくなくなるの…?」
「多分な。」
ウルベルトがそういうとフラミーは小さくうなずいた。
「…みます。」
「わーい。それポチッとな。」
棒読みだったがタブラは実にノリノリだった。
「…モモンガ君の偉大さを感じるなぁ。」
朱雀は嫌な予感を覚えながら始まった映画を見た。
二時間が過ぎ、続編も終わると、フラミーはいよいよ持ってウルベルトから離れられなくなった。
「こうして彼女は世に放たれましたとさぁ!如何でした?館から出られなかった魂は救済されましたよぉ。」
「ふぇぇ…とぉるさん…とぉるさん…。」
「あは?流石にモモンガさんじゃなくてウルベルトさんですか。ふふ。」
「…文香、平気か?」
「おふろはいれない…おといれいけない…しぬしかない…。」
フラミーが物騒なことをいうとウルベルトはギョッとした。
「お、おま!トイレも風呂も付いてってやるから!」
「ウルベルト君。百歩譲ってお風呂はいいとして、トイレは難しいんじゃない…?」
「下手したらお風呂よりエッチですね。モモンガさんがいたら発狂してました。危ない所です。宇留部夫婦と鈴木は混ぜるな危険です。」
フラミーはぷるぷる震え、ウルベルトを潤む瞳で見上げた。
「ふぇ…うるべるとたん…おといれ…。」
「……すみません、皆さん。ちょっと失礼。」
ウルベルトはフラミーを抱き上げ廊下に出て行った。
ぱたりと扉が閉まると、二人は目を見合わせた。
次の瞬間、廊下から『どうしたらいい?どうしたらいい?』『扉の前にいるから』『むりですよぉ』と二人の声が聞こえ、朱雀は一応困り顔を作り、タブラはニコニコした。
「ウルベルトさんってテストステロン値高そうですよね。」
「ははは、そうだね。前よりも高くなってそう。」
死獣天朱雀はまだ開けていなかったワインを開けた。
タブラはそれを見るとグラスを四脚取りに行った。
「私、実はフラミーさんはモモンガさんとハッピーセットになると思っていました。」
「タブラ君はウルベルト君に票入れてたのに?ウルベルト君に入れたの、モモンガ君とタブラ君と建御雷君だけだったでしょ。」
「フラミーさんはモモンガさんを好きそうでしたし、そんな中でウルベルトさんが振り向かれたら浪漫があるじゃないですか。」
「まぁね。僕は私情からモモンガ君に入れたよ。でも、今はこうなって良かったなぁと思っちゃったな。フラミー君がまさかここまでウルベルト君を変えるなんて。」
タブラは頷き、テーブルにグラスを置いた。
「今のウルベルトさんなら、たっちさんとも仲良くできるかもしれません。」
「僕も少しそう思う。」
朱雀がワインを注いでいくと、フラミーと手を繋いだウルベルトが戻ってきた。
「すんません。お騒がせして。」
「良いですよ。フラミーさん、平気でした?」
「へ、へいきでした…。」
「良かったね。ほら、ワイン開けたから。お酒で強制的に寝れるならそのほうがいいかもよ。」
フラミーは確かにとソファに戻るとグラスを手にした。
「じゃあ、改めて――あ、そうだ。ウルベルト君、フラミー君結婚一年おめでとう。これからも仲良くね。」
朱雀がそう言うとウルベルトとフラミーは幸せに笑った。
「先生、ありがとうございます!」
「はは、式行ってても人の結婚記念日なんか覚えます?さすが朱雀さんだなぁ。」
「ふふ。僕はめでたいことに目がないからね。」
「私も覚えていましたよ?と言うかアインズ・ウール・ゴウンで覚えていない人はいないかも知れません。」
「まじ?皆すげぇな。」
「えへへ、お二人とも、本当にありがとうございます。」
タブラと朱雀は頷いた。
「じゃあ――」
「「「「乾杯!!」」」」
四人の声が響いた。
その後、フラミーは二杯目の途中からうとうとし始め――ソファの上で丸くなって眠った。
ウルベルトの左手を強く握り、離さなかった。
「はーやれやれ。すんませんね。ガキンチョで。」
「いえいえ、非常に楽しかったですよ。」
「タブラ君はフラミー君に今後警戒されるね。」
三人はハハハと笑った。
互いにワインを注ぎ合い、朱雀の持ってきた映画をあれこれ言いながら観た。
そして、映画の中の主人公達が幸せに笑い合い、エンドロールが流れ出した時、タブラはふと思い出したことを口にした。
「――そう言えば、ベルリバーさんと連絡付かないんですけど、彼元気なんですかね?」
眠るフラミーの手を握るウルベルトの手が震えた。
「ベルリバー君ね。僕も連絡してみたけど、何だか凍結みたいな感じになってるよね。他にも何人か連絡したけど、同じ感じみたいで本人と繋がらないの。」
朱雀のそれを聞くとウルベルトは焦るような、動揺したような声音で朱雀に迫った。
「ま、待ってください。何人かでベルさんに連絡したって…その後、誰か…誰か家に来たりしてませんか…。」
「あ、もしかしてウルベルト君のところにも警察来た?」
ウルベルトの喉を空気が通らなくなった。タブラは首を傾げた。
「え?警察ですか?ベルリバーさん何かあったんです?」
「それが、鈴川さんを知ってますかみたいな具合で。言いふらしたら無駄な詮索を呼ぶかなと思って黙ってたんだけどね。僕、ベルリバー君の名前知らなかったからさ。最初は分からなかったんだけど、話してるうちにベルリバー君だーって分かってね。どう言う関係かって聞かれて、ユグドラシルっていうゲームの関係ですって話したよ。」
目の前がぐにゃりと歪んでいくのを感じた。
「あら〜。私の所にも来ますかね?来たら、元気にしてるのかとか、知ってること教えてもらえないか聞いてみようかな。何か犯罪に巻き込まれてたりしたら大変ですし。」
犯罪を犯す男ではないと信じているが故の真っ直ぐな感想だった。
「………朱雀さん、警察はログを取って行きましたか…。」
「ん?うん。データロガーから一ヶ月分取って行ったけど。」
フルダイブマシン装着時は犯罪に巻き込まれないようにデータロガーを装着することが電脳法により義務付けられている。データの保存期間は一ヶ月だ。
話したことなどはもう消えているだろうが、朱雀のキャラクター情報やログイン情報がまるっと持っていかれている。
アインズ・ウール・ゴウンのメンバーのリストは渡っていると思った方が良い。
恐らくベルリバーの交友関係はいくら洗っても疑わしいことはなかっただろうし、ベルリバーはデータロガーの隠蔽破棄を行っていただろう。
アインズ・ウール・ゴウンのメンバー達だって、怪しいところはない。キャラクターを削除したたっち・みーや何人かの者達は繋がりを発見される事はなかっただろうが――。
「…警察、いつ来ました?」
「うーんと、二人の結婚記念日が近いねって話して…もうそんなかって…。それでベルリバー君に連絡してみようってなったから…八月だったかな?」
ウルベルトは口に手を当て考えた。
ログの収集のためにも恐らく近日中にギルドメンバーの下に特高は来るだろう。
今下手な動きを取れば怪しまれる。深間事件班と会ったことは一度もないが、思想犯を取り締まる班の者達とは賄賂のやり取りがある。ウルベルトの賄賂に乗った者達はその事実を隠蔽しているだろうし、心配はない。
しかし、日下部の件の時に来た男達も「君、話に聞いてたよりよっぽど感じ良いねぇ」と言っているし、宇留部の名前は知られている。
一緒にいるフラミーが疑われないようにフラミーだけでもどこかに――ダメだ。
逃亡したと思われれば追われる。
今から動けることはない。しかし、日々クリーンにしながら生活して来たし、フラミーへの痕跡も絶ってきた。
自分が積み重ねた事を信じるしかない。
「――ウルベルトさん?」
タブラが心配そうに顔を覗き込んでいた。
「っは、あ、はい。」
「そう心配しなくても平気ですよ。多分ひょっこり戻って来ますから。それより結婚記念日はどこか行ったりするんですか?」
「――記念日、平日ど真ん中なんすよねぇ。どこかに出かけようかって言ったら、どこにも行かないで良いって。何か良い過ごし方知りません?」
ウルベルトが何とか我を取り戻して尋ねると、タブラはそれなら――と人差し指を立ち上げた。
「ホラー映画鑑賞会がおすすめです。」
「タブラ君、結婚記念日にそれってどうなの。」
朱雀が突っ込むと三人は笑った。
夜明けが訪れる頃には皆自然と眠りに落ちた。
(…今ここで特高が来る可能性を聞けて良かったと思うしかない…。心の準備は必要だ…。)
心の前準備なしに突然F班が来ていたら、戦闘モードになっていたかもしれない。
ウルベルトはフラミーを抱き締め震えて眠った。
翌日、フラミーは一番に目が覚めた。
ソファにはひっつくウルベルト、床には話したまま眠ってしまったのか朱雀とタブラが転がっていた。結局タブラの寝室を使った者はいなかったようだ。
明るい時間なら流石に一人でトイレもいける。
フラミーはそっと起き上がり、ウルベルトから離れた。
いや、離れようとしたがすぐに引っ張られた。
「待て。」
春までよく見た寝不足の顔をしたウルベルトがフラミーを真っ直ぐ見ていた。
「あ、おはようございます。」
「おはようさん。トイレか?」
「はひ。一人で行けるから大丈夫ですよ。」
「…分かった。すぐ戻れよ。」
ウルベルトの様子にフラミーは一つの結論を出した。
「怖いんです?」
「怖い。」
フラミーは一瞬キョトンとした。
「うるべるとさん…本当にこわいの…?」
「怖いって言ってるだろ。いいから早くトイレ行ってこいよ。」
可愛いところもあるものだ。フラミーはトイレに行った。
「ふふふ。ウルベルトさん、おばけ怖いんですか?」
タブラが起き上がるとウルベルトは頭をわしわしと触り髪型を整えた。
「全く怖くないっす。――あー風呂はいりてぇな。」
「なぁんだ。お風呂、別に入っていいですよ。」
「あ、いや。すんません、気にしないで下さい。」
タブラの家は恐らくスチームバスではなくバスだろう。
一度の水道代を思うととても甘えられない。
「ちなみに今日どうします?」
そう言っていると、朱雀から死にそうな声がした。
「ぼくはもうねむくてむりだ。やっぱり歳には敵わない…。悪いけど昼過ぎまでここで寝させて…。」
言い切るとごそごそと体勢を変えて寝直した。
「ふむ。朱雀さんが昼まで寝ているなら昼までは出掛けられませんね。すみません。」
「いいよ、気にしないで下さい。俺達は適当に帰りますから。」
「そうですか。――ウルベルトさん、少しはアーコロジー好きになりましたか?」
ウルベルトは顎に手を当て少し考えた。
「タブラさんちと朱雀さんちは好きっす。でも、アーコロジーは嫌いだ。」
「ふふふ、正直で良いですね。でも、大切なのはそれを繰り返す事です。好きな範囲が広がれば、いつかアーコロジーも好きになってるかもしれません。」
「…そういうもんかなぁ。」
「えぇ。そういうもんですとも。」
苦笑しているとフラミーが戻ってきた。一応化粧を直したようだ。
「フラミー、今日はもうお暇しよう。準備して。」
「はぁい。帰って寝直さないと眠たいですね。タブラさん、おはようございます。」
「おはようございます。朱雀さんはうちで昼過ぎまで寝るそうです。」
タブラが解説すると、朱雀は無言で手だけ挙げべちゃりと手を下ろした。
「はは。先生、ありがとうございました。また遊んでください。」
「ん〜いつでもおいでぇ〜。」
フラミーが死にかけの朱雀にきちんと頭を下げている隣で、仕事から直行だったウルベルトはジレを着るとフラミーに手を伸ばした。
「お待たせ。行くよ文香。」
「はい!」
三人は玄関へ向かった。
「そこまで送りましょう。」
「いや、気にしないで下さい。楽しかったっす。大した場所じゃないすけど、次はうちにも遊びに来てください。」
「それはそれは。招かれたらすぐに行きますよ。都合のつく日教えて下さいね。」
夫婦は笑い、それぞれタブラと握手を交わした。
タブラも朱雀もオフ会となれば普通にアーコロジーをマスクも着けないで出てくるような二人だ。
「…タブラさん、俺達は絶対に黙ってどこかに行ったりしません。」
「是非そうしてください。ベルリバーさんが戻って来たら皆で迷惑かけられた会を開いて奢ってもらいましょう。」
「そう…そうですね。」
こうしていると、ベルリバーはまるで生きているように思えた。いつかひょっこり帰って来て、危ない所だったぜと笑ってくれるような気さえする。
「…じゃ、また。次は我が家で。」
「えぇ。寝過ごさないように帰ってください。」
「はぁい!おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」
二人は玄関先でタブラと別れた。
タブラは部屋に戻ると爆睡している朱雀に布団をかけ、ソファで寝直した。
あぁ〜〜やだぁ〜〜