ウルベルトは一人、ランチ営業前のサン・マロにいた。
「マスターこれでいいの?」
「それで良いです。」
ぐぬぐぬ言いながらウルベルトはマスターの言う通りにしていた。
「もう全部入れて良い?」
「宇留部さん、焦らないで下さい。半量づつですよ。」
今日は結婚記念日だというのに平日だ。
日下部に任せてどこかに行こうと言ったが堅実な嫁から承諾を得ることはできなかった。外食も、家で静かに二人で過ごしたいらしい。
仕方なく適当な予定を告げ、ランチ営業前のサン・マロでケーキ作りに励んでいた。
クリームチーズと人造生クリーム、卵、粉末製凝固剤を入れてチーズケーキ作りだ。サン・マロの名物だがウルベルトは二度程度しか食べたことがない。
マスターに勉強代をはらっても買ってくるより安い。業務用で仕入れている材料を仕入れ値で使わせて貰った。
「それにしてもあれからもう一年なんて早いものですねぇ。」
「ほんとになぁ。――これでいい?」
マスターはウルベルトの手元を覗き込むとうなずいた。
「はい。型に流してオーブンに入れてください。」
「思ったより簡単で安心したよ。マスター、悪いね。」
「いえいえ。レシピは漏らさないで下さいよ。」
「はは、俺は守秘義務に厳しい男だから安心して。」
二人は笑い、オーブンを四十分セットした。
「じゃあ、焼けたらこちらで持ち帰れるようにしておきますから。」
「助かるよ。半分は店で出してもらって構わないから。」
「え?でもワンホール分お代は頂戴してますよ?」
「俺は動いただけでマスターが指示したんだから、ぶっちゃけマスターが作ったようなもんだし気にしないで半分使ってよ。それに二人じゃこの量は多い。」
ウルベルトは借りていたエプロンを返すと肩に引っ掛けておいたネクタイを下ろし、整えてからネクタイピンで止め直した。ジレをキチンと着ると自らを見下ろし満足げにした。
「宇留部さん、ありがとうございます。」
「いいや。手間かけさせたし、勉強代だけじゃ足りないって。じゃ、俺はそろそろ。」
「はい。お気を付けて〜。」
マスターは深々と頭を下げた。
ランチの営業には粗熱の取れた焼きたてのチーズケーキを出した。
焼けたいい香りが店内にも店の外にも溢れたのでよく売れた。
(う〜ん、ものすごい利益。)
宇留部に貰った手間賃に加え、今日はウハウハだ。
いつもは朝のうちに焼いて、きちんと冷蔵庫で冷ましてからスタンダードに出していたが、今後はぎりぎりに焼いてぬるい状態で出そうと決めた。
(勉強代、僕が出すべきだったんじゃ…?)
マスターは忙しくランチを乗り切った。
三時になると一度店を閉め、夜の営業に備えた。
きちんと冷蔵庫で冷やされた宇留部の分のチーズケーキを箱に入れると、腕を組んで唸った。
(これだけじゃあ宇留部さんに何とも申し訳が立たない気がする。)
マスターは良くしてくれる友人の為に酒が大量に置かれているラックを眺めた。端っこにはヤギの絵が描かれた宇留部と日下部がキープしているボトルがいくつも置かれている。
(…チーズケーキに合う…村瀬さんも飲める甘いやつじゃないとな…。)
最近酒屋に勧められて買ってみた酒を手に取った。
(甘酸っぱくていいかも。)
丁寧に包み終わると、夜の営業の準備を始めた。
何人か客が入った頃、待ち人は現れた。
いつもスリーピースのスーツに身を包む宇留部は夏の間だけは袖をまくったジレ姿だ。この洗練された友人はマスターの望む客の鑑だった。
「マスター、ごめん。遅くなった。」
「宇留部さん、お待ちしてました。村瀬さんは先にお帰りですか?」
「あぁ、今日昼間来てサボったからさ。今日は文香とじゃなくて客先からの直帰なの。ガッツリ皺寄せきたわ。あいつが待ってるから早く帰ってやらないと。」
「ははは、そうでしたか。では、こちらがお約束のものと――僕からのお祝いです。チーズケーキに合いますよ。」
マスターは袋を二つカウンターの上に差し出した。宇留部は軽く袋を覗くと、焦ったようにマスターを見上げた。
「――え?いくら?」
「お祝いですから。気にしないで持っていって下さい。」
「…まじ?俺遠慮しないよ?」
「ははは、もちろんです。」
「…ありがとう。俺、最近こう言うのに弱いんだよな…。」
宇留部は少ししんみりした。
「長いお付き合いです。さぁ早くお帰りになって下さい。」
「本当にありがとう。また週末来るよ、おやすみ。」
「おやすみなさい。」
幸せそうに笑った宇留部が帰っていくと、マスターも幸せな気分になった。
家に付くと、ドアの開く音を聞きつけたフラミーがすぐに廊下に出てきてウルベルトに激突した。
「おかえりなさぁい!本当に帰って来てくれた!」
「はは、ただいま。そりゃ帰ってくるよ。もう全部終わったって言ったろ?」
「はい。それでも、あなたが居てくれて嬉しいの。すごくすごく…!」
ウルベルトはフラミーの目に浮かんだ涙を拭うと、少し屈みフラミーに口付けた。
「俺も。お前と居られて嬉しいよ。寂しい思いさせて本当にごめんな…。」
「ううん。今いてくれればそれでいいの。」
荷物を床に置くとウルベルトはフラミーを抱きしめもう一度キスした。
唇を吸うとちゅ…と音が鳴り、どちらからともなく唇が開くとウルベルトはフラミーに侵入した。
舌同士が絡まり合い、何度も顔の角度を変え、何かを目指すように求めあった。
――すると、ピンポンっと軽快な音が鳴った。
こんな時間に誰だと思い――ウルベルトの中に爆発するような恐怖が湧き出た。
「ん…だれかきたぁ……っはぅ…む……ん…。」
ウルベルトはフラミーへのキスをやめなかった。
やはり逃がすべきだったのではないか。
いや、事務所も何もかも捨てて、二人で逃げるべきだったのでは。
もう一度ピンポンっと鳴った。
ウルベルトは一度ギュッと目を閉じ、今更そんな事を言っても仕方がないと余計な考えを追い払った。
フラミーの服に手をかけ、ぷつぷつとブラウスのボタンを数個開けいく。
抵抗するように体を押されると、ハァッと少し乱暴な息を吐き捨て、唇の繋がりを絶った。
「…文香、ごめん、本当ごめん。」
「っはぁ…あの…うるべるとさん…だれか…。」
ウルベルトはフラミーを抱き寄せ、肩からブラウスを落として露出させた。ブラのホックを外し、ブラ紐も肩から落とすと胸元に痕が残るように口付けた。
「っん…ねぇ、人来ましたってばぁ……。」
とんとんとん、とドアが叩かれた所で、ウルベルトははだけさせたフラミーを片腕で抱えたまま、一度深呼吸をしてからドアの鍵を開けた。
「はいはい、出ますよ。出ますから。こんな時間にどなた?」
気怠そうな空気を纏って出ると、外には高級そうな仕立てのスーツを着て、ガスマスクをした男達が四人。
ウルベルトの心臓はバクバクと鳴っていた。
「っきゃ!や、やです!」
フラミーはウルベルトに抱き寄せられているが、ウルベルトに押し付けている胸が見えそうで見えないようなあられもない姿だった。背にはホックの外れたブラが見え、胸元にはキスマーク。
男達はその様子を見ると一度咳払いをした。
「…宇留部透さんと、宇留部文香さんですね。」
「そうですけど?」「は、はひぃ…。」
男達は涙目のフラミーから視線を逸らしながらスーツの胸ポケットに手を入れ、手帳を取り出した。
フラミーがウルベルトに離してもらおうとジタバタしていると、男達はそれぞれ手帳を縦に開いた。
そこには――想像通りの徽章が輝いていた。
ウルベルトは書かれている氏名、階級、所属庁、職員番号を全員分読み取った。
「少しお話を聞かせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか。」
フラミーがウルベルトから離れようとすると、耳元で囁いた。
「離れると見えるぜ。」
若干絶望的な顔をしたフラミーは抵抗をやめ、真っ赤にした顔をウルベルトに押し付けた。
「警察の人達なのにぃ…。」
ウルベルトはふざけたように笑うと、呆れている職員達へ視線を送った。
「――やんごとなき国家に仕える皆様には申し訳ないんですけどね、何を隠そううちは今日結婚記念日なんですよ。」
「…そうでしたか。では手短に済ませましょう。宇留部さん、鈴川さんと言う方をご存知ですか?」
ウルベルトは怪訝そうな顔をすると、恥ずかしそうにするフラミーの背を数度叩き、返事を促した。
「はぅ…鈴川さん…ですか…?私達の知ってる人じゃないです…。」
「なるほど。――では、ベルリバーと言うキャラクターに覚えは?」
二人は目を見合わせた。フラミーはブラウスを上げようと必死だがウルベルトの抱き寄せる手がブラウスに引っかかっているせいで上手く上がらなかった。
「ん…むぅ…もう。…ベルリバーさんは知ってます…。ユグドラシルっていうゲームで一緒に毎日遊んでました。」
「ご主人は?」
「もちろん知ってますよ。」
「そうですか。実は鈴川さんが犯罪に巻き込まれた可能性がありまして。関わりのある方のデータロガーからログをとらせて頂いているのですが、ご協力願えませんか?」
ウルベルトは少し考える素振りを見せてからうなずいた。
「分かりました、もちろん協力しますよ。」
フラミーも直ぐにうなずいた。
「ベルリバーさんの為でしたら、あの、なんでもどうぞ。」
「助かります。では少し失礼させて頂いて…。」
男達が靴を脱ぎ始めるとウルベルトは洗面所を開けて今にも胸を晒してしまいそうなフラミーだけ中へ入れた。
「ん、いじめてごめんな。こっちは俺に任せていいよ。」
「っもう。もっと早くにこうして欲しかったです……。すぐおちょくるんだから…。」
「はは、ごめんごめん。風呂入っててくれ。皆さんがお帰りになったら、続きしような。」
「でも――んぅ。」
ウルベルトはフラミーにキスをすると――吐息よりも小さな震える声で言った。
「たのむ、ここにいてくれ。」
フラミーが心配するような、何かを確かめるような顔をする。
願いを込めた視線を返し――洗面所の扉を閉めた。
フラミーの顔はどうしても両親の面影がある。相手もまさかこんなところにそんな者がいるとは思いもしていないだろうが、直視されるのは避けたかった。
「すんませんね。」
「いえ…その方が我々もやりやすいです。」
「じゃ、どうぞ。」
男達と部屋に入ると、中にはフラミーが頑張って作っていたであろう食事のいい香りが広がっていた。
冷めないようにまだ盛り付けされていない液状食料ベースのシチュー、合成豆のチリビーンズ、集成食料にチーズを乗せてカリカリに焼いたもの、液状食料を伸ばしたスープ。
ウルベルトは心の中で感謝し、フラミーとウルベルトのヘッドギアを差し出した。
「どうぞ。」
男達はパソコンを開くとそれぞれに接続し、データログの取り出しを始めた。
そして一人はウルベルトと向き合った。
「書き出しが済むまで少しお話ししましょう。宇留部さん、お仕事は何を?」
「しがない興信所ですよ。」
「そうですよね。」
ウルベルトは「そうですよね」などと言うくらいなら聞くなと心の中で突っ込んだ。どうせ洗いざらい調べてきている。
「――あなたは我々の局とは何度もやり取りがありますよね。警察とのやり取りも慣れてらっしゃる様だ。」
「どうでしょうねぇ?」
「宇留部さん。鈴川さんと最後にやり取りをしたのはいつですか?」
口に手を当て、ウルベルトは考えを巡らせた。
「…去年の春の頃かな。細かく確認しましょうか。」
「いえいえ、それには及びません。宇留部さん、率直にお聞きします。あなたの結婚式にはゲームにいた殆どの方を招待しているようですが――鈴川さんにご連絡は?」
ウルベルトの心臓が止まった。
連絡がつかない事が分かっていたウルベルトはベルリバーに連絡を取っていない。
「――そう、連絡を取ってないでしょう。何故ですか?あなた、何か
どうする――どうする――。
「――皆さん鈴川さんと連絡が付かなくなっても何度かメッセージを送っているようですが、あなたは仰る通り、昨年の四月頃を最後にぱたりと連絡を取るのをやめている。何故でしょう?」
ウルベルトは方針を決めると心の中で深呼吸をした。
「――あなた達とやり取りのある俺が気が付かないと思ってるんですか。」
男は微笑んだ。
「何の事ですか?」その声は優しげだった。
「ベルリバー…――いや、鈴川って言うのか。あいつは常日頃から社会への不満を漏らしてましたよ。俺も愚痴には乗ってましたけどね、その鈴川との連絡がぱたりと付かなくなったんだ。あなた達が連れて行ったんじゃあないんですか?どうせ、いつもみたいに鈴川を留置してるんでしょう。あいつは愚痴っぽい奴ですけどね、反社って程の奴じゃないですよ。」
ほーう、と男は漏らした。
「宇留部さんは鼻が効くんですね。どうして我々が連れて行ったと思っているのに、いつもの様に開放してくれないかと言いに来ないんですか?」
ウルベルトはつまらなげに息を吐いた。
「あんた、プライベートで友達が"社会なんかクソくらえ"って言ったら、逮捕するタイプ?」
「――いいえ?」
「そうでしょう。俺も金を稼ぐ為に一生懸命やってるんですよ。それを依頼もされてない、皆さんにお支払いする
「ドライですね。他の皆さんはとても心配していましたよ?」
「俺だって心配していない訳ではないですよ。でも、ネトゲの友人のために
「どうでしょうねぇ?」
「よして下さいよ。俺はやっと念願だったアーコロジーに小さな家が借りられそうなくらいにまで来られたんだ。それをゲームの中の愚痴に足を引っ張られちゃ世話ない。」
ウルベルトはそう言うと個人用スマホと業務用スマホを開いた。近頃見ていた不動産情報に埋め尽くされたウェブの履歴を差し出す。
「――ただでさえアーコロジーの外のゴミ溜め暮らしな所に加えて、こっちは不動産を借りにくい個人事業主なんです。ここで経歴にケチが着いたら困る。正直言えば金の問題だけじゃなくて、数日の拘束だって御免なんですよ。」
男は二台の履歴を無遠慮に遡って行った。どこまで行っても不動産情報やフラミーにやるプレゼントの検索、食事に行く場所の検索、綺麗な場所の検索など――クリーンだった。
「…あなたはアーコロジーで暮らしたいと?」
「アーコロジーで暮らしたくない奴なんかいないですよ。金がなきゃ行きたくないって強がるしかないですけどね。」
「なるほど。こちらの履歴は一応いただいても?」
「もちろん。」
男はウルベルトのスマホをパソコンを開いている者に渡した。
「頼みますよ。俺はいつかアーコロジーに一軒家を買う為に必死こいてやってるんですから。」
「ふふ、アーコロジーはアーコロジーのためによく働く人を歓迎しますよ。」
スマホを受け取った男はちらりとウルベルトを見てからパソコンで何かの操作をした。
(…そうだ。閲覧履歴だけじゃなくてGPSの履歴と移動履歴も取っていけ。)
この日のためにクリーンにやってきたのだ。
すると、これまでヘッドギアから履歴を吸い上げていた男達が「終わりました」と質問していた男に耳打ちした。
これで帰ってもらえると僅かに余裕が生まれた。
「――宇留部さん、最後にもう一つだけお聞きしても?」
良い訳ねぇだろうがと心の中で毒吐く。
「えぇ。どうぞ。」
「何故最初何も知らないふりをしたんです?あなたの演技は迫真でした。」
ウルベルトは軽く笑った。
「妻だってギルドメンバーなんだから、聞かせたら心配するでしょう。皆鈴川が警察に連れて行かれるなんて思ってもみないんですから。」
「優しいんですね。だから、この会話に立ち合わせたくなかったんですか?」
「何でもお見通しという訳ですか?」
男はおどけたように肩を竦めてから、スマホとヘッドギアをウルベルトに返した。
「ふふ。とんでもありませんよ。――では、我々はこれで。せっかくの結婚記念日のお楽しみ中にお邪魔してすみませんでした。」
「鈴川が釈放されたら迷惑料を取るんで気にしないでください。」
ウルベルトがヘッドギアを片付けていると、その背に笑ったような声がかかった。同時にカサリと軽い音がした。
「そうですね。生きていたらそうしてください。」
「――はは、彼は愚痴を言うくらいで何もしない人ですよ。お手柔らかに。」
気楽な声音に男達は頷き合い、立ち上がった。
ウルベルトの顔は修羅のようだった。
「玄関まで送ります。」
くるりと男達に振り返った時、ウルベルトは何の痛痒も感じていない笑みを浮かべていた。
男達はぞろぞろと部屋を後にした。廊下には言った通りにフラミーが風呂に入っている音がした。
「ご協力感謝いたします。奥様にもお邪魔しましたとお伝えください。」
「どうも。ご苦労さんです。」
全員が持ち歩き用の靴ベラを使い、高級そうな靴に足を入れた。
「では、また何かの時には。」
「はは。なるべく"また"がない事を祈りますよ。」
ウルベルトは軽く手を挙げ、扉はバタンと閉まった。
鍵を掛けると笑顔のままで洗面所に入った。
「…………。」
その瞬間ウルベルトは崩れた。
膝を付き、嫌な動機を抑えるように両手で胸を握りしめた。
(……勝った………勝ったんだ…。)
へへ…と薄ら笑いを漏らしていると、スチームバスの折れ戸が開いた。
「……大丈夫です?ベルリバーさん…心配ですね…。」
濡れた小さなタオルで体を隠すフラミーが心配そうにしていた。ウルベルトは自分も濡れてしまう事も厭わずにフラミーの腕を引っ張り、抱き寄せた。
「フラミー、ベルさんとはいつかまた会えるよ――。」
ウルベルトは地獄に行くだろうが――きっとフラミーとベルリバーは天国へ行けるだろう。
「なぁ、フラミー?子供作ろうぜ。」
「っふぇ?」
「そんでもって、さっさと引っ越そう。」
蒸気に包まれる中で、ウルベルトは微笑むと服を脱ぎ始め、沸騰したようにキスをした。
「っんぁ…あつぃ…あつぃょ…。」
「はぁ…お前も熱いよ……。」
ズボンを脱いで落とすと、他所の男たちの前に晒してしまったフラミーの大切な体を撫で、熱塊を押し当てるように腰を動かした。
「あっ…あっ…ね、ご飯…ご飯できてるの…。」
「飯は後にしよう。先にお前のこと感じたい…。」
「どうですか。」
「――本当に何事もなくヤリ始めた。まったく幸せなものだ。」
質問をしていた男はマンションの外に止めた車の中でイヤホンを外した。軽く音漏れして来る声は、好きだ、愛してる、孕んでくれ、と言う求めと、応じるようなあられもない喘ぎ声。
「ははは。俺も聞いてやろうかな。」
「よせ、趣味が悪いぞ。」
ゴミ箱の中に置いてきた小型の盗聴器は明後日の燃えるゴミに紛れて捨てられるだろう。証拠は自動消滅だ。
男は宇留部夫婦の資料にバツを付け、ページをめくった。
「冗談ですよ。――しかし…このゲームのせいで仕事が増えますね。一番怪しい宇留部がこれじゃ、明日行く――鈴木か。鈴木もどうだか。ギルドマスターとかいう。」
「期待できないな。上は犯罪の温床になると運営組織に圧力を掛けるらしい。」
「この鈴川だけじゃなく、少し前に
「すればいい。私は賛成だ。秩序を乱すだけの存在は消えた方がいい。」
「こ、こ、これ、ウルベルトさんが作ったんですか!」
「すげぇだろ?俺ってば天才だわ――と言いたい所だけど、マスターに教わったんだよなぁ。」
ウルベルトはご機嫌にそう言うと、チラリとゴミ箱の中を見た。
先ほどカサリとビニールの軽い音がしていた。何かを入れただろうが、何を入れられたか確認したりはしない。ウルベルトは明後日のゴミの日までの辛抱だと確かめたくなる気持ちを押し殺した。
「すごいです!お店の味です!」
「さすがマスターだな。せっかくだから、明日一切れお前の大好きなばあちゃんに持って行ってやろう。」
「良いんですか!おばあちゃんきっと喜んでくれます!」
フラミーはわぁーいと素直に喜びながらチーズケーキを頬張った。
「そうな、ばあちゃん喜ぶな。あ、そうだ。マスターが持たせてくれた酒も開けるか。」
ウルベルトはうんしょ、と紙袋に手を伸ばした。
「どれどれ…。」
取り出して見ると柚子の酒だった。念のため度数を確認する。
「わぁ…美味しそうです。」
「ふむ、これならお前も無理じゃないな。」
「飲みます!」
「はは、お前本当は酒好きだもんな。」
ウルベルトは笑い、酒を注いだ。
「――フラミー?」
「はひ!」
黄色い輝きがガラスに満ちるとウルベルトはフラミーの頬を撫でた。
「愛してるよ。死ぬまで一緒にいような。一年、おめでとう。」
「死んでも一緒ですよ!」
ウルベルトは困り顔で笑った。
「お前は天国行くだろうけど、俺は地獄行きさ。死んだ後はお前一人で幸せになれよ。」
フラミーは首を振った。
「じゃあ、私も地獄行きで良いです!地獄でも、あなたがいたら天国よりも良い場所ですよ!」
苦しい。愛することは苦しいと生まれて初めて知った。
ウルベルトは大きく息を吸うと、長く細く息を吐いた。
「………俺の地獄行きを否定しろよ。」
「ん?はは、そっかぁ。」
フラミーが笑うと、ウルベルトも笑った。
幸せに…幸せになってくれ……たのむ……