西暦二一三八年現在、DMMO-RPGという言葉がある。
DMMO-RPG<Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game>とは――サイバー技術とナノテクノロジーの粋を集結した脳内ナノコンピューター網であるニューロン・ナノ・インターフェイスと専用コンソールとを連結することで、仮想世界内で現実にいるかのように遊べる体感型ゲームである。
数多開発されたDMMO-RPGの中に、燦然と輝くタイトルがある。
この度、YGGDRASILは誠に勝手ながら2138年8月1日(金)00:00をもちましてサービスを終了させていただくこととなりました。
2126年のゲーム発売以来お客様に長らくご愛顧頂きました事を深く御礼申し上げますと共に、この度のご案内となりましたことを心より深くお詫び申し上げます。
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「ユ、ユグドラシル…終了…?」
鈴木は呆然と運営からの通知を眺めた。
「嘘だろ…糞運営…。七月いっぱいってこと…?あと半年ないじゃん…。」
最悪だ。最悪だ。
たっち・みーが引退して以来、ぱらぱらと人が減り、フラミーとウルベルトが結婚し、ウルベルトにも装備を預かってくれと言われ、引退と流出は留まることなく続いた。
――ナザリックを守らなくちゃいけないのに。
皆、いつかまた会いましょう。
またね。
そういった言葉で去っていった。
今はまだ――誰もユグドラシルには戻ってきていない。
鈴木は誰も来ない円卓の間をログアウトし、ふらふらとベッドに倒れ込んだ。
「…何でなんだよ…。つい最近ヴァルキュリアの失墜入れたばっかなのに…。皆が戻って来る場所なのに…。」
ベルリバーだって、今は少し警察の厄介になっているようだが、戻ってきた時にナザリックがなかったからどう思う。
鈴木は子供のようにベッドで呻いた。
今は毎日ただただナザリックを維持するために宝物殿に金貨を放り込む日々だ。
時たまインしてくる誰かの仕事の愚痴を聞いたり、新しくハマっているゲームの紹介をされたり、モモンガの生活はそういう感じだ。
「…フラミーさん達…幸せにやってるかなぁ…。」
「箱はここにある…。」
フラミーの手を繋いでウルベルトがそう言うと、フラミーと日下部は目を見合わせた。
「ど、どこですか。もうなんなら、袖無しに渡した方が良いんじゃ…。俺、袖無し呼びに行ってきます。」
「やめろ…。日下部、フラミー。落ち着いて聞いてくれ…。言わないでいるよりも、最早伝えておいた方が安全だ…。」
何も知らないせいで今日は袖無しが引き下がらなかったのだから、偽りの情報を述べ、真偽を確かめさせる時間を稼げる方が一秒でも身の安全を確保できるかもしれない。
知らぬ存ぜぬでは強情だと思われ手酷い目に遭いかねない。
ウルベルトは思い悩むように顔を手で包み溜息をついた。
「――箱は世界を壊す。巨大複合企業転覆の世界の希望だ…。もし船を転覆させることが出来たら、支配者は変わる。人民による、人民のための政治をする奴が現れるかもしれない。そうなれば世界は今より暮らしやすくなるだろう。でも、次の頭が無能じゃ壊れた世界は立ち直らない。」
日下部は手を上げた。ウルベルトに顎をしゃくられ、口を開いた。
「だから…もし世界が変わらなかったら先生が全てを失う、なんですか?うまく行かなかった時が怖いんですか?」
「いいや。俺は破壊の中にしか再生はないと思ってる。積み上げてきたもんはてっぺんを挿げ替えたくらいじゃ変わるはずがない。頑丈な土台の一部になるだけだ。痛みのない変化なんてもんは真実の変化じゃない。――まぁ、それこそが正しい世界の変え方だって言う奴もいたけどな。」
「じゃあ…どうして…。」
ウルベルトはごしごしと顔をこすると長い息を吐いた。
「ふぅー…お前達は浦島太郎を知ってるか。」
二人は頷いた。
「亀を助けて、竜宮城に行ったらすごい夢見たいな場所で――家に帰る時に持たされた
「細かく言えば持たされたのは玉手箱だけどな。玉手箱の中には"時"が入っていた。浦島太郎は開けた瞬間、竜宮城で面白おかしく過ごした代償と言わんばかりに年月を押し付けられ、よぼよぼのじいさんになり、人生を失う。俺たちの探してた箱は、もしかしたら玉手箱なのかも知れん。」
「開けたら開けた人の人生がなくなる?」
「平たく言えばそんなところだ。玉手箱は開けた者の命を吸う狂気の箱かもしれない。これが前提条件だ。」
「それを聞くと、尚のこと箱を正しく使いそうな袖無しにくれてやった方がいい気がしちゃうんですけど…。」
ウルベルトは首を振った。
「本題はここからだ…。玉手箱は開ける時に必ず立会人が必要だ。それが袖無しが散々言ってた、深間菫だ。菫は箱を開いたら否応無くその効果の中に巻き込まれる。」
「深間を案じてるんですか…?」
「…そうだな。俺は…菫に巻き込まれて欲しくない。それだけの箱を開けば菫に待つのは苛烈な制裁だ。玉手箱に菫の人生が吸い上げられて…めちゃくちゃになる…。」
ウルベルトの呼ぶ菫の名前にはどう聞いても愛している者を呼ぶ時の優しさがあった。
「菫菫って…宇留部さん、あんたその深間とどんな関係なんすか…。文香さんの生活が良くなるかもしれない玉手箱を、深間を案じて開かないなんて…。」
「…俺は菫の安全の為なら事務所も捨てられる。」
日下部は絶望的な顔をした。
「…見損なった。じゃあ深間と結婚すりゃ良かったじゃないか…。俺が気に入ってる生活ってもんは文香さんがいて、先生がいる生活だ。そこに深間なんてやつはいない。」
フラミーは黙って握られていた手を離すと、さっき袖無しに拳で触れられた場所を抑えた。
「…菫さんのために…私…こわい思いしたの…。」
「…そうなる。すまん…。」
「…もしかして…菫さんのために…あなた…あの半年出掛けてたの…。」
「そうだな…。菫の為なら生活も捨てられる。」
「せ、せいかつも…。」
フラミーの呟きにウルベルトが頷くと日下部は拳を握った。
「…そんなの許さねぇぞ宇留部…。俺の先生はそんな男じゃねぇ!」
「…落ち着け、話は終わってない。」
「何が話だ!ンな話聞きたくもねぇよ!!」
「熱くなんなよ…。」
「すかしやがって!堂々とそんなこと抜かして文香さんの気持ち考えたことあんのかよ!!」
「考えんのは文香と菫のことばっかだ…。俺の全てはお前のもんだよ、フラミー。」
フラミーは顔に触れられるとウルベルトから目を逸らした。
「手に入れることがこんなに辛いなら…死ぬまで一人でいれば良かったです…。」
「俺はお前と出会って、お前といられて後悔したことは一回もないよ。」
「そりゃそうだろ…あんたは…。」
ウルベルトはハハ、と笑った。
「お前ら、箱なんかさっさと開けて、菫を生贄にしろと思ったろ。俺が大事そうにしてても。」
「思わないやつなんかいるか。」
「…生贄にしろなんて思わないけど……。」
フラミーはそれでも別に良いと思った。
「それが…普通の感覚なんだよ…。どいつもこいつも…菫の事なんか考えちゃくれない…。関係ねぇって、平気で菫の命を差し出そうとする…。」
「もう良いよ、箱はここにあるんだろ。俺は箱も深間も勝手に探すから。」
日下部はデスクに置いてあるノートを二ページほど破ると、落として割った湯呑みのカケラを拾い、紙に乗せていった。
「…お前達、その感覚を絶対に忘れるな。」
湯呑みのカケラを集め終わると、紙に包んで、ゴミ箱に放り込んだ。
「俺、あんたの事本当に好きだったけど、文香さんの事も本当に好きだから、許せねぇよ。」
日下部は給湯室に消え、雑巾を手に戻ってきた。
黙々と床を拭き、残った細かいカケラをポイポイとゴミ箱に入れて行く。
ウルベルトは離されたフラミーの手を取り直した。
「文香、お前の父さんと母さんの名前を教える。」
「…それがせめてもの罪滅ぼしになると良いな。」
日下部の横槍を聞き流し、ウルベルトは深呼吸した。
「お前の父さんは深間洋輔、母さんは深間紫音だ。」
事務所の空気は凍り付いたようだった。
「…え?」
「そ、それって…。」
「フラミー、お前の本当の名前は深間菫だ。お前は世界を転覆させる箱…。世界中がお前を探してる…俺も必死こいて探して来た…。」
「私…宇留部文香です…。そんな名前じゃない…。」
「どうか誰に同じことを言われてもそう答えてくれ。フラミー、もし、箱を開いた時にお前を失うようなことがあったら、俺は…俺は………。」
ウルベルトは努力すれば上に行けると微笑み、いつも自分のスレた汚らしい世界を綺麗に染め直して来てくれた天使の手を握り震えた。
仕事で嫌なことがあっても、ユグドラシルに行けばフラミーがいた。
最初は沼地をうろうろしてるおかしなやつだと思った。
一緒に狩りに出て、綺麗なものを見るようになると、可愛い妹ができたと思った。
リアルであった嫌だった事を話すと百八十度ひっくり返して悪くなかったことにしてくれる様子に、いつしか焦がれていた。
気付いてからは彼女も作ろうともせずにセカンド童貞になり――。
ウルベルトはこうして二人でそばにいられるなら、もう世界がどんな姿でも良かった。
ただ愛しくて、害する全てからこの小さな存在を守りたかった。
「……あなた、私がそう言う名前だと思って一緒にいようって…言い出したの…?」
ウルベルトはハッと顔を上げた。フラミーは泣きそうだった。
「ち、違う。お前が深間菫だって知ったのは結婚してから…。俺は何も知らなかった…。」
「私は生まれた時から村瀬文香でしたよ。あなたが見つけてくれたお母さん達だって私を文香って呼んでくれました。」
「菫、全部見せるから…。」
フラミーはウルベルトの手をそっと離させた。
「ウルベルトさん…文香って呼んでください…。私、箱も何も知らないですもん。貴方が箱が欲しいのはよく解ったけど。」
「でも文香、お前なんだ…。だからこの先も袖無しみたいなやつが来るかも知れない。お前は自分の身を守るためにもきちんと知って向き合ったほうがいい…。」
ウルベルトがフラミーの手を取り抱き寄せると、フラミーはウルベルトの胸を押し返した。
「ほんとに…私が深間菫なの…?」
「あぁ…。だから、頼む…それを踏まえて、これから袖無しみたいな奴が来た時に答える言葉をちゃんと決めて、三人で口裏あわせてやってこう…。菫を世の中の奴らがどう思ってるのか、お前達自身肌で感じたろ…?特高だっていつ来るかわかりゃしない…。こいつは危ないと思ったらすぐに連絡する手段を決めたりしよう…。」
フラミーは静かに首を振った。
「ねぇ…あなたの秘密は守るけど、私そんな人じゃないの…。」
「…それならそれでいい…。俺に合わせて言う通りに、これから来るかもしれない奴らに答えてくれれば…。」
フラミーはウルベルトの真剣な様子をじっと見つめ、しばらく何かを考えると目を逸らした。
「……長くなりそうだから湯呑み買ってきます…。まってて…。」
事務所には湯呑みは五個しかなかったので、三個割れれば残りは二個だ。
「そんなの俺が買ってくるよ。」
ウルベルトがそう言うと呆然としていた日下部は我に帰った。
「あ、いや…俺が買いに行きますよ。俺が割ったんですし…。」
「……少し、一人で考えたいの…。だから、私が買いに行きます…。」
フラミーは静かに立ち上がると、自分のデスクに行き日下部がソファ下から拾っておいたスマホと鞄、コートを持って事務所を後にした。
「…宇留部さん…今の話、確かなんですか…。」
「宇留部でいいよ…。敬語もやめろよ、お前俺のこともう嫌いなんだろ。」
「いや…やっぱり嫌いにならなかったみたいっす…。むしろ好感度上がりました…。」
「お前って調子いい奴だよなぁ。すかしやがってとか言うしさぁ。」
ウルベルトは一瞬じっとりと日下部と目を見合わせ――二人は揃って少し笑った。
「宇留部さん、ずっと一人で悩んでたんすか。」
「悩んじゃいないよ。思ったように勝手に一人で身軽にやってたさ。」
「でも、あのサン・マロに来られなかった時も本当は文香さんのために…。」
「そうだよ。俺って本当えらいよなぁ…。なのに、お前にフラミー抱っこされるは、ぶん殴られるは、とんでもねぇよ。」
「ほぼ同感ですけど、殴ったのはそれより前ですよ。」
「そうだっけ…?」
「そうです。」
ウルベルトは記憶を探り、それがベルリバーの死を知った日だったと思い出すと考えることをやめた。
「――はぁ…どうしてあいつが箱なんだろうな…。」
「…ぶっちゃけ俺もそう思います…。そんなの…開けるわけ…ないじゃないすか…。」
ウルベルトは静かにうなずいた。
フラミーは事務所の外でネックレスと、重ね付けしている結婚指輪、婚約指輪を眺めた。
(…箱なんてここに来て初めて聞いたのに…。お母さん達にも名前しか持たされなかったのに…。)
小さな巾着を鞄から出すと、手鏡を取り出し、見慣れたはずの自分の顔を見た。
(…私が…深間菫じゃ…もうここにはいられないよ…。)
もしそうでなくしても、そうだと間違えて今日のような怖い人が何度もここを訪れるのは――不本意だった。
鏡をしまうと、再びネックレスを眺めた。
(…本当の綺麗な世界の色…。ウルベルトさんは…私にこれを…どんな気持ちで贈ってくれたの…。)
フラミーには箱の開き方はわからないが、ウルベルトはあの話し方ではもう開く気はないのだろう。
ウルベルトは「いつかは本物の太陽を見せて」と言っていた。
そこまでは流石に叶わないだろうが、少しでも綺麗な世界を捧げたかった。
玉手箱を本当にフラミーが持っているなら、ウルベルトの望む世界のために開きたかった。
手帳を一枚破ると手紙を書き付け、ポストに入れた。企業秘密の手帳もそっと入れる。
「お元気で。またね。」
フラミーは街に出ると、自分がひどい顔をしているような気がしてギュッと目元を拭き、マスクをつけた。
フラミーの頭の中にはひたすらに袖無しの言った言葉が響いていた。
(F班があれだけ必死に追うお前が何も知らなければ、それの方が問題だろう!何人死んだと思っているんだ!――深間菫!!)
深間菫のせいで人が何人も死んだらしい。
もし本当に自分がそんな名前を持つのなら、それは、自分の命が誰かの命の上にある事を意味するのではないか。
認めたくなかったが、ウルベルトは嘘をつかない。
それに、あの半年、ウルベルトはフラミーの為に寝ずに奔走してくれた。
今度はフラミーがウルベルトのために奔走する番だ。本当は箱を開きたい彼のために。
もし自分が箱を持つなら、箱は必ず開いてみせる。
フラミーがキョロキョロしていると近所の人が寄ってきた。
「文香ちゃん、どうかしたの?」
「あの、義手してる人見ませんでした?」
「あぁ、あっちに歩いて行ったわよ。探偵業デビュー?」
「へへ、そんな所です。ありがとうございます!」
フラミーは小走りでそちらへ向かった。
暗くなり始めた街で、知り合いに挨拶をしながら走った。
時に人に義手の男を見ていないか尋ね、まるで見えてこない背中を追いかけた。
二階堂と名乗り、ウルベルト達に袖無しと呼ばれた男は箱を躊躇いなく開いてくれる。
フラミーが分かる事は自分の古い村瀬文香と言う名前と、間違いかもしれない深間菫という名前。そして宇留部文香という真実の名前だけだ。
二階堂はそれしか分からなくても、なんとかしてくれるだろうか。
日はどんどん落ちていき、あたりは夜になった。
底冷えするような寒さに包まれ、寂しさを感じる。
しかし、この二年はキラキラしていて、まるで竜宮城で過ごした浦島太郎のようだった。
精算する時が来たのかもしれない。
人の命を生贄に輝きの中生きてきたのなら、人の輝きのために散っても良い。
良くしてくれたウルベルトと日下部のために玉手箱をきっと開いて世界をよくしたい。
フラミーは夢中で街を往った。
その姿は線香花火の様だった。
「遅い…。」
ウルベルトは呟いた。
「まぁ…自分がいきなり世界ぶっ壊す箱だと言われたら普通悩みますよ。」
「…それはそうだけど…少し遅すぎる気がしないか。どこで考え事してんだ。」
フラミーは一人でぐるぐると余計なことを考えがちだ。
ウルベルトはスマホを取り出すと、フラミーに電話をかけた。
すぐに留守電に吸い込まれ、電源が入っていないようだった。
考え事の邪魔にならないようにしているのかもしれない。
「日下部、俺ちょっと湯呑み買えそうな店見てくるわ。」
「はい。先に文香さん戻ったら連絡します。」
「頼む。」
そう言いジャケットとコートを着るとウルベルトは事務所を後にした。
「あら、宇留部社長こんばんは。」
「あぁ、どうも。文香見ませんでした?」
買い物帰りと言うような様子のおばさんに尋ねると嬉しそうに笑った。
「文香ちゃんもついに探偵デビューね。義手の人見なかったかって買い物行く前に聞かれたわよ。」
ウルベルトの足元はぐにゃりと歪んだ。
「う、嘘っしょ?」
「やぁねぇ。ちゃんとやってたわよ!じゃあ、おばちゃんは父ちゃんのご飯するから。」
おばさんは重たそうな荷物を抱えて帰って行った。
ウルベルトは事務所に駆け戻った。
力いっぱい扉を開けると日下部がビクピョンッと跳ねた。
「っうわ!お、おかえんなさい。もう見つかったんすか?」
「あいつ、何考えてんのか知んねぇけど、袖無し探しに行きやがった!!」
「へ?なんで?」
日下部の素っ頓狂な声は場違いなまでに事務所に響いた。
「俺が聞きてぇよ!!あぶねぇって散々聞かせたのに!!なんであれで利用されて殺されるかもしれないって分かんねぇんだよ!!」
ウルベルトはデスクを開くといつものナイフを持ち――スマホを置いて行こうとして固まった。
連絡が来るかもしれないと思うと、袖無しを追うとしても持たずに行く事はできない。
「宇留部さん!行きましょう!」
日下部はもう既に出かけようとしていた。
袖無しは今日、義手をコネクターに繋いだ。
義手は不調やナノマシンの残量確認の為にインターネットに自動接続され、身体情報を記録し続ける。
突然倒れたりした時の為に場所の記録も付けられてしまう。
ならば今更かとウルベルトは全てを持って日下部待つ扉へ向かった。
事務所の電気を全て消し、休みの札をかけた。
「先生!これ!!」
鍵を締めていると1階で日下部が紙を振っていた。
「なんだ!?」
ウルベルトは駆け下り、日下部から紙を受け取ると――崩れた。
宇留部透様。日下部新太様。
これまでたくさん良くしていただいてありがとうございました。
私は自分が本当に箱なのか確かめに出掛けてみようと思います。
そうだとしたら、きっと箱を開いて、素敵な世界を二人に見せてあげるから楽しみにしていて下さい。
透さん。
結婚生活って、家族がいるってこんなに良いものなんですね。
たくさん無理をさせたようですみませんでした。
私のために寝る間も惜しんで色々やってくれたのに、いつも謝らせちゃって、ごめんなさい。
だけど、私の本当の名前は宇留部文香。忘れないで。
きっと浦島太郎は玉手箱を開いても後悔しなかったと思います。
短い時間でも素敵な竜宮城でたくさん笑って幸せに溺れたんだから。
私の夢はもう全部叶いました。
本当にありがとうございました。
文香は宇留部透を、フラミーはウルベルト・アレイン・オードルを愛しています。
生涯の愛と幸福、私の持つ全てをあなたに捧げることを誓います。
新太さん。
いつも心配をかけて、私のためにたくさん怒ってくれてありがとうございました。
これからはまた昔みたいに透さんと仲良くしてください。
透さんもとっても新太さんのこと大好きだし、自慢に思っています。
あなたが透さんにたくさん恩返ししたいと話してくれた二年前の二月を今も昨日のことのように覚えています。
恩返しのお手伝いをすると約束したけど、ここまでみたいです。
途中で勝手に辞めちゃってごめんなさい。
本当にありがとうございました。
お二人ともどうかお元気で。またね。
宇留部文香。
「ま、まだ…子供の夢叶えてねぇじゃんかよ!!文香!!」
ウルベルトは結婚式の誓いが綴られた手紙をポケットにねじ込んだ。
むり
しぬ
次回#39 たっち・みー
しぬ
むり