たっちはちゃんとした免許医から無免許の闇医者までコネクターの破壊方法を尋ねて歩いたが――どこかしらに麻痺を起こすような結果ばかりだった。
(無傷の物理破壊は無理だと思った方がいいな…。)
なってしまったら取り返しがつかない。
全身補助具を着けてコネクターにそれを刺せば何とか歩いたりすることはできるだろうが――そんなのはあまりに酷かった。
フラミーを自宅に軟禁し早一週間。
フラミーは日に日に衰弱していった。
食事は取らせていると言うのにぐったりと調子悪そうにし、ペンダントと空を交互に眺めては重い溜息をついた。
(…ウルベルトさんに電話させるべきか…。)
たっちはその日家に帰ると、また苛立つ妻の声がした。
こちらも精神がギリギリだ。
フラミーに優しくすればするほど妻の気が立つが、世界と友人の為だと思うとそうしないわけにもいかない。
ただいまーと声をかけ、靴を脱いで部屋に入るとみっちゃんが叱られていた。
「みっちゃん!!だからその部屋には入っちゃいけないって言ってるでしょ!」
「だって、お姉ちゃん遊んでくれるんだもん!みっちゃんの事大好きって言ってくれた!」
「みっちゃん、フラミーさんは忙しいからあんまり邪魔しちゃいけないんだよ。」
たっちがそう声を掛けるとみっちゃんは「はぁい…」と素直に頷き――妻はハァ!と不愉快そうな溜息をついた。
フラミーの耳にこの全てが入っていると思うと、より一層フラミーの精神疲労が溜まっているだろうとたっちは唇を噛んだ。
続き間は二枚の引き戸で区切られていて、防音性に優れているとはとても言えなかった。
中は畳の部屋で、家出少年なんかを拾い泊まらせてやる時はいつもこの部屋だ。
「あなた、フラミーさんは何もしないのよ。」
「…君が掃除も洗濯も何もするなって言ったからだろう。」
「当て付けみたいじゃない。」
フラミーがきちんと何かすればするほどに妻はストレスが溜まる。もっとうまく出来ると見せ付けられているようだと。初日には風呂を掃除して出て来たのも汚くて悪かったわねと逆鱗に触れた。
たっちは戸をノックした。
「フラミーさん、帰りました。」
扉の向こうに声を掛けると『…おかえりなさい…』とか細い声が返った。
そのやり取りも気に触るようで妻はみっちゃんを抱えて二階へ行った。
「開けていいですか。」
『どうぞ…。』
ガラガラと戸を開けると、真っ暗な部屋の端でフラミーは膝を抱えて小さくなっていた。
「フラミーさん、すみません…。」
「いえ…奥様の気持ちはわかります…。」
フラミーはそう言うばかりで、何の不満も漏らさなかった。
電気を付けてから戸を閉めフラミーの前に正座するとたっちはフラミーのスマホを差し出した。
「ウルベルトさんに電話してください。どこにいるか、誰といるかは言わずに。」
フラミーの瞳は強く輝いた。久し振りにこれを見た気がする。
「い、いいんですか!」
「はい。でも、情報を言ってはいけませんよ。それから、すみませんけど、スピーカーホンにしてもらって会話は聞かせてもらいます。それでも良いですか?」
「いいです!かけさせて!お願いします!!」
たっちは震えるフラミーの手の平にスマホを置いた。
フラミーはすぐに電源を入れ――スマホは鳴った。
大量に溜まっていたメッセージが流れ込んで来たのだ。
一つ目はモモンガからのメッセージだった。袖無しが帰った頃に受信していた。
1{フラミーさん。元気にしてますか?俺は元気に宝物殿に金貨を放り込んでますよ。なんですけど…ユグドラシルが七月いっぱいでサービス終了らしいです。また少しインして遊びませんか?]
たっちはそれを見ると懐かしそうに微笑んだ。
フラミーは今はモモンガに返事を返している余裕はなかった。
すぐに次へ送ると――
2{文香、どこにいるんだ。]
2{俺が悪かったよ。本当にごめん。]
2{エラーにならないってことはやんごとない場所には連れて行かれてないんだよな?]
2{お前が望むなら
2{頼むから帰ってくれ。相談しなくてごめん。]
2{お前がいないと幸せになれないよ。]
2{お前は手に入れなきゃ良かったって言ったけど、俺はやっぱりお前といられた事を後悔したことはないよ。]
2{俺もお前もいた二年、人生で一番幸せだった。]
2{失いたくない。頼む。]
2{お前の夢だってまだ叶えきっちゃいない。]
2{どこかで泣いてやいないかと思うと辛い。]
2{誰かにおかしな真似されてないか。]
2{飯食ってるか。]
2{どこにいるんだ。]
2{愛してる。苦しいよ。]
2{文香、葛籠を開く鍵は俺が持ってるよ。]
2{帰っておいで。]
2{開こう。賭けてみよう。]
2{開いて時間を吸い上げる葛籠だったとしても、お前を守るから。]
2{お前のためなら、何でも出来るよ。]
2{愛するって苦しい事なんだな。]
2{お前と、お前の父さんと母さんを信じなかった俺が間違ってた。]
2{きっと、葛籠は全てをきちんと掃除できるはずなんだよな。]
2{決めたよ。葛籠を開く。]
2{決めるのが遅いってわかってる。だけど、信じて帰ってきてくれ。]
2{くそったれな世界なんかぶち壊してやろう。]
2{世界を作り直すなんて、俺達らしいじゃねぇか。]
2{いつでも帰っておいで。]
一歩間違えれば怖いメッセージ量だが――フラミーは泣きそうにうっと声を上げると、ウルベルトのアイコンをタップし、電話をかけた。
それを見ていたたっちは渋い顔をした。
(…ウルベルトさん…。やはり、あなたと私は敵だ…。しかし、箱はここにある…。)
たった一コールも鳴らずに電話は取られた。たっちの手が伸び、スピーカーマークを押した。
『文香!!』
「透さん!!」
『お前今どこにいる!!無事なのか!!』――『文香さん!』
ウルベルトの声の向こうに日下部の声がした。
「ふぇ……。」
声を聞いた瞬間フラミーは爆発した。
「ふぁぁあん!ふぁぁぁあ!とおるさん、とおるさぁぁん!ごめんなざい、ごめんなざぁい!!あなたのために、世界を変えたかったのに、わだじ、役立たずだぁ!」
『良いんだよ、良いから帰っておいで!怒ってないから!お前が無事ならなんでも良い!!』
ウルベルトはフラミーの泣いている様子にただ、ただ、胸が痛かった。
ウルベルトも日下部もこの一週間ろくに眠れなかった。
日夜あちらこちらを駆けずり回り、伝てを伝い、ひたすらにフラミーを探していた。
日中の依頼は日下部に何とかアウトにならない程度に任せ、後はフラミー探しを手伝って貰った。
「文香、今どこにいる!すぐに迎えに行くから!」
『言えないの…言っちゃダメだって言われたのぉ…。』
ウルベルトはすぐに誰かの下にいると理解した。
「お前といるやつに変わってくれ!俺が話してやるから!!」
フラミーがしゃくり上げるのが数秒経つと、布がゆっくりと擦れる音がした。
『だめだってぇ…っひぐ…。』
フラミーは危害を加えられる心配はしていないようだった。少なくとも安全な場所だと分かると、それだけでウルベルトは安堵した。
「…文香、近くでそいつは聞いてるんだな?」
『うん…聞いてる。聞いてる中なら電話して良いって…。』
「…そうか。お前は自由に過ごしてるか?飯は食ってるのか?。」
『おうちに…ずっといるの…。ご飯はお――』
音が切れると電話が切れたかとウルベルトは画面を確認したが、電話は続いているようだった。ミュートを押されているようだった。
『――あんまり言っちゃだめって…。でも、ご飯はお腹いっぱい食べてる…。』
フラミーの言いかけた「ご飯はお」の続きはお腹いっぱいではなかっただろう。
ウルベルトは「お」のつく言葉を大量に頭に浮かべた。
そして、大切なことを尋ねる。
「…文香、お前は帰ってきたいか?」
『うん…帰りたい…。一緒に箱開きた――』
再び音は切られた。これは重大な情報だ。箱の話をフラミーにさせたがらない者。万一特高に聞かれていたら困ると考えられる者。ただの誘拐犯ではない。
『――うんたん、今日はもう切るね。』
ウルベルトはそれを聞くと耳に当てるスマホにすがるようにした。
「っな、ま、待ってくれ!おい!聞いているんだろう!!身代金ならいくらでも払う!!文香を離してくれ!!決して通報しないと誓う!!そいつは
息が切れるほどに叫ぶと、しばしの時間が流れた。
『――…また明日夜電話して良いって。』
身代金が利いたのだろうか。
「な、なに!そうか、ありがとう!!ありがとうございます!!金ならいつでも用意できる!!言い値を払うから!!」
ウルベルトはフラミーの向こうにいる者に声をかけた。
これが切れたらすぐに弁護士の下へ行き通信記録の開示を依頼しよう。そうすれば大まかな位置がわかる。そこまでわかれば迎えに行ける。なんとかなる。勝利を確信した。
『――あ、移動…するから…無駄だけど…基地局に…通信記録の…開示手続きをしたら…二度と…電話…させない…って…。』
読み上げさせられている様子にウルベルトはスマホを持つ手に力が篭った。心の中で舌打ちする。
「…しない。しないから、また明日、電話させてください…。」
『…じゃあ、切るね…。』
「…………あぁ。文香、愛してる…愛してるよ…。」
『私も…あなたのためなら…なんでもできる…。愛してます…。』
フラミーからの愛を聴くとウルベルトの肩は震えた。
「っうぅ…ぅぁ…。っあいしてる…ごめん…ごめん…。」
ウルベルトは泣きながら懺悔と愛を告げた。
『ごめんね…ごめんね…。』
「頼む…そこで聞いてるやつ…。縛ったり…痛い目に合わせたりだけは…しないでくれ……。か弱いんだよ…そいつは…すごく…すごく…。」
『…大丈夫…。痛い思いも、縛られたりも…してないから…。』
フラミーは縛られていないのに逃げ出せない。
複数人で監視されているのか、檻のような場所なのか、精神的な枷をはめられているのか。
『じゃあ…おやすみなさい。夢で会えるから…。夜明けまでは私達、一緒にいられるね。』
「文――」
ぷつりと電話が切られるとウルベルトはぽとりとスマホを落とした。
「う、宇留部さん…。」
日下部はウルベルトの家に泊まり込んでいた。死にそうなウルベルトに食事を取らせ、風呂に入るように促す。
まるきり、日下部が参っていた時にされた事を返していた。
「…生きてた…。ふ…ふふふ…ふははは!」
ウルベルトは暫く大声で笑うと魂が抜けたように黙った。
「――…生きて特高じゃないところにいるならこっちのもんだ。日下部、情報をまとめよう。」
「はい!」
日下部はノートを鞄から取り出した。
「相手はフラミーを縛っていない。箱の話が電波に乗ることを嫌がっている。俺が基地局に問い合わせようとするのを予想した。こっちがどんな仕事してんのかは分かりきってるご様子だ。"ご飯はお"で何かを言わせたがらなかった…。」
日下部は書きつけると、顔を上げた。
「……危害を加えられている様子ではありませんでしたね。」
「あぁ。フラミーの精神状態、最初はやべぇと思ったけど、すぐに落ち着いていった。俺の方がよっぽどやばかったわ。」
「傷つけないってことは間違いなく特高じゃないですね。」
「そうだな。俺に電話させて、安全だとご親切に教えて下すった。何か目的がある。」
そう言うとウルベルトは立ち上がった。
「日下部、明日からは死ぬ気で働くぞ。金を稼ぐ。相手が何のつもりでフラミーを連れてったかはまだ分からんが、こっちから具体的な金を提示する。」
「はい。俺、出来高報酬はいりません。」
「言ったな。基本給しかやらねぇぞ。」
日下部はニヤリと笑った。
「ボーナスだっていりませんよ。」
「頑張れますか…?」
「うん、うん…ありがと…ありがとう…。」
フラミーは笑ってスマホを抱くと少し泣いた。
「――さぁ、スマホはまた明日までお預かりします。それと、電話するとき、ご飯は奥様が作ってくれたとか、そう言う些細なことも言ってはいけません。」
そっとスマホを返されると、たっちはそれを胸ポケットにしまった。
「フラミーさん。箱の破壊には私の想像よりも時間がかかりそうです。明日、部屋を借ります。」
「…はぇ…部屋を…?」
「えぇ…。ここだと、あなたも私の家族も保ちません。近くの家具付きのウィークリーマンションを借りて来ます。ホテルで常に清掃を断るのは怪しいですし…。」
「…でも…アーコロジーのマンションなんて…払えません…。」
たっちは首を振った。
「私が出します。安心してください。今夜は後一晩だけ、ここにいてください。」
フラミーはうなずいた。
「奥様のためにも…そうします…。」
「助かります。さぁ、お風呂に入ってください。そのあと食事にしましょう。」
「はい…。」
たっちはフラミーに手を差し伸ばし、フラミーは立たされるとたっちの胸に触れた。狭い範囲を撫でる。
「…フラミーさん。また明日、電話できますよ。」
たっちの胸の中にしまわれたスマホに触れていると、それだけでウルベルトの愛に触れているようだった。
「あなた…愛しています…。」
困り顔のたっちはじっとフラミーの儀式が終わるのを待った。
しばらく二人でそうやって過ごすと、フラミーはそっと離れた。
「お風呂…いただきます。」
「…はい。」
フラミーが洗面所に入ると、相変わらずたっちは洗面所前の廊下に座った。
(フラミーさんはこれで保つな…。明日は拠点探しだ…。)
あの様子ならウルベルトも問題ないだろう。
(…まさか、人を監禁することになるとはね…。)
箱を開こうと言うフラミーとウルベルトの思い通りにはさせないが――友を失うことも出来ない。
(はぁ…深間の残した箱…。こんなものさえ無ければ…。誰も傷付かなかったと言うのに…。)
たっちの中では深間の箱への怒りが煮えくり返った。
(結局こんなものの為に…私だってルールを破って…フラミーさんを監禁して…。ベルリバーさんは死ななきゃならなかった…。)
思い悩んでいると洗面所の扉が開いた。
「お風呂いただき――たっちさん…。」
「…フラミーさん…食事にしましょう。」
酷い顔をしている気がしてたっちは目を逸らした。
二人は言葉少なく夕食を取った。
フラミーを部屋に連れ戻り、布団を敷いてやっているとぽつりとフラミーは呟いた。
「たっちさん、辛いならもう箱を開きませんか?」
そう言ってフラミーに背をさすられると、たっちは首を振った。
「できません…。私は私の家族の生活や、秩序を守る義務がある…。」
「今のままじゃ、守りたいはずの家族はバラバラになりますよ…。ねぇ、破壊なんて諦めて箱を開きましょう…?」
フラミーはそういうとたっちの背を抱きしめた。手が体を這い、背には柔らかな感触が押しつけられた。
「な、何をしているんです。」
「開くと言って。お願い。じゃないと、二度と家族に顔向けできなくさせます…。」
「……私を脅しているんですか。」
「そうかもしれません……。人質はウルベルトさんだけじゃなくて、あなたの家族もそうです…。」
フラミーの震える手が下腹部に触れ、下にすべって行くとたっちはすぐにフラミーを引き倒した。
「っキャン――!」
ドタドタと軽いもつれる音がした。
「やめなさい…。あなたは私や妻…娘を傷付けられる人じゃない。それに、あなたにどうこうできる私でもない。
「…やっぱりダメかぁ。」
「ダメに決まっているでしょう…。まったく…友達相手にやることですか…。私だってあなたを大切に思っているのに…。」
「…たっちさんを誘惑できるいい女だったら良かったのに。」
「あなたはいい女ですけど、だめだよ…。」
たっちはそのままフラミーの上から退くと部屋を出て行った。
「うーん…。どうしたら開くっていうのかなぁ。」
フラミーは気軽な声を出して布団から起き上がると、布団を畳み直した。
無言で部屋の隅に行くと膝を抱えた。
「っぅ……っぅぁ…ぅ……。」
やっておきながらフラミーは泣いた。
自分が汚らわしくて、ウルベルトに申し訳なくて、たっちとたっちの家族に申し訳なくて。
翌朝。
龍巳がちらりと部屋を覗くと、フラミーはいつものように部屋の隅で膝を抱えて寝ていた。
使ってくれと言って毎晩敷いているが、フラミーは布団を使わないでああやって寝ている。
何故布団を使わないのかと聞いたら、自分が寝たら奥様が気持ち悪がるだろうと言って掛け布団も受け入れなかったのだ。フラミーが借りるもので受け入れたのは初日のバスタオルとパジャマだけだ。
「フラミーさん、行ってきます。」
声をかけてみるとフラミーは顔を上げた。
「…お気を付けて。昨日はごめんなさい。」
「気にしないでください。私もすみませんでした。」
龍巳はそっと部屋の中に食事を入れ扉を閉めた。
「じゃあ、今日までだから。悪かったね。」
そう言って妻を撫でると妻はとても納得いかなそうに頷いた。
「早く帰ってきて、早く帰して。」
「解ってる。じゃあ、行ってくるよ。」
二人は毎朝変わらぬ頬へのキスを送り合った。
「日下部、行くぞ。」
「はい!あ、ノートは持っていきます?」
「もちろん。」
ウルベルトと日下部は久しぶりによく眠れたので割と二人とも爽やかな顔をしていた。
二人で昔のように家を出ると、まるで日常のように事務所に向かった。
「お前が一番金かかると思ったけど、意外とフラミーも金のかかる女だな。」
「はは、ほんと意外ですねぇ。」
「お姫様解放に必要な経費がいくらになるか賭けようぜ。」
「身代金の相場っていくらなんすか?」
「さー知らねぇなぁ?」
ははは〜と二人は笑った。
無事に生きているのか、特高に連れて行かれたのか、そう思って過ごした一週間の地獄を思えば天国のようだ。
街の人には里帰りさせたと伝え、警察沙汰にならないよう気を付けた。袖無しにも友人の家に家出されていたと一応謝罪に行った。
二人は必死に働き、昼休みになると互いを茶化して笑った。
その頃龍巳は不動産屋へ行き、手頃な不動産を契約した。
就業時間になると、宇留部はフラミーのデスクを撫で、大切にしていたナポレオンを代わりに待合ソファに寝かせてやった。
龍巳はフラミーを車に乗せると駐車場も借りたマンションに移動し、新しい八畳の部屋にフラミーを引っ越させた。
近すぎも遠すぎもない程よい距離感だ。
宇留部は派手にフラミーを探すのはやめたので日下部と真っ直ぐ帰った。
フラミーを――深間菫を探す真実の条件が漏れればあまりにも危険だった。
風呂に入る時も、肌身離さずにスマホを持ち歩き、電話がかかってくるのを今か今かと待った。
風呂を上がり、日下部と二人で今後の動きを確認していると、ブ――とスマホが震え、すぐに電話に出た。
「文香!」
『透さん!』
「はは、今日は元気そうだな。」
『あなたも元気そうです!』
「まぁな、お前が無事って分かったから元気だよ。」
そう言いながらウルベルトは耳を済ませた。
昨日は聞こえてこなかった冷蔵庫か何かの稼働音がする。部屋の広さが変わったのかフラミーの声の響き方が変わった。向こうでごそごそと誰かが作業をする音がする。
手元に開いてあるノートにメモをした。
基地局へ問い合わせられる事を警戒して本当に移動したか。
「なぁ、俺は言われた通り下手にそっちを突き止めようとしたりしちゃいない。あんた、聞いてんだろ。俺はこう見えて紳士なんだぜ。」
何もするなと言う威嚇だったが、フラミーの笑った声は本当に元気そうだ。
「なぁ文香、今日は何をしてたのか教えてくれ。」
『えっとね、おうちでだらだらして、――』
再びのミュートだ。ウルベルトはだらだらさせて貰えるのは良い事だと思いながら取り敢えずメモを取った。
『――だらだらしたぁ。』
「ははは、だらだらして、だらだらしたんだな。良かったな。飯は?何食った。」
『朝はね味噌――』
食事もダメなのかとコツコツノートをペンで叩いた。
味噌味の何かを食べた事しかわからない。
『――ごめんね、場所を探るような真似はやめてくださいって。』
ウルベルトの中に違和感が生まれた。
(――ください?随分下手だな…。)
フラミーを蝶よ花よとだらだら過ごさせ、食事も与え敬語で丁寧に接してくれる。
(わるくねぇな。)
ウルベルトはふむ、と息を吐いた。
「すまんすまん、そんなつもりじゃなくてな。ちゃんと食事取ってるか心配だったんだよ。」
『ちゃんと食べてますよぉ!透さんは今日の晩ご飯はもう食べた?』
「俺は初めて見かけた液食食ってみた。お前の飯が恋しいよ。日下部はいつものやつ。あいつワンパターンだから。よく飽きないよな。」
「案外飽きませんよ。企業努力っすね。」
スピーカーホンで二人で聞いているため日下部も普通に参加した。
『わ〜先輩も元気そうです!』
「元気ですよ。文香さんがいないから、先生の家に居座ってます。ははは。」
『くつろいで下さい。私の掛け布団使ってくださいね!まだまだ
ウルベルトはそれを聞くとム…と一瞬考え、ノートにさらさらと字を書いて見せた。
日下部はサッと読むとそれを口にした。
「ありがとうございます。アーコロジーはもうあったかいですか?」
『――お家の中はずっとあったかいですよ!』
ウルベルトと日下部はどちらとも取れる返事に頭を抱えた。
「そっか、ずっと家の中にいるんですもんね。」
『はひ…今日は車には乗りましたけど――』
移動は車。
『――今日はもうお終いですって。……誘導尋問をするから次は一週間後って…。』
「いやいや、そんなつもりはないですよ!俺なんかがそんな事できる訳ないじゃないですか。やだな、ははは。」
ウルベルトは日下部にサムズアップした。
『じゃあ、切りますね…。』
「っあ、ま、待ってくれ!明日は!明日はダメなのか!次は文香がしゃべる事を聞くだけにするから!!」
若干の物音が立った。
相手は一人なような気がした。
『ダメですって…。また来週です…。』
「……わかった。来週待ってるよ。元気で過ごしてくれ。たくさん飯食って――あ、そうだ。お前の生活費、送金するよ。」
『ありがとうございます…。たくさん送れって…。』
やはり金目当て――?
もしウルベルトの金が尽きれば
箱はここにあると――。
(――させるか…。)
すぐに見つけられてフラミーが回収される。
ウルベルトはなるべく冷静に喋った。
「金ならいくらでもある。安心して良い。取り急ぎお前の四月と五月の給料を送るから。」
『働いてないのに…ごめんなさい…。いつかお返しします…。』
「良いって。お前のためなら何も問題ない。」
電話の向こうにフラミーの息遣いを感じる。
「…文香、愛してるよ。」
『私も…おやすみなさい…。』
「おやすみ…また夢でな…。」
『はい…また夢で。』
電話が切れるとウルベルトは頭をかいた。
「っくそ、金の成る木だと思いやがって。俺も思ったけど。」
「…何さらっと最悪な事言ってるんですか。」
「はぁー!フラミー会いてぇよぉー!」
ウルベルトがのたうち回る中、日下部は速記した汚い今日の会話全文をちゃんと読めるようにノートに書き直していった。
「…相手はほんとに文香さんを大事にしてるようで安心できます。ただ、次は一週間後か…。」
ウルベルトはハッとすると事務所スマホをいじりフラミーに送金した。
とにかく、大切にして貰って、見つけ出して取り返さなくては。その時には相手は殺すことになるかもしれない。人を殺した事はない。それでもそういう覚悟も必要かもしれなかった。
「…少ないかな…?」
「いえ、少なかったらきっと少ないってクレーム入れてきますよ。何も言われないうちはそれで良いと思います。むしろクレーム電話が来たほうが都合がいいです。」
「そうか…確かに…。」
ウルベルトはべちゃりと潰れた。
金が送られてきたのを見ると、フラミーは龍巳に決済コードを出した。
「あの、足りないかもしれないですけど…。」
「いえ、要りませんよ。」
ウルベルトは一瞬こちらをアーコロジーと睨んだだろう。
人間一人養えると言うのもアーコロジーの線を濃厚にするだろう。
なので、金目的の者と印象付けたかった。
フラミーから本当に金を取るつもりはない。
「ところでフラミーさん、心苦しいのですが、これを。」
たっちはコネクター接続突起の付いた銀色の輪を取り出した。
「これ、なんです?」
「…犯罪者の位置を知らせる首輪です。」
「えっ…ウルベルトさんが人質なのに逃げたりしません…。」
「いえ…逃げることよりも散歩に行かれたりする事を案じてです…。すみません…。あちらを向いてください。」
フラミーは複雑な顔をするとたっちに背を向けた。
後ろからコネクターをギュッと差し込まれ、前でパチンと嵌められた。
ピピピピ…とすぐに音が鳴り、たっちのスマホと何かを連動させた。
フラミーはそれに触れると、いよいよ持って犯罪者らしくなってきたなぁとため息を吐いた。
「じゃあ、今日は私は帰ります。」
「お疲れ様でした。あ、新しいおうち…ありがとうございます…。」
「いえ、気にしないでください。屈辱的な思いをさせてすみません…。玄関を出たりしないで下さいね。」
「…はい。」
「食事や着る物はまた持ってきます。お風呂やトイレは好きに使ってくださいね。足りないものがあったら、取り急ぎ明日の朝にまた来ますから教えてください。」
たっちは持ち歩いている小さな靴ベラを使って靴を履くと、じゃ、と声をかけ手を振って玄関を閉めた。
鍵が掛かったところでピピピピ…と鍵に付けられた見たこともない機械と首輪が共鳴するとフラミーは部屋に戻り、ベッドに転がった。
真っ白な天井を眺め、しばし放心した。
「…やることないなぁ…。暇つぶしにドリルとか買ってきてもらおうかなぁ…。」
いくら昼寝が趣味のフラミーでも丸一日やることがないのは辛い。
もぞりと柔らかいベッドの上を動くとウルベルトのベッドを思い出した。
『フラミー、そんなにこれが好きなの?』
腰を掴まれ揺らされるとフラミーは頷いた。
『好き…あなたがしてくれるならなんでも好きっ。』
『またそんなこと言って。』
覆い被さられると筋肉質な逞しい細い体を感じた。フラミーは受け入れやすいように腰を少し持ち上げた。
『もっと、うんたん、もっとぉ。』
『いいよ、いくらだってしてやるさ。』
首筋にキスされると体から一瞬力が抜けた。
『くすぐったい?』
フラミーは首を振った。
『はは、すっかり覚えたな。えらいよ。もっと色々教え込みたくなる。』
『教えて……。』
ウルベルトはギュッと力強く抱き締めると好き勝手に突き入れ、奥深くと粘膜は震えた。
『っはぁ!好き、好き!』
『俺もだよ、もっと言って、ちゃんと好きだって!』
『大好き…!』
「……あぁ…フラミー抱きてぇ…。」
ベッドから突然ウルベルトの声がすると、ソファーの日下部は少し顔を上げた。
「突然ですね。社長、風俗でも行きますか?」
「多分勃たない…。女抱きたいんじゃなくてフラミー抱きたいから…。はぁ…あいつも思い出してるかな…。俺のこと考えてるかな…。」
ウルベルトはフラミーの枕を抱えて眠った。