レオネの場合
アナ=マリアの場合
イシューの場合
オリビアの場合
女子の戯れ
女子の戯れ分岐博愛主義
の6本です!
じゃんけんぽん!
うふふふふ!
ナインズは庭の芝生に寝転んだ。今日も空は綺麗だった。
一郎太と喧嘩をして、頭を冷やしてくると言って別れた。
ちゃんとナザリックには連絡を取ってある。一人になると。すぐにそばに
ちなみに、ナインズは一度も気がついた事がないがハンゾウは常にそばにいた。
「キュータさん、らしくありませんわね」
レオネがひょい、と顔を覗かせてくる。ナインズの隣に座ると一緒に空を見上げた。
「僕さぁ、最近考えるんだよね」
「何をなんですの?」
「死なないで僕と誰かが生きるってこと」
「死なないで?」
「うん。僕は多分、死なないと思う。父様や母様もそうだし、ナザリックの皆もそうだからね。いつか外の世界とは少しも噛み合わなくなって、ひとりぼっちになるんじゃないかなって、恐ろしい」
レオネは言葉の意味を真剣に考えているようだった。
「……それは恐ろしく思わない方がおかしいですわ」
「ありがとう。きっと、皆だって伴侶を持って、子供を持って、子供が成長して、見送って、そしていつか――魂の円環に帰るんだ」
ナインズは目を閉じると息を吐いた。
皆の思い出がこぼれるのが怖い。皆大切だが、不死を頼むほどだろうかと思うと、それも違う。
ふと、ナインズの鼻に何かが当たった。
「――レオネ?」
目の前にはレオネの瞳があった。鼻同士がぶつかっている。
「御身が望めばわたくしはそうなりましょう」
「……やめておけよ。君が思うほど不死は面白くないと思うぞ」
「では、数十年だけでもお慰めを?」
「慰めの後に突き落とされるのは御免さ」
「では、今だけ」
「……正直、今の今だけは少し慰められたい」
レオネはナインズに静かに唇を重ねた。髪を撫でてやると、レオネの匂いがした。
二人は目を閉じることもせずにしばらくキスをすると、いつしか目を閉じて互いにすがるようにキスをした。
ふと、ドサリと何かが落ちる音がして、レオネは静かに離れた。
「キ、キュータ……」
「ミリガン嬢」
「ご、ごめん!!」
アガートが走っていく。教科書が一冊落ちたままだった。
「追いかけます?」
「いいや。正常な感覚のある子だから気に入ってるけど、今はそれのあるレオネがいるから、別にいいかな」
「……今のわたくしは正常とは言い切れませんわ」
「そうか、残念だよ」
二人はまたキスをした。木漏れ日の中に唇がついては離れる音がした。
ふと、レオネからいくつか涙が落ちると、ナインズはレオネを抱きしめてやめさせた。
「レオネ、ごめん。もうやめよう」
「違う、違うんですの……。御身があまりにも孤独で……。御身のいる場所があまりにも寒くて……」
「そんなことないよ。今確かに温もりを感じた。ごめんね」
「謝らないでくださいまし……」
授業が始まるチャイムが鳴る。
二人は芝生の上で抱きしめ合って静かに過ごした。
「……今の今だけ、慰めになりまして?」
「うーん、正直に言うと一部はなったけど、めちゃくちゃ罪悪感だよ。しかも帰ったら母様にぶち殺されると思う」
「ふふ、おかしい」
「レオネ、初めてじゃなかったろ?」
「初めてですわ。なんでそんなバカなことお聞きになるの?」
「うわー……。……もう何もかもごめん」
「キュータさんは?」
「……僕も初めてだった。どんなもんなんだろうかなとか、そういう浅ましい思いもちょっとあった。
「ふふ、正直ですのね。言っておきますけど、それはわたくしもありましたわ」
「レオネ、記憶消しておく?」
「え?」
「父様に頼んで、僕も君もこの数十分を消すって手がある」
「いりません。勝手に消したら許しませんわ。あちらこちらに書いて、ナインズ様とのキスの記憶を消されたと大騒ぎします」
「それは困る……」
二人は笑った。
笑いも去ると、ナインズは自分の胸に横になるレオネの髪を撫でた。
「うーん、これも友達とする事じゃないんだよなぁ」
「ですわね。もう、付き合います?」
「だぁからそれはやめとけってぇ……。順番間違えるなって父様にも言われたんだけどなぁ……。はー……。もう本当、僕って君に何やらせてんだろ」
「……なんで付き合ったらいけませんの?」
「お互い本気になりたくないの。嫌なの。やっぱり途中でやめたいとか言われるのも嫌なの」
「堅物ですわね。考えすぎですわ」
「真面目に言ってんの」
レオネは起き上がると、再びナインズに口付けた。
「……不敬だなぁ」
「ふふ、いつか本気になって、わたくしに死なないでくれと懇願されればよろしいのよ。それで、僕の子供を産んでくれとわたくしに跪くの。だめ?」
「だめじゃないけど嫌」
「ひどいですわ」
ナインズはようやく起き上がった。
全ての夢が解ける瞬間にレオネは目を伏せた。
「……ずっとこのままでいられればいいのに。時間って止まらないものでしょうかね」
「そうだね。僕もそれは毎日思う。これ以上誰ももう時間を重ねてくれるなって。でも、時は進む。――これで最後」
ナインズはレオネの頭の上に手をつくと、寝転がる彼女にキスをした。
多分、今はもうただの思春期のお遊び。
彼の始まったばかりの大人の階段の一歩。
二人のキスは長かった。ナインズが離れようとすると、レオネはそれを追って押し倒した。
二人は抱きしめ合って、転がって、無責任な時間を過ごした。
髪の毛に指を絡ませて、背中に腕が回る。
ナインズは自分の中に初めての衝動が生まれようとすると、レオネからそっと離れた。
「これ以上はやめた方がいいや」
「……良いと言ったら?」
「やめて。僕がなに言ってるか分かってるのか。怒るぞ」
「お願い」
「自分を大切にしろ。一つお前の大切なものをもう貰ってしまった。取り返しがつかない」
「あなたに取り返しがつかないと思わせたい」
「――バカ野郎だ」
「ごめんなさい」
「僕がだよ。はぁ。でも、大丈夫。そこまでは甘えないよ」
ナインズはレオネと抱き締め合った。
二人のそんな様子が終わるのを、ロランも一郎太もカインも、校舎の陰に座って待った。
他にも二人の戯れが終わるのを待つ者達がいた。
ナザリック。
アインズとフラミーはハラハラしすぎて鏡と顔の距離はゼロだった。
「こ、こんなもんを見せられなきゃいけないのか!?」
「アインズさん!息子のこんなの見る方が悪いんですよ!?」
「でも何か間違いが起きたらと思ったら<記憶操作>と<
「ま、まさかナイ君に限ってこれ以上は!!」
「本当にそう思うならお母さんはあっち行ってて!!結局あいつ俺の息子だから!!くそー!!もっと口酸っぱく順番間違えるなって言わなきゃいけなかったー!!」
うるさいうえに過保護だった。
オリビアの書店で、アナ=マリアは今日もナインズに本を貸した。前に貸した本を返してもらって、また新しい本だ。
本のやり取りは二人を繋ぐ大切な儀式だった。
アナ=マリアは今日もあっという間に終わってしまった時間を惜しんでため息をついた。
「はぁ……」
「――アナ=マリア、疲れた?家まで送ろうか?」
「……平気。すぐそこだから」
ナインズはうーん、と声を上げるとアナ=マリアの隣に立った。
「いいよ、送っていく。じゃあ、オリビアまたね」
「うん。気を付けてね。アナ=マリアをよろしく」
「アナ=マリア、一太行こう」
思いがけず皆で歩き出すと、ナインズの黒いはずの髪は徐々にさらさらと銀色になって行った。
「キュー様、幻術溶けて行ってますよ」
「最悪かけ直すけど、まぁ今はこれでいいか」
フードをギュッとかぶる。仮面にフード、まるきり不審者だ。
アナ=マリアは「ふふ」と含み笑いを漏らした。
「ん?」
「ううん。キュータ君、うち来るの初めてだね」
「そうだね。いつも近いからって言ってアナ=マリアは一人で帰ってたね」
「本当にすぐそこだもの。――ほら」
三人は豪邸の前で立ち止まった。
「カインの家ほどじゃないけどでけー!」
一郎太が素直に言う。立派な門は白い手袋をした男によって開かれた。
「お嬢様、おかえりなさいませ。そちらはご友人ですか?」
「……うん。ちょっと寄ってもらう。私の本棚を見てもらうの」
「え?アナ=マリア、時間も遅いしいいよ」
「ううん、せっかくだから……。上がって欲しい」
ナインズは一郎太と目を見合わせ、屋敷に入った。
まっすぐ客間に通され、アナ=マリアは制服だけ脱いでくると言い部屋を後にした。
「かえって気を使わせたかな?」
「かもしれませんね。でもま、いんじゃないすか」
「ふむ、一応遅くなるって連絡しようかな。一太のところも連絡しておくね」
「俺のところは別に心配もされないから何にもしなくていいですよ?」
「そんなわけないでしょ。――<
二郎丸もいるとはいえ、彼は賢王の血を引く大切な一人息子なのだ。ナインズは一郎とつながった。
「――あ、こんばんは。僕です、ナインズ。今一郎太と友達の家に来てて――はい。――はい。はは、僕は平気。一太が一緒にいてくれるから。――はい。――はーい。あんまり遅くならないようにしますね。それじゃ」
「な?俺のこと心配してなかったっしょ?」
「ふふ、きっとしてたよ。僕が相手だからそう言わなかっただけ」
「どーだかなー」
ナインズは笑いながら次はフラミーに繋いだ。
「<
親との普通の会話だ。部屋にノックが響き、一郎太が「ほーい」と返事をする。
アナ=マリアが戻ってきていた。その手にはお茶のポットとカップが乗ったお盆があり、一郎太は慌てて扉を開いてやった。
「ごめん、今キュー様<
アナ=マリアは静かに頷いた。
「――あ、じゃあ。アナ=マリアも来たから。それじゃあ。はい。失礼します」
ナインズは<
「お待たせ」
「……ううん、いきなり寄らせてごめんね」
「気にしないで。こっちこそごめんね」
アナ=マリアが手慣れた手つきでお茶を淹れる。きっと彼女は自分でそれを毎日やっているのだろう。
「どうぞ」
「いただきまーす」
「ありがとう」
一郎太が仮面を預かってくれるとカップに口をつけた。
そして、ふとアナ=マリアがまじまじと自分を見ていることに気がついた。
「どした?」
「……本当のキュータ君の顔、久しぶりに見た」
「はは、そうかもね」
ナインズが笑うとアナ=マリアも笑った。
「……私、本当に魔導学院行きたかった。キュータ君と毎日一緒に登校して、授業うけて、ご飯食べてって。残念」
「うん、僕もそうだったらもっと楽しかったのになって思うよ」
「……ありがとう。もっと頭良かったら良かったのに。キュータ君はあの魔導学院で全部満点合格でしょ?すごい」
「ははは、運が良かったんだね」
「運じゃない。実力。……実はキュータ君の噂は私の学校にまで来てる」
「えぇ……それは嫌だなぁ」
「ふふ。私もそう思う」
「だよねぇ?」
二人は笑った。お茶も無くなる頃、そろそろ帰るかなとナインズは思った。
「……キュータ君、良かったら私の部屋の本棚を見て行って欲しい。実は今少し片付けをした」
「ん、いいの?」
「もちろん。こっち」
三人は応接間を後にし、アナ=マリアの後に続いた。
「――あ、僕」
咄嗟にフードをかぶると、アナ=マリアは振り返った。
「平気。ちゃんと皆に話してある。ごちゃごちゃ言う人も、ひそひそ言う人もいない」
「……そ、そう?」
「平気。親達には挨拶に来たりして気を使わせないでとも言ってあるし」
アナ=マリアが被ったフードを下ろしてくれると、ナインズはちらりとあたりを見渡した。
メイドが頭を下げ、執事がアナ=マリアの部屋の扉を開けている。
ナザリックとほとんど変わらない。
ナインズは少し安堵するとそのままの姿で部屋へ上がった。
「……一郎太君は面白くないだろうから、良かったら座ってて」
「さんきゅー」
よっこらせと座ったソファはほどほどに柔らかかった。
「キュータ君、こっち」
手招かれるままに向かう。
アナ=マリアの本棚は大きかった。壁一面が本棚で、数えきれない本がある。考えてみれば本は高価だ。いろいろな本を知るアナ=マリアがお嬢さんだと言うことは少し考えてみれば分かったことだろう。
「すごいね。通りでアナ=マリアは本に詳しいわけだ」
「ふふ。なんでも聞いて。キュータ君はどういうお話が一番好き?」
「お話も好きだけど、僕は結構実用書まがいみたいなのも好きかもな」
「勉強家だね」
「ただいろんな考え方を知れるのが楽しいだけ。だからアナ=マリアほどじゃないさ。僕が読みたいなって言ったものをなんでも出してくれるんだから」
「実はあんまり難しい本は父の本のこともある」
「そうなの?悪かったね。何か今度お礼のもの持ってくるよ」
「……ふふ。それなら、私はものより行動が欲しい」
「行動?」
「……うん。例えば、手に触れるとか」
「ははは。なんだそれ。いいよ。そんなこと、いつでも」
ナインズは笑ってアナ=マリアと握手をした。上下に数度ゆすられ、そっと離された。
アナ=マリアは頬をいっぱいに染めると、「初めて手に触ったって、気付いた?」とナインズを見上げた。
「そう?よく覚えてないな」
「……ふふふ、嬉しい。キュータ君、また遊びに来てね」
「うん、ありがとう。アナ=マリアもまた誘ってね」
「毎日でもいい。通って通って、通い続けて欲しい」
「はははは。分かった。用事がない日はなるべく来るよ」
「約束。死ぬまで、一生ね」
「――それは、少し寂しいね」
「……どうして?」
「君を看取る日が来るかも」
「……泣いてくれる?」
「泣くよ。長生きしてね」
「……キュータ君も」
アナ=マリアは踵をそっと上げると、ナインズの頬にキスをした。
「……祝福。長生きの」
「ありがとう。じゃあ、僕も」
小さな顎は持たれ、頬に唇が触れる。アナ=マリアは目を見開いた。
「長生きしてね、アナ=マリア」
「……寿命縮んだ」
「嘘だろ〜」
二人は笑った。
アガートは今日、キュータとのおでかけを獲得できていた。やっと二人で雑貨屋に来ることができた。
だというのに――
「――キュータ?」
女子の声だ。アガートはいじけたい気持ちになった。
「あ、イシュー」
「やっぱりキュータ!やっほー!」
ぴょんと跳ねて背中に飛びつく。自然とおんぶ状態になるが、キュータは少しもよろけずにそれを背負った。
「お嬢さん、近頃はしおらしくしてるって雑貨屋のおじさんに聞いたんですけど?」
「してるしてる!受験お疲れ会でもしおらしくしてたでしょ!」
「どうなんだかなぁ」
とか何とか言っていると、一郎太がイシューをキュータの背から引き剥がして横に置いた。
「イシュー、不敬三点」
「三点で済んだならラッキー!」
ピースしていると、もう一人店に赤髪の男子が入ってきた。
「お、リュカじゃん!」
「よ、一郎太、キュータ。――イシュー、重くなったって言われる前にやめとけよ」
「言われないし」
「なぁ、リュカ!ほら!イシューやるよ!キュー様に乗るなって言い聞かせとけ!」
「いらねぇよ」
一郎太はもう一度イシューを持ち上げると、そのままリュカに抱っこさせた。
「げぇ、下ろしてよ」
「当たり前だろ!」
リュカの顔は真っ赤で、一郎太はニヤニヤが止まらない顔をしていた。
「キュー様、イシューとリュカってどう?あ、どうって、恋人になったらって意味ね」
「ん?いんじゃない?幼児塾からの仲だもんね」
「キ、キュータァ。こいつじゃあたしは不服だよぉ。女の子扱いしてくれないしぃ。それくらいならキュータがあたしと付き合ってよ」
「げ、僕か……」
「ゲじゃないでしょー!!だめ?」
「う、うーん……」
「試しに。恋人第一号!!抜け駆け女をお願いします!!」
アガートは目を丸くしてイシューという子の様子を見た。雑貨の店主すら身を乗り出していた。
「こ、これ何かのドッキリ?なんで僕?」
「……ずっと好きだった。って言ったら、笑う?」
「笑いやしないけど、好きの意味うまく分かってる?」
「分かってるよ。意味分かってないのキュータだけ」
「……う、うーん。僕だけかはわからないけど、確かに本当に僕は分かってないと思う」
「ね、じゃあわかるか試してみない?」
リュカが目を逸らしていて、変なスイッチを入れてしまった一郎太は申し訳なさそうにそばに寄って行った。
イシューがキュータの仮面を外すと、キュータの顔は悩み混んでいた。
「なぁ、イシュー。試してって、そんな自分を粗末にするんじゃないよ」
「粗末になんてしてない。キュータがさ、あたしの事好きになれるか試すくらいいいじゃんか。手繋いだり、チューしてみたり……」
「そういうことした事ないからなぁ……。一太ともしたことないし」
「キュー様そりゃ当たり前だ」
「キュータ、他にもあるよ?本当の名前で呼んだりとか」
「……それはやめておきなさい。私の名前を呼んで隣に立つ意味が分かっているのか?」
「分かってるよ。だから、あたしは生半可な気持ちじゃない」
「……やめておきなさい。私ですら私の未来がわからないんだ。責任が持てない」
「キュータともあろう男が怖いの?」
「あぁ、怖い。怖いから私には無理だ。できない。それに、悪いが君をそういう目で見れたこともないんだよ」
「……女の子だって言ってくれたのに」
「そりゃ女の子だろ……。それに、君が繊細な子だっていうこともわかっているよ。だから、本当に。冷静になりなさい。会うのが久しぶりになってしまったせいだよ。もう一度よく考えて」
「ずっとあんたのこと考えてたよ?あたしは冷静だよ」
「……うーん、どうしたもんかな……。――おい、リュカ」
「なんで今リュカなのさ」
「良いから。リュカ、君もう今しかないぞ」
リュカはため息を吐くと、ポケットから小銭を出して店主に渡した。
飴を一本取って、イシューに差し出す。
「なにさ。哀れまないでよ……」
「哀れんではいないけど、キュータ諦めて俺と付き合うか」
「はぁ?」
「お前にキュータの隣は無理だよ。流石に分不相応すぎる。俺くらいがちょうどいい。俺ならおんぶしてても誰にも怒られないし、俺はお前のこと幼児塾の時から好きだし。――な、ちょうど良さそうだろ」
イシューは何度も瞬いた。キュータと一郎太は安心したように互いを見合っていた。
「キュータは……知ってたんだね。いつから知ってたの」
「一年生の夏休みから」
「そんなのっ、そんなのリュカのせいでキュータはあたしの事そういう目で見てくれなかったんじゃん!」
「リュカは関係ないよ」
リュカはため息を吐くと、キュータの前に立った。
アガートはまさか殴るのかと思った。
「キュータさ、イシューと一週間だけ付き合ってやってくれよ。あいつ今のままだと諦め付かないから。一週間彼女させてもらって、無理でしたって振られたらスッキリするはず。――それで、イシューは振られたら次は一週間俺と付き合ってみて」
「なにそれ。あたしは振られないから別にいいよ」
「はいはい。――キュータ、いいかな」
キュータはイシューの手から仮面を取り返すとため息を吐いた。
「あのさあ、僕そういうの分かんないんだよ?二人とも本当にいいわけ?」
「分かんないって、キスくらい知ってんだろ?」
「そりゃ親達がしょっちゅうしてるから行為としては知ってるけどさぁ……。僕は気持ちが伴わないって言ってるんだよ。そんなのが相手でリュカだって良いの?」
「良いよ。こいつが一生キュータ忘れられないより」
「もー……。じゃあ、イシュー目閉じて」
「え、えっ、も、もう?」
イシューは尻込みしているようだった。
キュータが顔を両手で包むと、アガートもリュカも目を逸らした。
イシューはぎゅっと目を閉じ、息を止めた。
「本当に二人とも後悔してもしらないよ……」
ナインズは僕も初めてなのになぁと思いながらイシューに口付けた。
親達がしゅっちゅう部屋でチュッチュしているのをいわば見慣れているので、こんなもんと思った。思うしかない。
イシューの唇は想像以上にやわらかく、若干戸惑った。
唇が離れると、イシューは真っ赤な顔をして言った。
「……どう?キュータ」
「いや……うーん、どうかと言えば、恥ずかしい。よくうちの親どこでもこれしてるなって思った」
「ははは。変な感想」
「イシューは?気持ち悪いでしょ。こう言うことするんだよ?やめとけば?」
「やだ!」
ギュッと首を引っ張られ、また唇が触れる。目を閉じているイシューを見るのも、周りが見ているんじゃないかと思うのも辛くてナインズは目を閉じた。
雑貨屋でなにしとんねん。
そう言う思いが爆発すると、ナインズは一度イシューから離れ、その手を取って店の外に出た。
「キ、キュータ?」
「ちょっと本当に恥ずかしい。イシュー恥ずかしくないの?」
「へへ、どうだ!って思った!見せつけてやる!って!」
「……君もう少し恥じらいってもんを知った方がいいよ」
「やーだ!!」
「はー……。僕一週間もこれなのぉ」
「一生だよ!」
イシューは雑貨屋の前でまたナインズの背中に飛びつくと、その頬にキスをした。
「一生こうやって過ごそ!!」
ナインズは今日もオリビアの書店でアナ=マリアから本を借りた。
「――さて、そろそろ帰ろうか」
キュータの一声で、皆カバンを持ち直したり、それぞれ必要な身支度をした。
皆で外に出ると、アナ=マリアは「じゃあ、また」と手を振って帰って行った。
「オリビア、こんな風に使っていつも悪いね」
「ううん、ちょうどいい所にあって良かったって思ってるよ」
「今度何か埋め合わせさせて欲しいな。おじさんとおばさんにも、お礼に何か持ってくるから」
「ふふ。いいの。本当に気にしないで」
「だけど……なんだか悪いな……」
「――じゃあ、キュータ君さ。一個お願い聞いてくれる?」
「もちろん」
「私と――」
それ以上の言葉は出なかった。
この言葉の先に何と続けたいだろう。
私と二人で出かけて欲しい。
私と付き合って欲しい。
私と一緒に――私と――私と――。
「――私と?」
キュータが先を促すが、オリビアは俯くとスカートの裾を握りしめて、ぎゅっと目も口も閉じてしまった。
「……オリビア、大丈夫?」
「だ、大丈夫……。ごめんね……」
「構わないよ。少し
背中を押されて隣の装丁屋の窓の前に二人で立つと、静かに中を眺めた。
本屋からは心配そうに店主が顔を出し、一郎太が「ごめん、おばちゃん、おっちゃん。ちょっとしたら帰るね」と声をかけている。
オリビアは背中をさすられながら何度も深呼吸をした。
「……キュータ君、私とおでかけしてほしいな」
「いいよ。どこに行く?皆どこ行きたいかな?」
「……二人で、って言ったら……ダメかな……」
キュータが何かを答える前に、一郎太が「ごめん、それは難しいわ」と横から答えた。
「……そうだよね」
「うん、ごめん。キュー様は多分良いよって言うと思うけど、できないわ」
「一太、少しくらいならどうかな」
「いけません。お気持ちはわかりますが……オリビアも、分かるだろ」
「ごめん……」
「俺もいて良いって思えないなら、オリビアは覚悟が足りないよ。クラリスは俺がいてもめげないし、キュー様の安全を一番に考えてるから提案だってしない」
「……ごめん……」
「……責めてるんじゃないけどさぁ。あんまりキュー様困らせるなよ……」
「一太、いいよいいよ。オリビア、僕が聞いたのに悪かったね」
オリビアは顔を真っ赤にして首を振った。
「ううん。キュータ君は悪くない。……でも、私覚悟が足りないなんてこと、ないよ」
一郎太は「どうだかねぇ……」とため息を吐いた。
「本当だもん。ねぇ、キュータ君。私、ずっと一生自分の周りに人が居続けてもいい。一郎太君が見続けても良い。本当は覚悟してるよ。だけど、それが叶わないなら、せめて少しの時間をって思ったの。キュータ君、最近色んな子と知り合ってるし……なんだか焦っちゃって……。こんなの変だって思うかもしれない。だけど、もしあなたが私と付き合ってくれるって言うなら、私、自分のことなんて全部全部捨てられるよ」
ナインズは目をぱちくりとしばたいた。
「……ん?」
「……キュータ君。ナインズ君。私たち、きっと良い二人になれるよ。私と将来のこと、考えて欲しい」
「お、オリビア。突然でちょっと。え?」
「ずっと私がナインズ君のこと好きなの知ってたでしょ?変わってないよ。初めて話した日から、一回だって変わってない。一日だって忘れてない。ナインズ君の隣には私しかいないって、ずっと思ってる。たまたま隣に座れたあの日から運命だったって。私、全部覚悟してる。……私じゃ、だめかな」
ナインズは頭をかき、思わず店先へ視線を送った。書店のおじさんとおばさんが扉から顔を覗かせてこちらをじっと見ている。
なんて気まずいシチュエーションだろう。
「だめ、なんて事はないんだけど……」
「……じゃあ、私と付き合ってくれる?」
「うーん……。覚悟って言ったって、一太に見られるだけじゃ済まないかもしれないよ。一緒にナザリックに帰るようになったりしたら、本当に数えきれない監視がたくさんついて、右も左も人だらけになる。僕や一太は生まれた時からそうだから何も感じないけど、そう言うことって多分普通の人には耐え難いんじゃないかな……」
「そ、それも分かってるよ!本当だよ!」
「着替えはもちろん、場合によってはお風呂にも付いてくるんだよ?」
オリビアはスカートの裾を掴むと、真っ赤な顔でナインズを見上げた。
「……し、寝室は?一郎太君も……いるの……?」
「え、し、寝室は……一太はいないけど……」
「じゃあ……他の人達は……?」
「う、うーん……。今は僕の当番のメイドがいる事もある……。父様も夜通し本を読む時にはメイドがいるままだと思うし……。まぁ……母様と寝る時は人払いして寝てるけど……」
「じゃあ、ナインズ君も私と寝る時には、人払いしてくれるよね……?」
「あ、う、うん……そりゃあ……うん……」
「嬉しい。じゃあ、大丈夫。私の覚悟してるうちに全部入るから。ちゃんとお嫁に行けるよ」
ナインズは自分が今オリビアと何の話をしているのか分からなくなって混乱し始めた。
「え、えーと。お嫁?に、くるの……?」
「うん。行く。私は大丈夫だから」
「僕と二人で生きていくの……?」
「うん!それで、たくさん子供産む!」
「そ、そうかぁ。えーと……うーん……。オリビア、あのね?」
「うん!」
オリビアの視線は輝きすぎていた。
「えー……僕はね。あんまり子供を作るつもりはないんだよね」
「え?なんで?可愛いよ?」
「可愛いだろうけど、僕みたいにこうやって枷をつけて大人になるから、可哀想でしょ?それに――」
「可哀想じゃない!!」
大きな声に、一郎太と揃って二人で肩が跳ねてしまった。
「可哀想なんて言わないで。ナインズ君、可哀想じゃないよ。それは昔っから、お母様達の愛情の証だよ。それをしてるから外に出て皆と過ごせるんでしょ。そんなふうに言ったら、だめだよ!」
「そ、そっか。う、うん。ごめん。でも、オリビアだけもしおばあさんになって行って、僕と子供だけがこのままだったら……?僕も多分子供も辛いと思うんだけど……」
「私もこのままでいるんだから、そんなこと考える必要もないよ!」
「……そ、そうなの?」
「うん!それがいいと思う!愛って、どんなことでも乗り越えられるから!必ず私もこのままでいられるようにしてみせる!!」
ナインズの胸にオリビアが飛び込み、顔を擦り付けると、「……そういうもん?」とナインズは困り顔で言った。
「そういうもんだよ。難しく考えちゃうのは悪い癖。私のこと信じて。私、ただただナインズ君のこと大好きって思う気持ちだけで生きてきたんだもん……。ずっと、ずっと待ってたの……」
「うーん、そうか。じゃあ、ちょっとごめん」
ナインズはオリビアからそっと離れた。
「ナインズ君……?」
仮面を外し、手を振るとその体からは幻術が解けて行った。
書店のおじさんとおばさんの前に跪いて頭を下げる。銀色の髪がさらりと肩から落ちた。
「どうやら僕はお宅のお嬢さんをお嫁にもらうらしいです。許していただけるでしょうか」
「えっ、そ、それはもちろん……!こ、こちらとしても、あんな娘ですが、愛だけはありますので、ぜ、ぜひに」
父親は跪くナインズの前に両手両膝をついて頭を下げた。
「ありがとうございます。そうなれば、彼女の身の安全はこちらで責任を持って預かります。とは言え、まだ僕らは若い。今日すぐにナザリックに連れ帰ろうって言うつもりはありません。ただ、大人になってナザリックへ行くまでの間、護衛をつけさせて下さい。彼女に何かが起こらないように」
「で、殿下の思われるようになさっていただければ……我々はそれで満足です。あ、いらっしゃる護衛の方に、お部屋が必要でしょうか?」
「いえ。彼らは不可視化して壁の一部になってすごすのでお気になさらず。――オリビア」
「はい!」
オリビアはナインズの隣に走ると、ぺたんと地面に座った。
「君、本当にいいんだろうね」
「うん!こうなるって、私分かってたよ。もし今後、ナインズ君がもっとたくさん女の子といなきゃいけなくなっても、そう言う事も全部私ちゃんと覚悟してるから。大丈夫だよ」
「いや、僕はお嫁さんは一人でいいよ。だから、オリビアがそうなるって言うなら君は本当に僕と二人で――」
オリビアはどかんとナインズにぶつかり地面に押し倒した。父親と母親が焦っている。
「お、オリビア。流石にそんな、失礼だろうに」
「私夢みたい!本当に嬉しい!」
「はは、それは良かったよ。オリビア一人って決めるなら、僕も本当に覚悟を持たなきゃね」
「……ナインズ君、ありがとう」
上半身を起こしたナインズにオリビアは口付けて笑った。
父親は「うぅっ!」と声を上げて涙を袖で拭いた。
「ナインズ君、やわらかいね」
「はははは。なんだそれ。オリビアこそ」
二人で笑っていると、オリビアのことは一郎太が持ち上げて退かした。
「道端でナイ様に乗らないの」
「あは、一郎太君ありがとう!」
「ありがとうじゃないだろ……」
「でも、ありがとう!一郎太君のおかげ!」
オリビアが一郎太の頬にもキスをすると、「や、やめろ!お前ナイ様の婚約者なんだろ!!二度とするな!!」と大騒ぎして離れた。
「はははは。ま、オリビアは好きに過ごすといいよ。この先長いから、あんまり真面目でいると多分疲れるよ」
「はぁーい!結婚式いつにしよっかね!」
「うーん。そう言うことも考えるのか。学校卒業して、多少僕ももう少し公務に出て……。まだあと八年くらいはかかるかねぇ」
「八年ね。いいよ!私、また待ってるから!」
「……なんだか少し釈然としないなぁ。一太、婚約ってこう言うもん?」
「さぁーあね」
「ふふふ。いーのいーの!そう言うものなの!」
オリビアは誰よりも美しく笑った。
入学式を済ませた一行は受験お疲れ様会に向かった。
最初は男だけの会のつもりだったこともあり、どこか店を取るような洒落たものではない。
一行は大神殿の前庭にある芝生広場へ行った。
各々商店により、自分が食べる昼ごはんを調達する。
「キュータぁ、なんで女子もいるんだよぉ」
リュカの不満声にナインズは笑った。
「お疲れ様会するって言ったら、なんかこうなっちゃった。秘密だったとは知らなくて。ははは」
「はははじゃないだろぉ。もー、こいつらうるさいったらないのに」
「うるさくない!」
「そうですわ。うるさいのはどなたかしら」
オリビアとレオネがぷんぷん言う。
「ねー、キュータ。あたしはうるさくないでしょ?」
イシューは昔懐かしい問いかけでナインズの隣に座った。
「ん、最近はオリビアの方がうるさいね」
「やった!」
「キ、キュータ君。そんなぁ」
「ははは。冗談だよ、冗談」
皆で笑っていると、オリビアは真っ赤にした頬を膨らませたままナインズを睨んでいた。
「ん……オリビア、怒ってる?」
「怒ったよ!もー!」
オリビアがぽこぽこナインズを叩くと、すぐにその手の前に一郎太の手が差し出されて手は届かなくなった。
「はい、オリビア不敬三点。十点でキュー様の隣から移動してくださーい。アナ=マリアを少しは見習えよなぁ」
「むー。――キュータ君は、アナ=マリアみたいにおしとやかな方が好き?」
「ん?皆違って僕は嬉しいよ。皆一緒じゃゴーレムといても変わらないしね」
ナインズは笑う。芝生の向こうの行き交う人々と、途端に掃除を始めた神官達の様子を眺めていた。
「じゃあ、私は私でもいい?」
「うん、いいよ。オリビアはオリビアだからいいんだよ。アナ=マリアはアナ=マリアだから、レオネはレオネだから、イシューはイシューだからいい。ロランもカインもリュカも、エルも一太もね」
棒を持って走り回る子供達の姿はバイス組の過去のようだ。皆少し照れくさそうに自分の鼻の下をかいたりした。
ふと、子供が転ぶ。
ナインズはよいしょと腰を上げた。
「あ、キュータ君」
軽い勾配を降り、転んだ子供を立たせてやるとその体にくっついている葉っぱを払い落としてやった。
仮面を付けていないナインズの優しげな微笑みは、どこか女神を彷彿とさせた。
「――キュータ君、変わらないね」
ロランが懐かしむように呟く。
そして、エルは頷いた。
「本当にね。キュータのあの優しさに、私たちはいつも救われてたよ」
チェーザレとカインも頷く。それが一番身に染みている二人だったから。
「お優しくなかったら僕たちここにいませんよね。カイン様」
「ありがたい話さ。本当に」
ナインズは子供の膝の怪我を見ると、腕輪を外して突然一郎太に投げつけた。
一郎太も当たり前のことのように受け止める。
ナインズの触れたことのない力にざわりと空気が揺れる。
皆それがどこか心地よかった。
ナインズは低位の回復魔法をかけてやったようだった。
子供は喜んで跳ねると、ナインズの頬に短いキスをした。
「――あ!!」「―― あぁ!!」
オリビアとレオネが大きな声を出すと皆笑った。
「子供って男か女か分かんないもんだね。はは、キュータ君笑ってるよ」
ロランの言葉にリュカも同意だ。
「イシューなんかいまだに男か女かわかんないもんなぁ」
「うっさ!美女への嫉妬?」
「うぇ……」
子供に手を振り、ナインズが戻ってくる。
一郎太はすぐにその手に腕輪を戻した。
「どうぞ」
「ありがとね」
ナインズは再び皆の輪に腰を下ろすと、そのまま転がった。
「はー。気持ちがいいなぁ」
「キュータ君って、お家にいた間はほとんど外に出なかったんでしょう?お日様は浴びれてた?」
オリビアが心配そうに覗き込む。ナインズはオリビアの髪を掬って耳にかけてやった。
「浴びてたよ。毎日毎日一太のいる第六階層でね。良いところなんだよ」
「……男の子達は皆夏に行ってたんだからずるいな」
「はは、じゃ、今度オリビアも来る?」
「え!良いの!」
「構わないよ。年に一回や二回ならね」
オリビアは微笑むとナインズの隣に転がった。
「ふふふ!こうして過ごそ!私はキュータ君の隣!」
「昔からそうだね」
突如二人の世界をオリビアが構成し始めたころ、どこからともなく駆け足が聞こえた。
こちらへ向かってきている気がして、ナインズが起き上がると、――ドッと腹に衝撃を受けた。
「キュータ様!此方、やっと抜け出してこれたぞ!!」
子供にしか見えないイオリエルだった。
イオリエルは即座に一郎太に回収された。
「イオリエル、不敬九点。十点でキュー様の隣から移動。十五点で退場」
「な、なんじゃ!久しぶりだし良いではないか!!」
「関係ない。先週あってるし、だいたいお前聖典に入るつもりのくせにそれじゃダメだろ。怒られねぇの?」
「ぐ、ぐぬぬ……!キュータ様ぁ!」
ナインズは別に何も気にしないようにイオリエルの頭を撫でた。
「うんうん。イオリは今日も元気だね。えらいね」
犬の顔をして尻尾を振っている。この女、年齢だけで言えば最年長である。
「ふふ、此方は何百年先も元気じゃ」
いつか大聖堂でそうしたように、イオリエルはナインズを抱きしめた。あの時はナインズと同じサイズだったが、今ではまるきり親子だ。
「嬉しいよ。イオリとの時間がまだまだあって」
「……キュータ様、本当にありがとう」
イオリエルがナインズの頬にキスをすると、「「「「あぁーー!!!」」」」と女子は一斉に立ち上がった。アナ=マリアすら立っていた。
「はは、ありがと」
「此方はまだ子供だからの」
ニヤリと女子に視線を向ける。ふと、アナ=マリアがナインズの顔を引っ張った。
その頬にまたひとつ唇が触れると、ナインズは流石に目を瞬いた。
「……私は大人だけどした。私は大人」
「う、うん。大人だからちょっとびっくりした」
今度は後ろに引っ張られて倒れる。頭はレオネの膝に落ちた。
「キュータさん、それはダメですわ!良いですこと!節度をお持ちにならなくちゃ!!」
「僕は何もしてないんだけど……。それより、足痺れるよ」
「結構です!――って、ちょ!」
レオネの足をイシューの両腕がまたぐ。
イシューが瞳いっぱいに映ると、ナインズは心中で冷や汗をかいた。
「キュータ、目閉じて」
「か、カツアゲじゃないんだから……」
「いーから閉じて!!」
「勘弁して。本当に嫌な予感しかしないよ」
「意気地なし」
「そりゃそんなもんないよぉ……」
大変情けない声で男子は皆思わず笑った。
「イシュー、そろそろ不敬点数つけるぞ」
一郎太がそう言うと、イシューはムッとした顔をしてナインズの額に口付けた。
「悪くないでしょ」
「い、いや……。本当になんなの皆……」
イシューが退くと、ナインズはレオネの膝から起き上がった。
「はぁ……子供じゃないんだから……」
ふと、ナインズは背が冷たくなった。ゆっくりと視線の先を追うと、涙目のオリビアがいた。
「……キュータ君」
「な……なに……?」
オリビアはキュータの首に手を回し、そのまま――二人は口にキスをした。
「ん、ちょ!?――オリ――」
「はぁ、オリビア不敬五百点。口はダメだろ」
一郎太の呆れた声がする。
唇が離れかけては引っ張られてまたキスされる繰り返しに、ナインズはいつしか後ろへ後ろへ逃れるようになり、バタリと芝生に転がった。
それでも終わらない攻撃に女子は悲鳴をあげ、オリビアの頭にイシューの拳骨が降った。
「い、いったぁい……」
「痛いじゃない!!変態!!」
「……大人だからこのくらい普通だよ」
「い、いや。いや……。おいおい」
口を拭くナインズの顔は真っ赤だった。
「ははは!キュータ様、その顔は!!」
「か、かいん。いや、僕……。え?何?神都じゃ普通?」
「ははは、ははは!」
皆ものすごい勢いで笑っている。
ナインズは事態が飲み込めずに、乙女のように口を押さえていた。
「う、うそだろ。ぼく、初めてだったのに」
情けなかった。
「普通なわけありませんわ!!皆さんも笑ってないで!!もー!!こんな顔して!!」
レオネも何故か真っ赤な顔をしていた。白いハンカチを取り出し、母親のようにごしごしと口を拭く。
「っわ、ん、ちょ、いいよ。レオネ」
「いけませんわ!大体キュータさん、そう言う時は断らなくちゃいけません!!」
「う、うん。本当そう思う。と言うか僕的には断ってたんだけど」
レオネはこほん、と咳払いをすると、口を拭いていたハンカチをしまった。
「では、わたくしだけキュータさんにキスしていないので、キュータさんからわたくしにしてくださる?」
「え、な、なんでそうなるの」
「わたくしからされるか、キュータさんがして下さるか!どっちかですわ!!」
「えぇ!?」
「えぇじゃありません!!じゃあ、わたくしがして宜しいんですね!」
「よ、よろしくないよぉ」
「それじゃあ、ん」
レオネが真っ赤な顔で目を閉じる。周りでリュカが口笛を吹く。
「……まだですの?恥をかかせないでくださいませ」
ナインズは一度眉間を押さえ、何やら色々と考えると、レオネの顎を持った。
レオネは頬にキスが落ちると、目を開け、ナインズの襟ぐりを捕まえて、結局口にキスをした。
ナインズは慌ててレオネの両肩を掴んで体を離した。
「や!やめなさい!!」
「……言えるじゃありませんの」
「き、君!!いや、君たち!!何やってるかわかってんのか!!」
「わたくしの事、そんなにお嫌い?オリビアにはあんなにさせてたのに。オリビアの方がいい?」
ナインズはぱくぱくと「い、いや。別にレオネが嫌いとかじゃなくて……オリビアの方がいいとかでも……」と押しに負けていると、レオネは笑って飛びついた。
鼻がぶつかったキスだった。
ナインズはレオネの顔が見てられなくて、でも断るのも傷付けるのかと仕方なく目を閉じた。
ちょっと引いてみるとまた襟を引っ張られて唇が触れる。
「――レオネ!!もーいいでしょ!!」
待てど暮らせど気は済まず、オリビアの声にようやくレオネは離れた。
べ、と舌を出すと「まだですわ」と一言残し、真っ赤なナインズにまた口付けた。
「っちょ!い、一太ぁー!見てないで!!何とかしてぇー!!」
ナインズのヘルプコールに一郎太は大笑いでレオネを引き剥がした。
その後、ナインズはしばらくバイス組の女子達を見ると逃げ出したらしい。
大神殿の前庭で行った受験お疲れ様会。
イオリエルも現れ、犬の顔をして尻尾を振っている。この女、年齢だけで言えば最年長である。
「ふふ、此方は何百年先も元気じゃ」
いつか大聖堂でそうしたように、イオリエルはナインズを抱きしめた。あの時はナインズと同じサイズだったが、今ではまるきり親子だ。
「嬉しいよ。イオリとの時間がまだまだあって」
「……キュータ様、本当にありがとう」
イオリエルがナインズの頬にキスをすると、「「「「あぁーー!!!」」」」と女子は一斉に立ち上がった。アナ=マリアすら立っていた。
「はは、ありがと。――じゃあ、僕も」
じゃあ、ではない。ナインズはイオリエルの顎を持つと頬にキスを返した。
カインはパチンと自分の額を叩き、一郎太は「あぁあ〜」と言った。
「ふふん、此方はまだ子供だからの」
イオリエルはニヤリと女子に視線を向けた。
ふと、アナ=マリアがナインズの顔を引っ張った。
「……キュータ君、私にも」
「え、アナ=マリアは大人だからやめときな」
「大人だからする。私、キュータ君のこと好きだからいいの」
「……いや、アナ=マリア、大人が大人にキスする時の"好き"の意味分かってる?」
「分かってる。たくさん読んだ」
「じゃあ尚のことやめておきなって」
「今は遊びでいい。いつか本気にさせる」
全く相手にしていないナインズはおかしそうに笑うと、よっこらせと立ち上がり尻を叩いて芝生を落とした。
後を追うようにアナ=マリアも立ち上がり、ナインズの手を取った。
「……お願い。皆の前でここまで言った。このままじゃ私があんまりにも可哀想」
ナインズは「うーん……」と悩む声を上げると、アナ=マリアの顔を包んだ。
「じゃあ、せめて付き合ってからにしよう。順番だけは間違えられないから」
「「「「「「えっ!?」」」」」」
「……え?いいの……?」
「うん、一応誠実でいたい。……って言っても、在学中の三年だけね」
アナ=マリアは何度も頷いた。
「わ、わかった!三年のうちに本気にさせる!!」
「いやぁ……はは。まぁ、よろしく」
「よ、よろしく!!キュータ君!!」
真っ赤な顔でアナ=マリアが目を閉じて踵を上げる。
ナインズは一応これで順番は良いか?と頭の中で確認して、アナ=マリアにキスをした。
「んっ……!」
離れると、ナインズは笑った。アナ=マリアが妙に必死に見えておかしかった。
「はは、嫌だったら別れるの、今のうちね」
「わ、別れない!!嫌じゃない!」
「本当かな」
頭をくしゃりと撫でると、また皆の輪の中に戻った。
男子は持っていたパンを落としていた。
「……皆何?」
「……いや、キュー様いいの?」
「在学中だけね」
「まぁ……それならいいのか?」
一郎太は首を傾げていた。
「き、き、き、キュータ君!!」
「――ん、オリビアどしたの?あ、アナ=マリアこっちおいで」
アナ=マリアはぴょんと跳ねるとナインズの隣に座った。
「わ、私も!!私もキュータ君のことずって好きだったのに!!」
「えぇ、そ、そう。ありがとう。ごめん、今僕アナ=マリアと付き合い始めて――」
「いいよ!!」
「え」
「アナ=マリアと付き合ってても良い!!だってキュータ君はそうなる人なんだから!!だから、私とも……私とも三年だけでもいいから……」
オリビアの目からぽろぽろ涙が落ちると、ナインズは慌ててそれを拭った。
「オリビア、そんな悲しいこと言うなよ。僕、流石に一人づつとしか……」
「その方が悲しいよぉ。ナインズくぅん」
しくしくと泣くオリビアが本当の名前を口にすると皆ギョッとした。
「お、オリビア?オリビア。落ち着いて」
「私ずっと、ナインズ君といつかはって思ってたのに。やだよぉ。ナインズ君はたくさんお嫁さんもらえる人なのに、ひどいよぉ」
ナインズは仕方なくオリビアを片膝に乗せて抱きしめると背をさすった。
「お、オリビア。そう言ったって……。だって、なぁ?アナ=マリア……」
「……私は構わない。私もそう言う覚悟はしてる。オリビアちゃんにだってチャンスはあるべき」
「……アナ=マリア」
「ナインズ君、お願い」
見上げてくるオリビアは首を伸ばしてナインズにキスをした。
「ちょ、オリビア……。付き合ってもないのに……」
「付き合お。私もちゃんとナインズ君大切にする」
「わ、分かったよ。だけど、その名前は頼むからやめて」
「……うん。三年後に呼ぶ。ね、私にもキスして」
ナインズはなんだかこれは両親に怒られる気がすると思ったが、オリビアの頭を支えるとキスをした。
「……もっとしてくれなきゃやだ」
「……えぇ。皆見てるんですけど……」
「いいの。陛下方もそうだから」
「そ、そりゃそうだけど……」
オリビアは結局首を伸ばしてまたナインズとキスした。
「ダメ、僕にはこれ以上無理。恥ずかしくて死ぬ」
オリビアから離れたナインズの目の前にはレオネがいた。
首に飛びつくと、オリビアが座っていない方の膝に腰掛け、「わたくしも!――ね、三年間お仕えさせて」と耳元で囁いた。
「わたくし、あなたが三年間って仰るならそれで我慢できますわ。嫉妬もしません。本当よ」
「……はぁ。分かった分かった。レオネもね」
「ありがとう」
レオネはナインズの顔を手で包むと頬に口付けた。ナインズもレオネの顎を持ち、頬にそれを返す。
「はぁ。よろしく……」
「ふふ。もっと喜んでくださいまし」
「あー嬉しいなぁ……」
「棒読みですわ」
「……いや、冷静に考えてこんなに皆どうす――……あ、あのー」
仁王立ちのイシューがナインズを見下ろす。ナインズはイシューの足の向こうのリュカに助けの視線を求めた。
「リュカぁ」
「三年だろ。別にそれ普通のことだから。俺気にしないから。そいつ一回それで振られた方がいいよ」
「嘘だろぉ……。だいたい、皆こんなにたくさんじゃ……」
「キュータ!」
「……はい」
「今更一人二人増えてゴチャゴチャ言わない!!」
イシューは膝の上の二人をかき分け、ドンとナインズのあぐらの真ん中に座った。
「ね!あたしも!」
「はい……。よろしく」
「ふふ!よろしく!!」
イシューがキスをしようとすると、ナインズは思わず避けた。
「り、りゅかぁ〜〜」
「良いから俺の事なんか気にしないでしろ!!」
「なんで今リュカなのさ!!」
「す、すみません……」
「男らしくして!」
「……じゃあ、イシューも女になる覚悟して」
「っえ」
ナインズはレオネとオリビアを膝から下ろすと、イシューを抱きしめてキスをした。
イシューが離れようとすると引っ張ってキスをし、それは髪の毛がぐしゃぐしゃになるまで続いた。
「き、きゅ――ふぁ――あの――」
イシューから徐々に力が抜けてしおらしくなると、ナインズはぺろりと唇を舐めた。
「嫌だろ?」
「……いい。もっと」
「はぁ。変なやつ。――皆も嫌でしょ。自分の彼氏だって言う男がこんな――」
と、顔を上げると、オリビアとレオネ、アナ=マリアはすでに「明日は私がデートするから」「じゃあわたくしは明後日ですわね」「……明々後日が私だと、その次がイシュー」と勝手な算段を立て始めていた。
「お、おーい。皆さーん」
「ん?どしたの?キュータ君」
「……皆さん本当にいいんですか?」
「うん!ありがとう!!明日、放課後また迎えに行くね!」
「あ、は、はい。オリビア、ありがとう」
「その次はわたくしです。教室まで行くんで、ちゃんと他の人の誘いはお断りになってくださいましね」
「分かりました……。レオネは教室ね……」
「……私はオリビアの書店で待ってる。校門は知らない人がたくさんいるし」
「う、うん。アナ=マリアのことは迎えに行きます」
「あたしは仕事してから事務所出ることになるから、晩御飯いこ!どこに行きたい?」
「え、えーと。イシューの好きなところでいいよ」
「おっけー!」
皆仲良く「私あそこに行くつもりー!」と話し合っていた。
イオリエルは「此方は聖典!此方は聖典!!」と何度も言っていた。
「た、たくましい……」
ナインズがつぶやくと、男子達はこれからのナインズの三年間を思って背を撫でた。
「頑張れ、キュー様」
「キュータ様、たまにはカイン様とも遊んでください」
「チェーザレ、忙しくなるんだぞ。キュータ様は」
「絶対大変だもんね、キュータ君」
「はー。もう本当嫌なもの見た。三年間よろしく頼むよ、キュータ」
「キュータ、私は魔導省からいつも応援してるよ」
「ごめん、皆……」
「「「「「「お前は悪くない……」」」」」」
ナインズは顔中キスマークだらけで帰ると、「ただいまぁ……」と元気なく部屋に入った。
「あ、ナイ君おか――え!?」
入学式だけ見ていた両親はぽとりとペンを落とした。
「だ、だいじょぶ?」
「……リアちゃん、僕に何かした?」
「してませんけど?」
「……なんか、君の力が僕にかかってる気がするんですけど」
「って言いますと?」
「なんか、四人も女の子と付き合うことになった……」
「「えぇ!?」」
両親の驚きと同時に、アルベドとデミウルゴスが転倒する。
パンドラズ・アクターはぱちぱちと拍手をした。
「ンンンン私、まず一人目は男の子がよろしゅう存じます。はい」
「三年しか付き合わないって言っておいたから子供は持たないよ……」
「えっ。で、では何故?」
「分かんない。追い剥ぎにあった気分」
ローブを脱いで首元のボタンをいくつか外すとそこにもキスマークがついていた。
「お、お前。いや、全員記憶書き換えてきてやろうか?」
「皆初めてのキスだったって言ってたから……なんか悪いなぁ。勝手に遊んで記憶消してって……」
「そ、それはなんかものすごく罪悪感だな」
「まぁ、適当に付き合ってみる。どうせ皆すぐ飽きるだろうし。女の子の新しい遊びでしょ」
「う、うん。お前大人だな」
「はぁー。疲れそうだなぁ。でも、まぁいっか。皆喜んでたし」
「無理はするなよ。………………それから、あんまり言いたくないけど、避妊だけは絶対に忘れずに」
「避妊?結婚しなくてもそこまでするの?」
「え、いや、ごめん。しなくていいよ?」
「うーん、避妊のルーン考えないと……。えーと……」
アインズとフラミーはくらくらすると、頭から血が無くなる感覚に襲われた。
「キュータ君!楽しかったね!」
「うん、あの日に思ったより別に普通なことで安心した」
「ふふ、良かった!」
書店の前でオリビアが笑い、ナインズもつられて笑った。
「じゃあ、またね」
「うん!また迎えに行くね!」
オリビアはそっと顔を包まれて頬と唇にキスをされると、幸福に蕩けた顔で目を閉じ、ナインズに抱きついた。
ガラス越しに眺める両親も幸せそうだ。父親は泣きかけだが。
「……あのね、今度両親が良かったらうちで晩御飯でもって」
「あぁ、嬉しいよ。お礼言っておいて」
「うん!一郎太君の分も用意しておくから!」
そう言う視線の先では、一郎太が特大のあくびをしていた。これに付き合わされる彼が不憫だった。
「サンキュー。じゃ、キュー様行く?」
「うん。じゃあね」
「――あ、あのね!それでね!」
「ん?」
まだ何か?と足を止める。オリビアは赤い赤い顔で言った。
「良かったら……その時泊まってほしい」
「泊まりは流石に親に聞かないとかもな」
「そ、そうだよね!へへ。ごめんね!じゃあね!」
二人は今度こそ帰路についた。
「キュー様、言われてるだろうけど避妊しろよ。まぁできちゃっても俺は構わないけどさ」
「え、今のそう言う話?」
「そうに決まってんでしょ!!」
「お、親もいるのに?」
「親もキュー様と自分の娘が一番親しいのがいいの!!」
「そ、そうかぁ。うーん」
ナインズは迷宮落ちした。
「――そろそろ帰ろうかな」
アナ=マリアの部屋で本を読んでいたナインズはしおりを挟むとそれを閉じた。
「……もうそんな時間?」
「うん、幻術解ける前に帰った方が楽だから。アナ=マリア、今日もありがとね」
「……ううん。楽しかった」
隣の部屋では一郎太も本を読んでいる。つまらないがやることもないので読んでいる。
ナインズが部屋を後にしようとすると、その背にアナ=マリアが抱きついた。
「――アナ=マリア?」
「ちょっとだけ……」
腹に回る腕を外すと、ナインズはアナ=マリアを正面から抱きしめた。背を撫でていると、アナ=マリアの手が首に周り、二人はキスをした。
繋がっては解け、侵入されては侵入し。
ナインズも慣れたものだ。
「……幸せ」
「こんなことでいいなら」
「……できればもっと」
二人はもう少し続けた。
アナ=マリアが引っ張ってソファに倒れ込む。
ナインズはアナ=マリアの服のボタンを外し、胸元にキスをした。
「おしまい」
「……なんで?」
「秘密」
「……気に入らなかった?」
「いや?そんなことないよ」
ナインズはもう一度キスをしてから部屋を出た。
帰り道、一郎太はぽりぽりと頬をかいた。
「あのさー、ああ言う時俺いていいのかなぁ」
「まぁ仕方ないんじゃない?隣の部屋だし」
「……キュー様よく平気だな」
「ははは。正直平気じゃないから逃げてみた」
二人は笑った。
大神殿であれこれと話をすると、レオネはちらりと時間を確認した。
「そろそろ行きます?」
「そうだね。レオネ、送らないで平気?」
「平気ですわ。でも、送っていただけたら嬉しくも思います」
「じゃあ、今日はレオネの日だから送るよ」
「……ありがとう」
レオネはそっとナインズの腕を組んだ。
神官達の視線がすごい。
大神殿を出ると、前庭はもうライトアップされていた。
「いつか、ここでキュータさんと結婚式を挙げられたら良いのに。あなたのお父上達のように」
「それは三年の約束から逸脱してるよ」
「ふふ、あなたが泣きついて結婚してくれと頼んでくるようにしますわ。ね、いらして」
「ん?」
レオネに引っ張られるがままに二人は走った。
茂みの中に入り、木に隠れるようにした。
「ここなら、神官には見つかりません」
「そうだね」
「ね、して」
ナインズはレオネにキスをした。皆それぞれキスの仕方が違うんだなぁと思う。
アナ=マリアが多分、一番積極的だと思う。レオネとはまだ、触れるだけのキスしかしたことがなかった。
ナインズは戯れで唇を舐めると、レオネは震えた。
「――嫌だった?」
「へ、平気。したことがないだけです」
「初めてなのに僕で悪いね」
「嬉しいの」
二人は結局またキスをして、レオネの足の力が抜けると芝の上に座った。
「――は、――ふ」
そのままナインズはレオネを押し倒した。
茂みの中で十六歳にしては少々過激なキスを続け、レオネの息継ぎがもたなくなるとそっと離れた。
「はは、かわいいね、レオネ」
「は、はぅ……は……」
「もう少し見てたいけど……タイムリミットかな」
ナインズの髪の毛が銀色に変わっていく。
その顔が神に連なる物に変わっていく。レオネは目を開けたまま、その幻想的な景色を眺めてキスをした。
信じられないほど輝く金色の瞳に射抜かれて、レオネは夢中でキスをした。
つぱ、と離れると、レオネは肩で息をしていた。
「――すごい背徳感でしたわ……」
「……なんで?」
「神の子だって思ったら、わたくし神官なのに」
「ははは、僕に仕えるんだっけ」
二人で笑っていると、がさりと茂みの向こうが鳴った。
「こら君たちこんなところで――」
ナインズの金色の瞳が眩しさに細くなった。
「――ぁっ、で、殿下。し、失礼いたしました」
神官はそそくさと立ち去っていった。
「……噂されそうだな」
「望むところですわ」
「僕は望まないの。――一太」
「へい」
木の裏にいた一郎太は振り返りもせずに手を出し、ナインズはそこに腕輪を置いた。
低位の幻術を掛け直すと、レオネを立たせた。
「じゃ、帰ろうか」
「えぇ。もうこんな時間。わたくし、父と帰りますわ。ですから、キュータさんを見送ります」
「そう?じゃあ」
二人は茂みの情事を終えると、大神殿に戻った。
ナインズは今日も大神殿にいた。
イシューがこの柱型がいいとせっせとスケッチする横でそれを眺めて過ごす。
「イシューは勉強家だね」
「当然!あたし達の家はあたしが建てるよ!」
「ははは、それは――それは三年間で済む?」
「済まない!!」
二人は笑った。
そして、柱の向こうからゆらりとレオネの父親が現れた。
「キュータくぅん、今日はイシューちゃんだねぇ」
「あ、こんにちは」
「もちろん一人を選べなんて私は言わないからね。だから、皆大事にしてあげてねぇ」
「はい。傷付けないように頑張ります」
ナインズなりに精一杯の返事をすると、レオネの父親はにっこり笑顔で去っていった。
「キュータ、あたしの日にレオネパパを接待するの禁止ー」
「はは、レオネのお父さんを接待したんじゃないよ」
「じゃあなにさぁ」
「イシューのことを大事にするって話しでしょ。だから接待してんのはイシューなの」
イシューはぽっと赤くなると笑った。
二人――と一人で道を歩き、三人で食事を取る。
一郎太はこの店は結構うまいと覚えた。
イシューとナインズの会話を聞きながら空気になるように徹する。もうこの役割もすっかり慣れた。
「――あ、もう時間だ」
幻術が溶け始める前に三人は会計をして店を出た。
「ね、事務所近いから寄って行きなよ!そこでゆっくり掛け直したらいいから」
「うん、ありがとう」
仕事後のイシューと会う時のナインズは一度幻術を掛け直す必要があるのでいつも茂みだの物陰だのに入ってそれを済ませている。
三人は誰もいないイシューの祖父の事務所に入った。
幻術を掛け直すと、イシューはそっとナインズの手を引いて二階へ上がっていった。
一郎太は参ったなと思いつつ、二人のいる部屋の扉をほんの少し開け、安全が確認できる状態にしてから部屋の外で待った。
イシューが一番だったか、と思う。
実家以外に場所がある者はやはり強い。
イシューの「大好き」「お願い」「やめないで」「愛してるの」「二人で生きて行きたいの」と言う声が聞こえてくる。友人のそう言う声を聞くのはなんとも居心地が悪い。
時間を潰すためにキセルでも始めようかな、なんてことを考える。年齢的にまだ許されないが。
ふと、イシューが「ッナインズ様!」と呼ぶのが聞こえた。すぐに口を塞がれたらしく、二度とその名は聞こえない。
そして、嬌声の中に「その名はいけないよ」と優しいナインズの声が聞こえては、一郎太はため息をついた。
「……無理することないのに」
ナインズは一度も、誰にも、好きとも愛しているとも言わなかった。
可愛いとか綺麗とか、嬉しいだとかは言うが、一緒にいて欲しいとか、そう言う求めは言わない。それに、名前を呼ぶことも禁じている。
彼がナインズと呼んでほしいと言える女性に会える日は訪れるのだろうか。
しばらくすると、全ては終わったらしい。
「――や、悪いね」
若干乱れたナインズが出てくると一郎太はせっせとそれを直した。
「いーよ。イシューはいいの?」
「うん、今夜はもうここにいるってさ」
「そっか。帰る?一晩一緒にいる?」
「一晩いたら、0時にはオリビアの時間だからね」
「ははは、そう言う理論?」
「ややこしくなりたくないから、僕はルールを明確にしておきたい。それに――僕ら、未成年だろ」
ローブの袖に手を通さずに肩にかけ、髪を払うとナインズは階段を下っていった。
二人、事務所を後にすると、一郎太は少し気まずさを感じた。
「な、キュー様」
「ん?」
「男になったって感じする?」
「正直言っていい?」
「いーよ」
「しない。なんか虚しいもんだね。避妊のルーンのせい?なんか生産性を感じないな」
「ははは、生産性とかそう言う話?」
それは、愛がないからそう感じるんだよと思ったが、一郎太は言わなかった。大体一郎太は未経験だ。
一度堰が取れると、ナインズは一人、また一人と肌を重ねた。
一応、三年しかないのにいいのかと皆に確認は取っているらしい。
皆当たり前のように良いと言ったようだ。
「もう見なくて良いのかい?」
ツアーが尋ねる。
フラミーはとっくの昔に見ることをやめたが、アインズはこの竜の下でたまに息子の逢瀬を見守っていた。
「あぁ、流石にいくらなんでもこの先は可哀想だ」
「そうかい。ハンゾウも一郎太もいるけどね」
「親と従者達はまた別だろ。はぁ、帰ってきたら少し慰めてやるさ」
「生産性を感じない、か。愛もなければ実りもない。意味のない行為だよ」
「せめて愛があればな……」
「いや、彼はあれで良いんじゃないかな。慰めることもないよ。一人を決めず、誰とも深くは繋がらない。そういう人生もある。決して不幸なわけではないよ」
「お前の話か?」
「一般論だよ」
「ナインズは辛くないんだろうか?あいつは相手の求めに、責任を持って答えようとしてるだろう」
「案外、三年と決めているし本人はなんでもないんじゃないかな。ナインズは意外と打たれ強いよ」
「ははは、そうか。あいつが苦しくないなら、まぁ良いか。いつか雁字搦めの大人の世界を高邁に進むしかなくなる。あいつの、多分、最初で最後の放埒で自堕落な日々だ」
大人は笑った。
なんちゅーりょうやねん
いやぁ、ナインズ君はたして本編でどうなるんでしょう
皆の青春一生見てられる…(冒険は?
男爵は誰がいいかなぁ。うーん、選べないんだよねぇ!!