酒宴会分岐物語1
酒宴会の途中で二人は桟橋に出た。
「……竜王国の時のお誘いはまだ間に合うでしょうか?」
「っはい!はは。酔い覚ましどころかこんな所で二次会してたら怒られそうですねっ」
フラミーはグラスに注がれる酒を少し眺めてから口をつけた。
「怒られるでしょうね。しかし今日は……今日は──」
「今日は?」
「フラミー様……今日はアインズ様が悪いかと……」
少し悩むとフラミーは一気に入っていた酒を飲んだ。
「へへ。やっぱり……アインズさんが……悪いですよね……」
空になったグラスをすぐに再び酒で満たすと、デミウルゴスは頷いた。
「はぁ……ここは本当にいい世界なんですけどねぇ。ナザリックの空も綺麗だし、皆の子供も──デミウルゴスさんもいて、アインズさんもいて、ここって無いものが無いはずなのに」
デミウルゴスは放り出されている手に向かって不敬だと言う自覚を持ちながら手を伸ばす。寂しそうな手を握ると、フラミーは少し躊躇いがちに握り返してきた。ここで触れる前にアインズが来てくれていたら、自分の未来はもっと違うものになったかもしれないと思う。至高の一柱に再び許可なく触れ、デミウルゴスは自分の不敬な行いを少し悔やんだ。
「デミウルゴスさんってやっぱり優しいです」
「……そのような事はございません……」
「ううん。私、こんな時に一人じゃなくてよかったです。デミウルゴスさん、連れ出してくれてありがとうございました」
感謝されてしまった途端、不敬であると鳴り続けていた警笛は静かに消えていき、繋いだままの手から伝わる温度にデミウルゴスの胸は高鳴り続けた。これこそが御身のためであると。
その後しばらく二人は満点の星空の下で話を続けた。
「でみうるごすさん……お目目みせて……」
フラミーはもう随分酔っていた。
手を繋いだままデミウルゴスを引っ張るように瞳を覗き込む。
「畏まりました」
ゆっくり眼鏡を外すとデミウルゴスは瞳をあらわにしてフラミーを見下ろすように顔を向けた。
「やっぱり……綺麗……」
「ありがとうございます。ウルベルト様にお聞かせしたいです」
「ウルベルトさんには、ちゃんと伝えたから大丈夫」
「それはそれは何よりでございます」
二人は瞳を覗き込みあうとフラミーは目を閉じ、デミウルゴスは静かに顔を寄せた。
「……ご、ごめんなさい……」
フラミーは唇が重なりかけた瞬間ぽろぽろ泣き始めた。
「はっ、フラミー様、申し訳ありません。申し訳ありませんでした」
「違うの……私、今あいんずさんの事忘れるためにデミウルゴスさんのこと利用しようとしたの……。最低だ……」
「フラミー様……」
「うぅっごめんなさい……ごめんなさい……。NPCは断れないんだから、気を付けろってアインズさんにも言われてるのに……私……私……」
ポロポロ涙を落とし続けるフラミーにデミウルゴスは握っていた手を強く握りしめた。
「……フラミー様。私は御身のどんなお言葉にも従う準備がございます」深く息を吸い、長く吐く。「──私は御身と共に空へ上がって以来……焦がれ続けております。もし御身がアインズ様をお忘れになるためだとしても……私は求めていただいて……幸せにございます……」
「ふぇ?こ、焦がれて?……私のこと、す、好きでいてくれてるんですか……?」
え?え?と自分を眺めるフラミーにデミウルゴスは少し笑った。
「はい。深く……愛しております。例え自分のものにならなくとも」
顔を撫で、蕾の先端をちょいと指で押すとフラミーは胸を押さえた。
「わ、わたし……残酷なことを……」
「よろしいのです。それこそが私の幸せでございます」
フラミーは悩むように目を泳がせると、目を閉じしばらく黙りこくった。
「ねぇ、デミウルゴスさん……。あなただったら、あなただったら支配者じゃないから……私だけを愛してくれる……?」
目から溢れている涙をデミウルゴスはそっと手袋に吸わせると、繋いでいない手でフラミーの顔を包むように触れた。
「……愛し続けます……御身だけを……」
「そしたら……私……あの、あなたを好きになれるように、が、がんばっても……いいですか……?」
「……もちろんでございます……全ては御身の御心のままに……」
フラミーは笑うと少し泣いて、再び目を閉じた。片手で顔に触れたまま今度こそ唇を寄せると、二人は繋がった。望まれていなければ不敬だが、望まれているならば応えなければ不敬だ。触れただけの唇はデミウルゴスが軽く吸うとチュと小さな音を立てて離れた。
「全然違うきす……」
「アインズ様はいつもどうされるのですか」
「……こうしてくれた……」
フラミーは再びデミウルゴスに顔を寄せるとその薄い唇を優しくはんだ。その動きはまるで求めたくて求めたくて仕方がないとでも言うようで、アインズの心の内をデミウルゴスはフラミー越しに感じた。唇が離れると、フラミーは下を見た。
「……こうしてくれたの……」
「申し訳ありません。無粋なことをお聞きいたしました」
手を放して小さな自分の支配者をそっと抱きしめるとデミウルゴスはフラミーの背を撫でた。建物の中からアインズと守護者達の笑い声が僅かに響き漏れ聞こえる。二人は聞きたくないとでも言うように抱きしめ合った。デミウルゴスはアインズが間違いなくフラミーを愛していると解った。この二柱は理由は分からないがお互いに踏み込まないようにしている。それがアインズなりのフラミーを大切にする方法だとしたら、今ここでこうするのはフラミーの意思には従えているが、支配者の意思からは大きく外れている。
「……フラミー様。お聞きください」
「はひ……」
デミウルゴスは抱きしめたまま語り始めた。ズルくても、不敬でも、今この瞬間が最後になるのだ。
「アインズ様は御身を愛してらっしゃいます」
フラミーはデミウルゴスのスーツを握るように掴んだ。
「……ねぇ、デミウルゴスさんの愛とどっちが大きいと思う……?」
「……私は私の方が大きく深いと思っておりますが……わかりません。私は複数の妻も、恋人も、あなたといられるなら──」
フラミーはデミウルゴスから離れた。夢が覚めるときが来たらしい。
「フラミー様……」
フラミーは自分の中指から指輪を抜くと、デミウルゴスに渡した。
「デミウルゴスさん」
デミウルゴスはさらに差し出された左手とフラミーを交互に見た。
「よ、よろしいのでしょうか……アインズ様にもお聞きにならず……」
「私、ほんとは分かってるから……」
フラミーはその愛が仲間、妹、友人として深く広がっていると確信していた。デミウルゴスが自分を一人の女性として愛してくれているなら、応えたい。
「……今この時をもって我が頂点はアインズ・ウール・ゴウン様よりフラミー様へと変わりました。御身の幸せを、御身の望む全てを、御身の下へ運び続けることを誓います」
デミウルゴスはフラミーの左手薬指にゆっくりと指輪を入れた。
「御身の……望む全て……」
フラミーは繰り返しながら、それならアインズの心をと一瞬思ったが、すぐにその思考を捨てた。
「はい。何であろうと、アインズ様の心であろうと」
「で、デミウルゴスさん……」
「よろしいのです。私は幸せでございます。例え一番になれずとも、それで──」
フラミーはあまりに可哀想な息子の唇を塞いだ。どうしたらいいのか解らず、重なった唇は震え──デミウルゴスがしたように少し吸うとチュと音がなって離れた。フラミーはデミウルゴスのおでこにおでこを付けて、呼吸の重なる所で語る。
「じゃあ、私の心を取ってきて下さい。あなたを愛する心を」
「……畏まりました。御身の下へ私を愛する心を」
デミウルゴスはフラミーの顔を包むと再び唇を重ねた。デミウルゴスが口を開けると、躊躇われながらフラミーの小さな口も開かれ侵入していく。酒の甘い味がする口内はデミウルゴスを狂わせるようだった。波がぶつかる音が足元から聞こえる中、小さな水音が鳴る。
「んっ……ぅ……っはぁ……」
唇を吸いながらゆっくり離すと、やはりチュと音が鳴った。
「デミウルゴスさん……私、こう言うキスは初めてで……すみません……」
フラミーはこのNPCだって命をもって一年数ヶ月なのだから、初めてのはずなのに、自分は何を申告しているんだろうと顔を赤くした。しかし、デミウルゴスは冷静な顔とは裏腹に心の中で大波が立った。至高の支配者とはどこまでと思っていたが、よもや先程の拙いキスまでだったかと思うと、真実この支配者は自分の物になるのだ。
「私も初めてでございます……。ですが……御身に失礼にならぬよう……精一杯努めさせて頂きます……」
「わ、私も……精一杯努めます……」
「……フラミー様。御身の御心を手に入れ捧げるためにはこれから私はどのように動けばよろしいでしょうか」
フラミーは顔を赤くして暫く考えると口を開いた。
「あ、あの……思うように……して下さい……」
「畏まりました。フラミー様。アインズ様は以前私に触れ合いは人の心を動かすとおっしゃいました……。もし、御身がお嫌でなければ、私に全てをお任せいただけないでしょうか……」
急ぎすぎだろうかとデミウルゴスは思う。しかし、一秒でも早くアインズの痕跡をその身から消したかった。日々優しく触れ合っていた二人だ。フラミーの体にはきっと見えないアインズの手の痕跡が数え切れないほどあるに違いなかった。
「……全部、お任せします……」
フラミーがデミウルゴスの首に抱きつくと、デミウルゴスは抱き上げ自分の階層へ飛んだ。
「あれ?フラミーさんとデミウルゴス、ここにもいないのか……。まぁデミウルゴスの事だから何もしないだろうが……。ローブを渡すタイミングは逃したな」
アインズは桟橋に出てキョロキョロすると苦笑した。あの人の事だから、寝落ちしてデミウルゴスに運ばれたか。明日の朝フラミーの部屋に行かせてもらえばいい。アインズは宴に戻った。
デミウルゴスがフラミーを抱いて歩く姿を配下の悪魔達は再び何事かと見送った。
七階層の寝室に着くと、フラミーをゆっくりベッドに下ろしたが、フラミーはデミウルゴスの首から腕を離さなかった。
「デミウルゴスさん……あの……はじめて……ですよね……」
「……はい。申し訳ございません」
「ううん。私たち、一緒ね……」
ようやく離された腕からデミウルゴスがフラミーから体と話すと、フラミーの顔はピンクに染まり上がっていた。
「…………それは……本当にようございました……」
フラミーをヘッドボードにもたれ掛からせると、壊れ物にふれるかのように首筋にキスしていく。フラミーはぴくりと動き、震えていた。デミウルゴスにとっては全てが聖域だ。肌の出ている所、耳も手も足も、全てに丁寧に口付けを送る。ひとつキスする毎に薄紫の肌にピンク色のキスマークが残っていく。デミウルゴスはなんて美しいんだろうかと思う。左手にキスを送ると、入れることを許された薬指に輝く指輪に身を震わせた。
「フラミー様……私は必ず御身の御心を手に入れてみせます……。今すぐ手に入れ差し出せない我が身をお許しください」
フラミーはデミウルゴスのメガネを外して顎を持つと顔の前に引き寄せた。
「……許して欲しかったら、早く持ってきて下さいね……」
「御意……」
そのままデミウルゴスはフラミーと唇を繋いだ。舌を入れ震える舌と押し合う。表面はザラザラしていて唇を少し離すと口の外で舐めあった。フラミーの顎からヨダレが垂れるとデミウルゴスは慌ててそれを拭いた。
「し、失礼いたしました」
「ううん……こんなきすがあるんだね……」
フラミーの瞳はとろけていた。
「……私も初めて知りました……」
二人は瞳を開いたまま舌を出し合って舐めた。再びフラミーの口の端からヨダレが垂れていくと、デミウルゴスはそれを綺麗に舐めとった。
「っひぅ……」
フラミーから上がった声にデミウルゴスは不敬な真似をと一時停止した。
「や、やめないで……」
その言葉にギュッと目をつぶると、デミウルゴスはかつて一度結ぶことを許された背のリボンを一本だけ引いた。アインズが送ったという紺色のローブを引っ張るように脱がせ放った。フラミーの首とネックレスの間に手を入れると少し引っ張るが、魔法の装備は当然弾けることはなかった。フラミーは不安そうにネックレスに触れた。
「お任せください……」
もたれかかっているフラミーを軽く引っ張り起こすと、肩に顎を載せるようにフラミーの背を覗き込みチェーンを外した。そっと体を離すとフラミーの前に手を差し出す。デミウルゴスの手と顔を交互に見ると、フラミーも手を差し出した。かつてデミウルゴスに熱せられ溶けるかと危ぶんだそれは丁寧にフラミーの手に返された。
「いいの……?」
「もちろんでございます。全ては御身の御心のままに」
フラミーはデミウルゴスを抱きしめた。
「ごめんなさい」
「いえ。この方が御身は心を動かされると思ったまででございます」
デミウルゴスがいたずらそうに笑うと、フラミーもつられて笑った。
「本当、効果は抜群みたいですよ。ふふ」
「何よりでございます。ふふ」
フラミーが笑った事に安心した知恵者はネックレスのトップのあったところを指でトンと押して再びもたれさせた。