アインズはアルベドと共にジルクニフを尋問した。
「あぁ、そうそう。ツァインドルクス・ヴァイシオンはアインズ様を守る、謂わば守護者の一人ですのでおかしな気を起こされませんよう」
アルベドがぴしゃりと言い切るとジルクニフはギリッと手を握りしめた。竜王は手に入らない。せめて女神の離脱だけでも叶えなければ。二人が竜王の下へ向かい、何かを話す様子にため息をつく。
「……ロクシー。評議国はダメだ。もはや対等になる程に親しき仲だったらしい」
「そのようですわね。では光神陛下に焦点を当てるので?」
側近と真剣な面持ちで何かを話している女神を見た。登場時からずっと二手に分かれているようだった。女神派閥と神王派閥があることは間違いないだろう。
「……少し話してみるか」
「光神陛下をご紹介いただけないかな」
闘技場へ移動すると、神王の隣に女神は座り、何とも居辛そうにしていた。
「フラミー殿。エルニクス皇帝が話したいそうだぞ?」
「え?私ですか?」
フラミーはドラウディロン越しに少し話しをした。
「良ければ少しでも帝国へいらっしゃいませんか?」
「うーん。じゃあ、たまには側近だけ連れてお出かけしてみようかなぁ」
妙に落ち込んでいたデミウルゴスの気晴らしになるとフラミーはその話に乗る事にした。
「デミウルゴス……呉々も頼むぞ……。フラミーさんに何かあったら私は……お前を……」
「アインズ様……この命に代えてもフラミー様をお守りすると誓います。御身のご慈悲に恥じぬ働きをお見せいたします」
まるで今生の別れのように
「もーアインズさん何言ってるんですか!ほら、デミウルゴスさん行きましょ!」
デミウルゴスは何度もアインズを振り返って出かけていった。
その後デミウルゴスはラナーから齎される情報を駆使してなんとか支配者の慈悲に応えることが出来た。つまり、帝国は神聖魔導国へと名前を変えた。この一週間何度も冷や汗をかきながら、乗り切った。ジルクニフの頭を踏みつけるとデミウルゴスは帝城の中庭で遊ぶフラミーの下へ向かった。
「フラミー様!お待たせいたしました。アインズ様のお望みをなんとか叶える事ができました」
「わぁ、すごいデミウルゴスさん。本当賢い!ふふ、アインズさんもきっとすっごく喜びますよ!」
「そうだとよろしいのですが……はは」
フラミーは嬉しそうに笑った。アインズの喜ぶ顔を思い浮かべると少し幸せな気持ちになる。そしてデミウルゴスが切羽詰まった顔をようやく綻ばせたことが嬉しい。フラミーはここに来て普通に食事をして寝るだけの生活を一週間過ごした。武王も見に行ったし、お外でご飯も食べた。実は結構帝国を気に入り始めている。神聖魔導国になればまたいつでも遊びに来られるだろう。二人はアインズに監視されているとも知らず、運良く少しも触れ合わずに過ごした。
周りは豊潤な季節の秋に育てられた真っ赤なバラが大量に咲き誇っていた。デミウルゴスは美しい光景だと思う。
「フラミー様は赤もお似合いですね」
「えへ?デミウルゴスさん程じゃないですよっ」
フラミーは一つバラを切ると棘をポキポキ落としデミウルゴスの胸につけた。
「はい、ウルベルトさんとおそろい」
「……ありがとうございます。ナザリックへ戻り次第
「今掛けてあげますよ!」
デミウルゴスは跪き胸に手を当て頭を下げた。
「はは、そんな風にしてたら掛けられないじゃないですか」
フラミーは笑うと顔を上げさせ、デミウルゴスの胸に杖を当てるとバラに魔法を掛けた。
「あ、ありがとうございます……。お手数おかけいたしました」
デミウルゴスはこの胸を打つ早鐘も変わらぬように魔法を掛けられたんじゃないかと思う。目の前の存在から視線を外すことが出来ない。ゆっくりフラミーの右腕に触れると、そこにはアインズから贈られたネックレスがあった。これは仲間の証だと馬車で話してくれた。これを外させる事はギルド、アインズ・ウール・ゴウンへの冒涜だとデミウルゴスは理解している。
しかしその身に触れるこれが疎ましい。ブレスレットになったそれとフラミーの腕の間に指を滑り込ませる。これのせいでいつまで経ってもフラミーの心は手に入らないんじゃないか。フラミーは滑るように腕に触れられる感触に少しだけ羽を震わせた。
「フラミー様……お許しください……」
跪いたままのデミウルゴスはフラミーを引き寄せて地に膝を付けさせた。不敬だ。抱きしめると、フラミーが嫌そうに体を離したがった為力を緩める。フラミーはデミウルゴスを押し、自分の望む距離まで離れた。
「も、申し訳ありません……」
「あの、お花つぶれちゃいますよ」
フラミーは困ったように笑うとツンツンとデミウルゴスの胸を突いた。
「っ……。失礼いたしました」
「ははは、大事にしてくださいね。なーんて今採ったなんでもないお花ですけど」
「いえ。これ以上尊き花などこの世にありましょうか……」
デミウルゴスはフラミーの顔を包むと酒宴会以来始めて唇を重ねた。風が立ち、赤い花びらを舞い上げる。酒の味はしないはずなのに、フラミーは甘かった。バラの香りが立ち込めると、デミウルゴスは背後に濃厚な主人の気配を感じた。一度強く目を閉じるとここまでだと自分の命が終わる時を自覚し唇を離した。
「フラミー様。愛しております。愛しておりました。この先も、私がどのようになろうと愛し続けております。そして、ウルベルト様も御身を愛してらっしゃいました。今思えば、私は生まれた時から御身に全てを捧げよと言われていたような気がいたします。どうかいつまでもお元気で、アインズ様と仲良く」
デミウルゴスは一気にそういうとフラミーを離し、ポロリと宝石を一つ目から落とした。
「で、デミウルゴスさん……?」
慌ててキャッチしたそれはデミウルゴスの涙だった。
フラミーに背を向け、悪魔は現れたアインズに向かって跪き直すと深く頭を下げ首筋がよく見えるようにした。
「デミウルゴスよ。お前の働き、見せてもらったぞ。見事だった」
「畏れ入ります。ですが、御身がフラミー様といらっしゃっていれば三日で事は済んだでしょう。私は一週間ものうのうと遊んで過ごしただけでございます」
「……そのような事はない。それよりもデミウルゴスよ。お前はそれを余程愛しているのだな」
「……不敬ながら」
「不敬かどうかは私が決める事じゃないだろう。フラミーさん……」
フラミーは友人に、兄にこんなところを見られて恥ずかしかった。
「えへへ、恥ずかしい」
アインズに手招かれ、そちらへトテトテ向かうと、アインズはフラミーを引き寄せて力一杯抱きしめた。
「フラミーさん……フラミーさん……」
「あ、あいんずさん?」
アインズは骨で来ていて良かったと思う。思えばずっとこの人は自分とデミウルゴスで悩んでいたような気がする。どこで間違ってしまったんだろうか。失いたくない。しかし、残りの三十九人もまだ来るかもしれない。もしもう良いと一度でも口にしていたら納得できなかった気がする。デミウルゴスと居るのでもなんでも良いから、ナザリックを離れないで欲しかった。
「フラミーさん……どうか、ずっとナザリックにいてください……。俺は、俺はあなたをずっと大好きで、だけど、言えなくて、とにかく、本当に……ここにいてください……」
人だったら泣いていただろう。
「えへ?変なの。ずっと一緒にいるって、ここで生きるってお約束したじゃないですか。ギルマス。私も大好きですよ!」
「っ……ありがとうございます……」
アインズはその言葉はフラミーからの決別だと解った。
「アインズ様……フラミー様……」
「……デミウルゴスよ。お前はこの人を幸せにしろ。至上命令だ……。万一間違えばその瞬間私はお前の首を刎ねる。そしてあの日に言ったこの人のみを愛するという言葉を違えても私はお前を殺すだろう。この人の重みを知れ……」
デミウルゴスは再び頭を下げた。
「アインズさん、娘をお嫁に出すお父さんみたい。ははは」
フラミーの少し場違いな笑い声は、アインズの間違えて来た触れ合いを嘲笑うようだった。
「本当にすみませんでした……。俺はもっと早く素直にならなきゃいけなかったんだ……あなたは待っててくれたのに……」
「あいんずさん……?一体何の……」
「ああ……俺幸せだったんだ……でも、あなたがここに居てくれるなら、それ以上望みません。ここを離れたいなんて思いもしないくらいに、絶対にデミウルゴスに幸せにしてもらって下さい……。ウルベルトさん……あんたはいっつも俺を超えるじゃないですか……もう……本当早く来ないと嫌いになりますよ……」
抱きしめたまま語るアインズの言葉に、フラミーは少し体を離した。
「あいんずさん……あなた……まさか……」
「……好きです……でももう、良いんです。俺は、あなたが家族や仲間や友達や、色々なものを手に入れて行く姿を見ていきたいから……」
フラミーはあの日の決断をわずかに後悔した。
「あいんずさん……あいんずさん……私……私も……私も──
──逡巡──
──私も……大好きでした……」
アインズはあの日の口付けは嘘じゃなかったと思うとそれだけで幸せだった。
「ありがとうございます」
二人は抱きしめ合った。
「デミウルゴス。立ちなさい。お前がこの人を連れて帰るんだ。お前は今日からこの人の帰るところになったんだから」
アインズはナザリックへ帰った。
「舞踏会ですかぁ?」
「俺はアルベドと踊りますよ。あぁあ。フラミーさんと踊りたかった……。アルベドなんて猛獣なのに……うぅ……」
「何いってんですかお父さん!」
フラミーはあれ以来すっかり人の身にならなくなったアインズの骨の頭をパシンと叩いた。
「ふ、フラミー様!アインズ様にそのようなことをされてはいけません!!」
デミウルゴスは困った嫁さんの右手首を掴むと後ろに引き寄せた。
「申し訳ありませんでした、アインズ様」
「そう思うなら少し俺と踊らせてくれよ、フラミーさんと」
意地の悪い視線を送るとデミウルゴスは慌てたようにフラミーとアインズを交互に見た。
「嘘だよ。はぁ。全くあれからもう三ヶ月か……いつかは二人に子供ができたりするんだろうかな。繁殖実験はしてるのか?」
アインズは顔を赤くする二人を見て、聞くんじゃなかったと心底後悔した。