「はひ〜お店の中あったかいです。」
フラミーがグルグルに巻いてあるマフラーを取るとウルベルトはじっとその顔を見た。
フラミーは年下だと実感する顔をしていて、コートの下からは華奢そうな体が現れた。
ウルベルトはこの見た目じゃ男を警戒するのも無理ないなと言う思いと同時に、この生き物は自分の見た目が可愛いとか、男心をくすぐるだとかは無自覚だろうとも思えた。
「あ、モモンガさん、コート掛けますよ!」
「あぁ、フラミーさんすみません。」
フラミーはモモンガからコートを受け取り、ハンガーに掛けると背伸びをして壁に付いているフックに腕を伸ばした。ちみっこいせいでなんとも危なっかしく、ウルベルトが手を出そうかと迷っていると、モモンガが手を出した。
「――あ、やっぱり俺がかけますよ。」
「むむ…すみません。」
「いえいえ、お気遣いありがとうございます。」
モモンガはフラミーの後ろから自分のコートのかかるハンガーを回収し、ひょいとフックにかけた。ウルベルトの中には分かり易く、もやりとした気持ちが広かった。
二人の事を見ていると、ヘロヘロがウルベルトへ手を伸ばした。
「ウルベルトさんもコートかけますよ〜。」
「ん、ありがとうございます。」
隣にいるヘロヘロの気楽な声に軽く頭を下げ、コートを渡すとウルベルトは座った。
「フラミーさんはコート掛けないで良いんですか?」
「あ、私は膝にかけておきますから。」
「寒いですか?俺のコートも使います?」
「いえ!大丈夫です。」
何ともギルマスのできる男な雰囲気はよくない。
(こいつ本当に童貞か…?)
モモンガではなくヘロヘロがフラミーの隣に座れば良かったのに。
「さて、何か頼みますか。」
メニューをペラペラとめくる斜め向かいのギルド長、隣に座るヘロヘロ、正面にいるフラミーは顔を寄せてあれこれと話し合った。
そんな中、ウルベルトはモモンガに疑いの目を向けていた。
「モモンガさんって、フラミーと二度目まして?」
「ん?いえ、今日が初めましてですよ。」
「お前ら妙に近いじゃん。」
モモンガとフラミーは目を見合わせるともそもそと離れた。
「あーなんか初めての感じしなくて。はは。すみません。」
「いえ、私もすみません。モモンガさんのこの優しそうな目見たら、なんか。」
何か深い場所に繋がりを感じている雰囲気だった。
(…フラミーってやっぱりモモンガさん好きなのかな。いや、モモンガさんがフラミーを好き…?)
敵に塩を送っている気がした。
店員がほかほかのお絞りを持ってくると、モモンガとヘロヘロが適当に注文した。
すぐに肝臓を壊しそうな酒と烏龍茶が届き、一先ず四人は乾杯した。
お茶をしようと誘ったが、お茶をしているのはフラミーだけだ。
「はぁ、昨日は何事かと思ったけど、ウルベルトさんが普通で良かったな。」
モモンガは人の良さそうな顔をして笑った。
「昨日だって別に普通でしたよ。なぁ?」
「えっ、えぇっと…んー…。あんまり、普通ではなかったかな…?」
フラミーが遠慮がちに言うとウルベルトは若干怯えられている気がした。
「フラミー、何もとって食やしないって。ほら、食え。食え食え。お前好き嫌いは?」
ウルベルトは来た食事をぽいぽいフラミーの皿にとった。
「あ、ありがとうございます。好き嫌いないです。なぁんでも食べます!」
フラミーは人懐こい顔で笑い、ウルベルトは数秒それを眺めた。
(かわいい…。)
思わずへらりと口元が緩んだ。
「ウルベルトさ〜ん、俺もそれ食べたいです〜。」
ヘロヘロの眠そうな声に我に返ると仕方なく取り分けてやる。そうなるとモモンガだけ取らないのも悪いので結局ウルベルトは配膳係になった。
「モモンガさんも何でも食うよな。」
「なんでも食べます。ありがとうございまーす。」
モモンガにも食事を取り分け、四人はしばし世間話をした。
テーブルに固形のちゃんとした食事が並ぶと言うのはやはり良いものだ。
外食でもお洒落なカップに液状食料を出す店は沢山あるし、この店だって液状食料も出す。
大抵皆こうやって固形のバカ高い食事をとり、液状食料をシメに頼んで腹を膨らませるパターンが多い。
「そういえばフラミーさん最近転職したんですよね?俺もフラミーさん見習って転職しようかなぁ…。」
ヘロヘロからの新情報にウルベルトはまた知らない話しだと思った。
「――ん?転職?そうなのか?」
「はひ!実はこの近くに会社があるんです!そういえば、この間ここら辺からアーコロジー入ったんですよ!木が生えててびっくりしました!」
「やれやれ、お前本当に聞かなきゃ何にも言わねーな。――木にびっくりって、本物の木、初めてだったのか?」
アーコロジーの中には汚れた雨が無尽蔵に降り注ぐことはないので木々も育つ。ともすれば飲めてしまうほどに綺麗な水が雨として降るのだ。あの中はあるべき地球の姿を留めている。
外に暮らす者は雑草は見たことがあっても、木は見た事がないと言う者も多い。
「そうなんです!見てください、こんな可愛い枝が落ちてて、もらって帰っちゃいました。」
フラミーが写真を見せると三人は顔を寄せてそれを覗き込んだ。
そこには海のポスター――おそらく前に自慢していたお気に入りのやつだろう――と、木の枝が二本。
「あ、この写真前に送ってくれましたね。ふふ、このポスター本当良いな。」
モモンガは見覚えのある写真らしかった。
「フラミー、これ枝貼ってんの?」
「そうですよ!可愛いでしょう!」
「本当可愛いな。枝自体よりそんなことしてるお前が。」
フラミーはぽかんとウルベルトを見た。モモンガとヘロヘロも顔を赤くしていた。
「あぅ…何言ってるんですかぁ。」
「はは、本当に。枝貼ってんのなんてフラミーくらいしかいないだろ。――あ、そうだ。これお前にやろうと思って買って来たんだ。」
ウルベルトはそう言って鞄のそばに置いてあった筒を差し出した。
「…こりゃなんですかい?」
「だからなんでお前はたまに老人になるんだっつーの。ん。」
筒を差し出すとフラミーはそれを受け取った。
そして望遠鏡のように筒を覗き込んだ。
筒の中で目が合う。
「むぅ、よく分かりません。」
「開けてみ。別に大したものじゃないし、それ受け取ったからって言ってどうこうしたりしないから。」
フラミーは隣のモモンガにも確かめるような視線を送った。
「俺達も中身気になります。せっかく貰ったんだし、開けましょうよ。」
保護者からの許可も出るとフラミーは筒を包むビニールを破かないように一生懸命に何度もしごいて剥いていった。
妙な気分になった。
モモンガと目を見合わせ二人でぽりぽりと頬をかいていると「わぁ!」という感嘆によって、筒をしごく時間が終わったことが告げられた。
「海と空のカレンダー!」
「な、大したもんじゃなかったろ。」
「いいえ!すっごくすっごく良いものです!」
フラミーはカレンダーでグラスを倒さないように気を付けながらめくった。
「綺麗!ウルベルトさん、ありがとうございます!いくらですか!」
「…いや、やるもんだから値段とか聞かないで。」
「いえ!こんな良いものタダでなんてもらえませんよ!」
興奮したような声音にウルベルトは得意げに笑った。
「じゃあ、めくるたびに一枚づつ返してくれれば良いよ。月に一枚さ。俺はお前が見た綺麗な景色、一月遅れて見るから。」
フラミーは頷いた。
「分かりました。毎月お返しします!」
「んじゃ、まずは年超えたら一番上のこの表紙返してな。」
「でもそれって、もう再来週とかですよ?」
「知ってる。再来週また会おう。」ウルベルトは言いながら本当は明日だって良いけどと思った。「――モモンガさんも再来週、年明けに新年会良いですか?」
ヘロヘロはいつの間にか寝ていて、たまに「納期ぃ…」と呟いている。
「はは、良いですよ。俺は一緒に新年過ごす人もいないし、いつでもウェルカムです。何だか楽しくて良いですね、定期オフ。」
「モモンガさんも来てくれるって。どう?フラミーは。」
「はひ!行きます!」
不覚にも肉親のいない三人だった。
そしてウルベルトは閃いた。
「………二人共さ、元旦は俺んち来ない?餅とか買って見るからさ。」
「「え!!友達の家でお正月…!!」」
二人は声を合わせてそう言ってから、うーむと唸った。
モモンガはそこに自分がいるのは非常にウルベルトの邪魔な気がしたから。しかし、フラミーを一人ウルベルトの家に行かせるのにも多大なる不安があった。
フラミーは男の人達と、それも一人は自分を好きかもしれない人の家で過ごすなど流石にどうかと思ったから。それに、一人暮らしをしている人は正月は
「うーん、私やっぱり…。」
「フラミー…。モモンガさんと後…そうだな、ヘロヘロさんと茶釜さん、ペロロンチーノも呼ぶよ。茶釜さんがいれば良いだろ?」
ウルベルトは普通の家を見せてやりたかった。
「茶釜さん!茶釜さんも来てくれるなら行きます!」
ウルベルトは内心ガッツポーズをした。
今年の大掃除は本気で取り組まなければ。
「じゃあ、カレンダーの表紙だけ持って遊びにおいで。」
「わかりました!私、なるべく綺麗に使いますね!」
表紙には十二月のカレンダーが小さく付いていた。
「いいや、見られて嫌じゃなかったらたくさんお前のこと書き込んでよ。日記みたいになるくらい。」
ウルベルトは頬杖をついて愛しげにフラミーを眺めた。
「私の日記なんて楽しくないですよ?」
「楽しいよ。俺はお前のこと何でも知りたいのに聞かなきゃ教えてくれないからちょうどいい。」
フラミーはカレンダーとウルベルトを交互に見ると、少し顔を赤くして頷いた。
「ん、私、ウルベルトさんに私の事教えます。」
「ありがとさん。嬉しいよ。」
思い付きで買ってきたカレンダーだったが良い
ウルベルトは自分のセンスを称賛した。
ようやくフラミーはウルベルトとの事をちゃんと考え始めたようで、良かったと心底思った。
「フラミー、好きだ。お前の夢俺に全部叶えさせてよ。」
モモンガは最後の唐揚げをぽろりと落とした。
「あ、あの、わ、わたし、まだ…。」
「解ってるよ。どうせ俺が男だって認識したのも今日会ってからなんだろ。」
フラミーは真っ赤にした顔で小さく頷いた。
「だと思った。よく考えてみてくれよ。俺とのこと。」
もう一度フラミーが「はひ」と頷くとウルベルトは腕を伸ばしてその頭にポン、と手を置いた。
「ありがと。昨日はごめん。ちゃんと最初から会って言えば良かったのに。」
「ぃぇ…そんな…。」
うりうりと撫でるとフラミーの体も声も小さくなっていった。
モモンガはどことなく疼きを感じながらその様子を眺めていた。
「さて、ヘロヘロさん起こしてそろそろ帰りますか?」
もう店に入って二時間半は経っていた。
「そうっすね。明日も平日だし。」
モモンガはヘロヘロを揺すって起こすと、肩を貸して立たせた。
「モモンガさん、俺、会計してきます。」
ウルベルトは革靴にぎゅうぎゅうと足を詰め込み、レジで携帯をかざした。
引き落とされた音がすると残高を確認した。
「…今月はもう課金はやめとくか。」
フラミーはもちろん、付き合ってくれたモモンガとヘロヘロからも会費を取るつもりは無いのでウルベルトの財布には痛恨の一撃だ。
頭の中で事務所の家賃を弾き、領収書をポケットにねじ込んだ。
店の前でひとしきり、払うだのいらないだのの下らないやり取りをすると、四人は駅に向かって歩いた。
「あの、ウルベルトさん。」
「…どした?」
やっぱりあなたは
「少しだけ待っててください。私、ちゃんと考えますから。」
思わず安堵の息がこぼれそうになった。
「お前が良いって言ってくれたらすぐにでも迎えに行くよ。でも、俺に悪いから付き合うとかは考えんなよ。」
「ありがとうございます。」
ウルベルトとモモンガに肩を貸されていたヘロヘロは身悶えた。
「…せいしゅん…!」
その後家に着く頃、フラミーからはお礼のメッセージが届いていた。
タップして開くと箱の絵が表示され、ポンっと弾けて中から鳥やウサギ、ハリネズミが飛び出した。
短い演出が終わると、今日の食事代の四分の一より多いくらいの金が送られてきていた。
「…っち、律儀だな。」
飯の一つくらい奢らせて欲しかった。
「何々…ウルベルトさん、今日はありがとうございました…すっかりご馳走になっちゃってすみません……。なってねぇだろ。送金しやがって。いい子かよ本当に…。…元旦も楽しみにしてますね…またユグドラシルで…。」
そう読みながら、ウルベルトはベッドの上で携帯を握り締め、ニヒニヒ言った。
「へへ…はぁ〜ほんっと良いやつ。」
「だから、頼むから元旦うち来てよ、茶釜さん。」
「うーん、まぁ、家族で過ごすからあんま長居は出来ないけどいいよ。」
茶釜の返事にウルベルトは三日連続のガッツポーズを決めた。
そしてペロロンチーノは楽しげに過ごすフラミーを眺めながら呟いた。
「つーか、そこまで言ったのにウルベルトさん、付き合えてないって実質振られてるよね?」
「…うるさい。まだ査定中だっつーの。」
フラミーが査定しているのはウルベルトの事ではなく、ウルベルトを想う自分の気持ちだ。
「前向きですねぇ〜!査定終わってもギクシャクだけはしないでくださいよ!!」
ペロロンチーノのそれを聞くと、ウルベルトは少し考えて突っ込んだ。
「……振られる前提かよ!!」