「っく…このお宝を捨てるのか…?俺は…!」
宇留部は部屋で袋とじのエロ本を握り締めていた。
一時は廃れたエロ本文化だったが、全ての閲覧、購入情報がビッグデータに残る昨今、再び盛り返してきている。就職の時に危険な性癖――犯罪を起こしそうじゃないかなどを確認されたりするし、皆エロ物の取り扱いには慎重だ。
特に宇留部は人を調べる仕事をしているせいもあり、いつか自分も調べられるという危険も考え、もっぱらデータよりエロ本派だ。
中でも「捨てられていたエロ本」と言うのは社会に自分がエロい人ですと履歴を残さずに手にできるので、見つけると男は大抵誰もが百五十年前の中学生のように大喜びで拾う。ここにきて原点回帰だ。
ペロロンチーノは恐らく相当エロい履歴が残っていることだろう。ただ、あれ程オープンならどれだけエロゲーを買って、その痕跡があっても気にならないのだろうが。
悩んだが、宇留部はお宝を資源ゴミに分類した。
「…ふ。」
本当にフラミーをここに住まわせるならばこれは結局いつかは処分しなければいけないのだ。
――いや、そうだろうか?
隣でフラミーが寝ていても手を出さないようにせっせと自家発電するならばむしろ今より必要な物ではないか。
宇留部は
資源ゴミ行きにしようとしたエロ本を秘密の箱にしまうとベッドの下に隠した。
「ふぅ。こんなもんか。一段と片付いたな。」
宇留部は実に満足そうに部屋を見渡した。
宇留部宅は玄関を入ると短い廊下があり、風呂、洗面、トイレ、小さなクローゼットがある。
居室に入るとすぐ右にカウンターキッチン、左にベッド、奥にソファとローテーブル、フルダイブマシンとゲーミングチェアだ。
ベッドもソファも収納が付いている。
もしフラミーを住ませるとしたら、部屋の奥にあるソファコーナーを明け渡して手前のキッチンとベッド、ゲーミングチェアのあたりだけウルベルトの利用可能地帯としよう。
「…ま、住みたがらないかもしれないけど…。」
宇留部は数日前に大掃除を終わらせ、さらに綺麗になった部屋でため息を吐くとゲーミングチェアに座った。
「どれどれ…。」
今頃ナザリックは年越しカウントダウンに向けて賑わっている頃だろう。
ログインして見れば、円卓の間には誰もいなかった。
左下に表示されているチャット画面に三十九人分の挨拶が高速で流れるのを見た。
「俺が最後だったか。」
ナインズ・オウン・ゴールの創設時にいた九人のうちの一人はたっち・みーと揉めて引退してしまった為に四十人分の挨拶が見られる日は二度と来ない。
あれ以来ウルベルトとたっち・みーの確執は大きなものとなった。モモンガもその日からパンドラズ・アクターを作って、全員の姿を覚えさせるなんて言ったりもした。
ウルベルトは流れてくる挨拶の中の一文を読むと転移の指輪を使った。
――年越しと同時にワールド中に打ち上げ花火食らわせますよ。皆地表部です。
地表部にすぐに転移すると、そこにはガルガンチュアが出ていて、膝を立てて座っていた。空に向けて広げた手のひらに大砲のようなマジックアイテムが並べられていて、三十九人が腕や膝や掌の上にいた。
「お、来た来た!ウルベルトさん、やっぱウルベルトさんの魔法じゃなきゃだめだわ!これに最強火力の魔法込めてください!!」
大砲をバンバン叩くばりあぶる・たりすまんに軽く手をあげると、ウルベルトはその場をキョロキョロと見渡した。
「任せとけ、それよりフラミーは?」
皆それを聞くと、ははーんと笑った。
「おーい!フラミーさーん!婚約者がお呼びだぞー!」「誰かフラミー呼んで下さい。」「婚約者いないとウルベルトさん仕事しないってよ!」「ウルベルトさんの青春どこ行った?」
「あー…やめてくださいよ、あいつに悪いでしょうが。」
まだ付き合ってもいない。
毎日そこら中で好きだと言い続けていたらこんな事になってしまった。ギルド内でウルベルトがフラミーを口説いていると知らない者は一人もいなかった。
ウルベルトは追い詰めるつもりでは無かったので、断り辛い状況にしてしまった事を少し反省していた。
「は、はーい!ウルベルトさん、こんばんは〜。」
「フラミー、ごめん。皆知能低いからさ。あんまり周りは気にすんなよ。」
「知能ですか?」
知能高いのもいますよーとタブラと死獣天朱雀が言った。
「そ、知能。」
フラミーは分かったのか分かっていないのか納得したような声を出した。
「あぁ!ワールド中爆撃するなんて、まともな知能じゃできませんよね!」
やはり分かっていないようだ。しかし、気にしていない事の裏返しだと思うとウルベルトの気も紛れる。
「――はは、まぁな!見てろ、最強の魔法込めるからな!」
ウルベルトは魔力を高めるバフを自ら唱え、重複しない魔法をフラミーやモモンガ、タブラからも送られた。
タブラはモモンガよりも火力のある
ワールド最大火力の魔法を大砲に一撃づつ込めていく。
「ワールド中がひっくり返るぜ!年明けから戦争だ!!」
5――4――3――2――――――。
新たな年をむかえると同時にそこら中に向けてウルベルトの魔法が打ち出された。
「ハッピーニューイヤー!!」
邪悪な仲間たちと共に口々に新年を祝った。
未来なんて何の希望もない。
地球はもうだめだ。
それでも新たな年を無垢に祝ってしまう。
ウルベルトは世界中に満ちる重苦しくどす黒い空気を思い出し、誰にも聞こえないような小さなため息をフッと短く吐いた。
「ウルベルトさん。」
「――ん?どうした?」
「今年もよろしくお願いします。大丈夫ですよ、去年はたくさん頑張ったから、きっと今年は少し何かが良くなります!」
「…前にも行ったけど、努力すれば上に行けるなんてデマを信じる奴なんかお前以外にはいないさ。だけど、お前が俺のそばにいてくれるなら――いや、遊んでくれるなら少なくとも最悪な年にはならなそうだ。」
「遊びましょうね、たくさん。」
「あぁ、たくさん遊ぼうな。」
二人のアバターが静かに話す間も辺りはお祭り騒ぎだった。
それから、間も無く大量のプレイヤー達が地表部に押し寄せた。
中央霊廟入り口にガルガンチュアを座らせ、侵入を阻み、三時間程戦争に明け暮れた。
これでもかとプレイヤー達をキルし、死んだプレイヤー達のドロップする装備を回収して素晴らしい年明けを迎えたのだった。
追撃がなくなる頃には皆が眠くなってきたねーと漏らした。
そこでウルベルトはハッとした。
「――あ!!おい!フラミー!モモンガさん!ペロロンチーノ、茶釜さん!!もう寝ないで今すぐ俺んち来い!!今寝たらもう元旦台無しだ!!」
変態姉弟は早い時間に帰らなければいけないのに、昼過ぎまで寝たりしたらフラミーが帰る時間もそれだけ早まる。
四人は眠そうに「ふぁ〜い」と怠そうな返事をした。
ヘロヘロはとっくに落ちている。可哀想なことに彼は元旦の今日も元気に出社するらしい。
四人が落ちたのを見送ると、ウルベルトはそわそわした。
最悪フラミーは寝落ちし、元気な姉弟と、来た瞬間寝そうなモモンガの三人だけが来る気がした。
盛り上がったとは言え、流石にオールはやらかした。四人に細かくメールを打ち、寝ないように会話をした。
三十分程経つと、ピンポンっと一人目の来訪者が来た。
「モモンガさんかな。やっぱ一番近いだけあるな。へいへーい。」
扉を開けると眠そうな目をこするちっちゃな生き物がいた。世界は僅かに白み、初日の出を迎えようとしていた。
「あ…ふらみんご…?」
「ふぁ〜…ふぅ、おはようございまぁす。」
もう後の三人は寝てても良いと思った。いや、寝ていろ。
初めて会った時と同じマフラーをぐるぐるに巻いた姿で、ウルベルトを見上げていた。その手には丸められたカレンダー。
鼻の頭がやはり真っ赤に染まって、眠いのか細い目をしていた。
「皆さんもう来ちゃいましたぁ?」
「い、いや。お前がさいしょ…。」
フラミーの細かった目は途端にぱちりんこと大きく開き、寒さで赤い顔は更に赤くなった。
「あ、わ、わわ…。」
「……とにかく入る?あ、いや。屋上で日の出でも見るか。」
ウルベルトはスリッパを履くと、フラミーを手招いた。
何階か上がっていくと、屋上に上がる階段の前には「点検者以外立ち入り禁止」とチェーンが掛かっていた。
ウルベルトは平気でそれを跨いだ。
「ほら、フラミーも来いよ。」
「あの、でも入っちゃいけないって。」
「気にすんなって。良いか?俺らは親切な入居者さんだ。何故ならわざわざ元旦に屋上の点検をするんだからな。」
ウルベルトはユグドラシルの時とあまり変わらない気持ちでフラミーに手を伸ばし、ニカリと笑った。
「はは、悪い人ですね。点検隊隊長は。」
薄紫色の手袋に覆われた手はウルベルトの手をとった。
寝ていないせいで頭がふわふわしていたウルベルトは感触があったことに驚愕した。
「ウルベルトさん?」
「あ、いや!行こう。」
チェーンを跨ぐのを手伝い二人は屋上に上がった。
既に見え始めた初日の出は汚い空気に大いに阻まれ、ぼやぼやと滲むようで、輪郭を捉えられなかった。
視界の端には暖かそうなアーコロジー。
ウルベルトは何とも微妙な景色だと思ったが、「わぁ!綺麗ですねぇ!」
フラミーのその言葉を聞いて頬を緩めた。
何を見ても綺麗だと言うフラミーはウルベルトの嫌いな汚れた世界を綺麗に染め直す天使だった。
繋いだままのフラミーの手袋越しの手は温かかった。ウルベルトは繋いだ手を親指で少し撫でた。永遠にこれが離れなければ良いのに。
太陽は昇り始めると、愛想もなくあっという間に朝を運んだ。
「フラミー、来てくれてありがとう。」
「ううん、呼んでくれてありがとうございます。こんな素敵なものも見せてくれて。」
「お前に言わせればなんだって素敵だろ?」
「む、そんな事ないですよ!素敵じゃないものもあります!」
「ははは、それはそれで気になるな。」
二人で目を細めると、ひゅおっと風が吹き、ウルベルトはくしゃみした。
ジーパンに黒いフード付きトレーナー、足元はスリッパでは流石に厳しい。繋いでいない方の手はポケットにねじ込んである。
「はぁ…さみぃ…。」
「お部屋に戻りましょう、皆さんすぐ来ますよ。」
「良いの?」
「はい!ウルベルトさん、今のままじゃ風邪引いちゃいますしね。」
今度はフラミーに引っ張られるようにして、階段を降った。
よいしょ、と二人でチェーンを跨ぐと手は離された。
夢の覚める時間だなとウルベルトは名残惜しく思いながら部屋のある階まで降りた。
部屋に入ると、知らない靴が三足並んでいた。
「…鍵開けっぱだったけど、あいつら勝手に入ったのか。」
スマホをちらりと確認すれば、寝た?、早く、寒い、入っちゃいますからね?、叩き起こすよ☆、と大量にメッセージが入っていた。
「はは、まぁまぁ。寒かったでしょうから。」
「ん、そうだな。」
スリッパを適当に脱ぎ、鍵を掛けようと扉に手を着いた。
「――ぁ。」
玄関扉の前にいたフラミーと至近で目が合うとウルベルトの心臓は爆発するように鳴り響いた。たった腕一本分の距離にフラミーはいた。
「フラミー…。」
寒そうに赤くなっている頬に触れる。リアルのフラミーにはやはり、ユグドラシルのフラミーと違って感触があった。