ウルベルトは扉についた、たった腕一本の距離にいるフラミーの瞳を覗き込んだ。
「フラミー…。」
寒そうに赤くなっている頬に触れるとCGと違って感触がある――が、触れた瞬間フラミーはピクっと肩を震わせ、瞬間我に返り触れていた手を退けた。
「ごめ!ちが――ただ、寒そうだなって!」
「はぅ。ウルベルトさんの手、すごく冷たくってびっくりしました。寒かったですね。すみません。」
フラミーはへらりと笑った。
「…寒かったけどお前の手が温かったから平――」
「ウルベルトさぁーん…寒かったですよぉ〜…。」
恨みがましいような声に、今度はウルベルトが肩を揺らし、短い廊下の先の扉へ振り返った。
ペロロンチーノが部屋から出てきたところだった。
「ンン。悪い。もう少しかかるかと思ってフラミーと初日の出見てた。」
「お!初生フラミーさん!俺ペロロンチーノ!」
ペロロンチーノは少しも話を聞いていなかった。
「ペロロンチーノさん、あけましておめでとうございます!」
「へへ、あけおめです。ウルベルトさん、口説き落とせた?」
「まだだっつーの。」
ウルベルトはぶっきらぼうに答えた。口説き落とせそうなタイミングで現れた男に聞かれたくない。
「えぇ〜。まだかぁ。」
ペロロンチーノはそう言うとトイレに入って行った。
「兎に角、寒いだろ。フラミーも入って。」
「はぁい!」
フラミーは律儀に就活生のように玄関でコートとマフラー、手袋をとってから靴を脱いで家に上がった。
そして軽くしゃがむとウルベルトの脱ぎ散らかしたスリッパと共に靴を揃えた。
「お邪魔しまぁす。」
その身に染みているような仕草はまるでこの人がいい家のお嬢さんなんじゃないかと思わせる。
「お前、そう言うのどこで習ったの?」
「え?そう言うのって?」
「靴揃えるとか、コートを家の中で脱がないとかさ。なんつーか、うーん。親がいないとあんまりそう言うの気付かなそうだなって。」
フラミーは、あぁ、と笑った。
「一緒にいる人が皆他人だったら、皆でお行儀良くルールを守らないと諍いが起きちゃうじゃないですか。誰がルールを破ったとか、誰がちゃんとしてないとか、そう言うの、たくさんあるんです。」
ウルベルトはフラミーの頭にポンっと手を置いた。
「確かに、納得。変なこと聞いて悪かった。」
「いえ、何にも!」
本当に何も気にしていない笑顔だ。
部屋の扉を開けると、付けっぱなしにしておいた暖房が生んだ暖かい空気が廊下に流れ出た。
同時に中から「ウルベルトさーん、勝手に入ってごめんねー」「あけましておめでとうございまーす」と茶釜とモモンガの挨拶が聞こえた。
「さ、入って。」
部屋に踏み入れると、フラミーは目を丸くした。
「わぁ…本当に広い…六人で暮らせる…。」
「いや、これが一人の普通なんだって。」
「フララあけおめー!遅かったね。」
「あ、茶釜さん、あけましておめでとうございます。屋上で日の出見させてもらいました!」
「ははーん、いつもの綺麗なもの見せてやる、か。」
「フラミーさん、あけましておめでとうございます。それ、カレンダーですか?」
「モモンガさんもあけましておめでとうございます!ふふ、よく気付きましたね!」
手に持っているカレンダーに気付かない者がこの世に存在するだろうか。
フラミーはカレンダーの筒をびっとモモンガに見せつけ、そのままウルベルトに差し出した。
「――はい!ウルベルトさん。お返しします!」
「はは、サンキュー。」
カレンダーの表紙が手渡されると、ウルベルトはゆっくりとそれを開いた。
「それが噂の強制オフ会カレンダー!ウルベルトさん私も見たーい!!」
「後でな!!」
ウルベルトは十二月のおまけのようなカレンダーを見た。
――そこには、今日はウルベルトさんと何を狩っただとか、誰を襲っただとか、どこに連れて行ってくれただとか、どんな事を言ってくれただとかが丁寧に小さな字で書かれていた。他にも、会社の近くでイルミネーションが始まったとか、暮らしているアパルトマンのお隣さんと少し話したとか、新しい靴下を買ったとか、フラミー情報の宝箱だった。
「…ふ、ふらみー…。」
「たくさん書きました!」
ウルベルトは訳もなく若干泣きそうになった。
「はー、いっぱいブリブリした。ん?何?」
「黙れ、弟。」
ペロロンチーノのおちゃらけた声も聞こえない。
ウルベルトはカレンダーをあげた日――の前日から丁寧に書き込まれている全てに目を通した。
「ウルベルトさんまだー?早くみたーい。」
「…あーとーで。後でな。」
そう言いながら、ウルベルトは過ぎ去った十二月のカレンダーを、ソファから一番よく見える壁に貼った。
綺麗な空を貼ると、確かに窓がもう一つ増えたような気になった。
ウルベルトは満足げにそれを眺めると、買っておいた餅を焼いてみようとキッチンへ行った。
「あー良いですね〜。俺も早く海か空のポスター買おうかなぁ。」
モモンガがそう言うとフラミーは興奮したように答えた。
「とってもおすすめですよ!」
「はは、フラミーさん一押しアイテムですもんね。」
「はい!」
姉弟は興味深そうに一つ一つフラミー情報を読んだ。
「ウルベルトさん!こんなくっさいことよく言えんな!!姉ちゃんここ見てよ!!」
「流石魔皇…。」
フラミー情報であると同時にそれはウルベルト情報だった。
「…うるさい。こっちは人生賭けてフラミー口説いてんの。」
それを聞くとフラミーは恥ずかしそうに、どこか申し訳なさそうに下を見た。
ウルベルトはフライパンに出した餅が膨らむのを待ちつつ、ミネラルウォーターをポットに入れて沸かした。
そして携帯を取り出し、電話を一本。
数度コール音が鳴ると「何すかぁ」とそれはそれは怠そうな声が聞こえた。
「――あ、
相手は普段事務所で茶を入れてくれる部下だ。お互い私生活の事でもしょっちゅう連絡を取り合っている。昨日の夜には日下部からこの辺りの年越し蕎麦の相場を調べてほしいと意味不明な電話もかかってきている。
『クソ朝っぱらじゃないですか、宇留部さん。あけましておめでとうございますくらい言ってくださいよぉ…。えーと、お茶ですか?適当に茶匙一杯くらいでいんじゃないすか?』
「それ薄くない?」
『大丈夫だと思いますよ。俺もいつも適当に淹れてますし。まぁ様子見ながら足したりもするけど。心配ならお茶淹れに行きましょうか?事務所すか?』
「いや、自宅だし事務所でも元旦一発目から流石にそんなブラックな真似はさせられんわ。」
そう言っていると、フラミーがキッチンに来て「おぉ…二口コンロ…」と漏らした。
『あれ?もしかして家に女子いるんですか?』
「いる。でも例によって大量の保護者付き。」
『…新年早々警察呼ばれないようにしてくださいよ。』
「呼ばれないっつーの!じゃ、また四日な。」
『へーい、お疲れ様でした。先生。』
電話を切ると、ローテーブルを囲む三人がウルベルトを見ていた。
「ウルベルトさん、くさかべさんって何者ぉ?」
「こんしぇるじゅってやつ?」
「メイドですか?」
「部下ですよ、部下。」
ウルベルトはとりあえず事務所から持ち帰っておいた急須に、同じく事務所から持ち帰っておいたお茶の元を一杯入れた。
茶葉は超高級品だ。茶の味のする粉末が一般的に出回っている。
お湯を注ぐと、やはり薄い気がしてもう半杯程足してみた。
「うーん、こんなもんか…?」
「どれですか?」
座っていたモモンガは様子を見にくると急須を覗き込んだ。
「ふむ――いい濃さじゃないですか?」
「やっぱこんなっすよね?」
小さなキッチンに三人は少し人口過多だ。
「ウルベルトさん!モモンガさん!」
「え、やっぱ濃かった?」
「いえ!見てください!!お餅!!」
餅は不格好に膨らみ始めた。
アニメでみたような丸い円が綺麗に膨らむ感じではなく、もこもことフライパンに接触している部分が膨らんだ。
「わぁ!お餅初めて食べます!これどんな味するんでしょうね!」
「俺もお袋たちと食べて以来だな。」
「あ、そう言えば元旦から押し掛けちゃいましたけど…ウルベルトさんは里帰りしなくて良いんですか?」
フラミーの質問を聞くと、ウルベルトとモモンガは一瞬目を見合わせ、困ったように笑った。
そして、ウルベルトはフラミーのお団子をぽふぽふと数度叩いた。
「俺もひとりぼっちだよ。もう皆死んだから、帰る場所はここしかないんだわ。さ、お前はお茶持ってあっち座ってな。」
「あ、ウルベルトさん…。」
「モモンガさんも湯呑み持って。ほら行った行った。」
フラミーが行く様子がないと、モモンガはその顔を覗き込んだ。
「フラミーさん、ウルベルトさんは細かい事気にする男じゃないですよ。」
「流石モモンガさん。そう言う事。気にすんな。」
ウルベルトは数度うなずいた。
「…私、皆親っているんだと思ってました。」
「普通はそうです。あなたの思ってた通りで正解ですよ。俺とウルベルトさんはイレギュラーです。だから、さぁ、気にしないで。」
「モモンガさん、ありがとうございます。」
フラミーはモモンガに抱いていた強い仲間意識をウルベルトにも持った。
「何々ー?モモちゃん、ウルベルトさん家でフララ口説かないでよねー。」
「口説いてませんて!!」
茶釜が茶々を入れるとモモンガは湯呑みを持ってテーブルに行った。
「ウルベルトさん、ごめんね。」
「本当に気にしてねぇよ。お前に何も話さないとか言いながら、俺もろくに自分の事を話してなかったのが悪いんだから。な、お前も気にするな。」
「はひ…ありがとうございます…。」
半端に膨らんだ餅をひっくり返しながら、ウルベルトはモモンガとフラミーは互いの育ちをとっくの昔に共有していた様子に少し妬けた。焼き餅を作りながら焼き餅だ。
二人は多分互いの事で知らないことなどないのだろうと思えた。
(…そりゃモモンガさんによく懐くわけだ。)
ウルベルトは三人の囲むテーブルにお茶を持っていったフラミーの背を少し観察した。
「おい、愚弟退け。フララここ座って良いよ!」
ソファに座っている茶釜がペロロンチーノを追いやり、自分の隣をぽすぽすと叩いたが、フラミーは首を振った。
「いえ、私は床の方が落ち着くんで!ペロロンチーノさん、気にせずに座ってて下さい。」
「そう?それじゃ弟、座んな。」
「へぇい。」
ソファには並んで座る姉弟、モモンガはお誕生日席に座り、フラミーの隣は空いていた。
(モモンガさん、気遣いの男だな。)
ウルベルトはすっかりおかしな形に膨らんだ餅を皿に取ると、それを持ってフラミーの隣に座った。餅には軽く醤油を垂らしてきた。
「どれどれ、あーやっぱ切れ目のないお餅って邪悪な形になるんだねー。」
実家暮らしの姉弟は不格好じゃない餅を見慣れていた。
「…そう言う情報は先に教えてくれ。」
「ま、味には変わりないっしょ!」
一人二つづつ配られると、フラミーは初めて生で見る食べ物をじっと観察した。
それぞれ、箸やらフォークやらスプーンやらが配られている。どれも二組だった。フラミーと茶釜は箸、ウルベルトとモモンガはフォーク、ペロロンチーノはスプーンだ。
フラミーが餅を引っ張るとみょいんと伸びた。
「おぉ…!」
「熱いから気を付けろよ。あと、喉に詰まるから一気に食わないように。餅は殺人食品だからな。」
フラミーはふむふむと説明を聞いた。
そして、はむりとかぶり付き「はふはふ」と息を吐いてから、はじめての餅に瞳を輝かせた。
「うまいか?」
「んまいれす!」
「はは、良かった。ほんとはもっと見た目も良いんだけどな。」
ウルベルトも久々の餅を食べて笑った。
餅を食べ終わると、ペロロンチーノはウルベルトのアカウントでログインした。
「やっほー。お、結構皆いるじゃん!我こそはウルベルト・アレイン・オードル!!――と、見せかけて実は俺はウルベルトさんじゃない!!――え?もう俺って分かったんすか?」
一人で盛り上がっている。
茶釜はたまにうるさい、とツッコミを入れつつ、フラミーと洗い物をしてくれていた。
ウルベルトとモモンガは――二人でカレンダーを見た。
「はは、フラミーさん新しい靴下買ったって、これいつもゲームするときに履く奴かな。」
モモンガはやはりフラミー通だ。
「なぁ、モモンガさん。」
「ん?なんですか?」
ウルベルトはずっと気がかりだった事を尋ねた。
「モモンガさんって、フラミーの事好きなの?」
「――え?」
がっつり本編量やんけ!!!
次回#6事情
フララともちもちへろへろさんだ!!©︎ユズリハ様
【挿絵表示】
「ふらみーさん、あーた俺をただのスライムだと侮ってるみたいですけど、溶かしちゃいますよ!」
「でもそんな事でしないでしょ?」(無垢顔
「…しません。」