車に段ボールを積み終わった二人は一仕事終えたという顔をした。
「ウルベルトさん、良かったらこれどうぞ。」
「お、サンキュー。」
冷蔵庫の物も当然持ち出したので、二人は液状食料を吸った。
ウルベルトは片手で握り潰すように飲み、フラミーは両手で持って飲んだ。
「んじゃ、行くか?」
フラミーは初めての自分だけのお家を暫し振り返った。
共同生活は無音空間より余程慣れている。
「――はい、行きます。」
「安心しな。俺は本当にお前が良いって言うまで何もしないから。」
ウルベルトは助手席のドアを開けながらそう言った。
「はは、ウルベルトさんって紳士です。」
「あぁ。こう見えてね。」
ウルベルトは液状食料を持ったままニッと笑った。
ドアを閉め、運転席に座るとスマホで音楽をかけ、ダッシュボードに置いておいた引っ越し作業中のメモをひっくり返した。ウルベルトの家に着いたらもう一度使う。
「――あ、カーテンなんだけどさ。」
「はひ。」
「悪い、今月買えねぇかも。」
フラミーが数度瞬きすると頭をうりゃっと撫で、ウルベルトは車を出した。
乗る前に言ったら「じゃあ来月引っ越す」となりそうだったのでここまで黙っておいた。
「ウルベルトさん、カーテンくらい私が買いますよ?」
「いや、来月俺がちゃんと買ってやるから。」
「でも一ヶ月も…仕切りもなしに…。」
「うーん、俺も正直それは少し思う。」
ウルベルトはジョニーをお慰めするためにベッドの下に隠したお宝を取り出す必要がある。それにずっとフラミーが視界に入っていては何も手につかなそうだ。
「私が買いますから。ご厄介になるんですし、本当に気にしないでください。」
「…あんまお前に金出させたくないんだけどなぁ。」
「私、たくさん働きますから、お金は心配しないでください。家賃も半分お支払いしますし。」
ウルベルトは液状食料を咥えたまま少し笑った。
「お前、真面目だよな。家賃半分はいらねぇけど、お前のそういうところ好きだよ。」
「ぁ、ぁりがとぅござぃます…。」
フラミーは恥ずかしそうに声を小さくしていった。
「だけど、今の会社は本当にやめろよ。少し仕事増やすようにするから、お前うちで働きな。」
手の回りきっていない仕事もフラミーに一部事務を任せることで時間を作って何とかできるかもしれない。そうしたら成功報酬が入るし、仕事も増やせる。仕事の内容が内容なために、下手にバイトを増やしたりはできない。確実に信用できる相手じゃなければ。
フラミーはこてりと首を傾げた。
「ウルベルトさんが働いてる会社ですか?便利屋さんでしたっけ。」
「あぁ。俺の――っとあぶね。まずいな、少し天気が悪くなってきた。」
吸っていた液状食料をギュッと握り潰すと、ウルベルトは車についている空気清浄機を入れた。
辺りは有害物質を含む濃霧に包まれだし、防毒マスク無しの外出は非常に困難な状況になっていた。
「お前、マスクどこにいれた?まさか仕舞ったりしてないよな?」
「あ、ちゃんと持ってますよ!」
フラミーは鞄からごそごそとガスマスクを取り出した。
それは昔働いていた会社の製品だ。
「うし。ほんじゃ、さっさとカーテン買って帰ろう。本当はせっかく車借りたし、お前がすてきーって言うもん探しにどっか連れていってやりたかったけど、ごめんな。」
フラミーはふるふると頭を振った。
「いえ!ウルベルトさんがいてくれたらどこだって素敵です!」
「はは、そりゃ俺のセリフ。」
二人は笑い、ウルベルトは流れてくる音楽をふんふん口ずさんだ。
以前フラミーにカレンダーを買ってやった店に着き、地下に車を停めると二人は某毒ガスマスクを着けた。
念の為だ。二人は車を降り、店内へ進んだ。
店の入り口には扉の中に有害物質の侵入を防ぐ空気のカーテンが何重かに吹き、入ると二人はマスクを外した。
「――っはぁ。」
そんな仕草も可愛かった。ウルベルトの脳味噌は溶けているのかもしれない。
「ウルベルトさん?」
「――あ、いや。五階がインテリアで六階がDIYマテリアルだから、取り敢えず上から行くか?カーテン通す突っ張り棒みたいなのあるだろ。」
「そうですね!じゃあ、六階から。」
六階に着くとフラミーは布のコーナーへふらふら近付いて行った。
「わぁ、可愛い。」
布を眺めるフラミーも可愛かった。
「しかしやっぱただの布は安いな…。」
「私のお洋服かけてた紐使って、この布カーテンにしますか?」
「そんなことできんの?できるならそれが一番良いわ。」
そう長くカーテンを使うつもりもない。なんとしても早く「良い」と言わせようとウルベルトは心の中のフラミー攻略メモに書き留めた。
そして特に安い布を何枚か取り出していくと――「そのひよこ柄だけは嫌だ…。こっちのただの白か――あー…花柄…なぁ…。」
フラミーはひよこ柄と花柄を少し名残惜しそうに見つめた。
「そう、ですね。柄物はお部屋が狭く見えますし。」
「……いややっぱりひよこでも花でもいいけど。」
ウルベルトはちょろかった。
「いえ!白にします!ウルベルトさんのお部屋ですし!」
「おい、聞き捨てなんねぇな。あそこはもう俺の部屋じゃなくて俺たちの部屋だぞ?なんでも折れれば良いってもんじゃない。」
フラミーは照れたように笑った。
「じゃあ、私、好きな人が好きな奴がいいんで、白がいいです!」
「へ。す、好きな人って――。」
布を抱えるとぱたぱたと走ってレジへ行ってしまった。
(…不意打ち…。)
ウルベルトはほわほわとした気持ちでその後を追った。
ウルベルトの家に帰ってくると、ウルベルトはマスクを着けて荷物を運ぶ為家と車を何度か往復した。
「はぁ…歳だわ。」
一緒に運ぶとフラミーは言ったが、良いから家にいろと荷物を運び込んだ。玄関に置いた荷物を部屋の中に運び込ませるのだけでも心配だった。
「あぅ、すみません。」
「いや、良いよ。このくらい運ぶって。そんじゃ俺車返してくるわ。布団はスチームバスに入れたから、温風回しといて。」
「わかりました!」
スチームバスにはコートや靴に着いた有毒物質を温風で取り払う機能が付いている。濃霧の中運んだ為、汚れているかもしれない。
「あ、長いことドアも開けてたから部屋の空気が綺麗になるまでマスク外すなよ。」
「はい!」
こんな天気の日は部屋にも直接空気を取り込むことは危険だ。窓は大抵どこの家もはめ殺しで、フィルターを通して循環されている。それは旧フラミー部屋にも当然ついていた。
ウルベルトはもう一度靴に足を突っ込むとドアを開けた。
「ウルベルトさん。」
「ん、どした?」
「ありがとうございます。行ってらっしゃい。気を付けて。」
思わず顔がニヤけた。しかし、マスクをしているため悟られなかっただろう。
「あぁ、行ってくるな。鍵だけかけといてくれ。」
軽く手をあげると、フラミーに手を振られてウルベルトは出かけた。
(新婚ぽい、新婚ぽい。)
ウルベルトはうきうきと車を返しに行った。
フラミーは言われた通りスチームバスの温風機能を付けると買った布を出した。
紐を通す為にハサミで小さく穴を空け、裂けてしまわないように縫う。
小学校の家庭科の授業に感謝だ。生きる術は全て学校と孤児院が教えてくれた。
フラミーはウルベルトが車で流していた曲を口ずさみながら穴を空けては穴の補強をした。
部屋の空気も綺麗になり、ガスマスクを取るとフラミーはほっと一息ついた。
しばらく続けていると、ピンポンっとチャイムが鳴り、出て良いものか悩んだ。
するとガチャガチャと音が聞こえだし、ウルベルトだったかと腰を上げた。
「はーい、開けまぁす。」
フラミーが廊下に出ると、ドアは開いた。
「はー寒い寒――え!女子!」
謎の侵入者は男だった。男は寒そうに足首を晒しているのに、ふかふかのネックウォーマーを巻いていて、扉を開けたまま硬直した。
フラミーは相手が泥棒なのか、何なのかわからず、肩を揺らすとそのまま固まった。
二人の動物がカキーンと凍りつき、数秒。
「っは、マスク――ドア閉めないと。」
男はフラミーがマスクをしていないのを見るとドアを閉め、ガチリと鍵をかけた。
フラミーは数歩後ずさると、脱兎の如くぴゅーんと部屋の中へ逃げていった。
男はぽりぽりと頬をかくと白いスニーカーを適当に脱ぎ、フラミーの逃げ込んだ部屋に入った。
フラミーは部屋の隅でカーテンにしようとしていた布をかぶり、スマホを手に怯えたようにしていた。
「あのー、すみません。宇留部さんってどこに行ったんですか?」
「あ…お知り合い…?…良かったぁ。えっと、多分すぐに戻ります。」
フラミーが体の緊張を解くと男はフラミーの前に座った。
「驚かせてすみません。えーと、何か飲みます?」
「い、いえ。お構いなく。」
侵入者に何か飲むか聞かれると言う素っ頓狂な状況に突っ込みを入れる者はいなかった。
「…何されてるんです?」
「…あの…カーテンを作ろうかと…。」
「……あーかーてんですか…。」
二人が気まずい時間を過ごしていると、ガチャガチャと再び音がした。
『あ?この靴――ったくだらし無く脱ぎやがって。』
間違いなくウルベルトの声がすると、二人で廊下に続く扉を眺め――ズンズンと足音がし、扉は開いた。
「おい!日下部!!」
「先生!良かったー、女子置いてどこ行ってんですか〜。」
「うるさい、お前フラミーに変なことしてたらリボンかけてのし付けてやんごとねぇ奴らに郵送するからな!」
フラミーはこの人がここに暮らしていたと言う日下部かと男を見た。
「フラミー?え?外国人さんかハーフすか?言われてみればハーフ…?うーん?」
日下部はフラミーをまじまじと観察し、フラミーは身を小さくして首を振った。
「いえ、普通の日本人です。多分。」
どんな親の下に生まれたのか不明な為に曖昧な答えになってしまった。
「離れろ。近くで見るな。」
ウルベルトは日下部の首根っこを掴むと引っ張った。
「っうわ、危ないじゃないですか。ところで先生、やんごとないのが来ちゃったせいで休みにしたんですか?」
「いや、元旦にお前に休みやった後に色々あってな。もう今日は休みにするって決めてた。もしかしてお前事務所行ったのか?」
「行きました。やってると思って。そしたら外出中じゃなくて普通に休みの看板かかってたから来たんです。」
「そうか、俺は今忙しいんだよ。謝りに来たならさっさと謝って帰れ。有給はやらん。」
ウルベルトはそう言うとフラミーの前に膝をついた。
「ごめんフラミー、ちょっと待っててな。」
「私、お邪魔ならどこか――」
「いや、邪魔なのは日下部だから気にしないで。」
ウルベルトがフラミーの被っていた布を頭から下ろして撫でると、日下部は化け物を見るような顔をした。
「せ、先生が本当に女子に優しくしてる…。」
「やっと口説き落とせた女子に優しくしないわけないだろ。」
「あ、その人が噂の先生が口説くって言ってた人ですか。」
「そう、やばいくらい可愛いだろ。なんだかなぁ、これの為に人生使ってみるかと思ったんだよ。もちろんやらなきゃいけない事はやるけどな。」フラミーの頬はぽわりと赤くなり、ウルベルトは手の甲で少し頬を撫でた。熱かった。
「――そういや日下部、お前鍵返せ。フラミーもここに暮らすから勝手に入られると困る。」
「え!?く、暮らす!?先生まさか誘拐してないですよね!?」
「してねぇわ!――あ、まぁ多少無理に連れてきたけど。」
ウルベルトがハハと軽い笑いを漏らすと日下部は頭を抱えた。
「誘拐だ… 先生警察呼ばれるような真似やめてって言ってるじゃないですか!」
「お前の言えた立場か!!」
「それは本当にすみませんでした…。」
「俺はしばらく根に持つぞ。」
日下部が申し訳なさそうな顔をする中、ウルベルトは白い布にくるまるフラミーを眺め、頬を緩めた。癒される。
「フラミー、お前白似合うな。」
「そうです?」
「あぁ。ドレス着せるのが楽しみだよ。式は三十九人呼ぼうな。やめちまったあの人にも声かけるから。お前の夢の可愛いお嫁さんて奴に必要な条件って何がある?」ウルベルトはそう言いながら指を一本一本開いて続けた。「真っ白なドレスだろ、ちゃんとした式だろ、誓いだろ、後は一軒家か?」
「先生、指輪が先だとおもいます。」
「ん?そうか、お前中々やるじゃん。婚約指輪見に行くところからだな。」
日下部は落ち着いた調子でそうそうと頷くと、次の瞬間人が変わったようにウオオー!と唸った。
「先生!!誘拐犯と結婚したい女子いませんよ!!」
「そうか?フラミーだって誘拐されたかっただろ?」
んなばかなと言う視線を送られると、フラミーは少し悩んでから小さく頷いた。
「ん。」
「よし。そう言うわけだ。」
「…どう言うわけですか。」
ウルベルトは持ち歩いているメモを取り出すと「可愛いお嫁さん」に必要そうな条件を書きつけた。
「で、フラミー。婚約指輪の他には何が必要?」
「ウルベルトさん、いつかその時が来ても、私何もいりません。」
「は?馬鹿言うなよ。あんだろ。何か、こう、男にはわからん何かが。」
「ウルベルトさんと生きられるならそれだけで夢が叶うと思うから、他には何にもいらないです。」
ほやっとフラミーが笑うとウルベルトは顔を抑えて震えた。
「…お前本当良い子。でも指輪と式はちゃんとやるから。お前の夢に必要そうなもの、俺が考えとくわ。」
そこまで言うと、フラミーは「あ」と何かを思いついたような声を出した。
「ん?浮かんだ?」
「はい!幸せなウルベルトさんは必要でした!」
ウルベルトはパタリと倒れた。
「せ、せんせーーー!!」
「本当無理。日下部、近いうちに俺が死んだら心臓発作だ。犯人はこいつ。」
フラミーはウルベルトに指をさされると困ったように笑った。
「はぁ。フラミー本当辛い。明日婚姻届け持ってくる。」
「えっ、は、早いと思います…。」
「早くない。お前も俺も十分に大人だろ。」
様子を見ていた日下部は指輪指輪と耳打ちした。
「ごめん、早かったわ。先に指輪だったな。婚姻届は俺の名前書いておくから良いと思ったらお前も書いて。」
ウルベルトは第二の査定人生を踏み出した。
「で、日下部はなんでいんだっけ?」
「…一応謝ろうかと。」
「あっそ、じゃあもう用は済んだな。鍵返して帰れ。」
「冷たい!!」
日下部君は理不尽キャラと決まった(twtrメッセージで
はっぴーめりーくりすまーす!
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