「で、宇留部さんをウルベルトさんって呼んでるってことはユグドラシルの人ですか?」
「あぁ。アインズ・ウール・ゴウンのフラミー。今働いてる会社やめさせたらうちで働くから色々教えてやって。俺は出ずっぱりになるかもしれんから。」
それを聞くと日下部は部屋の端でせっせと布をカーテンに加工しているフラミーをチラリと見た。
「うちで働くって事は本気なんですか?結婚だとかここに暮らすとか。」
「全部本気。お前の想像の百倍惚れてると思っといて。」
「…信じらんないですよ。女は面倒臭いとか鬱陶しいとか言ってたのに。」
「フラミーはお前よりよっぽど面倒臭くない。」
日下部がいれたお茶をベッドで飲み、対角線にあるソファの下に座って巣作りを進める
「俺そんなに面倒臭いですか?」
「お前はまじで面倒臭い。はぁ…本当はフラミーに今月から働いて欲しいけど――まぁ来月からだな…。」
日下部のせいで今月はフラミーを雇っても給料は出せないだろう。孤児院への支払いは滞納すればすぐに督促状が届く。
宇留部は消えた一ヶ月の売り上げを思って溜息をついた。
「それにしても宇留部さんの好みって、自立した一人で生きられる女子だと思ってました。肩で風切る系の。」
「あれはへにょへにょしてるように見えるけど自立した一人で生きられる女だよ。十二のフラミーだってお前みたいな大人になった気になってる奴よりよっぽど大人だったろうよ。」
宇留部の視線を追うように日下部はフラミーを見た。
フラミーは紐を通す穴が全て完成し、瞳を輝かせていた。
「そうは見えませんけど。」
「そう言うことがすぐに分かんないからお前は特高に見られてることにも気付けねぇんだよ。」
「それは関係ないと思いますけど…でも本当にすみませんでした…。あれが事務所に来た後どうしたんですか?」
宇留部は日下部の不安そうな顔に心底面倒臭いと思った。
「仕方ないから頭下げたんだよ。二度とすんなよ。もし、もう我慢ならんと思ったら俺に言え。」
日下部はどこか悔しそうに、そして申し訳なさそうに頷いた。
「さて、俺はお姫様の手伝いでもするか。」
宇留部は巣作りに夢中のフラミーが寄りかかっているソファに座った。
「――フラミー、そろそろ掛けるか?」
「あ、はい!掛けましょっか!」
カーテンに紐を通していたフラミーから、紐を通し終わった一枚を受け取った。
「んじゃ、日下部。こっちの端持て。」
日下部に紐の端を持たせるとウルベルトは部屋の半分ほどのところにカーテンを広げてみた。
片方はソファセットゾーン。もう片方はベッドと、カウンターキッチン。そしてカウンターのすぐ裏に置かれているゲーミングチェア。
ぱっと見は宇留部ゾーンの方が広いが、キッチンがある為そう自由は効かない印象だ。
「ウルベルトさん、私こんなに広くなくて大丈夫ですよ!」
「つっても家具の問題を考えるとこんな感じだろ。」
「でもどうしてカーテン付けるんすか?」
「お前は静かにしてろ。」
日下部はしょんぼりした。
そわそわするフラミーを他所にウルベルトは日下部と協力し、カーテンを何とか取り付けた。
「ま、こんなもんかな。」
夜寝るときや着替えの時、お宝を取り出す時にカーテンを閉めれば一応お互いのプライバシーは守れそうだ。
「すみません、私の方が広くって。」
「そんな事ないって。来月にはタンス買ってやるから、そうなったら同じだろ。だから、気にすんなよ。」
「えっ、た、タンス買ってくれるんです?そんなの悪い…。それにウルベルトさんのお部屋せまくなっちゃう…。」
「俺の部屋じゃなくて俺たちの部屋だっての。それに手狭になったら引っ越せば済む話だ。」
気にしているような雰囲気のフラミーのお団子をぽすぽすと押した。
「で、お前は本当にいつまでいるわけ?」
ウルベルトは日下部に振り返った。
濃霧の時には夕暮れはなく、一気に夜が訪れるために外はもう真っ暗だった。
「あ、じゃあ俺はこれで。先生、また明日お願いします。」
「はいよ。足下気を付けてな。」
「あ、日下部さん。待ってください。」
フラミーは慌てて立ち上がると、自分の部屋の冷蔵庫にたくさん入っていた液状食料のうち、ウルベルトの冷蔵庫に入り切らなかった四パック程を急いでハンカチに包み、日下部に差し出した。
「お手伝いしていただいちゃってすみませんでした。とっても助かりました。」
「あ、いえ。とんでもないです。俺は特に何もしてないですし。」
「いえ、私じゃソファに立っても天井に届かなかったですし、ありがとうございました。」
フラミーがぺこりと頭を下げると日下部は一応ウルベルトに許可を仰ぐように視線を送った。
顎をしゃくられ、液状食料を受け取ると日下部もぺこりと頭を下げた。
「じゃあ…いただきます。今夜と明日はこれ食べます。」
「良かった。今日は霧も濃いですから、気をつけて帰って下さいね。」
「はい。フラミーさん、一緒に働けるの楽しみにしてますね。」
日下部が手を伸ばすとフラミーは少し迷うようにした。
「あ――私、今の会社辞められるか分からないですし…それに、そちらの面接に受かるとも限らないですし…。」
「めんせつ…?先生の趣味ですか?」
「んなわけねぇだろ…。フラミー、別に面接とかはしないから。」
「便利屋さんは履歴書送るだけで良いんですか?」
フラミーは首を傾げ、ウルベルトも首を傾げた。
「ん?履歴書も別にいらねぇけど…まぁ貰っとくか…?考えてみたら日下部からも履歴書もらってないな。」
「渡してなくてもどうせ先生は俺の事調べ尽くしてるじゃないですか。と言うか、フラミーさん。先生は便利屋じゃないですよ。」そう言うと、日下部は誇らしげに告げた。「先生は探偵です。」
「ウルベルトさんが探偵さん…?」
「言ってなかったか?まぁ興信所とも言うけどな。」
「聞いてないですよぉ。ウルベルトさん、だから先生なんですか?」
「そゆこと。先生って呼ばれてたら信用できそうだろ。俺は俺の事務所の先生なの。」
ウルベルトは得意げにニシシと笑って見せた。
「先生に見つけられない人は殆どいませんよ。」
「殆どは余計だろ。」
「ふふ、とっても頼りになりそう。」
そう言ったフラミーの瞳が
何故そんな目を――。
「じゃ、俺は行きますね。」
「――あ、あぁ。じゃあな。また明日。」
「これで正月もおしまいっすね。」
二人は日下部を廊下で見送った。
玄関はバタンっと閉まり、短い廊下には途端にしん――と静寂が訪れた。
「フラミー、お前知りたい?」
「――何をですか?」
「…自分の親のこと。」
フラミーは先ほどと同じように瞳を揺らした。
「お前が知りたいって言うなら探すよ。」
ウルベルトがそう言うとフラミーはしばし悩むように足下に視線を落とし続けた。
「――あの…いくらですか…?」
「金なんて――」いらない、そう言いかけて、それが諦める為の力になる事もあると知っているウルベルトは思考を切り替えた。「――たけぇよ。このご時世人一人探すのに、調査の為に費用が相当かかる。これは悪魔の契約だ。」
ウルベルトはそう言うと部屋に戻って行き、フラミーゾーンに座るとメモを取り出した。今はカーテンも左右に開かれている。
「座れ。着手金と契約金としてまずはこれだけもらう。お前の月の給料より多いだろ。」
ちょこりと座っているフラミーは真剣にウルベルトの手帳を覗き込んだ。
契約金は案件や目的によって違う。日下部の親のような突然の行方不明――特高案件は超高額だ。フラミーの親のような普通の所在、安否確認の三倍とる。
「状態問わず見付かれば最初に経費と実費の請求だ。まず人件費がかかる。俺と、日下部も使うとなると二人分。それから車両代、機材代、賄賂あたりが実費。経費は報告書作成代だと思って。当然調査方法は出せる額によって変える。ただ、ここでケチると中々見つからない。そんでもって見つからない時にいつまでも諦めないでいると日数と調査時間ばっか嵩んで結果的に高くなりがち。――最後に成功報酬。契約金の七割。」
例としてフラミーの見たこともない額が書き込まれたところで、ウルベルトの説明は終わった。これだけ高額だが、家賃や経費で割とすぐに溶けて消える。それにいくらか事務所にプールしておかなければ次の捜査に出られない。ウルベルトの自由になる金は少なくはないが多くもない。
ウルベルトはビッと一ページ破いてフラミーに渡した。
「探すか?」
「…払えませんでした。はは。」
それで諦められるなら、諦めた方がいい。
どうせ人探しの結末はいつもろくでもないのだ。
感動的でドラマチックな最後なんて、そうそうない。
「だろうと思った。だけど、お前が俺に調べてこいって言ったら俺は調べに行くよ。――ツケでな。」
ただだと言えば探して欲しいと言わないだろうとツケと言ってみた。
笑って見せると、フラミーも笑った。
「ツケならお願いし易いですね。でも、大丈夫。モモンガさんがね、ちょっと人に頼んで天国にいるお母さんに毎日楽しいよって伝えてくれたから。」
ウルベルトの胸の中にどろりと黒いもやが生まれた。もっと早く色々話せば良かった。自分を恨む気持ちだ。
それから、恨み言の一つでも言ってやろうと思っていない様子のお人好しの代わりに、恨み言を言ってやりたくて。
「転職もうまくいったって伝えてくれたし――あ、でも、今度はお引っ越ししたって伝えなくっちゃ。」
フラミーの瞳が嬉しそうに輝くと、ウルベルトは表情が険しくなりそうなのをぐっと押し殺して、黙って目を瞑りうなずいた。
「モモンガさんの伝言引き受けてくれた人が…きっと私のお母さんを天国で見付けてくれるから、親の深追いはやめておきます。――でも、いつか私が生まれた日くらいは…知りたいなぁ…。」
フラミーは渡された見積もりに視線を落としながらそうこぼした。
「いくら孤児でも戸籍はあるだろ?誕生日はそこに載ってるんじゃないのか?」
ウルベルトの質問に困ったように笑うと、筒状にされ段ボールに差し込まれているカレンダーを抜き出し、テーブルに広げた。
「私、いつ生まれたか分からなかったらしくて、職員さんが一月一日生まれにして届け出てくれました。名前はわかったそうだけど、戸籍と一致する子供がいなかったからこんな感じみたいです。冬に生まれたことは間違いないみたいなんですけど…。」
フラミーはカレンダーの元旦を撫でるように触れた。
そこにはお誕生日と言う文字と、ウルベルトの家に遊びにきたこと、ウルベルトを信じてみようと思ったことが小さな字でたくさん書かれていた。
「は!?誕生日!?なんでそんな大事なこと元旦に言わないんだよ!本当に聞かなきゃ何にも言わねぇんだから!お前欲しいもの何?何か食べたいものとかでも良いぞ?」
フラミーはぷるぷる首を振り、少し頬を赤らめて幸せそうに笑った。
「おもち食べさせてもらいましたから、もう十分です。今年はとっても良いお誕生日でした。」
「だめだ、何か欲しいもん考えろ。誕生日なんて一大イベント黙ってるやつがいるかよ。」
ウルベルトは晩ご飯は外食だと決めたが、日下部とよく行く近くのBARしか思い浮かばない。フラミーは酒はダメだと言っているのに。
困った困ったとスマホを取り出し店を探していると――
「私の欲しいものは…家族です。」
ウルベルトは画面から顔を上げた。
「…俺の嫁になってくれれば、俺がお前の家族ってことになるぜ?」
「はは、ほんとだ。」
フラミーが笑うとウルベルトも笑い、スマホを机に置いた。
「なぁフラミー。結婚しよう。俺、お前の全てになれるように頑張るから。血が繋がってる家族も…お前が嫌じゃなければ…なんていうか協力するし…。お前の欲しいもの全部俺が用意するよ。」
抱きたいとか、そう言う下心は捨てて言ってみた。おままごとみたいだと笑われても良い。
ウルベルトは机の向こうにいるフラミーの頬を撫でた。
「嬉しい。いつかあなたに全部お願いしたいです。」いつか、か。とウルベルトは少し残念に思った。「でも、ウルベルトさんって、どうしてそんなに真っ直ぐなの?すごい。」
「お前が好きだからだよ。お前の持つ疑問は多分大抵これで解決できる。でも、何度でもどうしてって聞いてくれて良い。俺は何度だってお前が好きだって言うから。」
そう言うと、ウルベルトはフラミーのお団子をモスっと触った。
「――飯、食いいくぞ。」
「はい!」
これ以上は不思議とえっちな気分になる。なっている。
(ジョニー…泣くなよ…。パンツに染みができんだろ…。)
おっきしてしまい必死に我慢しているジョニーは泣いていた。
フラミーがカレンダーを一度丸め直している隙に立ち上がる。廊下にあるクローゼットへすたすたと向かい、急いでコートを着ると前を隠した。
(…見えないな。よし。)
フラミーも段ボールからコートを出し、廊下にててて…と出てきた。
二人はそれぞれ手袋とガスマスクをすると靴に足を入れた。
「――ん。」
ウルベルトはフラミーに手を出した。
フラミーは少しだけそれを眺め、ウルベルトを見上げると、そっとその手の上に手を乗せた。
二人は手を繋いで出かけて行った。
いってらっしゃーい!
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