「カレンさん……ですか。やっぱり外国の方だったんですね」
「はい。三ヶ月ほど前、この国に派遣されて来ました。この街に来たのはつい先日ですが」
歩とカレンは並んで夜道を歩いていた。
カレンによれば、彼女たちが籍を置く魔術世界には全世界にネットワークを張り巡らせた組織がいくつかあるのだと言う。中でも世界の裏側を二分する組織があり、その片方にカレンは属しているらしい。
目的は異端を消去し、神秘を管理すること。なんて言われても歩にはよく理解出来ないが、
「要するに、ヘンなことを人目に触れさせないのが役割ってことですか? 警察みたいな」
「どちらかと言えばもう片方の組織の方が警察に近いと思いますが。まあ、概ねそんな認識で結構です」
カレンが素っ気なく答える。
公園のグラウンドで出会ったあと、二人は行動を共にしていた。聞けば、カレンはまさにその『警察』としての仕事の真っ最中だったらしい。
カレンはこの地の管理を役目として組織から派遣された。ここでいう管理とは当然魔術的な意味合いだ。一般人である歩は知る由もないが、カレンたちの組織が異端、または神秘と認定する事象や存在はこの世のあちこちに潜んでいるのだという。そう言われても歩には実感出来ないが、改めて考えてみればアルクェイドやライダーたちがまさにそういった存在である。それもついこの前まで認知していなかったのだから、カレンが言うように常人の預かり知らぬ場所に息づいているものなのだろう。
カレンの仕事とは、人を害する異端を表の社会から退治することだ。とは言えそれは一般人を守る為ではなく、そういった怪異が人々に公になる前に自分たちで管理する為というのだから組織の性格が窺えるというものである。
「まあ、分かりやすく退治と言いましたが私は戦闘に秀でているわけではありません。本部もそれを期待してはいないでしょう。どうやらこの地には悪魔の類いがいる訳でもなさそうですし、私の仕事は龍脈の整地や雑多な亡霊を祓うことですね」
「ぼ、亡霊? 幽霊ってことですか……あ、こっちです」
話しながらカレンをさっき訪れたばかりのコンビニの方へと案内していく。
歩がカレンと一緒にいるのは道案内を頼まれたからだ。カレンがこういったパトロールをするのは今日でまだ数回目とのことで、この辺りの地理には疎いらしい。カレンも大方どの付近に異常があるかは感知出来るようだが右も左も分からない現状では一人で街を回るのは手間なので、その先導役として見込まれた訳だ。
(まあ、頼りにされてるってより便利に使われてる感じがするけど)
「おや、何か言いたげな様子ですが。不満でもおありでしょうか」
「ああいや、何もないです」
「であればいいのですが。対価として私の仕事に首を突っ込んだ貴方を見過ごそうと申し出て差し上げているのですから、相応の役目は果たして貰いませんと」
にやり、と嗜虐的な笑みでこちらを見るカレン。
(この人、第一印象で思ったよりドSな感じなんだよなあ……)
カレンに気付かれないようため息をつく。
本来なら彼女たちの組織の任務を目撃した一般人は、記憶の消去や場合によっては命を取る取らないといった処置を下されるらしい。いや、別にわざとカレンの仕事を邪魔しに行った訳じゃないし、と言っても今更遅い。こういう非日常の世界では力がある側の論理が優先されるものであり、歩とカレンどちらが上の立場かと言ったら疑いようもなく魔術師である少女の方なのだった。
カレンはその一方的に優位な立場を利用してねちねちと歩を弄ってくる。なかば無理やり道案内をさせられているのもそのせいだ。パッと見の外見から推測される修道女としての印象とは大違い。カレンの本性はこちらの方であるようだった。
(くそっ、さっさと帰って一晩中ゲームする予定だったのに。……でもカレンさん可愛いなあ、お尻えっちだなあ)
「なにをぶつぶつ言っているのです? それで、目的地はまだでしょうか」
「あ、ごめんなさい。もうすぐそこです」
涼しげな視線で見咎められ、焦ってしまう。歩は彼女を宥めつつ先導していった。
「お待たせしました。ここですね、団地裏の廃工場」
数分後、二人は人気のない工場跡地にいた。
十年以上前に会社が倒産しそのまま放置されている工場だ。フェンスに囲まれた草むらのなかにひっそりと佇んでいる。もとは製紙工場かなにかだったようだが、機械類も運び出された今はその面影もない。長年の放置で荒れ果て、瓦礫が散らばるがらんとした内部がガラスの割れた窓から差し込む月明かりに照らされていた。
一人なら絶対に寄り付かない薄気味悪い空間だ。昼間でも敬遠するだろう。カレンはそこへ、躊躇なく足を踏み入れていく。
「成る程。見立て通り、ここがこの地の龍脈の『瘤』の一つですね。人が立ち入らない場所ですから、管理が簡単そうなのは助かります」
修道服を揺らしながらガラスやコンクリートの破片を踏み締めて歩いていく。その様子からは暗闇に対する恐怖とか、怯えといったものは一切感じられない。
工場の中心あたりへ進んだあと、おもむろに地面に手のひらをついた。割れた床のタイルがじゃらりと擦れ、軋む。
「え────うわ、なん……っ!?」
歩の見つめる先で、カレンの足元がぽぅ、と輝いた。
彼女の手のひらを中心にして半径2メートルほどの円形の模様が地面に浮かんでいく。青白い線で引かれた幾何学的な陣形の隙間に歩には読み取れない奇妙な文字が刻まれている。指で描いたわけでもないのに、目を閉じたカレンに呼応するかのように独りでに浮き出した。
カレンの銀髪がふわふわと揺れている。陣形から沸き上がった微風だ。カレンは何事かを唱えながら、陣形の光を強めていく。
「ちょっ、すごいすごい!! これ魔方陣!? スマホで撮ってもいいですか!?」
「黙りなさい、気が散ります。もちろん撮影は禁止です。口外すればただでは済みませんよ」
ド直球にオカルトな光景にはしゃぐ歩に対しカレンはあくまでクールである。
魔方陣の光量が次第に強く、明るくなっていく。それが限界に達した時、光が弾けた。魔方陣が消えるのと同時、横溢した光が地面を双方向に走っていく。歩からは見えない道筋があるのか、地面を這う光は左右正反対に工場から飛び出していった。
「い、今のは……?」
「言った通り、『瘤』を解消しました。定期的に消去しておかなければ淀みができ、悪質な異状が生まれてしまいます。もうここはしばらく大丈夫でしょう」
立ち上がったカレンがぱんぱんと手を払う。
一仕事終わったとでも言いたげだ。そのまま歩の横を通り過ぎ、工場を出ていこうとする。
「さて、それでは次の場所です。次はここから北東方向に1キロほどですね。さあ、案内を」
「あ、カレンさん。ちょっと」
とっさに歩がカレンの腕を掴み、引き留めた。
「……なんでしょう。いきなり身体に触れないで頂けますか」
「少し休憩しませんか? カレンさんも疲れましたよね」
「別に疲労はありませんが。何を突然────」
「でも、汗だくじゃないですか。そこで休んでいきましょう? 無理はいけませんよ」
「………………」
しぶしぶカレンが振り返る。
むっとした目で歩を見る彼女の顔は、暑さだけのせいではない汗で濡れていた。少し息が上がっているようにも見える。青白くさえ感じた頬は上気し赤くなっていた。
「……そんなコトを言って、貴方が休みたいだけなのではありませんか。それならそうと素直に」
「はいはい、それでいいですから。ほら、そこの階段で座りましょう」
「あっ……よ、止しなさい」
カレンの背中を押して階段へ座らせ、歩もその隣に座る。
仕方なくといった態度で腰を下ろしたカレンだが、歩から見ても明らかに疲労の色が現れていた。歩いたのは大した距離ではないから、今の龍脈の調整とやらの影響だろう。歩には魔術というのがどれほど大変なのか想像も出来ないが、地域一帯に影響を及ぼす行為だ。息を吸って吐くようにとはいくまい。
「今の、けっこう体力を使うんですね。まあなんかすごい光ってましたし。ほら、汗ふいてください」
「…………ん」
ハンカチを差し出され、むぅと唇を尖らせるカレン。
それからハンカチを手にとって、ひとつ息をはいた。
「……ありがとうございます。たしかに貴方の言う通り、無理を押して失敗してはいけませんね」
(あれ、意外に素直だ)
どうやら度を越えた意地っ張りという訳ではなさそうだ。仕事熱心なのも性格と責任感から来るものなのだろう。
カレンがぽんぽんと額を歩のハンカチで押さえる。なんだか少し嬉しくなって、歩は手に持っていたコンビニ袋を開けた。中から紙パックのカフェオレとドーナツを取り出す。歩が自分で食べると思ったのだろう、横目でそれを見ていたカレンに差し出すと彼女は驚いた。
「え……私に、ですか? 特に空腹という訳ではありませんが」
「疲れた時には糖分が効きますよ。ひとつ丸々が多いなら半分こしましょう」
「だから必要ないと……ああもう、意外と強引なのですね、貴方は」
歩に押し付けられた、ぱかりと二つに割ったドーナツの片方を受け取るカレン。
相変わらず眉をひそめながらなものの、受け取るや否やもぐもぐと口に運ぶ。その様子を微笑ましく思いながら歩もドーナツを齧ると甘味が口に広がった。カフェオレを渡すと、こちらもストローを咥えてこくこくと吸う。
闇夜の廃工場で二人並んで座りながら夜食を頬張る。
ちょっと買い物をしようと家を出たのがまだ一時間ほど前。思えば不思議な状況になったものだ。隣を見れば、銀髪を月光に濡らした美少女がドーナツをぱくついている。ぽろりと欠片が修道服にこぼれて慌てて口元を押さえるその可愛らしさと夜の廃墟に儚げな外見のシスターが佇んでいるギャップが、よりカレンの非現実的な魅力を強調していた。
じっと見ている視線に気付き、カレンがジト目で歩を睨む。ごくんと口の中のドーナツを飲み込んで、
「変態。女性の食事をじろじろ見るなんて、マナーがなっていませんね」
「す、すいません。なんか、カレンさんが可愛くって」
「可愛い? 私が?」
意外な、予期せぬことを言われたかのように目を丸くするカレン。
「はい。ドーナツを食べてるカレンさんが可愛いというか……あ、この人もちゃんと食べたり飲んだりするんだ、っていうか」
「……貴方、私を何だと思っているのです? 私も人間なのですが」
「いえ、変な意味ではなくってですね」
第一印象が人形っぽいな、だったので────とはとても言えない。緩んだカレンの態度が再びサドっ気を出してしまいそうだ。
「あ、ドーナツ全部食べたんですね。どうでした? 僕のお気に入りなんです、これ。コンビニ用だからかな、ちょっと甘すぎるかも知れませんけど」
「はあ。これは甘いのですか」
「え?」
思わずカレンに聞き返してしまう。
歩が買ったのはドーナツ店と提携してコンビニが並べている商品なのだが、その中でも最も甘さの強いものだった。これをカフェオレで流し込めばかなり甘ったるいはずなのだが、カレンは気にならなかったのだろうか。
「あれ、甘くなかったですか?」
「あいにく私は味覚が衰えていまして。今では唐辛子たっぷりでなければ味を感じないくらいなのです。ええ、それはもう山盛りなほどに」
「は、はあ」
「身体も無理が利かないくらいで。さきほどの魔術行使で疲労してしまったのもそのせいですね」
やれやれ、と頬に手を当てて語るカレン。
どう見ても歩をからかう冗談っぽいのだが、カレンはどこか飄々としていて真偽がよく掴めない。とりあえず歩は話を合わせることにした。
「ええっと、それならこれ以上他の場所を回るのはやめておいた方がいいんじゃないですか? また今度にしておくとか」
「その必要はありません。走るのは難しいですが徒歩なら大丈夫ですし、決めた分はその日に処理しなければなりませんから」
すくっとカレンが立ち上がった。お尻についた砂を払い、歩を見下ろす。
「…………?」
何か言いたげな様子だが、歩に心当たりはない。
内心首をひねってから、ああ、と思い当たった。
「もちろん次の場所までの道も案内しますよ。せっかくですし、今日は最後までお手伝いさせて貰います」
「……そうですか。ええ、当然ですね。いい心掛けです」
澄まして言うカレン。けれど、歩からはどこか嬉しそうな顔のように見えた。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
その後、歩とカレンは計三ヶ所を回った。
二人で特に大したことでもない雑談をしながら、夜の街を歩く。
既に時間は真夜中だ。時折自動車と擦れ違うくらいで、出歩く人はほとんどいない。数少ない歩行者も、夜更けにうろつく少年とシスターを不思議そうに見るものの関わり合いになるつもりもなく擦れ違っていく。
明るい中では見慣れた風景も、人気のない夜ではまるで異世界にいるような気分になる。隣にカレンがいると思うと尚更だった。いつもは人が出入りしているスーパーも、子どもたちが騒いでいる小学校も今は人っ子ひとりいない。歩はそんな夜道をカレンと肩を並べて進んでいった。
道中、歩がここはよく来る本屋さんだとか、昔通っていた学校だとか話すと、カレンは素っ気なく相槌を打つ。しかしその実興味はあるようで、後から詳しく話を聞きたがった。歩はカレンを深くは知らないが、きっと普通の生活は送って来なかったのだろうことくらいは分かる。こちらの日常生活を知りたがるのはその辺りが原因なのだろうと思い、歩は興味のままに質問してくるカレンへ何でも話してあげるのだった。
歩もカレンをもっと知りたいのだが、あまり彼女は自分の過去を話したがらない。言いたくないことを無理やり聞き出すつもりもないので、歩ばかりが自分のことを話す形になってしまっていた。どの学校に通っていて、好きな食べ物は、よく聴く音楽は、経験のあるスポーツは……と、カレンがぽつぽつと聞くままに話していく。長い夜の間中、二人きりの時間を共有する。ひょんなことから始まった見知らぬ相手との夜の散歩は、思いがけない居心地の良さを二人に与えていた。
その時間も次第に終わりが近付いてきた。三ヶ所目、パチンコ屋の裏手の土手を処理し終わり、カレンが歩に向き直った。
「……これで良し、と。今日のぶんはこれで完了です。長く付き合わせましたね」
「いえ、楽しかったですよ。魔術を見てるのも、カレンさんと一緒に歩くのも」
歩の言葉に、ふ、とカレンが頬を緩める。まだ一日も経っていない、初めて教会の前で掃除をする彼女を見た時には想像も出来なかった表情だ。
「それは良かった。私は少し耳が疲れてしまいました。貴方がたくさん自分のことを話そうとするものですから」
「あはは。聞いてくれてありがとうございます」
悪戯っぽく言うカレンに、歩が笑い返す。
ひとしきりくすくすと二人で笑い合ってから、歩が言った。
「それで、次回はいつ行うんです? 明日ですか?」
「────え?」
ぽかんとした顔のカレン。
そんな彼女に、歩が言葉を重ねた。
「まだ一回ですし、街の隅々までは判りませんよね。次もお手伝いしますよ」
「……明日の予定、ですが。しかし、これは単なる私の仕事ですし。今日は同行して頂きましたが、何度も強制させる訳にはいきません。なにより貴方に利益がないではありませんか」
「いいですから。僕がカレンさんを手伝いたいから手伝うんです。それに、正直に言うともっとカレンさんと一緒にいたくなっちゃったんです」
言われ、ますますぽかんとするカレン。
それから何故か、目を伏せて暗い表情で言う。
「……そう言って頂けるのは光栄です。しかし、私は貴方のような真っ当な方と釣り合う相手ではありませんよ」
「って言うと?」
「何を隠そう、私は相手が望むのならば身をもって獣欲を受け止める修道女なのです。性的暴行を容認するコト、それ自体が私の役目の一つなのですよ。まあ、それは以前いた母国での頃の話ですが、過去を消すコトは出来ません」
よよよ、と泣き真似をするカレン。
(またどぎつい下ネタだなあ……)
さっきの味覚の時と同じでからかっているのだろう、と歩は聞き流す。
空が白み始めている。この散歩もお開きの時間だ。流石に眠くもなってきたので、歩は話を進めた。
「はいはい、そういうのはいいですって。明日ですね、じゃあ今日と同じあのグラウンドで待ち合わせで良いですか?」
「ですから…………ああ、もう。仕方ありません。そこまで仰るのならお願いします。時間は、日付が変わる頃に」
「了解です。それじゃ、約束ですよ」
二人が小指を絡め合う。
朝日が昇り、街が目を覚ます頃、歩とカレンはようやく長い散歩を終えたのだった。
「……ふぅ。これ、昼まで寝ちゃいそうだなあ」
マンションへの道を行きながら、歩が呟く。
別れ際、帰り道も付き添おうかとカレンに申し出たがここから教会への道は分かるとのことだった。着いて行っても良かったのだが、どうせまた今夜逢うのだしと遠慮しておいた。
「しかし、カレンさんか。なんか突拍子もない出会いだったし、最初は変な人かと思ったけど……すごく可愛い人だった」
初対面の手前、出来るだけ抑えていたが歩はバリバリにカレンに性的魅力を感じていた。美しい顔立ちも、小振りな胸も、何より肉付きのいい下半身も女性としての魅力に溢れている。それを表に出さなかったのは、カレンとの時間を壊したくなかったからだ。
カレンが最後に言った下ネタが頭によぎって、ぶんぶんと首を振る。目ざといカレンのことだ、歩がそういう目でカレンを見ていると知ったらまたからかってくることだろう。
「はぁ。早く帰って休もう、夜は歩くことになるだろうし。ちょっとお腹減ってきたな……」
朝日が気温を上げ始める中を足早に歩いていく。
カレンが冗談混じりに言った、味覚について、身体について、そして『下ネタ』について────
その全てが嘘偽りのない事実であることを、まだ歩は知らなかった。
次でエロ……たぶん
どのキャラクターの話が読みたいですか?
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