それから、歩とカレンの夜の巡回は数日おきの日課となっていた。
二人で決めた待ち合わせ場所で合流し、夜の街へ繰り出す。一日に回るのは二ヶ所から三ヶ所、歩も回数を重ねるうちに案内に手慣れて来たので、初回ほどに長引くことはなくなった。取り留めのないことを話しながら連れ立って歩き、カレンの『処理』を眺める。一回ごとにそれなりの疲労を負うためこまめに休憩するようになったのだが、その際の軽食や飲み物を用意するのは歩の役割だった。適当に街のベンチや階段に腰を下ろし、二人で食事をとる。それが一段落すれば、またその日のカレンの仕事が完了するまで彼女を案内していく。
カレンにとって同年代の少年と接するのはほとんど初めての経験だ。当初はどこか壁があった態度も同じ時間を過ごすにつれ少しずつ打ち解けていく。歩の方はといえば、外見的な美しさに併せて棘がありつつも素直じゃない飼い猫のようにこちらに懐いてくれるカレンをすっかり好きになっていた。
静かな街を歩がエスコートし、カレンがそれに着いていく。
二人にとって、夜の密会は密かな楽しみとなっていた。
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「はあ。それで御母様がよく不在でいらっしゃると。お家では一人で過ごされているのですか?」
「そうですね、基本的に。カレンさんはどうです?」
「私も教会が出来てからはあちらに一人で寝泊まりするコトが多いですが、他に寝所も持っています。そちらには同居人がおりますね」
歩とカレンは、もう何度目かの巡回に赴いていた。
一ヶ所目は終えて、今は次の場所に向かう途中である。
(同居人かあ。もしかして、男の人だったり? いや、僕が口出しすることじゃないけど)
どう見たって男と同棲しているようには見えない(失礼)が、人は見かけによらないものだ。出来る女のように見えて実はドMの蛇女とか、一見貞淑そうだけど裏では年下の少年のモノになっている和服の人妻とか、世の中には色々いる。
ちらちらと彼女を見ていると感づかれてしまったようだ。不思議そうに聞いてくる。
「なんでしょう? そのように盗み見て」
「あ、その。同居してるって方はどんな人かなーって」
「? ……ああ。もしかして気になるのですか?」
カレンが唇を曲げながら目を細める。よくする、相手をつつけると悟った時の表情だ。
「御安心ください。相手は女性です。まあ私と違い性格に難があり困った人ですが、悪人ではありません」
「私と違いって。いやそれより、別に気になってなんかないですって」
「本当ですか? それにしてはこちらを計るような視線でしたが」
「うぐ……」
「クスッ」
ばればれである。こんな感じで、歩がカレンに好意も持っているのはとっくに筒抜けになってしまっていた。
(……でも、仕方ないと言わせて欲しい)
笑みを漏らす彼女を見ながら思う。
カレンはとびきりの美少女だ。それも今まで歩が出会って来なかった、少し陰と棘のあるたぐいの相手。こちらを上手からねちねちと弄ってくるのも新鮮である。なのにふと見せる今のような微笑みは柔らかく、年相応のものだ。初見で人形のようだと思ったが、深く付き合ってみれば意外なほどころころと表情を変えてくれる。
それに、身体のスタイルもそう。月明かりに濡れる銀髪は艶かしく輝き触れてみたいと思わせる。胸は小振りだが、修道服の上からでもしっかり実っていると分かる。極めつけはやはりその下半身。黒タイツのみと言っても過言ではないそのお尻は大きめで、歩く度にぷるぷると揺れる。完全に丸出しではなく、上着からちらちらと覗くのがまた色っぽい。そこから伸びる太ももとふくらはぎもタイツに締め付けられながらもぱつんと張り詰めさせ、しなやかに動いている。
カレンは歩の目から見ても魅力に溢れた美少女だった。掴み所のない性格と、細いのに肉感的な身体のギャップがまた男心を刺激する。あのタイツを破って尻に腰を打ち付けたい、と下心満々に思ってしまうくらいだ。
(まずいまずい、良くないって。カレンさんはそんなつもり無いだろうし。……でも、あんな格好してるカレンさんも悪……くないって、落ち着け僕っ)
しばらく一緒にいるうちに、カレンは歩の恋愛対象としての圏内に完全に入っていた。煩悩を振り払おうとするも頭から彼女への欲望が消えてくれない。
そして、それはなにも歩からの一方通行という訳ではなかった。
(……何でしょうか、この感じは。彼が私の同居相手を気にするのが、なぜか……嬉しいような)
カレンが内心、首を捻る。
彼女にとっても、歩の存在は大きくなっていた。思いがけない出会いで行動を共にするようになった相手。異国で出会った、最初は脅迫混じりで協力させたはずの少年は、しかしむしろカレンと一緒にいるのを楽しむような態度で隣にいてくれる。母国では肉体的にも精神的にも使い捨ての道具のような扱いを受けていたカレンに、優しい少年との時間は彼女が気付かないうちに心へ染み渡っていた。
もし少年の周囲の女性が知れば嘆息することだろう。歩が相手を見初めたということは、本能的に相手もこちらを憎からず感じていると察知したということだ。本人はその辺りの能力を自覚していないので無理に迫るのはと躊躇してしまい、その結果女性の方からハーレム入りを願い出させる形になるという天然ジゴロであった。特にそういった状況へ追い込まれた経験のあるライダーやアイリであればカレンへ憐れみと共感の眼差しを向けるに違いない。
(そうだ……カレンさんにお出掛けの誘いをしてみるのはどうだろう。別に、夜しか会っちゃいけないなんて決まりはないんだし……いや、でもなあ)
(また、何か言いたげな目を。早く喋りかけてくれれば良いのに……ふふ、次はどうやって虐めてあげましょうか)
夜道を歩きながら、お互いを盗み見合う。
歩もカレンも、まだしばらく目的地に着きたくないと心のどこかで思うのだった。
「ふぅ。もう終わっちゃいましたね、今日のぶん」
一時間ほど後、町外れの溜め池の前で歩が言った。
ここが本日四ヶ所目、最後の場所である。二人が待ち合わせ場所を出発してからまだ二時間も経っていない。回数を重ねるごとにスムーズになっていったカレンと歩の『仕事』は、今では総計3時間かかるのも稀なくらいになっていた。
「ええ。…………まあ短縮化できた最大の要因は私の練磨のおかげでしょうが、貴方もそれなりに頑張ってくれているとは認めましょう」
「あはは、ありがとうございます」
照れくさそうに言うカレンへ笑いかける。彼女の毒舌は相手をいたぶる為の時と照れ隠しの時がある。今は明らかに後者だった。
「んん…………っと。なんだかこのカレンさんとの散歩、運動になって良いですね。僕、あまり身体を動かさない生活だったので」
「そうなのですか? この前話してくれた、貴方の通っているという学校では運動訓練の授業もあるのでは」
「ああ、体育はありますけど。それだって一週間に何回か、って程度ですしね」
「……そうなのですか」
カレンがぽつりと呟いた。
「どうかしましたか? カレンさん」
「いえ、別に。貴方のようなすけべなら女子が運動しているのを凝視していそうだな、と思っただけです」
「僕を何だと思ってるんですか……」
半目になる少年へにやりと笑う。カレンはそれとなく目を逸らした。
(貴方と学校へ通うのも楽しそうだと思った、とは……言えませんね)
「まったくもう……それで、次回ですけど」
「今まで通りで構いません。あの公園に、日付が変わる頃に」
「やっぱりそうですよね。分かりました」
もう慣れ親しんだ次の予定を決める。
いつもなら、夜の散歩はこれで終わり。あとは歩はマンションに、カレンは教会に帰るだけだ。
なのに、
「………………」
「………………」
今日はなんだか、二人とも別れたくなかった。
さっき、改めて相手への感情を見直してしまったからだろうか。まだ一緒にいたい、という気持ちが湧いてきていた。
それは、二人の想いがある線を越えたからだ。今までは『仕事』にかこつけて密会し、それが終わればお開きにするという形でも十分発散できていた感情が、この日を境に発散できないくらいまで大きくなっていた。
夜道を照らす街灯の下で歩とカレンが向き合う。二人とも恥ずかしくて自分からは言えず、相手の言葉を待つ。
先に決心したのは歩の方だった。うっすらと頬を染めたカレンへ、
「あの、カレンさん。よければ」
「っ……はい、なんでしょう」
反射的にか、カレンが背筋を伸ばす。
珍しく緊張しているカレンを可愛らしいと思いながら、歩が言った。
「このあと、お仕事とか抜きで……ちょっと歩いていきませんか」
「…………仕方ないですね」
ふっとカレンが頬を緩める。
少し小首をかしげて、少年へ答えた。
「ええ、是非。お付き合いいたしましょう」
♦♦♦♦♦♦♦♦♦
「……それでですね、この辺りでブレーキが壊れちゃって。もう止められなくって、自転車ごとあのガードレールに突っ込んだんです」
「あらまあ。怪我はなかったのですか? ……おや、ここに擦れたような痕がありますけれど」
「うわ、それ僕の自転車のハンドルがぶつかった所ですね。まだ痕が残ってるんだ」
白いガードレールについた痕をさするカレンへ歩が答える。
二人は、あてもなくふらふらと夜の街を散策していた。もうそこには目的地もないし、仕事としての義務もない。
ただ単純に、相手と一緒に居たいだけ。隣に相手が居てくれること自体が目的の、居心地のいい散歩だった。
「ぷっ……ふふふ。貴方、見掛けによらず昔はやんちゃだったのですね」
カレンがころころと笑う。手を口元に当てた、上品な含み笑い。
(……たまにトゲがあるけど、笑うとやっぱり可愛いんだよなあ……)
思わず歩は見惚れてしまった。
これまでもだんだん表情が柔らかくなってきてはいたカレンだが、この時間になってからは尚更だった。歩の話に屈託なく笑い、感心し、相槌をうつ。一見感情の乏しそうな彼女が思いをストレートに表現する様子は、既に惚れかけている歩の心を鷲掴みにするには十分過ぎるほどだった。
しかも、
「……そうだ。その、大したコトではないのですが」
「はい?」
「貴方、先ほど仲の良い相手がクラスにいる、と言いましたが。それはもしや、女性なのでしょうか」
「えっと、そうですけど」
「………………」
むぅ、と唇を尖らせるカレン。
こんな風に、ちょくちょくいじらしい面を見せてくるようになったのだ。思いがけず仲良くなった男友達への軽い独占欲といった所だろうか。歩としては嬉しい限りである。実際は仲が良いどころか、肉体関係を結ぶ相手が何人もいるのだったが。
(……そうだ。そろそろ、カレンさんのことも教えてくれないかな)
親しい仲になったとはいえ、未だにカレンについて歩は深く知らない。カレンの方はもう歩のことを色々と知っているというのに、まだ歩はカレンの名前と『仕事』についてくらいしか把握していなかった。
「あの、カレンさん」
「はい? なんでしょう」
「僕もカレンさんについて聞いてもいいですか? どこで生まれたとか、何をしてきたとか。もっとカレンさんについて知りたいなって」
「………………」
歩がそう言うと、カレンが口をつぐんだ。
無表情になると途端に人形のように感情が読めなくなり、歩は戸惑ってしまう。
「……それは」
一度口を開いて、また閉じる。
それから再び決心したように、
「それは、私と性的な関係に及びたいというコトでしょうか?」
「…………えっと」
(違う……いやあながち違わなくもないけど……って)
「な、何言ってるんですかカレンさん!?」
「おや、そうではないのですか? てっきり私の身体を求めているのかと」
キョトンとした顔で見られ、歩は目眩がする思いだ。そりゃあ勿論そういった関係になるのはどんと来いだが、今のはそれを申し出た訳ではない。
あわあわと慌てる歩をカレンはじっと見た。それから、いつものように目を細めて笑う。
「くふっ。狼狽しすぎですよ。すみませんでした、貴方の様な女性経験の乏しい方にはきつい冗談でしたか」
「えっ? あ、いや、そうではなく……」
「誤魔化さなくても良いのに。ええ、貴方が私のような見目麗しい女性と親密な仲になりたいというのは理解出来ますとも。ですが、もっと手頃な相手を探した方がよいでしょう。私はこれでも経験豊富な女でして、貴方のような年頃の男性が好む清い身ではありません」
「え」
胸の前で両手を組んで軽く瞑目し、大したことでもないように言う。歩はさらりと告げられたことが飲み込めず、戸惑ってしまう。初めて会った日にも同じようなことを言われたが、あの時は下ネタのたぐいだと流したのだ。
しかし今の言い方は明らかに冗談でも何でもなく、ただ事実を伝える為の口振りだった。あの時の内容を加味して考えれば────母国にいた頃は男性の暴行を受容するのも仕事の一つである修道女であり、だから私を恋愛対象とするのは止めておきなさいと、そういう意味だ。
(嘘じゃない……よね)
淡々とカレンは『仕事』について打ち明けた。そこには恥じらいとか、卑屈さといったものはない。単にそういうことをしていましたよ、そんな女は嫌でしょう? ──という態度だった。
「カレンさんは……その仕事を、進んでやっていたんですか?」
「そういう訳ではありません。貴方に言っても理解できないでしょうから詳細は控えますが──私は特別な『体質』なのです。悪魔に取り付かれた罹患者は精神の箍が外れ、欲望に囚われたケモノと化します。そういったモノを引き寄せる誘蛾灯のような役割が私なのです。故に、それらに欲望をぶつけられるコトはありました。それも一度や二度ではなく。それを後悔はしていません。私がヒトの役に立つ数少ない使い処でしたから。しかし、私のような女が男性に喜ばれないコトは理解しています」
「………………」
歩は何を言うべきかを考えた。
よく見れば、カレンの手は少し震えている、ようにも見える。僅かな灯りに照らされるだけの夜道では見間違いかも知れなかったが。
カレンの告げたことは、正直気になると言えば気になる。
けれど、それはだからと言ってカレンを嫌いになった、ということにはならない。可哀想に、とも思わない。何しろカレン本人がそれを悔やんでいない、むしろ自分の立派な役目だと言っているのだから、そう思っては失礼にあたるだろう。
「なるほど。平たく言えば、カレンさんは苦労してきたと言うことですね」
「苦労、ですか。ええ、その表現は正しいですね。苦しさや疲労は確かにありましたから」
「で、その過程で身を犠牲にしてきたので、私を女性として求めるのはやめておけ、と」
「まさしくそういうコトです。よく判って頂けたようですね」
こくこく、と頷くカレン。
(────よし、決めた)
カレンはこう言えば歩が自分への興味を失くすと考えたのだろう。彼女は自分の過去を消そうとは思わない、けれど自分が穢れているとは思っている。憎からず思うようになった歩相手だからこそ、それを打ち明けて彼が自分を恋愛対象として見ないようにした。いざ結ばれたあと歩に嫌われたり、落胆させることのないように、先手を打ったのだ。
しかし、カレンは歩という少年を見誤っていた。歩はある意味で単純だった。彼は相手が昔どういうことをしていましたとか、どんな関係を持っていましたということはどうでも良かった。
歩が重視するのは、今の相手が好きかどうかということだけだ。そんな少年に過去の異性経験を説いて、だから自分は止めておきなさいと言っても何の意味もない。むしろカレンの態度は本当は彼女も歩に好意を持っているけれどやむ無く少年を慮ってという健気なもので、完全に逆効果だった。
だからこの時、歩は決心していた。
カレンの不器用な建前を取っ払って、必ずや彼女を自分のモノにしてみせる。女性としての自分に価値がないような口振りの彼女を──たっぷりと、女の悦びで満たしてあげたいと。
「カレンさん」
「え……」
胸の前で組まれた手を握ると、驚いてカレンが身をすくめた。
目を丸くする彼女に、勢い込んで歩が言う。
「もしよければ、僕とデートしませんかっ!」
「…………はぇ?」
あんぐりと口を開くカレン。
ぱちくりと瞬きする彼女を、歩はじっと見詰めていた。
はよエロ書きたい(本音)
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