※この作品はR-18です。

BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√   作:デスイーター

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道化師ーClownー

 

「……ふぅ……」

 

 白亜の建物が立ち並ぶ、仮想の地。

 

 スズシロ・シティの構造体の一角で、俺は溜め息を吐いた。

 

 俺はギルドから双葉と共に帰宅した後、こうして一人仮想に潜っていた。

 

 スズシロの構造体は都市の警備機構である都市自警軍(CDF)が定期的な巡回を行っている事もあり、治安は高度なレベルで保たれている。

 

 都市の外れにある【仮想のスラム】とも呼ばれる無法地帯、【無名都市(アノニマス・シティ)】にでも行かない限り、ならず者に絡まれる事はまずない。

 

 アーク本社が存在するこのスズシロ・シティの都市自警軍はアーク社のバックアップを受けている事もあり、構成員のレベルも軒並み高い。

 

 都市によっては一部の汚職政治家と繋がっていたりする事もある都市自警軍だが、このスズシロに限って言えばそのような心配はない。

 

 なにせ、この街の都市自警軍に支払われる給料は非常に高額だ。

 

 都市議会がなんとか金を工面して運用している他所とは違い、この街ではアーク社が都市自警軍に対し直接の援助を行っている。

 

 仮想のニーズを一手に引き受けるアーク社の援助がある以上、この街の都市自警軍に支払われる給料も自然と高額になる。

 

 ぶっちゃけた話、汚職政治家の手を取るより、普通に勤務をこなした方が懐が潤い易いのだ。

 

 金だけで全てが解決出来るワケではないが、金で解決出来る事柄が多い事もまた事実だ。

 

 それを理解しているからこそ、アーク社は都市自警軍への援助を惜しまない。

 

 そうする事で都市の治安が向上すれば、結果的に真っ当な経済活動が行い易くなる。

 

 一見すれば赤字投資に見えるそれも、長期的な目で見ればまた話は変わって来るワケである。

 

 そんなワケで、こうして一人でスズシロの構造体を歩く事になんら問題はない。

 

 都市自警軍の目の届く範囲で無法を行う事がどれだけ愚かであるが、この街の住人はよく知っている。

 

 だからこそ、仮想の街を行き交う人々は多い。

 

 俺も、この街の構造体は好きだ。

 

 元より仮想への親和性が高かった俺にとって、此処は相当に居心地の良い場所なのだ。

 

 仮想のない生活など、考えたくもない。

 

 何(・)も(・)な(・)か(・)っ(・)た(・)俺にとって、この仮想の地はなくてはならないもう一つの現実なのだから。

 

 故に、何かに思い悩んだ時などはこうして仮想に散歩に行くのが常だった。

 

 ────歩みを進めるにつれ、周囲の景色は先程までとはまた違った様相を見せていた。

 

 白亜の建物が並んでいた中心部とは打って変わって、周りには壊れた建物の残骸、所謂廃墟が立ち並んでいた。

 

 スズシロの構造体は中心部は未来的な意匠の建物が並んでいくが、外周区に近付けば自然を模した風景が増え、森の中にロッジが立ち並ぶ牧歌的な風景を見る事が出来る。

 

 構造体の外周区には、ロッジが立ち並ぶ草原区画や森林区画、登山や釣りが楽しめる山林区画や渓流区画等、仮想の中でも自然の風景を楽しめるように工夫された区画が揃っている。

 

 …………俺が今いるのは廃墟マニア向けの一風変わった区画であり、周囲には瓦礫の山の中に大小様々な廃墟が点在している。

 

 中には先史文明の記録に載っていた【軍艦島】のような場所も存在し、コアな人気スポットでもあった。

 

 知識の採集が趣味である俺にとって、こういった歴史を感じる廃墟は割と好きな部類に入る。

 

 たとえその廃墟が仮想の法則に従って構成された紛い物だとしても、此処の雰囲気は悪くなかった。

 

 その為、俺は暇な時はこうして此処に足を運んで廃墟を眺めながら過ごす事が多い。

 

 …………双葉にはこの趣味を理解して貰えなかった為、此処に来る時は一人なのが常であるが。

 

 此処は現実の廃墟と違って急に崩れたりする危険もなく、虫が湧いたりもしていない。

 

 見た目は廃墟でもアーク社の管理下にある場所なのでならず者が屯する事もない為、安心して廃墟探索を行える。

 

 俺の、お気に入りの場所なのだ。

 

 今にも朽ちゆきそうな廃墟がAIによって再現された虚構である事を考えると空しく思う事もあるが、それでも安全性には代えられない事を考えると仕方がない。

 

 娯楽の為に怪我をしては、本末転倒なのもまた事実なのだから。

 

「よ、っと……」

 

 俺は手近な瓦礫の上に腰掛け、一息ついた。

 

 周囲の廃墟を何気なく眺めながら、俺は自身の懸(・)念(・)事(・)項(・)を思い返す。

 

 …………ギルドでの一件、あれは見過ごしていい類の変化ではないように思えた。

 

 色々な事があったばかりで気が立っていたのは事実であるにしろ、自(・)分(・)か(・)ら(・)ト(・)ラ(・)ブ(・)ル(・)を(・)望(・)む(・)ような状態に陥るなど、普通ではない。

 

 少なくとも、自己分析では俺は喧嘩っ早いワケでも、短気なワケでもない。

 

 確かに我慢の限界はあるがあんな挑発など慣れっこの筈であるし、普段なら適当にあしらって事を済ませていた筈だ。

 

 だというのに、あの時俺は無意識の内に騒(・)乱(・)を望んでいた。

 

 更に言えば、ホークスに指摘されるまでそんな自分の思考に疑いすら持っていなかったのである。

 

「………やっぱ、あの時のあ(・)れ(・)が原因か………」

 

 そして、その原(・)因(・)には一つ心当たりがある。

 

 あの、【未踏領域】での戦い────その最中の、暴(・)走(・)の件だ。

 

 俺自身あの時の記憶は曖昧ではあるが、統率個体(イニクィタティス)を倒す為に力を求め、頭の中で何(・)か(・)に触れた事までは覚えている。

 

 あの感覚は、脳チップがハッキングされたとか、そういったものとはまた違ったものだった。

 

 例えるなら、いつの間にか無くしていた本を見つけた感覚、とでも言おうか。

 

 少なくとも、俺自身その時はそれを異(・)物(・)とは認識していなかった。

 

 …………あくまでそ(・)の(・)時(・)は(・)、であるが。

 

 俺が意識を失った後、頭の中に響く声(・)を聴いた俺は、自分の脳を勝手に使われているかのような、言い様のない違和感に襲われていた。

 

 その違和感は段々と強くなり、気付けば頭の中に聞こえる声(・)に強い拒絶を示し、有栖の一撃を境にその声(・)は消えて行った。

 

 けれど、俺はあれで終わったとは思っていない。

 

 あの声(・)は、あくまで俺の中に引っ込んだだけだ。

 

 何か切っ掛けがあれば、あの声(・)は再び俺の身体を乗っ取ろうとして来るだろう。

 

 これは単なる勘ではあったが、俺はその勘を全く疑ってはいなかった。

 

 …………あの声(・)は、俺にとって明確な異(・)物(・)であり、脅威だ。

 

 あれの影響と思われる驚異的な戦闘能力は戦闘映像で実感したものの、あれを多用すればどうなるかなど目に見えている。

 

 あの、自分が自分でなくなるような、異様な感覚。

 

 あんなものを味遭うなど、二度とごめんだ。

 

 だが、今の俺に実力が足りないのもまた事実。

 

 もう一度窮地に陥れば、あの力に手を伸ばさない保証は何処にもない。

 

 それを防ぐ為には、そもそも戦わなければいい話ではある。

 

「………けど、それはダメだろ」

 

 俺は、探索者として【遺跡】に挑む事で生計を立てている。

 

 無論、ノインさんが運用する資産や双葉が個人的に稼いだ金額の事を思えば、俺の稼ぎなど微々たるものだろう。

 

 けれど、職(・)種(・)として探索者を選択した以上、戦わない、というのは仕事をしないと言っているのと同じだ。

 

 幾らお金に困っていないからと言って、いち社会人としてそんな状態に陥るのは絶対にゴメンだった。

 

 俺はまだ未成年だが、扱いとしてはもう社会人も同然だ。

 

 ならば、仕事をするのは義務であり、当然の権利である。

 

 もう戦わないとするなら、他の職に転(・)職(・)するしかないが、そもそも俺に探索者以外の適性職業など思いつかない。

 

 適齢期まで子供に教育を施す機関、【学習機関(アカデミー)】でも俺は探索者に必要な科目以外は履修していない。

 

 そんな俺が転職しようとしたところで、碌な仕事が見つからないのは目に見えている。

 

 そもそも、普通の職種は元探索者を雇う事を厭う傾向がある。

 

 探索者はならず者が端金目当てでなる事も多く、ならず者の巣窟という偏見を持たれ易い職種だ。

 

 なので、一般職種の募集要項には「探索者経験のある方以外」という項目が明記される事も少なくない。

 

 逆に都市自警軍などの実(・)戦(・)経(・)験(・)が必要な職種の場合は探索者経験のある者を優先して雇い入れる傾向はあるが、その場合でも厳しい面接を潜り抜ける必要があり、そもそもその場合は戦いから離れるという目的は達成できない。

 

 故に、俺が仕(・)事(・)を続けようと思うなら、探索者として【遺跡】に挑み続ける他ないのだ。

 

 だが、そうなると最初の問題────再びあ(・)の(・)力(・)に手を伸ばしてしまう危険性は、決して無視出来ない。

 

 【未踏領域】の危険性は、充分過ぎる程に実感した。

 

 また俺一人で挑めば、同じような────いや、更に悪い結末が待っているに違いない。

 

 だからといって、今更通常階層を探索したところで大した稼ぎにならないのもまた事実。

 

 ハッキリ言って、八方塞がりな状態であると言って差し支えない状況だった。

 

「────ふふ、何を悩むんだい? 答えなんて、もう分かり切っているだろう?」

 

 ────不意に、奇妙な悪感と共に覚えのある声を耳にする。

 

 振り向けば、そこにはいつの間にか一人の少女が立っていた。

 

 目深に被ったシルクハット帽に、下着そのもののようなキャミソールの上に羽織ったマント。

 

 そして、太腿を剥き出しにしたレオタード衣装。

 

 その露出過多な姿は紛れもなく────【花園】の【未踏領域】で出会った、あの少女に間違いなかった。

 

 少女は熱っぽい視線をこちらに向けながら、ゆらゆらと身体を揺らしている。

 

「………お前は…………」

「ふふ、ふふふふ……っ! 挨拶が遅れたねっ! ワタシは、【帽子屋(マッドハッター)】……っ! そう呼ばれている、ただの道化師さ。以後、お見知りおきを」

 

 少女、【帽子屋】はそう告げると大仰に一礼する。

 

 その姿は確かにサーカスの道化師じみており、その動作も完全にこちらに魅(・)せ(・)る(・)事を意識している。

 

 だが、どうしてだろう。

 

 彼女の笑みが、あの【統率個体】のそれと同一のものに見えてしまうのは。

 

「ワタシが何者か、ワタシはなんなのか、そんな事は須らくどうでもいい事だ。今、キミの抱えている問題には、一切合切全く関係ない……っ! だってそうだろう? キミはキミの中(・)に(・)あ(・)る(・)も(・)の(・)に怯えていて、外に目を向けるどころじゃないんだからねぇ」

「………っ!?」

 

 …………俺は再び、目を見開いた。

 

 あの時もそうだが、少女の口ぶりは俺の事(・)情(・)を俺以上に把握しているとしか思えない。

 

 事実、彼女の声が引き金となってウイルスから解放され、挙句の果てにあの暴(・)走(・)に繋がっている。

 

 彼女は、何かを知っている。

 

 それはもう、俺の中では疑い様のない事実だった。

 

「………お前は、何を知っているんだ………?」

「ふふ、そこは敢えてな(・)ん(・)で(・)も(・)と答えておこう。ワタシは、君の事をよぉく知っているよ。それこそ、以(・)前(・)の(・)記(・)憶(・)を(・)失(・)っ(・)た(・)君(・)よ(・)り(・)は(・)ず(・)っ(・)と(・)ね」

「………っ!? それも、知っているのか……」

 

 俺はその言葉に、彼女への警戒度を一段階引き上げた。

 

 俺の記憶喪失の件は、双葉等親しい人間しか知らない事柄だ。

 

 だというのに、この少女はその事を当たり前のように知っていた。

 

 双葉達がこの事を漏らすとは考えられない以上、昔(・)の(・)俺(・)を知っていると解釈する他ない。

 

 そう、記(・)憶(・)を(・)失(・)う(・)前(・)の(・)俺(・)を、である。

 

「ふふ、ふふふふ……っ! ああ、よぉく知っている。君の過去や、その秘密もね。けれど、それをワタシの口から言うなんて無粋だ。何故かって? だって、そんなのキ(・)ミ(・)が(・)キ(・)ミ(・)自(・)身(・)に(・)聴(・)け(・)ば(・)い(・)い(・)だ(・)け(・)なんだから……っ!」

「……俺自身に、聴く、だと……?」

 

 俺は意味が分からずそう問い返すと、少女は唇を歪めた。

 

「────そうさ。キミは、キミの脳には、余人には及び尽かない至高の叡智が眠っている。あの時、キミが繋がったのはその叡智の扉(・)に過ぎない。今キミを襲う副(・)作(・)用(・)も、キミが自身の叡智を完全に引き出していない事が原因だ」

 

 だから、と少女は嗤う。

 

「求めよ、叡智を。あらゆる知識は、全てキミの中にある。キミがそれに手を伸ばせば、今のキミを悩ませる問題なんて簡単にカタがつく。いつまでも、頭の中に蟲(・)を住まわせたくはないだろう? だったら、キミはその叡智に目を向けるべきだ。いや、目を向けなければならない……っ! 何故ならそれが、キミに与えられた運命なのだから……っ!」

 

 まるで説法をする宗教家のように、純粋に歪んだ瞳で少女────【帽子屋】はそう謳いあげる。

 

 その声は、言葉は、どうしようもない魅力に満ちていて、思わず俺は口を開きかけた。

 

 ────怜二────

 

「………………っ!」

 

 ────けれど、俺はそこは踏み留まった。

 

 唐突に脳裏に浮かんだ双葉の顔が、何処か哀し気に見えた。

 

 俺が止まるには、その理由だけで充分だった。

 

「────成る程、今はまだ踏ん切りがつかないみたいだね。仕方ない、今日は退散する事にするよ」

 

 俺の様子の変化を感じ取った少女はそう呟くと身を翻し、口元を盛大に歪めた。

 

「けれど、それも時間の問題さ。キミはきっと、遠くない内にあの叡智へ手を伸ばす。要は、遅いか早いかの違いでしかない」

 

 だから、と少女は告げる。

 

「────キミがキミの運命を受け入れるその時を、楽しみに待っているよ。じゃあね、■■■■■■■」

 

 ────その言葉を最後に、少女は風に溶けるように消え去った。

 

 最後に呟いた言葉は風に浚われ、消える。

 

 それはまるで、まだそれを耳に入れるべきではないという、神託のように思えた。





 はい、更新です。

 この√では割と早めに再登場した彼女ですが、これからもちょくちょく出てきます。

 今後もコンスタントに更新していきますので、よろしくお願いします。

 それから、この連載が終わったらワートリの二次書くつもりです。

 病み那須さんとか、いいよね。
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