BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
『さて、と』
男、八木澤は俺への挨拶もそこそこに、投げ飛ばしたジャビットへ向き直る。
ジャビットの機体は壁際で膝を突いており、言い知れない怒気がその周囲から発せられていた。
『テメェ、どういうつもりだオラァ……ッ! 僕の楽しみを邪魔しやがって、ズタズタにされる覚悟は出来てんだろうなぁオッサン……ッ!』
『生憎だが、外道相手に容赦するつもりはないんでね。お前さん、【
八木澤はふぅ、と溜め息を吐き、続けた。
『懸賞金なんぞに興味はないが、まあ、目の前でご同輩がやられそうになってるのに助けないのは後味が悪い。勝手ながら、手を出させて貰ったよ』
八木澤はあくまで淡々とした態度で、ジャビット相手に物怖じせずにそう告げた。
表情画面のジャビットの顔が、苛立ちに歪む。
『あぁ? そんなくだらねぇ理由で僕の楽しみを邪魔したってのかよオイ。苛立つなあ、ムカつくなあ、殺してぇなぁ────ぶっ殺す……っ!』
言うが早いか、ジャビットは機体を沈めると一気に跳躍し、再び空中を縦横無尽な軌道で駆け出した。
こうなると、俺の目では最早追うどころか姿を捉える事さえ出来ない。
風を切る音だけが奴が動く痕跡となり、常人の眼を掻い潜る。
一度動き出した処刑鎌は、獲物を斬り裂くまで止まらないのだ。
『ヒャハッ! 死ねぇ……ッ!』
ジャビットは八木澤の真上から一気に急降下し、機体の首を狙ってフットブレードを振り下ろす。
俺の時のような
『──甘い』
────
八木澤は身体を少しズラす事で、ジャビットの斬撃を回避。
そのまま掌底を敵に打ち込み、ジャビットの機体を吹き飛ばした。
『がぁ……っ!?』
一瞬の攻防、超絶技巧の
綺麗に胴体に打ち込まれた掌底の威力が伝播し、ジャビットの機体は再び宙を舞う。
『チィ……ッ!』
しかし、今度は壁に叩きつけられる具は侵さない。
ジャビットは壁に向かってスライドボムを放り投げ、爆破。
その爆風に反発する形で勢いを殺し、そのまま虚空を蹴って跳び上がった。
今度はすぐさま高速機動には映らず、水路の柱の上にその身を躍らせる。
『……よくも、やりやがったな。テメェ、
『別に、大したモンじゃないさ。生憎、序列だの評価だのに興味はなくてね。ただの、冴えないおじさんだよ』
八木澤はあの恐るべきスピードを持つジャビットを容易に迎撃しておきながら、あくまで淡々とそう告げた。
その立ち振る舞いに隙はなく、大言壮語など以ての外。
彼のその佇まいが、何よりも八木澤の底の見えない
『…………ID称号完了。怜二、その人は八木澤玄治────序列
『序列、八位……っ!?』
────まさかの、
あの有栖の、更に上の序列上位者。
別格の中の別格。
それが、序列一桁の持つ意味。
生きる伝説と呼ばれる領域にいる、文字通り桁違いの凄腕だ。
探索者は序列五桁からスタートし、功績や成果に応じてその序列が繰り上がって行く。
その頂点とも言えるのが、序列一桁。
序列一位から七位までは【大浸蝕】の英雄たる【七代騎士】に敬意を表する形で【永久欠番】となっている為、八木澤は事実上
【無双無敗】の噂は、俺も聞いた事がある。
曰く、【無敗の英雄】。
どんな戦場であろうと生き延び、敵を悉く打ち倒す
それが【無双無敗】、文字通り
『────へぇ、面白いじゃねぇか』
────だが、そんな情報を聞いてジャビットが浮かべたのは、凶悪な笑み。
先程までの苛立ちは消え、純粋な闘志がジャビットを沸き立たせている。
ジャビットはギラギラした目つきを八木澤に向け、唇を吊り上げた。
『テメェがあの【無双無敗】とはなぁ。クク、最近雑魚ばっかで食傷気味だったんだ。
『……やれやれ。おじさんは別に、そんな大それた肩書きを名乗った覚えはないんだがね。こっぱずかしいったらありゃしねぇ。ま、
八木澤は機体右上の指を立て、不敵な笑みを浮かべる。
『────来な。迎え撃ってやるよ』
『ヒャーハハハハハハハハハハ! そうだよそうだよ、そうこなくっちゃなぁ……っ!』
【無双無敗】から受けた挑発に歓喜の声をあげ、ジャビットは再び中空へ跳躍。
虚空を蹴り、縦横無尽の空中機動を再開した。
『行くぜオラァ!』
ジャビットは虚空を小刻みに蹴ってジグザグな軌道を描きながら、八木澤の機体へ突貫していく。
直線で駄目なら曲線で。有り触れた手ではあるが、それ故に有効な手ではある。
『──無駄だ』
────相手が、『無双無敗』でなければだが。
変則的な軌道にも惑わされる事はなく、八木澤は身体をズラしてジャビットの斬撃を回避。
再び張り手を構え、掌底を叩き込まんとする。
『……ぬ……っ!?』
…………だが、八木澤は何かに気付いたように腕を引っ込め、バックステップ。
次の瞬間にジャビットの機体が纏っていた白い布が生き物のように蠢き、大口を開けた怪物のように八木澤の機体を取り込まんとする。
しかし、奇襲は既に察知した以上、八木澤にそれを大人しく喰らってやる理由はない。
その場で足を踏み鳴らし、震脚。
せり上がった地面から突き出た瓦礫が八木澤の盾となり、白い布の急襲を凌ぎ切った。
『チィ、まさかこれも回避されるとはねえ。随分と勘が良いじゃねぇか。【シュラウド・ラビット】相手に此処まで無事でいたのは、初めてだよ』
『ま、伊達に歳食ってないんでね。このくらい、長く戦場にいりゃ自然と身に付くもんさ』
なんでもない事のように言うが、無論これはそう簡単な話ではない。
恐らく八木澤は長年の経験から精査した情報から
矢張り、ものが違うと言わざる負えない。
(……しかし……)
気になるのは、今八木澤が退けた白い布の正体である。
あの布は双葉が仕掛けた【攻性防壁】でさえ、簡単に突破して見せた得体のしれない代物だ。
しかし、今見た限りではあの布は
つまり、【攻性防壁】の突破という能力の他に、敵を拘束する能力まで備わっている事になる。
防壁の突破と、敵の拘束。
これらの能力は一見、噛み合っていないようにも思える。
しかし、既に八木澤はある程度の推察を立てている様子であった。
『【
『……へぇ、まさか初見で当てて来るなんでね。流石、と言っておこうか』
ジャビットがそう告げると同時に白い布は再び蠢き、大きく広がった。
『僕の機体の【固有兵装】は、【
「……触れた対象を、そうか……っ!」
そう、あの【攻性防壁】の突破も、敵を拘束しようとする動きも、全てそれで説明がつく。
【攻性防壁】の時は防壁を死亡状態、つまり
そして敵を拘束しようとする動きが見えた以上、あの布に捕まれば文字通り機体が
【ラビットシリーズ】らしい、強力極まりない【固有兵装】と言えた。
『クク、益々面白くなって来たじゃねぇか。さあ、次は何を見せてくれ────あぁ? なんだよ坊や、今いいトコ…………何?』
ジャビットはそのまま戦闘を再開する気構えを見せたが、何処からか通信を受けたのか一瞬動きが止まる。
そのまま不気味な沈黙を続け、目を細めて
『────そうか。お前、
「……っ!?」
────瞬間、言い知れない悪感が俺の背筋を駆け抜けた。
先程までの
そんなものを向けられて、俺は言葉を発する事もなく固まった。
それだけ、奴から発せられるプレッシャーは凄まじいものだったのだ。
『本当なら此処で八つ裂きにしてやりたいが、事情が変わった。流石に僕も、
だから、とジャビットはハイライトの消えた眼で睨み、告げる。
『────今は退いてやる。だが、次会った時にお前を必ず地獄を見せてやる。必ずだ』
────そして、ジャビットはその場で大きく跳躍し、【遺跡】の奥へ消え去った。
既にこの場からジャビットの電子体反応は消失しており、既に反応は遠い彼方である。
一度
これで、戦闘は終わった。
だというのに、俺は自身を襲う凄まじい悪感を抑え切れずにいた。
明確に、奴に
それがどういう意味を持つか、少なくとも愉快な想像は出来そうになかった。
『…………退いたか。
やれやれ、とかぶりを振る八木澤が何処まで本気なのかは分からないが、彼から戦闘状態の緊張が離れた以上、此処でこれ以上の危険がない事は確実なようだ。
未だあの悪感は拭えないが、それでもあんな窮地から生き残れた事に変わりはない。
今は、その事を安堵する他なかった。
『……怜二。あいつがいなくなったから、
「そうか。このザマじゃ、そうするしかなさそうだな」
今回は痛い目に遭っただけで収穫は何もなしだが、四肢がもがれ精神的にも限界が近い。
此処で帰還するのが、得策だろう。
「すみません。俺はこのまま離脱します。救援、ありがとうございました」
『別にいいさ。たまたま、通りがかっただけだからな。あんちゃんは運が良かった、って事にしとけや』
八木澤はそう言ってひらひらと手を振り、気にする事はないと訴えて来る。
俺はその厚意に謝辞を示し、離脱プログラムを起動した。
────これで、盗掘部隊【ヒャズニング】とのファースト・コンタクトは終わりを告げた。
先に待つのは暗雲なれど、最早先に進む他ない。
Chapter2/第二遺跡ーChange of Everydayー ──終──
というわけで第二章終了。
次は第三章となり、これまでとは少し毛色が違ってきます。
お楽しみに。