BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
「……話には聞いていたが、噂以上だな……」
俺は目の前に広がる光景に絶句しながら、周囲を見渡した。
その街は有り体に言って俺のよく知る街とは似ても似つかない場所だった。
白亜の建物が立ち並ぶスズシロの中心区画とは似ても似つかない、焦げ茶色の建物が無軌道に林立している。
無計画に増設された都市区画は複雑な路地を形成し、一歩奥へ進めば無法者共の乱痴気騒ぎが聞こえる魔窟だ。
────此処は【
スズシロの構造体に寄生するような形で存在するこの区画は一説によれば【先史文明】時代からあったとされる仮想都市であり、無数の
様々なアングラ・コミュが離散・結合・増殖を繰り返し、AIの余剰演算能力を掠め取る事によって成立している違法都市である。
無数のスレッドに分散されて再現されているために誰もこの街を停止できず、絶えず創造と破壊が繰り返されているために誰も街路図を描けず、この街の住人が個体名を重視しないために誰も住民名簿を作れない。
この街に置けるルールはただ一つ、
力のない者は淘汰され、知恵のない者は搾取される。
そんな原初のルールで回っているのが、この【無名都市】である。
路地の入口には裸同然の恰好をした娼婦が客を探しており、場合によっては奥に仲間を潜ませて哀れな獲物を待ち構える美人局も混在していた。
通りの店では日常的に喧嘩沙汰が起きており、身包みを剥がされて通りに叩き出される客の姿も珍しくない。
中には客が買い付けた奴隷や
路地の片隅に凌辱された女性が転がっている事もあり、そういった被害者は通行人に
誰も他人を助けようとせず、悪徳こそが身を護る術となる。
それがこの、【無名都市】の
…………俺がこの【無名都市】に来ているのは、当然理由がある。
先日、俺は探索部隊【ミョルニル】の隊長八木澤玄治に、自分を【牝喰い鬼】ジャビット=アンサーペから護って貰えるよう依頼した。
八木澤隊長はその依頼を快く承諾してくれたが、あくまで
曰く、執念深いジャビットの性格を考慮すれば、受け身になるのは得策ではない。
ならば、こっちから打って出てジャビットを仕留めてしまった方が良いと、そういうワケである。
隊長が言うには【ヒャズニング】の要はあくまでジャビットであり、彼という支柱がいなくなれば組織の体は成せなくなるだろうという事だ。
確かにフェネジールは厄介な【固有兵装】を持ち、隊長としての指揮能力も持っているが、あくまでそれは
八木澤隊長のような一線級の者達からしてみれば、稚拙と言わざる負えないレベルなのだという。
つまり、ジャビットという最大戦力を失った瞬間【ヒャズニング】は烏合の衆と成り果てる。
八木澤隊長が【ヒャズニング】に潜入させた部下からの情報によれば、連中はジャビットの力による恐怖政治で統率を保っているらしく、フェネジールは実質お飾りのようなものなのだと言う。
もっとも、部隊内でフェネジールを侮辱する発言をすれば即座にジャビットによる
恐怖で締め付けるジャビットさえいなくなれば、フェネジールの力量では部隊は維持し切れない。
少なくとも、それなりの数の離反者が出る筈だ。
その為、八木澤は【ヒャズニング】に入り込んでいる部下の手引きにより、奴らのアジトを強襲。
一気呵成にジャビットの元まで辿り着き、これを仕留める。
そういう作戦を、彼は提示した。
その上で俺が此処にいるのは、要は
【ヒャズニング】はそれなりの規模の盗掘部隊であり、根城があるこの【無名都市】にはある程度の情報網を張り巡らせている。
その
無論、これは八木澤隊長から提案された事ではない。
俺が自ら、八木澤隊長に打診したのである。
…………当然、双葉には大反対された。
彼女は【ミョルニル】程の部隊が動くのだから、わざわざ俺が危険な真似をする事はないと、強硬に主張した。
ホークスもやんわりと忠告してくれていたが、俺は意志を変えるつもりはなかった。
今回、俺は八木澤隊長に自身の身を護る為にジャビット討伐を依頼した形になる。
つまりそれは言い換えれば、
もし此処で俺がジャビット討伐に関して何の貢献も出来なければ、俺の評判が地に落ちる事は間違いない。
既に、大手探索部隊である【ミョルニル】を頼った時点で色々とギリギリなのだ。
これで一人結果を待つだけで終わってしまえば、俺の探索者人生は最早終わったも同然である。
探索者は普段の探索の他、企業の依頼を受けて動くケースもままある。
そして、企業は探索者に依頼を行う時、
つまり、一度評判が落ちてしまえば企業からの依頼が来なくなるのだ。
企業からの依頼は報酬が良い事もあるが、何より探索者の信用の担保でもある。
探索者はその都合上、信頼というものが得難い職種だ。
探索を行っても成果物なしで帰る事などざらにあり、場合によってはそのまま
その為、探索者は公的機関で金を借りる事も難しいし、立場上敬遠もされ易い。
…………しかし、企業からの依頼がある探索者ともなれば話は変わって来る。
企業から依頼があるという事は、その企業が探索者の信用を担保してくれるという事だ。
バックボーンとしての企業があれば、その探索者は
俺は今までにも実際に幾つか企業からの依頼をこなしており、そこそこ信用もされている筈だ。
共に戦う仲間がいない俺にとって、この繋がりは消してしまうワケにはいかない。
少なくとも双葉の方針で【未踏領域】への探索を控える都合上、稼ぎ口は多い方が良いのは間違いない。
そこで俺は苦肉の策として、自ら囮役を買って出たワケである。
一端でも作戦の成功に貢献出来れば、評価の低下は最低限で済む。
それを分かっていたからか、八木澤隊長は俺の提案を文句一つ言わずに受け入れてくれた。
とは言っても、俺の役目はそう難しいものではない。
ただ、この【無名都市】を出歩いて奴等の眼に留まれば良いのだ。
「へい兄ちゃん、違法ナノに興味はないかい? 検査を潜り抜けられる
「希少品のセクサドールがあるぞっ! 型番はちと古いが、具合の良さはお墨付きだぜ」
「こっちにゃ新鮮な
露店からは威勢の良い客引きの声が聞こえ、ふとそちらに視線を向けた。
物珍しい武装や違法ナノ、非合法のセクサドールや、果てには
店の主人が手に持っている【人形】の少女は特に痛々しく、四肢が斬り取られた挙句、背中側には
衣服一つ身に纏っていないその【人形】は、最早その目には何も映してはいなかった。
この【人形】は基本的に精神が壊れた人間の電子体のデータに不可逆の改変を施し、
かかるコストは下手なセクサロイドよりも膨大であり、所持しているのが見つかるだけで重罪になりかねない代物ではあるが、それでもこういったものの
時折見かける黒服に囲まれた明らかに成金と思われる身なりの男達などは、嬉々としてそういった
人の命や尊厳すら、この場所では
その事を、俺はまざまざと見せつけられた気分だった。
…………正直、そんなものを見せつけられて気分が悪くならなかったと言われれば嘘になる。
しかし、此処でそれを外に出すワケにはいかない。
此処の住人は、
俺が公権力の後ろ盾を得て此処にいると分かれば、途端に街の住人全てが俺に牙を剥く事になる。
なのであくまでも、俺は
幸い、此処にはある意味では刺激的な
金さえあれば非合法な代物も簡単に手に入るし、場合によっては奴隷を手に入れて好き勝手する事すら出来る。
【遺跡】で盗掘者に捕まり、奴隷の身に堕とされる探索者は相応の数存在するのだ。
そういった者達は
それを目当てに此処を訪れる者も、確かにいるのだ。
俺はそういった輩を装い、尚且つ余計な連中に目を付けられないよう此処を徘徊しなければならない。
幾ら【ミョルニル】のバックアップがあるからといって、無制限に厄介ごとを招いて良いわけがない。
特に、厄介ごとの宝庫とも言えるこの場所では一つ厄介ごとを引き寄せれば、連鎖反応的に何を引き寄せるか分かったものではない。
「…………き、貴様は……っ!?」
「……へぇ」
────だから、その男の姿を見た時は、思わず含み笑いが漏れたのだ。
赤い髪に、整った顔立ち。そして盛大に顔を引きつらせているその男は────【ヒャズニング】隊長、フェネジール=ジルベルトに違いなかった。
明日は更新出来ませんが、明後日は更新しますです。