BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
「……ふふ、嗚呼、すっきりしたわ」
少女は返り血塗れの黒いコートを揺らしながら、薄笑いを浮かべる。
彼女の足元には手を刃で床に縫い付けられた、首のない男の死体が倒れている。
この男は、彼女が男達の拠点を聞き出す為に敢えて殺さずに残してた男であり、この場にいた者達の最後の生き残りであった。
しかし、有栖は必要な事を聞き終えると無造作に腕を振るい、男の首を両断してしまった。
…………だが、最期の瞬間男が浮かべた表情は恐怖ではなく
やっと、この恐ろしい
そういった類の、諦観の極致にある安堵だった。
少女は、それだけの恐怖を男に叩き込んで見せた。
数の多い男達を単騎で容赦なく殺戮し、腹を刃で抉りその中を掻き回すという拷問までやってみせた。
そのおぞましい光景は男の心を折るには充分過ぎるものであり、ならず者達は自分達の悪行をこれ以上ない形で返された事になる。
男達に犯される寸前だった双葉からしてみれば、ざまあみろという気持ちは沸いてきても、同情する気は欠片もない。
…………もっとも、少女のあまりにも残虐な殺戮を目にして、気分が悪くならなかったと言えば嘘になるが。
「お待たせ。無事?」
「…………お陰様でね」
少女はただの友人に声をかけるような気軽さで、双葉に笑いかけた。
その笑みは先程まで男達に向けていた冷酷な狩人としてのものではなく、害意を全く感じない綺麗な表情だった。
だからこそ、殺戮の直後にこんな表情を浮かべられる彼女の異質さが際立っているのだが。
「で? なんでアンタがこんなトコにいるのよ、
「ふふ、異名じゃなくてちゃんと
少女、有栖はフードを取り、蒼い髪を揺らしながらその怜悧な美貌を湛えた顔立ちを露わにする。
有栖の表情は以前にギルドの前で会った時となんら変わらず、この少女があのような殺戮を繰り広げたなど普通は思えないだろう。
だが、双葉はその事については意外だとは思っていない。
むしろ予想通りの顔が出て来た事で、双葉の顔はより一層訝し気なものになった。
「アンタと友好的な関係を築いた覚えはないわね。一度手を組んだだけの間柄でしょ?」
「あら、そちらこそ忘れたのかしら? 貴方はまだ、私に
双葉は有栖の物言いに、舌打ちして黙りこくる。
確かに、双葉はあの【未踏領域】で有栖に助けて貰った時の
有栖がその借りの返却条件として突き付けてきた、
その件については有栖は文句一つ言わず保留とした為、確かにそういう意味では関係は切れてはいない。
その事が、双葉にとってどれだけ苛立たしい事であってもだ。
「ふざけんな、アンタと友達になったつもりはない。確かにアンタには借りがあるけど、だからと言って馴れ合うつもりは微塵もない」
「あらあら、嫌われたものね。心配しなくても、貴方の彼を取ったりはしないわよ。私だって、恋人がいる相手に横恋慕する気はないわ。まあ、愛人の座くらいは狙うかもしれないけどね」
有栖はくすくすと笑いながらそう宣い、そんな彼女の態度に双葉の眉が吊り上がる。
「アンタ……」
「ふふ、冗談よ。そんな怖い顔しないで欲しいわ。さて、ちょっとそのまま動かないでね」
有栖は笑顔のまま、無造作にナイフを振るい双葉の手首と足首を縛っていた縄を切断した。
唐突に手足が自由になった双葉はバランスを崩して転びかけるが、そんな彼女を有栖が優しく抱き留めた。
「ごめんなさい、少し乱暴だったわね。お詫びに、これをあげるわ」
有栖はそう告げると、懐から布切れを取り出すとそれを広げ、有栖が来ていたものと同じ黒いローブが現れる。
彼女はそれを胸元が無残に破かれ露出した双葉に着せ、そこでようやく双葉は自分の服装が今どうなっていたかを思い出した。
「…………気付いてるなら、言いなさいよ。まあ、礼は言っておくけど」
「ふふ、いつまでも丸出しでいるものだから開き直っているものかと思ったけど、そうでもないのね。ま、眼福だったと言っておくわ」
「……っ!」
からかうような少女の言葉に双葉はキッ、と彼女を睨みつけるが、有栖は何処吹く風だ。
むしろ、そんな双葉の反応を見るのが楽しくて仕方ないといった面持ちである。
「あら?」
「……え……?」
そんな時、近くの中空に仮想スクリーンが展開された。
スクリーン越しに、以前訪れた【無形都市】の【廃棄場】が映し出される。
それと同時に、【廃棄場】で対峙する怜二の【ヴァナルガンド】とジャビットの【シュラウド・ラビット】の姿も見える。
そして、表情画面を展開したジャビットがこの場の有り様を見て呆気に取られていた。
『おいおい、どうなってんだこりゃあ。何で、僕の部下が全員おっ死んでやがんだ……っ!?』
『双葉……っ!? それに、有栖……か……?』
呆気に取られていたのは怜二も同様のようで、血と臓腑に塗れた小屋の惨状を見て瞠目していた。
そんな二人の前に、顔も隠さず有栖が堂々と進み出る。
「どうって、見ての通りよ? 貴方の部下は、私が綺麗に平らげたわ。あと、双葉は無事よ怜二。服は破かれているけど、手までは出されてないわ」
『……そう、か。ありがとう』
「ふふ、どう致しまして。ま、
怜二は双葉が無事であった事に安堵の表情を浮かべ、溜め息を吐いた。
そんな怜二を有栖は艶やかな視線で見詰め、くすりと笑う。
『…………そうか。テメェ、【首狩り兎】だな? 僕達盗掘者を無差別に殺して回ってるっていう、イカレ野郎か。よりにもよって僕の部隊に手ぇ出すたぁ、良い度胸してんじゃねぇか。あぁ?』
尚も余裕を湛えた有栖に、ジャビットは凄まじい悪意を叩きつける。
その眼には明瞭な殺意が満ち溢れており、常人であればその視線の前に立っただけで身が竦んでしまうだろう。
だが、有栖は一切動じる事なく、更に笑みを重ねて見せた。
「ふふ、心配要らないわ。だって、貴方の部隊はこれから私の手で一切合切消し去られるのだもの」
『……なんだと……?』
有栖はちらり、と首のない男の死体を指さし、凄絶な笑みを浮かべて見せた。
「彼に聞いたら答えてくれたわよ、貴方達のアジトの場所をね。私は今から、そこへ向かって全員を殺して来るわ。勿論、貴方の愛しの隊長さんもね。ふふ、そんな所で油を売っている暇はないのではなくて?」
『…………っ!!?? き、貴様ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ……ッ!!』
彼女の言葉の意味を理解したジャビットが、先程までとは質の違う殺意と怒りを叩きつける。
感情の波が画面越しでさえ漏れ出て来そうな程の激昂が、ジャビットの顔には浮かんでいる。
そんなジャビットの姿を見て、有栖はより一層笑みを深めた。
「ふふ、急いだ方が良いわよ。【兎】の速さは、貴方も良く知っているでしょう? じゃあね、【牝喰い鬼】。次会う時は、貴方の隊長の首をお土産にするわ」
そう告げると同時に有栖が腕を振るい、仮想スクリーンが何かに斬り裂かれるように両断され消滅した。
一部始終を見ていた双葉は、呆気に取られた表情で有栖を見据えている。
「……アンタ、いいの? 今ので相当、あいつの恨みを買ったみたいだけど」
「いいのよ、別に。これで、あいつは貴方達じゃなく私を狙う事を優先するでしょう? あいつ相手に単騎で自衛出来ない貴方達と違って、私なら充分あいつと渡り合える。貴方としても、願ったり叶ったりじゃない?」
「……アンタ……」
有栖の言葉に、双葉は何も言えず絶句する。
確かに、あそこまで挑発すればジャビットは自分達の事など後回しにして、有栖を付け狙うだろう。
そして、有栖にはジャビット相手に充分渡り合える実力がある。
何せ、同じ【ラビットシリーズ】の使い手だ。
手も足も出なかった自分達とは違い、十二分に善戦……或いは、倒してしまう事も不可能ではない。
つまり、当面自分達がジャビットの脅威に怯える必要はなくなったワケだ。
これでまた、有栖に大きな
ありがたい事は確かなのだが、今後どういった
何せ、有栖の
どんな要求をして来るか、まるで見当がつかない。
…………まあ、自分達に害のあるような要求だけはして来ないだろうという、根拠のない予感はあるのだが。
「借りの事が心配なら、どうせだったらすぐに返して貰おうかしらね」
「……なんですって……?」
訝し気な双葉の視線に、有栖は微笑みながら答えた。
「今から私はさっき宣言した通りこいつらの拠点に向かうんだけど、奴等が逃げないように周囲を封鎖して貰えるかしら? ついでに、通信も遮断してくれると助かるわ」
「…………構わないけど、それには一度没入する必要があるわ。此処が何処だかも分からないし……」
時間がかかる、と言おうとした双葉の言葉に対し、有栖はくすりと笑みを浮かべた。
「それなら大丈夫よ。だって、
「え……?」
双葉が疑問を口にする前に、有栖は腕を振るって天井に付けられていた電灯を両断した。
すると双葉の回線が復活し、此処が有栖の言う通り仮想のスラムである【無名都市】の一角である事が分かる。
「こいつ等のようなならず者はね、すぐにでも仮想に逃げ込めるように各地に【転送装置】を改造した簡易的な没入装置を使ってるの。
「……そういう事か……」
てっきり現実の何処かに囚われていると思っていたのだが、まさかそのような方法で強制的に没入させられていたとは思わなかった。
没入には【操作席】が必要という固定観念が、その可能性を無意識に排除していたのである。
だが、此処で既に仮想であるなら話は早い。
双葉は早速己の技術を駆使し、周囲一帯の情報を瞬く間に取得した。
「いいわよ、そういう事なら付き合ってあげるわ。元々、【ヒャズニング】の連中は潰すつもりだったんだもの。アンタは性格は最悪だけど、実力だけは信用出来る。怜二共々、協力してあげる」
「ありがとう。助かるわ。彼の能力はサポート向きだし、戦い易くなるなら願ってもないわ。特級プログラマの援護なんて、中々得られるものじゃないしね」
双葉と有栖は互いに好戦的な笑みを浮かべ、協力の意志を明確にする。
元より、此処で奴等を根絶やしに出来るならそれに越した事はない。
序列十九位という大戦力を、有効利用しない手は有り得ない。
「分かったらさっさとアジトの情報を寄越しなさい。アジト周辺をハッキングして周囲と孤立させてあげるから」
「ええ、頼りにしてるわ。さあ、作戦を開始しましょう。今度は三人で、ね」
そして、電子の魔女と兎姿の死神は再びその手を取り合った。
此処から先に起きるものは、戦いではない。
────蹂躙である。
さて、今度こそ【ヒャズニング】討伐戦の開始です。
この二人の関係は書いた中でも特にお気に入り。
なんだかんだ言って、双葉と最も相性が良い同姓は彼女ですからね。
色んな意味で。