※この作品はR-18です。

BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√   作:デスイーター

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黄泉路ーYomotsuhirasakaー

 【リヴァイアサン・デブリ】、双葉が示した正体不明のオブジェクトの名称らしきものがそれだ。

 

 その名を思わず呟いた有栖は、その響きに言い知れない嫌(・)な(・)感(・)覚(・)を感じていた。

 

 戦闘経験による直感や、経験則の類ではない。

 

 ただ、生物的な本能が告げている。

 

 こ(・)れ(・)は、ヤバイと。

 

 生物が元来持つ、危機察知能力。

 

 それが、この正体不明オブジェクトに対し最大限の警報を鳴らしていたのだ。

 

≪…………【リヴァイアサン・デブリ】、か…≫

 

 その言葉を耳にしたのは、有栖だけではない。

 

 怜二もまた、共有した直接通話(チャント)によってその名称を聞き取っていた。

 

 そして同様に、怜二もその単語の響きに関して有栖と同様の危機感を覚えていた。

 

(…………何でだ? こんな名称に、聞き覚えなんてない。けど、何で俺はこれがヤバイ代物だって理(・)解(・)し(・)て(・)い(・)る(・)んだ…?)

 

 更に言えば、怜二が感じた危機感は有栖のそれとは異なっていた。

 

 有栖は有り体に言えば、研ぎ澄まされた生物としての直感によってその危険性を感知している。

 

 だが、怜二の場合────まるで既(・)知(・)の(・)脅(・)威(・)であるかのように、この存在の危険性を理(・)解(・)していたのだ。

 

 自分自身に備わっていた、直感ではない。

 

 たとえるなら、ふとした拍子に近くの書物のページを見てしまったような…………そんな、妙な感覚だった。

 

≪…………けど、四の五を言ってはいられない。危険なものであるなら、これにあいつ等を放り込む事が出来ればどうにかなる可能性は高い筈だ≫

≪……そうね。このままじゃ、千日手になってこちらの負け。なら、リスクはあってもリターンが大きい方法を取るべきよ≫

 

 しかし、今目の前に存在する脅威を無視するワケには行かない。

 

 ジャビットが操る死者の軍勢はその身そのものを武器と化し、今も尚有栖に襲い掛かっている。

 

 数時間程度の戦闘で有栖がバテる事はないが、流石に無限に戦い続けるのは不可能だ。

 

 スタミナが存在しない死者の軍勢相手に、千日手は迂遠な死を意味する。

 

 特に、此処は放棄された旧時代の構造体。

 

 救援など、まず望むべくもないのだから。

 

 【ミョルニル】の構成員だったカールがいれば本隊と連絡が取れた為話は違ったかもしれないが、終わった事を言っても詮無き事だ。

 

≪…………どうやらそうするしかなさそうね。いいわ、今から例のオブジェクトがある場所までのルートを出すわ。貴方達はそこまで奴等を誘導して≫

≪≪了解(ヤー)≫≫

 

 作戦方針が決まり、怜二と有栖は双葉から送られたマップに目を通す。

 

 幾つかの通路は瓦礫で埋まっているが、逆に言えばジャビット達の追撃路も誘導出来るという事である。

 

 二人は共に踵を返し、その広間を後にした。

 

『まち、やがれえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ……っ!』

『『『おぉ、おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!』』』

 

 有栖達の逃走を目にしたジャビット達は、凄まじい殺気を滾らせながらその背を追いかけていく。

 

『隠蔽(ヒドゥン)モード、起動』

 

 共に逃走を開始した怜二は、隠蔽モードを起動し機体に迷彩を施した。

 

 連中の狙いはあくまで有栖であり、怜二は現在攻勢を受けているワケではない。

 

 しかし、有栖の近くで姿を見せていれば彼女の仲間と見做され攻撃対象として認識される恐れがある。

 

 怜二の回避能力は有栖には遠く及ばず、ジャビットの攻撃を凌ぐ事は出来ない。

 

 故にこそ、情けない事は承知で怜二は隠蔽モードを起動したのだ。

 

 無論、その判断を笑う者は誰もいない。

 

 有栖は自分の実力が他者と隔絶している事をきちんと理解しているし、怜二の判断の妥当性は充分認めている。

 

 双葉の場合はそもそも怜二の生存が最優先なので、プライドや誇り等は二の次三の次どころかそもそも考慮すらしていない。

 

 どれ程情けなく見えても、生き残る為に最善を実行する。

 

 それこそが、探索者────部隊の指揮官に、求められる資質なのだから。

 

『おぉ、おぉぉ、おぉぉぉぉぉぉぉ……っ!』

『フフ、鬼さんこちら、手の鳴る方に、ってね……っ!』

 

 有栖は鼻歌すら歌いながら、亡者の追撃を凌いでいる。

 

 彼等が自分を見失わないよう、敢えて速度を抑えてインラインスケートのように床を滑りながら。

 

 …………その光景は、傍目から見れば罠である事が一目瞭然だった。

 

 圧倒的な機動力を誇る有栖が敢えて速度を抑え、敵が自分を見失わない位置をキープしながら逃走を続ける。

 

 誰が見ても、何処かに誘い込もうという意志が露骨なまでに見える行動だった。

 

 普通であれば、こんな見え見えの罠にかかる相手はいない。

 

 だが、今有栖を追っているのは思考能力を失った亡者の群れ。

 

 それらを操っているジャビットを含めて、生前の判断能力を喪失している状態にある。

 

 ジャビットは戦闘こそ脳に染み付いた経験からこなしているように見えるが、その獣の如き超速戦闘を支えていた頭脳は失われている。

 

 今のジャビットは、生前の彼が刻んだ『有栖を殺せ』というプログラムを忠実に実行する人形に過ぎない。

 

 ただの人形に、敵の策を看破する能力は持ち得ない。

 

 どれだけ機体が強化されようが、考える頭がないのであれば行動は単調にならざる負えない。

 

 故に、彼等は何も考えず追い続ける。

 

 その道が、彼等を地獄に呼び戻す黄泉路であるとも知らずに。

 

≪……随分地下に潜るのね≫

≪ええ、でももう少しよ。あと二階層で例の場所に到達するわ……っ! そのまま駆け降りて……っ!≫

 

 有栖は入り組んだ通路をナビゲートに従って疾駆し、一つ、また一つと階層を下に駆け降りていく。

 

 既に地上階は遥か上であり、最早空は遠い彼方だ。

 

 下の階層に降りるにつれて妙な冷気が漂い始め、地下10階を超えた辺りでは外気温はマイナス30℃を下回っていた。

 

 仮想世界は、温度も現実世界と同じように再現されている。

 

 五感が正しく機能するからこそ仮想はも(・)う(・)一(・)つ(・)の(・)現(・)実(・)足り得るのであり、そのシュミレートは正確だ。

 

 だからこそ、この冷気には何らかの意(・)味(・)がある筈なのだ。

 

(…………何で、此処まで気温が下がっている……? まさか、何かを封じ込める為に冷気を用いているとでも言うのか……? それとも、この冷気は例のオブジェクトから出ているものなのか……?)

 

 空気が変わった事は、嫌でも分かる。

 

 怜二はその明確な外気温の変化の持つ意味が理解出来ず、思考を巡らせていた。

 

 元々、【固有兵装】で【冷気】を武(・)器(・)として扱う怜二の機体は低温環境に強い耐性がある。

 

 その為、極度の低温環境に投げ込まれた所で十全な活動に支障はない。

 

 だが、だからこそ怜二は仮想に置ける冷気の持つ性質も知り尽くしていた。

 

 仮想に置ける冷気の存在価値は、それを武器として扱う怜二を例外とすればその用途は大まかに【環境再現】と【封じ込め】に分けられる。

 

 【環境再現】は文字通り現実世界を再現する為の用途であり、氷上でのスケートを行う為に氷のリンクを用意しているアミューズメント施設は仮想に幾つか存在している。

 

 決して珍しくない用途であり、場合によってはセレブが避暑の為に冷気に満ちた環境の仮想空間に赴いたりする事もあるらしい。

 

 そして、もう一つの用途…………【封じ込め】は、文字通りの意味を持つ。

 

 対処が難しく、完全破壊な困難とされるターゲットを冷気で極低温環境に置き、使用不能の状態にする。

 

 文字通りの意味での、封(・)印(・)の用途だ。

 

 極低温の環境に置かれればエネミーも種別によっては活動出来なくなり、シュミクラムとてその動きを封じられる。

 

 故に、凶悪犯罪者の中には【永久凍結刑】なんてものを処された者もいるくらいである。

 

 仮想の牢獄の中で凍結され、永遠に冷めない眠りに堕とされる。

 

 そんな、聞くだけでも背筋が凍る刑罰と聞く。

 

 この先に存在するものは、そういった対処をせざる負えないような凶悪な代物であるかもしれない。

 

 否、確実にその筈である。

 

 何故ならば、冷気を自在に操作出来る怜二の機体でさえ、魂そのものが凍り付けにされるような恐怖が滾々と沸き上がって来ているのだから。

 

『『……………………』』

 

 二人の会話が、止まる。

 

 怜二も有栖も、この場の異様な雰囲気に気が付いている。

 

 だが、此処で止まるという選択肢は有り得ない。

 

 此処まで、彼等は一本道を駆け降りて来た。

 

 地上に戻る為には、あの亡者の群れの只中を突破しなければならない。

 

 そんな眼に見える無謀を犯すくらいであれば、この先の未知の脅威に向かって行った方が理屈の上では生き残る可能性は高い。

 

 …………あくまで、理屈の上では…………で、あるが。

 

 怜二も有栖も、気付いている。

 

 この先に存在する未(・)知(・)は、生半可なものではないのだと。

 

 それを知りながらも、彼等は進む他ない。

 

 暗い黄泉路の如き道を、その背に亡者を引き連れて彼等は進む。

 

 そして遂に、そ(・)の(・)場(・)所(・)に至った。

 

『……っ! これは……っ!?』

 

 ────その場所は、大きく開けた広間のような場所だった。

 

 最初にいた広間の、数倍の面積はある。

 

 周囲には氷の如き水晶の柱が立ち並んでおり、その中央には巨大なアイリス・バルブが存在していた。

 

 そのバルブを見て、怜二は【未踏領域】の入口であったあのアイリス・バルブを想起した。

 

 その下から冷気が漏れ出て来るのも、同じである。

 

 だが、その脅威の度合いで言えば────このアイリス・バルブに封じられた何(・)か(・)の方が、格段に上に思えた。

 

 ある程度の情報があった【浸蝕敵性情報体(キャンサー)】や【統率個体(グレゴリオ)】とは、違う。

 

 完全なる、未知の怪物。

 

 その名称しか分からない存在が、この下に眠っている。

 

 外気温は、既にマイナス50度に達している。

 

 双葉のサポートで有栖の機体も問題なく環境適応しているが、それでも尚心を凍り付かせる恐怖を拭う事は出来ない。

 

 まるでそれは、創作神話の宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)。

 

 身体ではなく、精神に刻み込む根源的な恐怖。

 

 それが、今怜二達の心を蝕んでいた。

 

『ま、てえええええええええええええええええええええええええええええええ……っ!』

 

 だが、地上に溢れ返った亡者達は彼等に時間など与えてはくれない。

 

 怜二達に一歩遅れる形で、無数の亡霊を引き連れたジャビットの屍体が広間へと現れた。

 

『おぉ、おぉぉ……』

『うぅ、あぁぁぁ……』

 

 …………だが、連れて来られた亡者は何かに怯えるように足を竦ませていた。

 

 恐怖を感じる頭は、既にない筈の亡者が、である。

 

 そして、その異(・)変(・)はすぐに表出した。

 

『【リヴァイアサン・ケージ】、再稼働を開始します』

 

 無機質な機械音声が響き、それと同時に床の全面が毒々しい緑色の光に覆われた。

 

 緑色の光が煌めくと、床の材質が作り変わっていく。

 

 それまでと同じ機械的な灰色の床面から、硝(・)子(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)透(・)明(・)な(・)材(・)質(・)へと。

 

 そして、彼等は床の────否、床(・)と(・)思(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)も(・)の(・)の下に潜む未(・)知(・)の姿を目撃する事となった。

 

『……っ!? なん、だ…………あれ、は……?』

 

 ────それは、ぱっくりと割れた巨大な球体だった。

 

 濁った緑色の水面に浮かぶそのオブジェクトはシュミクラムの数十倍の規模を持ち、割れた卵のような外観をしていた。

 

 漆黒に染まるその球体の中央には半分に割れたカメラアイらしきものが存在し、そのオブジェクトが死(・)ん(・)で(・)い(・)る(・)事が見て取れる。

 

 一つ目の怪物の如きその威容は健在だが、どう見てもその怪物は機能を停止していた。

 

 残骸《debris》の名の通り、これは怪物の【遺骸】に過ぎないのだ。

 

 …………しかし、死して尚その脅威は失われてはいなかった。

 

 何故なら、その球体そのものは死んでいても────その中(・)身(・)は、まだ蠢いていたのだから。

 

 球体の裂け目、抉られるように割れたその内部を覗き込む。

 

 いや、覗き込んでしまった。

 

『……っ!!??』

 

 ────そこにあったのは、球体の内部より伸びる無数の白(・)い(・)腕(・)だった。

 

 何十、何百もの【腕】がまるで同胞を求めるようにゆらゆらと揺れている。

 

 それはまるで冥府へ誘う死霊の群れのようであり、真実その通りであった。

 

 あれは、死者の腕だ。

 

 生者を冥府に引き込む、正真正銘の死への誘いだ。

 

 亡者達は、あれの存在を感知してしまったのだろう。

 

 再び冥府へ引き戻されてしまうと、否────あ(・)い(・)つ(・)ら(・)の(・)仲(・)間(・)に(・)な(・)る(・)の(・)だ(・)け(・)は(・)嫌(・)だ(・)と、物言わぬ口が訴えているかのようであった。

 

 自分達が立っていた場所は、あの存在を閉じ込める為の檻(ケージ)の上だったのだ。

 

 だからこそ、あの死霊達は目覚めたのである。

 

 新たなる生贄(なかま)を、求めて。




 サイバーパンクは、ホラーがあってこそ真骨頂だと思うの。

 実際、空ルートの序盤とか普通にホラーチックだったしね。
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