BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
異変ーIncidentー
俺は有栖に抱えられ、【ヒャズニング】が拠点としていた【V.S.S】の構造体から脱出した。
双葉は意識を失ったままであった為、構造体を封鎖していた【致死性防壁】はそのままだったが、有栖がその【固有兵装】を以て防壁を力づくで突破出来た為、無事に離脱に漕ぎ付ける事が出来たのである。
仮想から現実世界に戻り、俺は意識を失ったままの双葉を背負い家に戻った。
────それから三日、双葉が目覚める事はなかった。
『…………双葉…………』
俺はベッドで眠る双葉の姿を見て、ぽつりと彼女の名を呟いた。
双葉はあれから、一度も目を覚ましていない。
声をかけても反応はなく、時折苦し気に呻くのみで脳波も一定のまま。
てっきりあの怪物の咆哮を聴いてしまったショックで気絶しただけなのだろうと考えていたのだが、どうやら事はそう簡単ではないらしい。
医者としての知識を持つノインさんに双葉を見せたところ、『何かの夢をずっと見続けているような状態』だと聞かされた。
人は眠る時、身体を休めて脳記憶を整理する段階であるレム睡眠と、脳を休めストレスを取り除く為のノンレム睡眠の二つの睡眠状態を交互に繰り返す。
レム睡眠の時に夢を見るものと思われがちであるが、ノンレム睡眠時にも夢は見る。
ただし、レム睡眠時の夢はストーリー仕立てで目が覚めた後もハッキリ内容を覚えている事が多く、ノンレム睡眠時の夢は曖昧で内容を覚えていない事が多い為にそういった誤解が生まれたワケだ。
現在、双葉はレム睡眠状態が
これは、普通に考えれば有り得ない事だ。
そして、危険な状態でもある。
レム睡眠は外部からの感覚が遮断され、身体は休んでいるものの、脳や神経は活動している状態にある。
つまり、身体を休ませる事は出来ても精神活動は継続しており、ストレスをリセットする事も出来ない。
通常はレム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返して順番に身体と脳を休めているのだが、今はそれが出来ていないのだ。
双葉は、そんな状態で夢を見続けている。
それも、時折発する呻き声や悲痛な表情からして、碌な夢ではない。
…………双葉は、精神的には非常に不安定な少女であると言わざる負えない。
常に他者に毒を吐いて気丈に振る舞っているのも、自己防衛の一種だ。
双葉の心は、幼い頃の洗脳教育によってボロボロにされている。
彼女に施された洗脳教育は心を磨り潰して言う事を聞かせる類の洗脳法らしく、双葉は両親によって徹底的にその心を叩き折られた。
常であれば安息の場である筈の過程で、自身を庇護すべき立場にある両親から都合の良い道具として
それは、地獄のような日々だったに違いない。
もしもノインさんの助けがなければ、彼女は遠からず完全に
彼女が受けた
今の双葉は、俺への依存心を軸にする事で辛うじて自己のアイデンティティを成立させている。
俺がいなければ生きていけないという双葉の言葉は、誇張でもなんでもない。
実際、俺がいなければ双葉はその活動を停止させる。
俺が、そんな風にしてしまった。
それしか手段が無かったとはいえ、洗脳で折られた双葉の心を別の洗脳で上書きしているようなものだ。
そうして出来上がったのが、俺に依存し俺の言う事であれば何でも聞いてしまう、今の双葉である。
彼女が見ている夢に俺が出て来ているのなら、まだいい。
けれどもし、その夢が
もし、その過去を繰り返し夢で見ているのだとしたら。
────間違いなく、遠からず双葉の自我は崩壊する。
俺という縋る先のない状態の双葉は、酷く脆い。
言うなれば、支えなしで断崖絶壁の上に立っているようなものだ。
少し風が吹いただけで、崩れ落ちてしまうような危うい状態。
それが、今の双葉なのだ。
…………けれど、ノインさんをしても今の双葉を目覚めさせる方法は見当が付かないらしい。
強いて言えば、仮想世界に没入している状態に近いとは言っていた。
だが、双葉の昏睡は仮想にいる時からずっと続いている。
…………いや、そもそも根本を間違えているのかもしれない。
双葉がこうなった原因は恐らく、
あの怪物、【リヴァイアサン・デブリ】の咆哮を浴びて昏睡状態に陥ったのだから、今の双葉に状態にあれが関わっていないという事は有り得ない。
確実に、あの時に
そう考えると、後悔してもし切れない。
あの戦場に【携行式操作席】と有栖という極大戦力という二つの要素があるからといって、双葉を連れて行くのを了承したのは間違いなく自分だ。
無論、あの判断が間違いだったとまでは言わない。
あの場で強襲していなければ【ヒャズニング】の連中は俺達を狙い続けただろうし、双葉の身に再び危険が降りかかる可能性も大いに有り得た。
だから、有栖という大戦力の協力を得た段階で攻め入る判断それ自体は間違ってはいなかった筈だ。
…………だが、頼る事の出来る【ミョルニル】に連絡すら取らずに作戦を実行に移したのは自分だ。
何処かで、
無論、今回の作戦で有栖は手落ちらしい手落ちは何一つしていない。
強いて言えば【ミョルニル】構成員を容赦なく殺害した事が挙げられるが、そこを指摘しても仕方がない。
足りなかったのは、俺の思慮だ。
有栖の協力を得た段階で、俺は【ミョルニル】に…………八木澤隊長に、連絡を入れるべきだった。
そうすれば、『正体不明のオブジェクトを亡者撃破に利用する』などというリスキーな選択を取る必要はなかった筈である。
【ミョルニル】の増援を用いて囲い込めば、数の不利を覆してジャビットを討ち滅ぼす事も出来た筈だ。
それが出来なかったからこそ、あんな博打を選択してしまったのである。
…………【V.S.S】が抱えていたものを、甘く見過ぎていた。
相手は、双葉をあんな目に遭わせた洗脳技術を開発した企業である。
碌な存在ではない事は、分かっていた筈だ。
朽ち果てた廃屋だろうと、そこに眠る技術が脅威である事は【遺跡】が証明している。
それを分かっていながら、俺は不用意に作戦を決行してしまった。
あの場での指揮官が俺だった以上、その責任は全て俺が負うべきものだ。
自分の判断が軽率だった事は、省みなければならないのだ。
俺は不意に、有栖と共にあの後【ミョルニル】本拠地【大槌の館】を訪れた時の事を思い返した。
『…………そうか。すまんかったな、俺達の不手際で危険な目に遭わせちまって』
【大槌の館】の隊長室で、通信画面越しに八木澤は深い溜め息と共にそう言って軽く頭を下げた。
俺と有栖は双葉を自宅のベッドに寝かせた後、今回の事を報告する為にこの場にやって来たのだ。
八木澤はまだ用事が片付かないらしく、こうして通信画面越しに会談に応じていた。
そして俺は死んでいたと思い込んでいたジャビットに襲われ、有栖の助けを得て【ヒャズニング】討伐に赴いた経緯の一部始終を八木澤に話した。
勿論、有栖が殺めてしまったカールの事に関しても、である。
だが、その話を聞いた八木澤は『…………そうか』と言うだけで特に追及はなかった。
横に立つ有栖にチラリと目を向けると、彼女は他者の心情など知らぬとばかりに普段通りの態度で佇んでいる。
俺が見ている事に気付くとくすり、と笑みを零す程であり全くの自然体だ。
自分が殺めてしまった人間の上司の前だというのに、神経が図太い以前の問題だった。
事実、その様子を見たホークスの顔には険しい皺が寄っている。
だが、そのホークスでさえ有栖を咎める言葉を口にする事はない。
組織人としての立場を弁えているが故に、何も言えないのだろう。
有栖はそれを理解した上で堂々と振る舞っているのだから、いっそ清々しくさえある。
彼女の心は、この程度で揺れる事はないのだろう。
怜悧な彫像じみた、という人物像は、決して間違っていなかったワケである。
『例の件に関しては、こちらで手を回しておく。俺からも、特に何も言うつもりはない。俺の責任と、言えなくもないしな』
「了解したわ。私としても、波風を立てるつもりはないもの。ご協力、感謝するわ」
『…………ああ』
当然、八木澤とてそんな有栖の態度に思う所がないワケでもないのだろう。
口調は重く、視線の温度も低い。
俺に対しての温和な眼差しとは違う、ともすれば威圧感の籠った視線だ。
有栖はそんな視線を受けても尚、態度を変えようとはしない。
上位者の威圧程度で委縮するような、軟な心臓は持ち併せていないのだろう。
つくづく、心臓に悪い少女だった。
『今回の事は、完全に俺等の手落ちだ。ケジメとして、今後お前さんには可能な限りの弁座を図る。困った事があったら、なんでも言いな。どんな内容であれ、手を貸してやるよ。法に触れない限りはな』
「…………ありがとう、ございます」
俺は八木澤隊長の心暖かな言葉を受け、深く頭を下げた。
こうして、俺は【ミョルニル】との強い繋がりを得た。
これからは何かがあっても、心強い存在に頼る事が出来る。
そう考えて帰宅した俺を待っていたのは、未だ目を覚まさない双葉の現状だったのだ。
────同日深夜、【V.S.S】構造体。
そこには、無数のシュミクラムが立ち並んでいた。
彼等は【無名都市】に拠点を置く盗掘者達であり、【ヒャズニング】壊滅の報を聞いてその残飯に有り付こうとこの場に集った墓荒らし共である。
【ヒャズニング】はジャビットの存在により、他の盗掘者達とは稼ぎの規模が違っていた。
当然、相当の資金を溜め込んでいる筈だという情報もまた、ならず者達の共通認識だった。
これまでも幾度かそうした資金に目が眩んだ者達が【ヒャズニング】に襲い掛かったが、その都度ジャビットによる凄惨な【洗礼】を受けるのが常であった。
だが、そのジャビットはもういない。
ジャビット共々、【ヒャズニング】の構成員は一人残らず死に果てた。
その情報が伝播した時、この場にならず者達が集まるのは当然の帰結と言えた。
もう、お宝を護る【番人】はいない。
ならば、お宝に手を伸ばさない盗掘者などいる筈もない。
そう考えて、彼等は此処に来てしまった。
────既に冥府に犯された、この地獄の入口に。
『なんだよ、なんだよこれは……っ!?』
『た、たすけて、助けてくれえ……っ!』
彼等は、早速冥府の洗礼を受ける事になった。
地上に開けられた大穴を見て、彼等は『お宝があるとすれば地下だろう』という安易な思い込みにより、その穴の先へ進んでしまった。
進めど進めど目的のものは何一つなく、諦めて他の場所を探すかと口論していた時に、
…………最初に気付いたのは、足元の違和感だった。
機体の足を、何かに引っ張られている。
その事に気付いて自分の足に目を向けた瞬間、その男は絶叫した。
────機体の足に、無数の白い腕が纏わりついていたからだ。
この世のものとは思えぬ光景にパニックになった男は足を掴む白い腕を振り解いてその場から逃れようとするが、腕の力は強くその場に引き倒されてしまった。
男の機体が倒れた瞬間、通路の奥から夥しい数の白い腕が殺到し、男を飲み込んだ。
その光景を見ていた仲間達は、一目散に逃げだした。
何が起きたのかワケが分からず、絶叫しながら走り出した。
しかし、既に彼等は手遅れだった。
何故なら、逃げた先には彼等を待ち構えるように無数のシュミクラムが立ち並んでいたからだ。
それも、普通のシュミクラムではない。
腕が欠けたものもあれば、胴体に大穴が空いた機体や果ては頭部のない機体まで存在している。
普通であれば動く筈のない状態のシュミクラムが、亡者の如く男達に襲い掛かった。
最早、男達に逃げ場はなかった。
前に進めば機械の屍による数の暴力に押し潰され、後ろに退けば一機、また一機と白い腕に捕らえられて消えていく。
無論、反撃はしたのだ。
しかし、亡者の機体は破壊された瞬間無数の白い腕に変化し、自らを破壊した機体を捕らえた。
身動きの出来ない状態で他の亡者に嬲り殺され、その遺骸は白い腕によって連れ去られる。
全てのならず者が亡者達の仲間入りをするまで、そう長くはかからなかった。
…………盗掘者の悉くが白い腕に攫われた後、無数の腕が寄り集まって一つの形を作り出す。
他の亡者達が一機、また一機と白い腕に戻って行く中、その機体だけが己の形を維持していた。
腕が重なり合い、集まった先に出来たもの。
────それは、赤黒い【兎】の姿をしていた。
第四章開始。お楽しみに。