BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
「よう怜二、調子は…………まあ、聞くまでもなさそうだな」
「…………政志…………」
部屋の入口には、俺の親友である政志が立っていた。
政志は何処か気まずそうな表情をしており、その眼はベッドで眠る双葉に向けられている。
俺は自分を尋ねて来た親友に対し、胡乱な目を向けた。
「双葉ちゃんは……」
「…………まだ、目覚めない。ノインさんも手を尽くしてくれてるけど、どうすればいいのか手がかりすら掴めてないんだ」
既に、双葉が昏睡してから五日が経過している。
双葉の表情は日に日に憔悴しており、栄養は点滴で補っているものの顔色は悪くなる一方だ。
どうにかしようと思っても、腕っぷしで解決出来る事態であればとっくにそうしている。
俺が強いコネを持っている【ミョルニル】や有栖に関しても、力で解決出来る事であればともかく今の状況を打開出来る手は持っていない。
特に有栖は、その才覚の殆どを戦闘方面に極振りしている。
駄目元で彼女にも聞いてみたのだが、同じような症例を見た事はないらしい。
彼女も彼女で色々と伝手を当たってくれているが、芳しい成果は得られていない。
その有栖であるが、彼女は一時的にこの家に間借りしている。
元々、この家の家事は双葉が一手に担っていた。
俺も手伝いくらいは出来るが、料理は碌なものが作れず整理整頓も割と要領が悪い。
ノインさんは元々家事能力は壊滅的であり、何より今は双葉の治療の為に寝る間も惜しんで調べものをして貰っている。
そんな時、家事の一切を引き受けてくれたのが有栖なのだ。
どうやら彼女は双葉と話した時にこの家には双葉以外碌に家事が出来る人間がいない事を聞いていたらしく、俺達の現状を察して居候を申し出る代わりに家事を進んで引き受けてくれたのだ。
知り合って間もない女の子に家事を押し付けるのは些か心苦しかったのだが、彼女は「宿泊費代わりよ」と言って笑顔で引き受けてくれたのだ。
有栖はかなり要領が良いタイプらしく、料理や洗濯、部屋の整理整頓に至るまでそつなくこなしている。
彼女は野菜好きらしく料理は野菜をメインにしたものが多いものの、味自体はそこらの店よりずっと美味しい。
胡椒とマヨネーズで和えたマカロニサラダや、ペペロンチーノ風のシーフードサラダ等は特に絶品だ。
有栖は有栖なりに双葉が目覚めずにやきもきしている俺達の事を気遣ってくれているらしく、美味しいものを食べて少しでも気を紛らわす事が出来れば、と思ってくれての事だそうだ。
本当に、彼女には感謝してもし切れない。
…………彼女としては、どうやら自分が双葉を戦場に連れて行った事がそもそもの原因だと考えている部分があるらしい。
有栖は自分の判断が間違っていたとは思っていないし、承諾を得た以上は自己責任だと思ってもいる。
しかしそれとは別に、有栖の中には「護衛込みで彼女に依頼をしたのだから彼女を護りきれなかった以上は自分にも責任はある」という考えがあるらしく、その失敗を補填する為にこうして家事を引き受けているのだと、苦笑しながらそう嘯いていた。
彼女としては、「だから負担に思う必要はない」と言いたかったらしい。
有栖は確かに通常とは異なる価値観、倫理観を持っているが、それでも自分自身に対しては非常に厳しい面がある。
彼女の持つ判断基準で「自分に非がある」と考えた場合には、その非を補填する為に動く事は彼女の中では当然の事なのだ。
彼女の持つ面倒見の良さも、こうした側面の一つなのである。
その本質が何処か壊れたものであったとしても、彼女が垣間見せる善性それ自体は嘘偽りのない本物だ。
だからこそ、最後の最後で探索者としての一線を越える事はなく、あくまで平時の彼女は【探索者】として振る舞っている。
自分の持つ異常性を否定せず、ギリギリの所で社会との折り合いを付ける。
それが、彼女の生き方なのだろう。
だからこそギルドのブラックリストの【危険人物予備軍】の項目に載っていても探索者証を剥奪される事はなく、八木澤隊長も彼女の存在を許容している。
ジャビットが己の欲望の赴くままに振る舞う破錠者なのだとすれば、有栖は己の性質を飲み込んで社会に溶け込む逸脱者だ。
その性質が社会では許容されない事を理解しながらも、決して自分を曲げる事はない。
そんな、有栖の本質を垣間見た気がした。
そして、そんな有栖と同じように、政志も俺の事を気にかけてくれていた。
多忙な仕事の合間を縫って、こうして俺の所を訪ねて来てくれている。
気の置けない同姓の友人が傍にいてくれる事は、俺としてもとてもありがたかった。
「ま、心配するのもいいがそれで身体壊しちゃ元も子もないからな。放っといてお前に倒れられでもしたら、双葉さんが起きた時に何言われるかわかったもんじゃないしな。ちゃんと食うもん食って、寝る時は寝ろよ」
「…………ああ」
俺を案じる政志の言葉に頷いてみせるが、変化しない状況に憔悴しているのは確かだ。
双葉を助けるにあたって何の役にも立っていない、という自認がその焦りに拍車をかけていた。
多くの人々の厚意に支えられる中、自分はただ吉報を待つのみ。
そんな日々に、嫌気が刺しているのは確かだった。
「…………とは言っても、じっとなんてしてられないよな。
「……あの時……?」
そんな俺の内心はお見通しらしく、政志は何げなくそんな話題を振った。
何を言いたいか理解しかねている俺に対し、政志はなんてことないかのように続けた。
「ああ、何年か前にも一回あったろ?
「……っ!」
…………その言葉で、俺は思い出した。
政志の言う通り、何年か前に一度、これによく似た状況に陥った事がある。
あれはとある日、俺がノインさん相手に双葉の両親の所業について憤りを口にした時の事だ。
偶然その場に通りがかった双葉は両親の名を耳にしただけでパニック状態になり、三日三晩の昏睡状態に陥った。
どうやらその時は両親の名前というキーワードに反応して過去の記憶がフラッシュバックし、その身体が双葉の精神を護ろうと咄嗟に取った防衛行動が昏睡だったという話だ。
結局三日目の朝に双葉は目を覚まし、俺とノインさんはそれ以降双葉の両親に関する事は双葉の前で口にしないよう硬く誓っていた。
…………考えてみれば、今の状況と瓜二つだ。
今回俺達が襲撃した場所は、双葉に施された洗脳教育の根本となった技術の出所である【V.S.S】社屋。
過去を連想する場所を訪れた事で、双葉の精神に何らかの変調が起きたとしても不思議ではない。
「…………そうだ……っ!」
そこで、傍と気付く。
もしも、今回の双葉の昏睡の原因が単にあの怪物に依るものではなく、
手がかりがありそうな場所が、一つだけある。
「……政志、悪い。ちょっと、相談があるんだが……」
「お? なんだなんだ、言ってみろ」
そして、それを探すのに刑事である政志の協力があれば尚ありがたい。
そう考えて、俺は政志にこう切り出した。
「あいつの、
────俺の住む家からそう離れていない場所に、その家屋はあった。
灯りはついておらず、中はシンと静まり返っている。
相応の金がかけられているであろう立派な外装の家は長年碌に手入れがされていなかった所為で至る所が軋んでおり、その雰囲気は廃屋のそれだ。
事実、この場所は廃屋と言って差し支えない。
此処は、旧【奈津枝家】。
双葉がかつて、両親と共に住んでいた家である。
俺は双葉から預かっていた鍵を使い、家の扉を開いた。
「……………………」
玄関から、土足のまま足を踏み入れる。
既に電気は止まっている為、中は薄暗い。
持って来たペンライトで照らし出すと、埃を被った家の内装が見えて来る。
華美な調度品で溢れたその家は、かつての持ち主の精神性が現れているようで酷く醜く感じた。
双葉の両親は、彼女が稼いだ金を使って裕福な生活を送っていたのだという。
この家もまた、双葉の稼ぎを使って幾度もリフォームしたらしい。
実の娘を金稼ぎの道具としか考えず、洗脳まで施した最悪の人間。
それが、双葉の両親なのだ。
そう考えると、この家の中にいるだけで酷く気分が悪くなる。
俺としても、長居をしたい場所とは言えなかった。
「それで、何かありそうな場所の検討はついてるのか?」
「……ああ、双葉の両親の寝室だ。あるとすれば、そこしかない」
俺はそう言って一階の奥の部屋に赴き、扉を開けた。
中にあったのは、ビジネスホテルの部屋のような一室だった。
部屋の中央に置かれたベッドの脇には簡易的な机が設置されており、近くには机に置くタイプの電灯があった。
部屋の壁には本棚が備え付けられており、中にはぎっしりと書物が詰まっている。
双葉の両親は一日の殆どをこの部屋かリビングで過ごし、双葉の部屋には滅多に訪れる事がなかったという。
彼等が何かを隠しておくのならば、自分達の生活圏内で行う筈だ。
それも、双葉に見られる危険のある電子媒体ではなく、紙媒体で。
この家の中で本棚が備え付けられているのは、此処だけだ。
しかし、とは言っても本棚に収められている書物は相当な量がある。
政志の協力があっても、相当な時間がかかるであろう事は予想出来た。
「へえ、成る程な。確かに、こりゃ俺の協力が必要ってのも頷けるや」
「ああ、手間をかけて申し訳ないが、この中から双葉の両親の日記か何かを探し出して欲しい。手伝ってくれるか?」
俺は政志にそう切り出すと、政志はニヤリと笑みを浮かべた。
「そりゃ勿論、けど…………正直、すぐ終わると思うぜ」
「……何……?」
ちょっと待ってな、と言いつつ政志は本棚────ではなく、ベッド脇のテーブルに歩み寄った。
「探してるのは【日記】なんだろ? だったら普通、取るのに手間がかかる本棚じゃなく…………こういう、すぐに手が届く場所に置く筈だろ」
そう言って、政志はベッド脇のテーブルの引き出しを開ける。
そこには、一冊の日記帳が存在していた。
間違いない。これが、俺が探し求めていたものだ。
俺は引き出しから日記帳を手に取ると、そのページを開いて内容に眼を通し始めた。
明日は更新出来ませんが、明後日更新します。