BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
「……ふぅ……」
俺は自室で椅子にもたれかかり、溜め息を吐いた。
出撃予定時刻まで、あと一時間程。
すぐにでも向かいたいのは山々だが、今回サポートの双葉はいない。
その為、急遽ノインさんが俺達のサポートを買って出てくれたのだ。
ノインさんは高い技術力や知識を持っており、こと医療部門に関して言えば双葉よりも頼りになる存在だ。
無論プログラミングの技術自体は特級プログラマの双葉には及ばないものの、通常より遥かに高い基準の能力を持っているのは間違いない。
しかし、普段戦闘サポートを行っているワケではなくノインさん曰くそういった経験もないそうなので、相応の準備が必要とのことだ。
一応双葉が記録していた俺の戦闘データには目を通したらしく、俺達が戦場で取れる選択肢については把握して貰っている。
有栖のこれまでの戦闘データについては彼女自身が
その為、【V.S.S】構造体で共闘した時のデータが全てとなる。
そのデータについては俺も改めて見せて貰ったが、圧巻としか言いようがなかった。
戦闘のレベル、そのものが違う。
一度共闘してその強さを知った気でいたが、落ち着いて映像を見返すとその凄まじさが分かる。
肉眼ではまず追えない超高速機動に、防御無効の斬撃。
それでいて空間把握能力も高く、戦場全体を俯瞰する
戦闘者としてのセンスが、俺とは段違いだ。
そんな有栖が味方になってくれている幸運を、喜ぶべきなのだろう。
たとえ危うい所があったとしても、彼女が俺達の為に動いてくれている事は確かなのだから。
「ちょっといいかしら?」
「……? あ、ああ、どうぞ」
そんな事を考えていた時、不意にドアの向こうから有栖の声がかかった。
有栖は俺の返答を聞くと同時に扉を開け、俺の部屋に入って来た。
そして椅子に腰かける俺を見て、くすり、と笑みを漏らす。
「緊張しなくていいわよ。仮にも今は仲間なんだし、噛み付いたりなんかしないわ」
「い、いや、別にそういうワケでは……」
「ふふ、誤魔化さなくていいわよ。私の事が、怖いんでしょう?」
有栖はすっと身を寄せて俺の肩に手を置き、その彫像じみた美貌が間近に迫り思わず赤面する。
俺の反応を見て有栖はぺろりと舌舐めずりをして、口元の笑みを深くさせた。
「私自身、自分の戦闘能力や気性が普通の人間とは違うんだって事くらいは知ってるわ。だから誰もが私を遠巻きに見るし、関わり合いになろうとしない。ギルドにだって睨まれてるから、その人物評はきっと世間一般からしてみれば正しいのでしょう」
でも、と有栖は告げる。
「私は当たり前の事を当然の事としてやっているだけで、別に特別な事をしている感覚はないのよ。『人を殺して平気なのか』と言われた事はあるけれど、私からしてみれば屑を人間扱いする人達の方に言ってあげたいのよ。
だって、と有栖は続ける。
「私が【屑】だと判断した人間は、例外なく自分の事ばかりを考えて誰彼構わず迷惑をかけるような連中よ。そんな連中、いなくなった方がいいに決まってるじゃない。
なのに、と有栖は口を尖らせた。
「他の連中と来たら、やれ『人の心がない』だの、やれ『血の通わない悪魔』だの、好き勝手言ってくれるのよね。なんで屑共を庇うのか理解に苦しむのだけれど、どうやら
だからね、と有栖は告げる。
「貴方が私を怖がるのは、
「……有栖……」
俺はそう話す有栖が何処か、寂しそうにしているように思えた。
有栖はきっと、これまで散々心ない言葉を浴びて来たのだろう。
確かに、有栖の行動に常軌を逸した部分があるのは認めざる負えない。
嬉々としてならず者を虐殺し、必要とあれば罪なき人間の殺害も許容してしまう有栖の精神性はまともとは言い難い。
けれど、それでも有栖が俺や双葉の為に力を貸してくれている事は確かなのだ。
有栖がいなければ双葉はあいつらに犯されていただろうし、俺もジャビットに殺されていただろう。
双葉があんな状態になってしまったとはいえ、今俺達が生きているのは紛れもなく有栖のお陰なのだ。
なのに、そんな大恩ある相手にこんな顔をさせてしまっている。
俺はそれがどうしても許せなくて、衝動のままに口を開いた。
「…………認めるよ。確かに、有栖が怖いと思った事はある」
「そう。それは仕方のない────」
「────けど、そんなの関係ないだろう?」
え、と有栖はきょとんとした顔をするが、俺は構わず続ける。
「だって、有栖は俺達を助けてくれたんだ。有栖の行動に問題があったとしても、それで俺達を助けてくれた事実が消えるワケじゃない。今俺達が生きているのは、他でもない有栖のお陰なんだから」
だから、と俺は続けた。
「有栖の在り方が普通じゃないのは確かだけど、それでも俺達はその
「…………怜二…………」
有栖は俺の話を聞き、虚を突かれたような顔をした。
恐らく、そんな言葉をかけられるのは初めてだったのだろう。
彼女の反応を見る限り、好意的な反応など返って来た試しがないに違いない。
何故なら、有栖の眼は双葉に似ている。
他に頼れる人間がいないからと、有りのままの現実を受け入れている諦観の表情。
それは、俺と出会ったばかりの双葉そっくりだった。
あの頃の双葉は心を折られ切っていて、
有栖は体裁こそ整えているが、他人に何の期待もしていない事が分かる。
双葉は諦めて流されるままでいようとして、有栖は自分の力だけで生きていく事を決めた。
違いと言えば、それだけだ。
二人共、窮極的には
自分以外の他人など、期待するだけ無駄。
そんな考えが、彼女達の根幹にはある。
双葉の場合は俺とノインさんという
単独で序列19位にまで成ったのは驚異的だが、裏を返せば誰も頼れる相手がいなかったからこそ
有栖自身の過去については、俺は一切触れていない。
彼女の立ち振る舞いを見ただけでもそれが地雷の類いである事は予想出来たし、彼女自身自分のプライバシーに触れられれば良い気はしないだろう。
だが、聞かずとも分かる事はある。
此処で有栖の手を握らなければ、きっと後悔する事になる。
俺にとっても、有栖にとっても。
ならば此処は、有栖が不器用に伸ばしてくれた腕を掴むしかないだろう。
少なくとも俺は、そう思ったのだ。
「…………貴方、お人好しって呼ばれない? 私のような女にそんな言葉をかけるなんて、もしかして私に惚れちゃったかしら?」
「い、いや、そういう事じゃ……」
「……ふふ、冗談よ。あまりにも嬉しい事を言われたから、ついついからかいたくなっちゃったの」
私、好きな相手はいじめたいタイプだし、と有栖は悪戯っぽく笑った。
「目を見れば分かるわ。貴方は本心から、そう言っているって。初めて見た時から興味を持っていたけど、私の眼に狂いはなかったみたいね」
くすくすと笑い、有栖は言葉を続ける。
「正直に言うと、最初に見た時から気になっていて、貴方と彼女の関係がなければ交際を申し込んでいた所よ。こういうのを、逃した魚は大きかった、って言うのかしらね」
「……有栖……」
突然の有栖の言葉に俺はなんと返したらいいのか分からず、言葉を詰まらせる。
けれど有栖はそんな俺を見て、苦笑いを浮かべた。
「ふふ、本気にしちゃったかしら? ごめんなさいね、私冗談が下手で。今のは、聞かなかった事にしてくれるとありがたいわ」
「……………………」
何処か寂し気に告げる有栖に俺は何も言えず、有栖はそんな俺を見て口元に笑みを浮かべた。
「まあ、でも貴方の事を好意的に見ているのは本当よ。でなきゃ、さっさといなくなっているもの。無償で手伝う気になるくらいは、貴方に対する好感度は高いって事よ。それこそ、キスくらいなら許して構わない程度にはね」
そう言うと有栖は俺の肩を掴み、一気に顔を寄せて来た。
「……体験してみる? 私との、キス。きっと、気持ち良いわよ」
「う……」
それこそキスしてしまいそうな距離で、有栖が顔を近付けて来る。
俺は金縛りに遭ったかのように動けず、一歩、また一歩と有栖の唇が近付く。
どうしていいか答えが出ずに固まり、有栖の唇が俺に……。
「…………ふふ、此処までね」
「あ……」
…………触れる寸前で、さっと有栖は顔を離した。
助かったような、名残惜しいような、そんな複雑な感情が俺の中で荒れ狂う。
完全に、彼女に魅入られていた。
あの彫像じみた美貌に至近距離で見詰められ、神話の
心臓はバクバクとうるさい程で、頭は最早パニック状態。
そんな俺に、有栖は艶やかな声色で言葉をかけた。
「からかい過ぎてしまったみたいね。でも、緊張は解れたでしょう? 嬉しい事を言ってくれた、お返しよ」
「……あ……」
確かに、先程までの緊張は綺麗さっぱり吹き飛んでいる。
そして、このやり取りには
────ふふ、ごめんなさいね。ついつい、悪戯が過ぎたわ。でもまあ、ある程度気が紛れたのなら何よりよ────
あの時の、ノインさんの台詞が脳裏を過る。
奇しくもあの時のノインさんと同じように、有栖は敢えて俺に迫る事で俺のもやもやを吹き飛ばしてくれた。
そのやり口は、ノインさんのそれとよく似ていた。
二人に共通点など無い筈なのに、何処か似た所を感じるのは気の所為だろうか。
或いは、だからこそこうして彼女と縁が出来たのかもしれない。
そう考えると、この奇縁も悪くないものだと思えた。
「あと少しで、出撃ね。一緒に、双葉を取り戻しましょう」
「ああ、勿論だ。俺達で、双葉を助けに行こう」
そして、時は進む。
俺達は、双葉の奪還に挑む。
敵は規格外の怪物、【リヴァイアサン・デブリ】。
けれど、不安はない。
俺には、最高の味方と頼れる
決戦前のトークタイム。
いきなり決戦に赴くより、こういう時間があった方がいいものです。