BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
「……っ!」
俺は一人、【V.S.S】の地下区画を駆ける。
これまで、妨害らしい妨害には遭っていない。
ただ、階を下るごとに増していく冷気が、否応なく俺の精神を圧迫して来る。
俺の機体は冷気を扱う都合上、寒冷地に対する耐性は他のシュミクラムと比べても群を抜いている。
自分を中心に冷気を展開する以上、その冷気によって自分の行動が阻害されていては本末転倒だからである。
その為、俺の機体には寒さを堪え凌げるよう周囲の温度に応じて体感温度を調節する機能や、駆動系が凍り付かないようにする機能等も備え付けられている。
故に、ただ
むしろ、普段より冷気の消費が少なくなる為寒冷地での戦闘は俺の有利に働く筈だ。
────だが、この冷気は単なる冷気ではない。
これは、【リヴァイアサン・デブリ】を通じて漏れ出る冥府の冷気そのものだ。
理屈までは分からないが、【リヴァイアサン・デブリ】は死者の思念をその体内に大量に保管している。
それは電子体とも呼べないただの
いわば、あの怪物の身体はミニチュアの冥府とも言うべき代物なのだ。
なんらかの方法でサルベージした死者の思念を内に閉じ込め、自らの血肉としている怪物。
それがあの、【リヴァイアサン・デブリ】なのだ。
直接解析したワケではない為仕組みまでは分からないが、ノインさんは奴をミニチュアの冥府と定義した。
つまり俺はこれから、自ら冥府に、あの世に飛び込もうとしている。
傍から見れば、それは自殺のようなものなのだろう。
ノインさんも、リスクは決して無視出来ないとも言っていた。
今回の作戦は確かに双葉を救える
無論、怖くないと言えば嘘になる。
正直に言えば今すぐ此処から逃げ出したいし、大戦力である有栖が傍にいない事が不安で仕方ない。
だが、それは出来ない。
此処で俺が諦めれば、双葉は永遠に戻って来ない。
早く助けなければ、双葉はあの怪物と同化してしまう。
愛しい少女がそんな結末を迎えるなど、断じて許せる事ではなかった。
「…………くぅ…………っ!」
けれど、恐怖は消えてはくれない。
がくがくと、身体が恐怖に震える。
段々と濃くなっていく冥府の冷気に、魂が蝕まれていく。
油断すれば、その場で崩れ落ちてしまいそうだ。
「けど……っ!」
しかし、それでも。
どれだけ、あの怪物が恐ろしくとも。
逃げていい理由には、ならない。
ノインさんは、此処に至るまでの道を切り開いてくれた。
有栖は、俺を前に進ませる為にあのジャビットの相手を引き受けてくれた。
そんな二人の想いを、無碍にしていいワケがない。
ノインさんは、俺の身を危険に晒す事を分かっていながらも俺をこの場に送り出してくれた。
有栖は、俺が双葉の救出をやり遂げられると信じて俺に後を任せてくれた。
そんな二人の期待を、今の俺は背負っている。
俺は、自分一人の力で此処にいるワケではない。
心強い仲間達の協力で、先に進む事が出来ているのだ。
ならば、それに報いなければならない。
敵は強大であり、目にしただけで発狂しかねない恐るべき怪物だ。
頭の中から聴こえるあの【声】でさえ、あの怪物の事を恐れていた。
あの【声】はあれから一度も聞こえて来ていないが、隙を見て俺の身体を乗っ取る機会を伺っている可能性はある。
いわば今の俺は、そういった未知の爆弾を抱えた状態でこの場所にいる。
けれど、今回に関しては【声】は邪魔をして来ないだろうという、妙な確信があった。
あの【声】の正体は今以て不明ではあるが、【声】が囁きかけて来たのは決まって
考えてみれば、あの【声】が俺に明確な不利益を与えたのは【統率個体】を倒した後に暴走して有栖と戦った事くらいである。
そして、その【統率個体】との戦いでも、あの【声】が表に出て来なければ勝てなかったに違いない。
自分は、有栖のような特級戦力ではない。
本来であれば、単騎で【統率個体】を倒せるような存在ではないのだ。
だが、その無茶を通せたのは紛れもなくあの【声】の存在にあった。
これまで窮地に陥る度にあの声は囁きかけてきていたが、結局俺の身体を再び強引に乗っ取ろうとする事はなかった。
あくまで
無論、あの【声】が尋常な存在ではない事は分かっている。
人の頭の中に住み着いてあれこれちょっかいをかけて来るのだから、普通の存在ではない事は明らかだ。
しかし、俺が【声】に対しある種の信用を置いている事は最早否定出来ない。
あの【声】は上手い付き合い方さえ考えれば、一つの
勿論、俺の身体を奴に渡す気など微塵もない。
だが、前回あの怪物に近付いた時の「力だけを貸してやる」という言葉には、妙な真実味を感じられた。
だから、少なくともこの場所で裏切るような事はない。
そんな、妙な確信があった。
────おい、聞こえているんだろう? お前、あの怪物について何か知っているのか?────
故に俺は、あの怪物の情報を探る為にその【声】に問いかけた。
暫くすると、頭の中から億劫そうな声が響いて来る。
────ハンッ、知っていても教える理由はねぇよ。自分からあいつに近付くような命知らずにゃ、教えてやる義理はねぇな────
【声】は呆れたような様子で、そう返して来る。
そして、確信する。
矢張り、この【声】はあの怪物の事を知っている。
自分があの時、この怪物に関して
…………この【声】は恐らく、俺の脳チップの内部にいる。
恐らく、何らかの方法で脳チップに埋め込まれた
システムの補助AIにしては反応が人間臭すぎるし、AI特有の無機質な感じもしない。
此処までの
故にこいつは、何らかの方法で俺の脳チップに挿入された
【統率個体】との戦いで見せた反射神経は、その
もしかするとジャビットと同じ、脳に細工を施された人間だったのかもしれない。
そうでなければ、あの異常な反応速度は説明出来ないからだ。
【声】から受けるイメージは、ジャビットから受けるそれに近い。
恐らく、この【声】の主は生前ジャビットに近いタイプの人間だったのだろう。
粗野な感じや本能のままに振る舞おうとする姿勢は、ジャビットに似通っている。
むしろ、ジャビットの方がこいつをモデルにしているとさえ思えて来るから不思議だった。
────やっぱり、知っているんだな? 教えてくれたっていいだろう? 俺にいなくなられちゃ、お前も困るんだろ?────
────チッ、調子に乗りやがって。いつか後悔すっぞテメェ……っ!────
【声】から明確な怒気を叩きつけられるが、俺は感じた手応えにニヤリと笑みを浮かべた。
矢張り、こいつは俺に生きていて貰わなければ困るのだ。
だからこいつとの
恐らく、こいつは俺の脳チップでしか存在を保てないのだろう。
そうでなければ、こうまで譲歩を引き出す事など出来はしない。
そして俺は、その【声】が見せた隙を最大限に活用する心づもりだった。
【声】は観念したように、舌打ちした気配と共に喋り始めた。
────……ったく、気に喰わねぇが教えてやるよ。あれはな、かつて電脳世界で暴れ回ったガキの亡霊の
────亡霊の、残骸……?────
俺が疑問符を浮かべると、【声】は苛立たし気に続ける。
────この【V.S.S】を牛耳ってたババアはな、何度も人体実験を重ねてたのさ。脳の記憶容量を増やしたり、右脳を強化して反射神経を鋭敏化させたりな。そのガキは、そんな【実験体】の一人だった────
【声】は何処か忌々し気に語っており、その口調には何か特別な感情が込められている気がした。
そんな俺の心情に気が付いたのか、【声】は舌打ちする。
────そいつはな、『実体と電子体を切り離す実験』にかけられてたのさ。当時は仮想に入っていられる時間には制限があってな、今みたいにずっと没入しっぱなしってのは無理だったのさぁ────
────だから、それを克服しようと?────
【声】はああ、と言って肯定する。
────実体から意識だけを電子体にして仮想空間に送り込んだ後も、実体の脳には深層意識は残る。だからフィードバックで
要は、と【声】は続ける。
────あのババアは、その繋がりを切っても生きてられるかどうかを実験したのさ。仮想世界に没入しっぱなしでも生存可能な存在。今じゃ当たり前になってるそれも、当時からすれば喉から手が出る程欲しかったみてぇだからな────
何で俺様がこんなインテリみてぇな事を、とぶつぶつと文句を言いながら、【声】は話を再開する。
────実験は、ある意味じゃ成功だった。ガキの電子体は実体とのリンクが切れても存在を保ってたし、時間経過で消える事もなかった────もっとも、ガキの実体はその時おっ死んじまったんだがな────
────な……っ!?────
【V.S.S】の、人体実験の犠牲者。
非道な実験にかけられた、哀れな少女の末路。
その光景が、ありありと浮かんで来てしまう。
同じように非道な実験の末に生み出された、双葉と重なってしまう。
────だが、実体が死んでも電子体だけは生き続けた。そいつは、
────電子体、幽霊────
────【
通常、実体が死亡すれば電子体となって仮想に没入する事は出来ない。
没入出来たとしても、そこに現れるのはあくまで
しかし、噂によれば実体が死亡しても電子体のみで生き続ける存在がいるのだという。
それこそが、【電子体幽霊】。
文字通り、電子体のみとなっても生き続ける人間の事だ。
【アーク社】の社長は【電子体幽霊】ではないか、などという根も葉もない噂が流布されるくらい、それは都市伝説じみた存在だった。
しかし、人間を【電子体幽霊】にする技術自体は存在するという噂もある。
その技術は【
俺も半信半疑ではあったが、恐らく過去の人間なのであろう【声】から、その実在を断言されてしまった。
俺の受けた衝撃は、計り知れなかった。
────言った通り、そいつは
そこで一呼吸置き、告げる。
────ガキの深層意識が、仮想で無数の死者の念を取り込みながら肥大化したもの。それが、【リヴァイアサン】と呼ばれた怪物の正体だ────
────リヴァイ、アサン────
それが、【リヴァイアサン】。
聖書に登場する、巨大な海の怪物の名だ。
────【リヴァイアサン】はとんでもねぇ情報量を持ってた。だから当時の古臭ぇAIの処理能力じゃその情報を処理しきれなかったんで、生きる【
やれやれ、と言いたげに【声】からは肩を竦めたような気配が伝わって来た。
────そんなこんなで仮想で大いに暴れたそいつは、色々あって撃破された。囚われていた魂も解放されてめでたしめでたし、って終わる筈だったんだが……────
だが、と【声】は怒気を滲ませた。
────この時代に、その残骸を発掘してその機能を再現しやがった馬鹿がいんだよ。ご丁寧に、
そして、【声】は明らかな侮蔑を含めて言い放つ。
────その人格データの名は、【
ここらへんはバルドフォースをやってないと分かんない情報がちらほらあります。
簡単に言えば、【V.S.S】はバルドフォースの事件が起こる元凶とも言える女性が社長をやってました。
ここらへんは原作憐√で明かされる部分ですね。
双葉√はバルドフォースの方の空気を濃い目にしてあるので、知らないとちょっとわかんないかもです。