BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
一瞬の浮遊感の後、水の中に落ちたような感覚に襲われた。
何も見えないが、分かる事がある。
此処は、【海】だ。
暗く冷たい、何者をも拒絶する死の海の中。
上を見上げれば、遠くに水面が見える気がする。
けれど、手を伸ばしてもその水面に届く事はない。
俺は段々と遠くなる水面を見詰めながら、深い暗闇の底へ堕ちていく。
…………何かに、足を掴まれた感触があった。
振り払おうとして、気付く。
足を掴んでいるのは、何かの
その事に、気付いたからだろうか。
先程まで真っ暗で何も見えなかった暗闇にぼんやりと光が灯り、俺の現状を明示した。
「…………っ!!??」
────俺の足を掴んでいたのは、無数の
水底から伸びる何十、何百と折り重なった白い腕が、海藻のように俺の足に絡みついている。
【腕】は凄まじい力で俺を引っ張り、俺の身体はどんどん水底へ向かって沈んで行く。
悲鳴をあげる間もなく、俺は白い腕の大群によって仄暗い水底へと引きずり込まれた。
「…………此処、は…………」
目が覚めると、俺は白い部屋にいた。
先程まで暗い海の中にいたと思っていたのだが、今俺がいる場所は明らかに人工物の中だ。
周囲は白一色の壁で覆われており、俺は寝台のようなものの上に寝かされている。
いや、
俺の両手両足には革製のベルトが嵌められ、ベッドに縛り付けられている。
動かそうとしても自由が効かず、拘束された手足に鈍い痛みが奔る。
水底で溺れ死ぬよりはマシであろうが、有り体に言って悪い予感しかしない状況だった。
「あら、お目覚めかしら」
「……っ!?」
────不意に、艶めいた声が響く。
いつの間にか、部屋の入口に一人の少女が立っていた。
歳の頃は12,3歳といったところだろうか。
片目が隠れるほど伸ばした長髪の黒髪をしており、紫色のドレスのような服を纏っている。
胸元や脚が大きく露出したドレスの下にはボンテージ風のインナーが見えており、年齢不相応の色香が漂っている。
そして、何より目を惹いたのはその瞳だ。
その眼には、暗く、淀んだ鋭さと、媚びるような艶やかさが同居していた。
明らかに、あの年代の少女がして良い目つきではない。
それは老獪な、女狐の如き眼だった。
「……お前は、誰だ……?」
「うふふ、まだ分からない? 私の中に自分から飛び込んで来てくれたのだから、てっきり理解していると思ったのだけれど」
「……なに……?」
俺は少女の言葉に、疑問符を浮かべる。
少女はこの場所を指して、
そして俺が向かおうとしたのは、双葉が囚われている【リヴァイアサン・デブリ】の内部。
つまり、こいつは……。
「────そうか。【リヴァイアサン・デブリ】の、意志代行者。お前が、橘玲佳か」
「……ご名答。よく調べたわね、怜二くん」
────【リヴァイアサン・デブリ】の中に潜み、双葉を攫った
元【V.S.S】社長にして悲劇の元凶、橘玲佳。
俺達を苛む現状を作り出した、諸悪の根源だ。
「しかし、どうやって私の名前に辿り着いたのかしらね? 【研究所】はあいつ等の反乱で壊滅して碌なデータは残っていない筈だし、私個人に関する資料もそれ程残っていない筈なのだけれどね」
少女、橘玲佳は何処か不思議そうな顔をしながら、コツコツとヒールの音を鳴らしながらこちらに近付いて来る。
「まあいいわ、どちらにせよ今貴方の身柄は私の手の中にある。どうやって調べたかは、これからじっくり聞きだしてあげれば良いのだしね」
くつくつと嗤いながら、玲佳はねちっこい手つきで俺の身体を撫で回す。
その手つきは愛撫のそれだったが、俺は快感どころか嫌悪感しか感じなかった。
まるで、得体の知れない虫に肌の上を這い回られているような感覚。
玲佳が俺を見る視線は、捕食者のそれだ。
男を食い物としか考えない、驕り切った
目の前の少女は、そういった類の化生である。
だから俺は精一杯の虚勢を張り、玲佳を思い切り睨みつけた。
「……っ! 触るなよ、この年増……っ! 外見だけ若くしても、ババ臭さが滲み出てんだよ……っ!」
「な……っ!?」
まさか、そんな暴言を吐かれるとは思っていなかったのだろう。
玲佳は目を見開き、思わず手を止める。
数舜遅れて何を言われたのかを理解し、玲佳の身体が怒りに震える。
憎悪すら込めた瞳で、怜二を射抜いた。
「…………失礼ね。この私の、何処が若くないと言えるのかしら?」
「全部だよ、クソババア。どれだけ外見を取り繕おうが、目つきや空気で分かるんだよ。テメェが死んだのは、相当歳食った後なんだろう? 若返り願望が、全身から滲み出てんだよ」
俺は吐き捨てるようにそう告げ、更に続ける。
「外見が少女だろうが、テメェの性根は腐りきってる。その腐臭を、俺が分からないとでも思ったか? どれだけ着飾った所で、お前の本性が醜いのはすぐ分かるんだよ」
「このっ、言わせておけば……っ!」
玲佳は怒りに染まった形相で怜二を睨みつけ、腕を振り上げる。
そのまま振り下ろすかと思ったが、その寸前で何かに気付いて腕を下ろし、ニヤリ、といやらしい笑みを浮かべた。
「…………ふふ、虚勢を張っても無駄よ。貴方の一番大事なものは、こうして私の手の中にあるもの。ほら、見てご覧なさい」
「……っ!?」
────その言葉と共に、目の前にスクリーンが表示される。
スクリーンの中には、椅子に座った双葉の姿があった。
…………だが、様子がおかしい。
双葉の眼には光がなく、手足も脱力している。
口も半開きのまま動かず、まるで人形のようだ。
その双葉の変貌ぶりに、俺の内側から激情が噴き出した。
「テメェ、双葉に何をしやがった……っ!?」
「うふふ、少し
悪意たっぷりに微笑み、玲佳は憚ることなく悪行を口にする。
「知ってる? この子、
「貴様……っ!」
俺は目の前の女が触れてはならないものに触れた事を知り、腸が煮えくり返るような怒りに襲われた。
…………双葉が自分の両親を意図的に死に追いやった事は、薄々気付いてはいた。
何せ、これまで幾度も双葉の戦場での手並みを見ているのだ。
双葉の出来る事や、罠の使い方。そして、思考傾向。
それらを見ていけば、あの日本当は何があったのかを推察する事は容易だった。
けれど俺は、それに気付いても双葉を糾弾する気は毛頭なかった。
当時の双葉の状況を考えればある意味仕方の無かった事と言えるし、酷薄な言い方ではあるが俺は双葉の両親と双葉であれば双葉の方を選ぶ。
仮にあの時双葉が両親を殺さなかったとしても、近い将来似たような事になっていた筈だ。
当時の双葉からしてみれば、本当にギリギリの瀬戸際だったのだろう。
親を殺さなければならないと思い詰める程、当時の双葉は追い詰められていた。
他ならぬ、彼女の親によって。
双葉が【被造子】である以上本当の親ではなかったのだろうが、それでも双葉にとっての
自分の親を殺したという負い目は、今まで双葉を苛んでいたに違いない。
たとえそれが、法律上咎められる事ではないとしてもだ。
特級プログラマの双葉には、【技術保護を理由とする特例報復認可権】というものが適用されている。
これは、特級プログラマの技術及び心身が他者によって脅かされた場合、加害者を殺傷しても殺人罪に問われる事はないという権利の事を意味する。
つまり、双葉の心身に危害を加えようとした時点で、彼女の両親は法律上双葉に殺されても何の文句も言えない立場に成り下がっている。
もしもあの一件が双葉の仕業であると究明されても、双葉が法的な罰を受ける事はない。
それが、特級プログラマである双葉に与えられた
双葉はこの法によって護られている為、重大なテロでも起こさない限りは犯罪者認定される事はまずない。
これは、特級プログラマにわざと罪を被せてその技術を思い通りにしようとする者から護る為に作られたものだと聞く。
この法律があるからこそ、特級プログラマは表世界での安全を確約されているのだ。
…………しかし、だからこそ双葉の葛藤に明確な出口はない。
罪に問われる事がないという事は、翻って
罪人は、捕らえられ罪を償う事で己の過去を清算する。
双葉には、それが出来ない。
法律上彼女は
罪を犯した人間は、その罪を清算する事で初めて前に進む事が出来る。
双葉には、罪を裁かれる機会も、その罪を償う機会も存在しない。
そして、双葉は自分の罪を自分で割り切れる程器用な性格をしていない。
いっそ、有栖くらい開き直れてしまえば良かったのだろう。
けれど、双葉の性根は善良そのものだ。
自分の罪から眼を背ける事など、出来よう筈もない。
だからこそ俺は彼女が自分から言い出すのを待ち、双葉が潰れないよう見守る事を決意していた。
…………この女は、それを台無しにした。
双葉の罪を暴き、彼女の心を叩き折った。
その所業は、断じて許されるべき事ではない。
怒りが、心身を燃え上がらせる。
今すぐにでも、この女を殴り飛ばしたい。
けれど、拘束されている身体は自由が効かない。
それを分かっているのか、玲佳はにやにやと笑いながら俺の姿を見詰めていた。
「うふふ、無様ねえ。あれだけ啖呵を切っても、所詮今の貴方は私の掌の上。愛しい双葉ちゃんも私のものになったし、貴方もこれからそうなるわ。じっくりと、時間をかけて洗脳を施してあげる」
くつくつと、玲佳は嗤う。
悪意を煮詰めたような視線が、俺を射抜く。
「完全に私のものになったら、双葉ちゃんと会わせてあげるわ。もっとも、今の彼女は貴方が誰なのか分からないでしょうけどねえ。アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……ッ!」
玲佳の哄笑が、響き渡る。
俺は、射殺さんばかりの目つきで玲佳を睨む。
…………もっと、俺に力があったのなら。
此処から脱して、こいつを殴り飛ばせれば。
力が、欲しい。
形振りは、構っていられない。
どんなものだって、構うものか。
この状況を打開出来るなら、なんだってやってやる。
だから、頼む。
俺の声を、聞き届けてくれ……!
「────おうよ。それを待ってたぜ、馬鹿野郎」
────それは、突然に現れた。
俺の目の前、玲佳の背後にあたる場所に、その男はいた。
青白い不健康そうな肌に、独特なアフロヘア。
痩身痩躯の身体で、手には蛮刀を携えている。
そして、その【声】には聞き覚えがあった。
間違いない。
俺の頭の中に響いていた、【声】。
それと同じ声が、男の口から発せられていた。
「……っ!? お前は……っ!?」
玲佳は男の出現に気付くとぎょっとしたようにその場を飛び退き、空間に溶けるように消え去った。
それを見て舌打ちした男は、俺に歩み寄りながら蛮刀で俺の拘束を断ち切った。
「……お前が、俺の中にいた奴なのか……?」
「ああ、そうだぜぇ。ったく、まさか此処に舞い戻る事になるなんてな…………因果応報たぁ、こういう事かねえ」
男は何処か皮肉気に笑い、俺はそんな男を見据えて口を開いた。
「……お前は一体、誰なんだ……?」
そう尋ねると男はやれやれと言いたげな感じで肩を竦め、名乗りをあげた。
「────俺はゲンハ、ただのゲンハだ。あのババアとはちと因縁があるだけの、昔くたばった悪党だよ」
バルドフォース知らないと、ここらへんちんぷんかんぷんだろうなあ。