※この作品はR-18です。

BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√   作:デスイーター

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夢ーdreamー

 

「……お前が、俺の中にいた奴なのか……?」

 

 俺は呆然と、目の前に立つ男…………ゲンハを見据える。

 

 確かに声は同一であるし、見た目から受ける雰囲気も俺の抱いていたイメージとマッチしている。

 

 だが、今まで俺の頭の中にいた奴が目の前に肉体を持って現れるなど、想像の埒外もいいところだった。

 

「ああ、テメーの中に間借りしてたのは俺だよ俺。何度も話したってのに、つれねえなあオイ」

「いや、声も同じだしそれは分かるんだが…………なんで、肉体を持ってるんだ? お前は、意識だけの存在だと思ってたんだが……」

 

 そう、俺が困惑しているのはそこだ。

 

 この男、ゲンハはあくまで俺の脳チップ内部に保存された【人格データ】の筈であり、実体は持っていないというのが俺の推測だった。

 

 実体があるなら俺の中に留まる理由はないし、何よりこいつは見るからに我が強いタイプだ。

 

 こんな男が、実体がありながら自由にならない他人の中に敢えて留まるなど有り得ないと思ったからだ。

 

「ああ? 当然だろが。今の俺が、生身の人間に見えるってえのか?」

「え……?」

 

 予想外の答えに疑問符を浮かべるが、ゲンハは舌打ちしつつこう告げた。

 

「此(・)処(・)が(・)何(・)処(・)だか思い出してみろよ。それが答えの筈だぜ」

「あ……っ!」

 

 そう、その通りだ。

 

 今俺がいるのは、恐らく【リヴァイアサン・デブリ】の内(・)部(・)。

 

 現実とも仮想とも呼べない、強いて言うなら夢(・)の(・)世(・)界(・)のような場所だ。

 

 そもそも、あの橘玲佳でさえ実体のない思念データだけの存在の筈である。

 

 ゲンハは、橘玲佳を管(・)理(・)A(・)I(・)と(・)し(・)て(・)人(・)格(・)デ(・)ー(・)タ(・)を(・)サ(・)ル(・)ベ(・)ー(・)ジ(・)さ(・)れ(・)た(・)存在だと言った。

 

 つまり、あの橘玲佳本人の肉体はとうの昔に朽ち果てている。

 

 あれはいわば、【電子体幽霊(ワイアード・ゴースト)】に近い。

 

 実体が存在せず、電子の世界でのみ干渉の手段を持つもの。

 

 そういう意味では、この男もまた【電子体幽霊】と言えるのかもしれない。

 

「現実でも、普通の仮想世界でも俺はテメェの中から抜け出せねぇが、此(・)処(・)だったら話は別だ。此処はある意味、あの世のようなものだからよ。俺みてぇな死人だろうが、こうして形を持てるってワケだ」

 

 何処か自嘲するように、ゲンハは告げる。

 

 その表情には、少なくない苛立ちが含まれていた。

 

 彼にしてみれば、眠っていたところを無理やり叩き起こされた挙句妙な事に付き合わされた、みたいな風に思っているのかもしれない。

 

 そんな、俺の考えを察知したのだろう。

 

 ゲンハは舌打ちしつつ、俺の顔を睨みつけて来た。

 

「チッ、変な同情してんじゃねえよ。確かにテメェに叩き起こされてムカついたのは確かだしよ、文句がねぇワケでもねぇ」

 

 けどな、とゲンハは続ける。

 

「今此処でテメェを助けてやったのは、紛れもなく俺様の意志だ。個人的にも、あのババアには借りがあるしな。テメェに協力して、あの年増に吠え面かかせるのも悪くはねぇ」

「……じゃあ、協力してくれるって事か……?」

「そのつもりもなしで助けるワケねぇじゃねぇか。阿呆かテメェ」

 

 何処か呆れるように、ゲンハは吐き捨てる。

 

 その様子が何処か無理をして社交辞令を喋っている不良のようで、何処か微笑ましかった。

 

 確かに身なりからは粗暴な雰囲気を受けるし、口も悪い。

 

 けれど、今のゲンハからはジャビットのような常軌を逸した狂(・)気(・)のようなものは感じられなかった。

 

 有り体に言えば、憑(・)き(・)物(・)が(・)落(・)ち(・)た(・)ような雰囲気がある。

 

 この推測は恐らく間違ってはいないだろうと、俺はそう思えた。

 

────この【V.S.S】を牛耳ってたババアはな、何度も人体実験を重ねてたのさ。脳の記憶容量を増やしたり、右脳を強化して反射神経を鋭敏化させたりな。そのガキは、そんな【実験体】の一人だった────

 

 この話をした時のゲンハの声色には、妙な実(・)感(・)があった。

 

 あれは、話だけを聞いた見も知らぬ誰かを語っていたような雰囲気ではなかった。

 

 まるで、実(・)体(・)験(・)を話していたような、そんなニュアンスに思えたのだ。

 

 恐らくではあるが、ゲンハもまた橘玲佳の人体実験の被害者の一人だったのだろう。

 

 もしかすると、ジャビットのように人(・)工(・)的(・)な(・)悪(・)人(・)にされていた可能性もある。

 

 ゲンハは、自分の事を死(・)人(・)だと表現した。

 

 つまりゲンハの実体もまたとうの昔になくなっている。

 

 脳に細工をされていたのだとしたら、実体がなくなった事でその枷が外れたのかもしれない。

 

 死が一つの救いになるとは、なんとも皮肉な話ではあるが。

 

「…………チッ、お喋りは此処までだ。あの女を助けるんだろが。こんな所で油売ってていいのかよ」

「……そうだな。けど、双葉が何処にいるのか心当たりがあるのか?」

「ある程度はな。付いて来い」

 

 ゲンハはそう言うと、踵を返して部屋から出て行った。

 

 俺は特に迷いもなく、ゲンハの後を追う。

 

 無論、何の疑念もないというワケではない。

 

 だが、此処で頼れる相手が彼しかいないのもまた事実だ。

 

 それに、彼は此処では裏切らない。

 

 そんな、確信めいた予感もあったのだ。

 

「……此処は……?」

 

 部屋を出ると、そこは白い壁が続く建物の屋内だった。

 

 廊下には病的な清潔感があり、各所には【V.S.S】のロゴが刻まれている。

 

 見渡す範囲に人影はなく、しんと静まり返っていた。

 

「見りゃ分かるだろが、あの女の会社の中だよ。ま、ババアの記憶から再現したものだろうがな」

「記憶から、再現……?」

 

 ああ、とゲンハは肯定する。

 

「この世界は、色んな連中の夢(・)を繋ぎ合わせたもんだ。此処の主を気取ってやがるあの女の記憶をベースに、過去に【リヴァイアサン】と関りがあった連中なんかの記憶も繋ぎ合わせてある筈だ。此処は、そういう継(・)ぎ(・)接(・)ぎ(・)の(・)世(・)界(・)なんだよ」

「継ぎ接ぎの、世界……」

 

 確かに、この世界は作り物めいている。

 

 通常、人は仮想空間に没入しても特段違和感を覚える事はない。

 

 これは仮想空間が現実を正確にシュミレートしているからであり、現実世界と殆ど変わらない感覚を再現出来ている為だ。

 

 しかし、この世界は現実と比べると明らかに作り物じみた違和感がある。

 

 言い換えるのなら、センサーの感度が悪いような感覚を受けるのだ。

 

 自分で立っている感覚はあるし、自分の身体を動かす事は出来る。

 

 けれど、普段の仮想と比べて触覚や視覚に違和感があるのは否定出来ない。

 

 四肢の感覚にも妙な遅延(ラグ)があるし、現実を忠実に再現しているとは言い難い。

 

 まるで、仮想の技術が数世代以上後退しているような感覚を受けた。

 

「テメェの感覚は間違っちゃいねえよ。此処はな、当(・)時(・)の(・)仮(・)想(・)を再現してるんだ」

「当時の、仮想……?」

 

 ああ、とゲンハは続ける。

 

「当時の仮想はな、AIの処理能力は今とは比べ物にならんくらい低かったのさ。あの頃は有機AIなんてものはねぇし、バルドルのような膨大な処理能力を持った人口無能もねえ。だから、仮想の再現度もこの程度だったワケだ」

 

 ま、俺等にとっちゃこれが当たり前だったんだが、とゲンハは零した。

 

「今の現(・)実(・)の(・)寸(・)分(・)違(・)わ(・)ぬ(・)再(・)現(・)の(・)仮(・)想(・)に慣れ切ったテメェからしてみりゃ、違和感を感じるのは当然なのさ。ま、この程度の処理能力しかなかったからこそ、【リヴァイアサン】があそこまでの脅威になったワケなんだが」

「……【リヴァイアサン】……」

 

 俺はゲンハの言葉を復唱し、言い知れない予感に打ち震えた。

 

 ゲンハは、全盛期の【リヴァイアサン】を知っている。

 

 その脅威を、正確に理解しているのだ。

 

 でなければ、あそこまで真に迫った警告を伝える事は出来ないだろう。

 

 ゲンハの言葉には、紛れもなく自身の体験を元にした実(・)感(・)があった。

 

 実際に体験した事を語っているのだから、その情報の有用性は計り知れない。

 

 直に体験しなければ分からない事も、それなりにある筈なのだから。

 

「【リヴァイアサン】の脅威は、なんつってもその情(・)報(・)量(・)だ。当時のAIの性能じゃ、こいつくらいに膨れ上がった存在の情報を処理するには処理速度が足りなかったんだよ」

 

 だから、とゲンハは続けた。

 

「こいつが現れる先では片っ端から遅延(ラグ)が起きて、近くにいるだけでシュミクラムは過負荷で吹っ飛んだ。こいつは、ただ通り過ぎるだけで周囲を歪め尽くす生(・)き(・)る(・)台(・)風(・)みたいなものだったのさ」

 

 ふぅ、とゲンハは溜め息を吐いた。

 

 もしかすると、当時の惨状を思い返しているのかもしれない。

 

 ただ動くだけで、仮想を歪めてしまう怪物。

 

 その様相が、頭の中に想起される。

 

「けどまあ、今こいつが目覚めてもあの時と同じ脅威を振り撒けるとは思えねぇ。今のAIの処理能力なら、た(・)だ(・)情(・)報(・)量(・)が(・)多(・)い(・)だけで処理落ちする事は早々ねぇだろうからな」

 

 だが、とゲンハは表情を引き締めた。

 

「ババアも、それは知ってる筈だ。あの女は、管理AIとして人格データをサルベージされたんだ。当然、今のAIの性能なんかも頭に入っているだろうからな」

「……確かに、そうだな……」

 

 管理AIとしての機能を果たすには、当然ながら現状のAIの処理能力について知らなくてはならない。

 

 仮にも橘玲佳は、一つの企業を束ねていた存在だ。

 

 そういった情報収集を、怠る筈もない。

 

「だってのに、ババアはこいつの復活に執着してやがる。それが何でかまでは分からねーが、あいつの思い通りにさせたらマズイ事になると考えた方がいいだろうな。あいつは俺様と同じく正真正銘の屑だが、それでも勝算の無ぇ賭けが出来るタイプじゃねぇしよ」

「……確かに。楽観論は捨てた方が良さそうだな」

 

 元より侮るつもりはない。

 

 この【リヴァイアサン・デブリ】には、底知れない何(・)か(・)がある。

 

 こいつを仮想に解き放ってしまえば、大変な事になる。

 

 それくらいの予想は、俺でも立てる事が出来た。

 

 目覚めてしまえば、仮想(せかい)が終わる。

 

 そんな予感が、頭から離れなかった。

 

「とにかく、見た限りじゃ此処は【V.S.S】の本社の地下区画だ。あのババアとテメェの女は多分、最上階の社長室にいる筈だぜ。あいつが拠点にするとしたら、そこが一番自然だからな」

「……そういう事か……」

 

 確かに、此処が彼女の記憶をベースに作られているのだとしたら、橘玲佳が心の拠り所とするのは何処か。

 

 当然、生前慣れ親しんだ場所に決まっている。

 

 ゲンハの予想は、あながち間違ってはいなさそうだ。

 

「……ま、素直に通すかどうかは別としてな」

 

 ゲンハの言葉に通路の奥に目を向けると、その先にはこちらに向かって来る無数のエネミーの姿が見えた。

 

 いや、旧時代風に言うならウイルスだろうか。

 

 それが、一直線に俺達に向かってきている。

 

 間違いなく、橘玲佳の放った追手だろう。

 

 今の俺に、シュミクラムはない。

 

 だから、戦わずに逃げる事が得策────だと思っていたのは、俺だけだった。

 

「──移行(シフト)」

「な……っ!?」

 

 迫るウイルスを目にしたゲンハの行動は、迅速だった。

 

 すぐさまその肉体が変化し、鋼鉄の肉体が通路に着地する。

 

 細身の悪魔じみたデザインのシュミクラムが、俺の前に現れた。

 

 その造形には、見覚えがある。

 

 あの【統率個体】との戦いの時、ゲンハに身体を乗っ取られた時に【ヴァナルガンド】に起きた変貌と意匠が酷似している。

 

 恐らく、あの変化はゲンハの意識の表出に連動したものなのだろう。

 

 間違いないのは、ゲンハが今この場でシュミクラムへの移行に成功した、という事だ。

 

「此処は夢の世界だ、っつったろうが。夢の世界なんだから、イメージが反映されるのは当然の事だろが。さっさとテメェも移行しやがれ」

「了解(ヤー)────移行(シフト)」

 

 俺の肉体が、置き換わる。

 

 生身の身体を模していた身体は鋼鉄の四肢に切り替わり、青と白をベースにした俺のシュミクラム、【ヴァナルガンド】への移行が完了した。

 

「さあ、まずはあいつ等をぶっ殺すぞ。足手纏いにゃなんじゃねぇぞコラ」

「ああ、さっさと倒して先に進むぞ……っ!」

 

 そして俺はゲンハと共に、夢の世界での戦闘を開始した。





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