BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
『頭脳体の認識を完了。【リヴァイアサン・デブリ】、起動状態に入ります』
無機質な
あくまで一企業の社長室らしい清潔感に溢れていた部屋は床や壁が赤黒く変色し、奇妙なオブジェクトが次々に突き立っている。
中央の壁には双葉が閉じ込められたカプセルが存在し、それに向かって伸びる幾重ものコードが絡みつく有り様は生物の心臓のようですらあった。
カプセルの中で双葉は苦悶の表情を浮かべており、虚ろだった目は苦しみのあまり白目を剥いている。
有り体に言って、悪夢そのものの光景と言えた。
「あはははははははははははははは……っ! これで、計画が遂に実行に移せる……っ! 多少のイレギュラーはあったけど、まだどうとでもなる……っ! 此処まで来て、手間を惜しんではいられないわ……っ!」
その光景を見て、玲佳が哄笑をあげる。
少女の姿をした女怪の瞳はどす黒い悪意に染まっており、ありとあらゆる醜悪な感情がその眼には煮詰まっていた。
自己顕示欲と支配欲に醜く歪んだその双眸を露わにしながら、玲佳は狂ったような笑みを浮かべる。
「ようやく、【リヴァイアサン・デブリ】が起動する……っ! いや、最早これは【
故に、と玲佳は唇を盛大に歪めた。
「【
玲佳は興奮のままに叫び、高らかに笑う。
玲佳の笑い声が響く【リヴァイアサン・エコー】の中枢で、カプセルに囚われた双葉が苦し気な声を漏らす。
『…………れい、じ…………』
少女のか細い声は、空気に溶けるように消える。
そんな健気な声をかき消すように、その場所には玲佳の笑い声がいつまでも響き渡っていた。
「なんだ、これは……っ!?」
異常は、怜二達の下へも到達していた。
ゲンハの先導により、怜二達は迫りくるエネミー達を殲滅し順調に【V.S.S】社屋を駆け上がっていた。
しかし突然、奇妙な金切り音が響くと同時に周囲の様相が一気に変貌したのだ。
病的な清潔感を醸し出していた白い廊下は赤黒い色に染まり、至る所に生物の血管じみた隆起が見える。
床や壁の所々には眼球のようなものが浮き出ており、ぎょろりと周囲を見回しているその姿は生理的な嫌悪感を催した。
そしてこの変貌と同時に機体にかかる重力が上がったような感覚を受けており、先程と比べるとシュミクラムの動きが鈍りつつある。
まるで、深海の水圧に晒されたような、そんな圧迫感が怜二達を襲っていた。
『……あのババア、形振り構わずこの化け物を目覚めさせやがったな……っ!』
「な……っ!? じゃ、じゃあ双葉は……っ!? 双葉はどうなったんだ……っ!?」
ゲンハの言葉に、俺はとてつもない焦燥感に駆られた。
この【リヴァイアサン・デブリ】が復活する為には、双葉の意識がこの怪物と同化する必要があった筈だ。
その復活が成されたという事は、双葉の意識は……。
『いや、まだだ。多分だが、ババアは俺等が予想外に早く辿り着きそうだから操作席か何かを使ってテメェの女を疑似的な頭脳体に仕立てあげたんだよ。そうでなきゃ、俺等がこうして無事なワケがねぇからな』
「じゃあ、双葉は……」
まだ、助けられるのか。
それだけが、俺の心を締めていた。
『ああ、まだ間に合う。操作席かその類似品を使っている以上、あくまでテメェの女はこの怪物のパイロットをさせられているだけの状態だろうぜ。どうにかして女が意識を取り戻しさえすりゃあ、怪物と女の接続は断たれる筈だぜ』
「……そうか。なら、急がないといけないな」
未だ、希望は途切れていない。
俺にとっては、それだけが分かれば充分だった。
最早双葉が手の届かない場所に行ってしまった、一瞬でもそう考えた自分を殴りたくなる。
双葉は、今も尚俺の助けを待っている。
罪の意識に苛まれ、その葛藤を付け込まれて怪物の核なんかにされている。
断じて、許すワケには行かなかった。
双葉をそんな風に扱った外道、橘玲佳。
あの女だけは、俺がケリを付けなければならない。
やる事は、変わらない。
双葉を取り戻し、橘玲佳をあの世に叩き返す。
死者は、あるべき場所へと帰るべきなのだ。
橘玲佳は、既に肉体の朽ちた
過去の亡霊が、考えなしの研究者達によって偶然蘇ったものに過ぎない。
これ以上、俺達の
奴は、俺の一番大事なものに手を出した。
その報いは、必ず受けさせる。
この怪物諸共、地獄に送り返してやる……!
「待っていろ、橘玲佳……っ! 双葉は、返して貰うぞ……っ!」
通路の先から、新たなエネミーが沸き上がる。
先程のものより禍々しさを増しているエネミーだが、関係ない。
全て叩き潰して、先に進むだけだ。
『……一体、何が起きたの……っ!?』
一方、
ただでさえおぞましい気配を放っていた【リヴァイアサン・デブリ】が、かつての残響を撒き散らすが如く蘇った。
今の【リヴァイアサン・エコー】には、先程までとは全く違う
あの怪物から感じる圧迫感も段違いに上がっており、歴戦の探索者である有栖でもなければとっくに臆している所だろう。
それだけ、【リヴァイアサン・エコー】の存在感は圧倒的だった。
『…………あの怪物から、双葉の脳波と似たものが検出されてる。双葉を頭脳体にして、蘇ったって事か……っ!』
『……そう。それで? どうするの? 手遅れかまだ間に合うのか、そこはハッキリして欲しいわ』
仮にこれで「手遅れ」だと言われれば、有栖は自らの命を以て責任を取る所存だった。
この作戦が失敗すれば、双葉も怜二も戻って来れない。
そして、その原因となったのは間違いなく自分であると、有栖は認識している。
もしも二人が戻って来なければ、有栖は躊躇いなく自死を選択する。
そのくらいの覚悟で、有栖はこの戦いに臨んでいた。
更に言えば、もしも
自分の命すら既に勘定に入れてしまっている有栖は、責任を果たす為ならどんな事でもやるだろう。
それが、有栖という少女の持つ危うさなのだから。
薄々それに気付いていたノインは、言葉を選びながら有栖に説明する。
『…………まだ、失敗に終わったワケじゃないわ。まだ、双葉と【リヴァイアサン・デブリ】の波長は完全には重なっていない。恐らくだけど、怜二が予想以上に上手くやっていて焦った結果、強引な起動をした可能性があるわ』
つまり、とノインは続ける。
『────作戦は、予定通りに行うわ。想定より難易度は大分上がってしまったけれど、貴方にはあの怪物の
『勿論よ。その為に、私は此処に来ているのだもの』
有栖はノインの話を聞き、その身に闘志を漲らせる。
【ヴォーパル・ラビット】は深く身体を沈み込ませ、跳躍。
六条有栖は、蘇りし旧世界の怪物相手に躍りかかった。
「…………まさか、こんな所に【
【V.S.S】の地下区画の入口、数多の亡霊が氷漬けにされている戦場跡でその少女────【帽子屋】は溜め息を吐いた。
【帽子屋】はこれまでの芝居がかった口調ではなく、苛立ちを露わにした女性そのものの語り口で地下区画を睨みつけている。
「これじゃあ、私の仕込みは十全に機能しない。
少女は忌々し気に再び舌打ちし、拳をぎゅっと握り締める。
「…………彼を追い詰め続ければライブラリに接続する機会も増えると思って【ヒャズニング】を放置していたのが、こうまで裏目に出るなんて…………やっぱり、あんな野蛮人共に任せるべきではなかったわ」
ふぅ、と少女は物憂げな溜め息を吐いた。
それは、全てを諦めた諦観の言葉に思える。
…………けれど、それは違った。
少女の眼には未だ尽きぬ野心が漲っており、狂気じみた妄執が今も尚渦巻いていた。
「────この
けれど、と少女は謳う。
「この【
カツカツ、と少女は靴音を立てて瓦礫の上を歩みながら、一歩一歩奥へ進む。
その歩みを止めるものはなく、少女は思うが侭に亡霊の巣を歩いていく。
「…………今更、迷う事は何もない。この世界で駄目でも、
だから、と少女は告げる。
「何度だって、繰り返してやる。
嗚呼、と少女は陶酔するように虚空を見上げる。
その眼は現実を映しておらず、その先に何を見ているのかは分からない。
けれど、これだけは言える。
少女の願いは、世界を冒す病だ。
この世界はたまたま、
だから、少女は歩み続ける。
自分の病が世界を覆う、その時まで。
「────待っていて、■■■■■■■。幾度世界を繰り返す事になろうとも、必ず貴方を取り戻す。私の、全てを懸けてね」
そして、少女は闇の奥に進む。
その足音は、風に溶けるように消え去った。