BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
「…………やっぱり、あいつを足止めする事は出来ないか……」
【リヴァイアサン・エコー】の中枢部で玲佳はゲンハが【キュクロプス】三機を撃破する映像を見ながら、唇を噛んだ。
先程までの狂騒は冷めており、頬は紅潮しているものの冷静な判断力を取り戻しているように見える。
『頭脳体の精神浸蝕率、現在70%。汚染完了まであと1時間です』
無機質な機械音声が響き渡り、玲佳はその内容を聴き舌打ちした。
「……この子の浸蝕を終えるには、時間が足りないわね。まったく、折れる時はすぐだったから楽観していたけど…………どうやら、心の芯は中々に頑強だったみたいね」
玲佳はふと、カプセルに閉じ込められた双葉の姿を視界に収めた。
双葉は苦しそうな顔で呻きながらも、まだ人間らしい反応が残っているように思える。
その光景は見ているだけで痛々しいが、当然玲佳はそんな良心の呵責を感じるような真っ当な精神は持ち併せていない。
ただ、自分の計画通りに行っていない現状に苛立っているだけだ。
「【リヴァイアサン・エコー】の起動を優先したツケが、此処に回って来たか…………この分だと、プランAは完全に破棄して本格的にプランBに移行した方が良さそうね」
そこまで言うと、玲佳はニヤリ、と口元を歪めた。
「まあいいわ、どの道私の目的は達成される。それが、早いか遅いかだけの違いよ。此処まで待ったんだもの、多少の遅延程度は許容するわ」
そして、玲佳はモニターに映るゲンハを忌々し気に睨みつける。
「さあ、来るなら来なさい。最後に勝つのは、この私よ」
「ところで、何で貴方は俺に協力してくれるんだ?」
不意に、怜二がこれまで気にし続けていた疑問を口にした。
残敵は既にゲンハによって掃討されており、レーダーにも敵影の反応はない。
そんな時だからの、移動しながらの質問だった。
『ああ? なんでんな事気にすんだよ? 今更な事じゃねえか』
「それでも、知る権利くらいあっていいだろ。今じゃ、運命共同体じゃないか。俺の身体を借りてたって言うなら、宿賃代わりに話したっていいだろ」
俺の話を聞くと、ゲンハはあからさまに舌打ちした。
『…………チッ、余計な口が回りやがるな。仕方ねえ、少し話してやらあ。あと、
「分かった」
それくらいで話が聴けるなら安いもんだと、俺は了解の意を示した。
その返答を聞くと、ゲンハは訥々と喋り始めた。
『まず、気付いてるだろうが俺はあのババアの実験体の一人だった。俺ぁ右脳を強化されて反射神経を上げた他に、
「良心の呵責を、快楽に……?」
ゲンハの言葉を復唱した俺に、そうだ、と彼は続けた。
『要は、悪事を働いた時に感じる筈の良心の呵責が全部快感に変換されんだよ。つまり、悪事を重ねれば重ねる程快感は中毒性を増して、悪事の快楽による自家中毒が完成するワケだ。ま、何を考えてんな改造したのかは知らねぇがな』
「…………それは…………」
少し、想像してみる。
どんな悪事を働こうと、良心の呵責は脳の改造によって全て快感に置き換わる。
つまり、悪事を働けば働く程更なる快楽を追い求め、悪事を繰り返すようになる。
それは完全に、
橘玲佳が何を考えてそんな改造を施したのかは、分からない。
だが、断じて許せる所業でないのは言うまでもない。
玲佳は、人の尊厳を何処までも軽視している。
いや、考慮すらしていない。
双葉を今も尚苦しめている洗脳技術を開発した事にしても、そうだ。
洗脳技術を欲するという事は、橘玲佳は人の自由性を全く認めていない。
均一な管理社会こそを理想とする、ディストピア思想の体現者だ。
恐らく、彼女にとって
人の意志を蔑ろにし、自分の意志こそを絶対とする傲慢の具現。
それが、橘玲佳。
企業家の皮を被った、狡猾な悪魔の正体である。
幾ら外見を取り繕おうと、その性根の醜さまでは隠しきれない。
強過ぎる自己顕示欲が、それを顕著に表していた。
『…………おい、言っとくが同情とかすんじゃねえぞ。別に、気の毒に思って欲しくて話してるワケじゃねえからな』
「…………ああ、分かってるよ」
俺は若干躊躇いながらも、そう答えた。
ゲンハの境遇に感じ入るものがあったのは、紛れもない事実だ。
しかし、情報でしか彼の事情を知り得ない俺が口を出すには、少々根深い問題に思えた。
幾ら言葉を尽くしたところで、彼の苦悩は彼にしか分からない。
勝手な想像で同情するなど、ゲンハにしてみてもいい迷惑な筈だ。
『俺からしてみりゃあ、別にその事についちゃどうとも思ってねえよ。そんな改造なんかなくても俺ぁ悪事を働いただろうし、悪人にだってなっただろうさ。要は、遅いか早いかだけの違いだよ』
けどな、とゲンハは厳しい表情を浮かべる。
『────それとあのババアの事を許容するかどうかは、全くの別問題だ』
そして、明確な怒りと共にそう口にした。
その言葉には、有りっ丈の感情が込められていた。
それが、今の言葉には込められていた。
『あの女は、そんな改造もなしに人の自由を奪う事を当然と考えてやがる糞野郎だ。あいつは、完全な
だが、とゲンハは舌打ちする。
『それは、断じて
それにな、とゲンハは続ける。
『あいつは、妙な選民思想を持ってる。正しい判断が出来るのは自分だけだと思い込んでやがるし、他の人間は自分に従うのが当然だと思ってやがる。ったく、ヒス女らしい言い分だよなあ』
くく、とゲンハは玲佳の思想を嘲笑う。
自分以外の人間の自由を認めず、自分の意志を絶対とする歪んだディストピア・
それが、玲佳が抱く夢想の正体だ。
当然そんなものを実現させるワケにはいかないし、認めるワケにもいかない。
自由は、断じてあんな女のエゴによって冒されるべきではないのだ。
『しかも、あいつは俺と違って死んだ後もその妄想に執着してやがる。くたばったままでいりゃあいいものを、馬鹿な研究者があいつのデータをサルベージした時、あいつはそれを利用しやがった。従順なフリをして、研究者に媚を売ったんだよ』
ゲンハは、吐き捨てるようにそう告げた。
見れば、分かる。
あの女は、必要とあれば他人に媚を売る事を躊躇わないタイプの人間だ。
恐らく、生前から似たような事をして来たのだろう。
弱者には冷酷に接し、強者にはへりくだる。
それが、あの女の生き方なのだろう。
確かに、世渡りの術としてはそう間違ってはいない。
下の者を厳しく指導し、上の者を敬う姿勢自体は歓迎出来る。
…………しかし、玲佳はあくまで己の私利私欲を維持する為にその処世術を行使している。
そんな事をしていながらありとあらゆる人間を見下しているのだから、いい面の皮と言えるだろう。
『研究者共は、見事にあのババアに騙くらかされやがった。あいつが自分達の言う事に従順な人形であると思い込んで、あいつに唆されるままにこの怪物のサルベージと補修を推し進めた。全部、あいつの思うが侭にな』
ゲンハはそう告げると、苛立ち紛れに舌打ちする。
『俺は此処に来た時、その一部始終の映像を見せて貰ったのさ。俺が死んだのは
で、だ、とゲンハは話を仕切り直した。
『…………俺様は元々、こっちの世界に未練なんてのは無かった。今更やりてぇ事もなかったし、最期はあの野郎に看取って貰ったしよ。だから俺は、最初は蘇るつもりはなかったんだが────」
ギリ、とゲンハは唇を噛んだ。
『────あいつの、あのババアの気配がしたんだよ。俺と同じように一度死んだ分際で、未だこの世に執着してやがるあの野郎の気配がな』
だから、とゲンハは続けた。
『俺はそれが、見過ごせなかった。あのババアは生前あそこまで人の人生を狂わせておきながら、何一つ反省せずに実験を繰り替えそうとしてやがる。幾ら何でも、死者の領分を超えすぎだろうがよ』
つまりだ、とゲンハは告げる。
『テメェの
でなきゃわざわざ起きて来るかよ、とゲンハは吐き捨てる。
…………考えて見れば、思い当たる事はある。
あの時、俺がゲンハの意識を
ゲンハは、何かに
明確な怒りの感情が、あの時のゲンハにはあった。
それは、不躾に眠りから呼び覚ました俺への怒りだけではなく……。
…………この世に蘇った、橘玲佳への苛立ちだったのだろう。
ゲンハの言動の節々からは、橘玲佳への明確な
なんだかんだ言いつつも、ゲンハは橘玲佳という存在を嫌っている。
だからこそ、呼びかけに応じた。
自分の手で、橘玲佳を今度こそ抹消する為に。
『…………まあ、冷静になってみりゃあ、あの時の俺にババアが何処で何をしてるかなんてのは分からなかったんだがな。
で、だ、とゲンハはじっと俺を見据える。
『幸い、テメェとその相棒は調べ事に向いた能力持ちってのは理解出来た。だから、俺は考えたのさ。
つまりだ、とゲンハは続ける。
『────要は、利害の一致だよ。それ以上でもそれ以下でもねえ。俺は単純に、テメェがババアを消す為に利用出来そうだから協力してやってるに過ぎねぇんだよ。そこんトコ、間違えんじゃねえぞ』
「…………分かったよ。変な事聞いて悪かったな」
『ケッ、まったくだぜ』
ゲンハはやれやれといった素振りで溜息を吐き、会話を打ち切った。
…………わざわざ聞いた甲斐は、あったと言える。
そして同時に、確信した。
ゲンハは、俺を裏切る事はないと。
今のあいつは、橘玲佳抹殺の為に全力を注いでいる。
その目的は、俺とも合致している。
橘玲佳が存在する限り、双葉に安息は訪れない。
橘玲佳の抹殺は、俺にとっても必須事項だ。
互いの目的が、干渉し合う事もない。
ゲンハは橘玲佳を地獄に叩き返せれば良いだけだし、俺は双葉を助けたいだけだ。
だから、今この場では彼程頼りになる
最後まで協力してくれるかどうかは賭けではあったが、この様子なら心配要らないだろう。
────視界の先に、『社長室』と書かれた扉が見える。
ゴールは、すぐそこまで迫っていた。