BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
「……っ」
俺は倦怠感を払いながら、視界の先にいるイニクィタティスを睨みつける。
イニクィタティスは瞠目しているかのようにこちらを見据え、動きを止めていた。
驚いている、ように見える。
それはそうだろう。
『……怜、二……? うそ、なんで……浸蝕率は、50%を超えていたのに……』
そして、それは双葉も同様だった。
双葉はサポートとして、常に俺のバイタルをモニタリングしている。
だからこそ、先程俺が
故にこその、あの慟哭だ。
彼女は現実を叩きつけて来る無慈悲な数値を見たからこそ、あそこまでの嘆きを見せていたのだから。
そして、未だ現実感がないのは俺も例外ではない。
ただ無我夢中だっただけで、どうして俺が助かったかなど、俺自身知る由もなかったのだ。
何かしらの事情を知っていると思われる例の少女は既に姿を消しており、話を聞く事も出来ない。
そもそも、キャンサーのウイルスを胴体に撃ち込まれておきながら助かった例など、聞いた事もない。
あのウイルスを除去する方法は、未だ発見されていない。
対処療法と言えるのが感染した部位をパージする事のみで、その手段も先程のように胴体に直接ウイルスを流し込まれればどうしようもない。
……だが、機体をスキャンしてみてもウイルスは既に影も形もない。
むしろ機体には何の不具合もなく、どてっぱらに風穴が空いている以外は何の異常もない状態と言えた。
「悪い双葉、話は後だ。
『や、
双葉は俺のオーダーを即座にこなし、俺の機体の胴体に開けられた穴が修復されていく。
俺が積んでいるライフゲージ回復の特殊武装、【ライフチャージャー】はライフゲージこそ回復してくれるが、機体の損傷までは修復してくれない。
その為、今回のように機体に大きな損傷を負った場合は別途の修復プログラムが必要になる。
しかし、本来修復プログラムは直接機体に接触しなければ適用までにかなりの時間がかかってしまう為、戦場の真っただ中で使用する事は難しい。
だが、特級プログラマである双葉であれば話は別だ。
双葉は瞬時に修復プログラムを起動させ、あっという間に胴体部の穴を修復してしまった。
通信越し、しかも通信状況の悪い【未踏領域】でこんな真似が出来てしまうのも、彼女の並外れた技量故だ。
これで、戦況はイーブン……いや、敵の手札を知ったこちらに流れが来ている。
「……っ!」
──咄嗟に俺は機体を横に跳躍させ、その場から退避する。
俺のいた場所を振り返れば、そこにはチェーンソーを突き出した
『aEZ! fr@dqt!』
攻撃を回避されたイニクィタティスは、忌々し気にこちらに悪意に満ちた視線を向けている。
その
奇襲に失敗した男性型は女性型を守るように後退し、こちらを見据えている。
「……やっぱりか。どうやら、あいつの生み出せるものは【眷属】だけじゃなく、自分の【分身】も含まれるようだな」
『そのようね。でも、キャンサーの生成能力を持っているあたり、他の【眷属】とは割いているリソースはかなり違うみたいね。全く、
双葉の言葉に、俺も首肯で応じた。
これで、先程の奇襲のカラクリは判明した。
俺は先程倒した男性型を本物のイニクィタティスだと思い込み、敵を倒したと油断した所を
事前に
幾らなんでも、
だが、俺が原因不明の復活を遂げた事でイニクィタティスの奇襲から生き延びた
これは、イニクィタティスにとって予想外の事象の筈だ。
手口を知られた奇襲は、最早
敵の意表を突くからこそ
一連の流れでイニクィタティスの奇襲のカラクリを察知した俺は、奇襲に備えて索敵プログラムを奔らせていた。
男性型イニクィタティスはその索敵に見事に引っかかり、俺の回避行動へ繋げられたワケだ。
イニクィタティスも、最早奇襲は通じないと悟ったのだろう。
女性型イニクィタティスは男性型イニクィタティスを盾にする位置で布陣し、男性型もチェーンソーブレードを油断なく構えている。
……正念場は、此処からだ。
タネが分かった以上、確かに奇襲の恐れはなくなった。
しかし、それは俺が奴に勝てる事とイコールではない。
元々、【統率個体】の戦闘能力は他のキャンサーと比べても並外れて高い。
俺はそんな【統率個体】の、恐らく本体から劣化した能力しか持たないであろう分身体相手に苦戦していた。
当然、戦闘能力は本体……女性型の方が上の筈だ。
更に言えば、こちらは一機のみであるが、向こうは二機。
数の上でも、遅れを取っている事になる。
しかも、相手は【統率個体】である以上、その気になれば無尽蔵に手駒を生み出せる。
もしも奴にキャンサーの
先程の【固有兵装】の代償となったライフゲージは既に【ライフチャージャー】で回復しているが、ライフゲージも【ライフチャージャー】も無限にあるワケではない。
奇襲を防げたという一点を除けば、状況は先程と同じ……いや、悪化しているとさえ言える。
それを理解しているからか、表情画面越しにこちらを見る双葉の眼は不安で揺れている。
──『……可能であれば、仲間を連れていけ。【未踏領域】は、危険だ』
あの時、ホークスから告げられた
全く以て、あいつの言う通りだった。
俺は序列二桁に上がれた事に浮かれ、心の何処かで【未踏領域】の探索を……危険度を、軽視していた。
熟練の探索者ですら、場合によっては命を落とす危険地帯。
それが、【未踏領域】。
その名の通り、人智未踏の魔窟である。
俺はその脅威を今、肌で実感している。
高過ぎる授業料とは、この事だ。
せめてホークスの忠告通り頼りになる仲間を一人でも連れていれば、どうにかなったかもしれないというのに。
(……後悔しても、遅いか)
だが、過ぎた事を言っても仕方がない。
今は一刻も早く、この状況を離脱する策を考えなければならない。
……ルート1、逃走/不可。敵に時間を与えれば数で押し潰されるのが目に見えている。
キャンサーを引き連れて通常階層に戻るワケにはいかない以上、第三階層へ逃げる事も出来ない。
……ルート2、戦闘/困難。戦闘力、数共に上を行かれている。
ただし、【固有兵装】を上手く使えば勝機がないワケではない。
問題は、こちらの手札……予備動作なしでの【固有兵装】起動を、相手に知られている事だ。
先程のような不意打ちでの【固有兵装】発動は、恐らく最大限に警戒されている。
可視化ウイルスからのオブジェクト作成能力が何処まで応用性の広いものか分からない以上、先程と同じ手を使っても対応されてしまう可能性がある。
現時点の戦力では、残念ながら有効な策は思いつけない。
少なくとも、俺一人で現状をどうにかする事は不可能に思える。
『──本当に、そうかな?』
「え……?」
覚えのある声に、気付く。
いつの間にか目の前に表情画面が展開されており、そこには先程俺に妙な事を言って来た相手……シルクハットを被った道化師の如き少女が、映し出されていた。
どういう理屈か少女の姿は双葉には見えていないようで、俺の様子に怪訝な表情を浮かべている。
俺は何故、と少女に問い質そうとするが、その前に少女が口を開いた。
『さっきの
「……俺の、中……」
少女を問い詰める事すら忘れ、俺は呆然と少女の言葉を繰り返す。
さっきは、何をしたのか正直さっぱり分からない。
ただ、現状を打開する為の知識を何が何でも
……もう一度、出来るのだろうか。
あの時のように、打開策を
『無論、出来るともっ! 君は、選ばれし存在なんだっ! 真の叡智の継承者の素体として、君はこの世に生を受けた……っ! 故に、その知識は他の誰でもない君のものだとも……っ! 君は遠慮なくその知識に手を伸ばし、己が力とするべきだ……っ!』
少女は熱に浮かされたように言葉を連ね、目を爛々と輝かせ告げる。
『さあ、手を伸ばせ……っ! 君の求めるものは、全て其処にある……っ!』
──カチリと、何かが嵌まった音がした。
俺の奥底の
──
──検索完了。結論、プリインストール済みの■脳■製■の限定稼働の実行が最適と判断──
──■脳■製■、限定稼働開始──
「ぐっ、がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!?」
『れ、怜二……っ!?』
──途端、俺の頭に激痛が奔った。
なにかおぞましいものが、頭の中に入り込んで来る感覚。
その悪寒は、あのウイルスに侵された時に勝るとも劣らない。
自分の身体に何か別のものが入って来るような、未知の恐怖。
それが、今の俺を襲っていた。
俺は無様に呻き声をあげ、地に膝を突いている。
だが、機械音声は無慈悲にその工程を実行し続ける。
──素体の精神状態が悪化、脳刺激をカット──
──精神補正プログラムを実行、精神状態を修復──
その機械音声と共に頭の中の激痛が消え、俺は荒い息を吐く。
だが、痛みがなくなった事で頭の中を掻きまわされるような不快感は消えていない。
無理やり精神を鎮静化させられた事で、その感覚が明瞭に脳裏に残ってしまった。
強制的に平静を
──■■データ入力対象、検索……該当データ選出──
──個体名『ゲンハ』、詳細情報のインストールを開始します──
「うぐっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!?」
瞬間、身体の中に直接火をくべたような熱さが全身を駆けまわる。
それと同時に、身体の底から強烈な衝動が沸き上がって来る。
──殺せ、犯せ、殺せ、侵せ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!! 邪魔する奴は、皆殺しにしてやんだよぉ! ヒャーハハハハハハハハハハハハハハハ!──
頭の中に、耳障りな男の声が幻聴のように響き渡る。
幻聴の筈の声が、どんどん大きくなって来る。
殺せと、ただそれだけを俺に急かして来る。
耳を塞いでいるのも、限界だ。
……否、この声は耳を塞いだところで聞こえて来る
耳を塞いでも、目を閉じても、この
やがて
薄れゆく自我の中、俺の意識は暗い闇の中に沈んで行った。
はい、というワケでこのルートでの変更点です。
有栖ルートとは違い、此処で有栖が助けには来ません。
その結果、彼は開けちゃダメな類の箱を開けちゃったワケです。
そして、このルートはバルドシリーズでいう『最初のルート』です。
あとはわかるね?