BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
俺は目の前に立つ八木澤隊長と、その後ろに控える無数の機体を見据える。
そのいずれも【ミョルニル】の隊章を刻まれており、八木澤が部下を率いて駆けつけてくれたのだと分かる。
『…………息災で、何よりだ』
「ホークスか。ああ、お陰様でな」
そして八木澤の横に、無骨な大型の機体が現れ、表情画面にいつもの仏頂面のホークスの姿が映し出される。
ホークスは顰め面のまま俺を見据えているが、その視線に微かな安堵の色を感じて思わず破顔する。
常に仏頂面の男ではあるが、こうした気遣いは付き合ってみると案外分かり易い。
人の良さが、滲み出ているとでも言おうか。
『…………俺は、何も助けてなどいない。お前が自ら、掴み取った結果だ。誇れ、謙遜する事はないだろう』
「何言ってるんだよ。あれだけ心配かけた相手に礼を欠かす程、恥知らずじゃないつもりだぞ。ま、前にお前の忠告を無視して痛い目を見た馬鹿野郎ではあるけどな」
『…………そうか。お前が納得しているなら、それでいい』
ホークスは尚も何か言いたげだったが、どうやら上手い言葉が思いつかないらしい。
口下手なのはもう分かっているので、そのくらいで気にしたりは勿論しない。
初対面の時とは印象が大分違っているが、これが人付き合いの妙というものだろう。
実際に付き合いを続けてみるまでは、案外分からない事は多いものである。
『あー、なんだ。歓談してるトコ悪いが、俺達も詳しい事情を聴きたいんだ。こっちとそっちで、情報の擦り合わせをしねぇか? この
「や、
何処か気まずそうに水を差した八木澤に対し、俺は慌てて自分が分かる範囲のデータを纏めて彼に送った。
あの【リヴァイアサン・エコー】についての実際の戦闘経験があるのは有栖の方なので、彼女に殆ど任せた形にはなる。
俺から送ったのは、あの怪物を操っているであろう橘玲佳に関する事が殆どだ。
情報ソースは流石に明かせるものではなかったが、俺は八木澤隊長なら大丈夫だろうと考え可能な限りの情報は渡してある。
八木澤隊長は一通りデータに目を通した後、深々と溜め息をついた。
『ったく、想像以上に面倒な事になってやがるな。会長さんも厄介な仕事を押し付けてくれるもんだぜ』
「…………八木澤隊長は、誰かの指示で此処に……?」
ふと、八木澤の言葉が気になった俺は反射的にそう聞いてしまった。
聞いたところで、仕事に関する事だ。
早々答えてはくれない、そう思っていたのだが……。
『ああ、そうだよ。アーク社の会長さんに頼まれたのさ。此処で、問題を解決してくれってな。あっちはあっちで、見過ごせない状況になったもんでよ』
「見過ごせない状況……?」
八木澤隊長はああ、と肯定し続ける。
『実はな、【
「【バルドル】に、ハッキングだって……っ!?」
俺は八木澤の話を聞き、思わず仰天した。
【バルドル・デブリ】とは、管理塔【ミッドスパイア】の地下区画に存在する超高性能の人口無能であり、都市機能に纏わる演算の殆どをこれ一つで賄っている。
このスズシロ・シティはライフラインの循環やネットワークの構築、通信環境の整備等のエンジンをこの【バルドル・デブリ】に頼っており、都市中枢の機能をアーク社が管理する特級AI【アダム】が補っている。
いわば、【バルドル・デブリ】は都市生活の生命線だ。
これが十全に機能しなければ構造体への没入も危うくなるし、ライフラインの停止や破損すら有り得てしまう。
それがハッキングされかけたとなれば、紛れもなく都市の一大事である。
アーク社のトップが大戦力を差し向けたのも、当然と言えよう。
「…………しかし、まさか【バルドル】にハッキングを仕掛けるとはな。あのクソ女は一体、何を考えているんだ……?」
『…………成る程な。なんとなくだが、ババアの狙いが見えて来たぜ』
「……っ!? 本当か……っ!?」
俺の問いにゲンハはああ、と答え話を続けた。
『その【バルドル】はこの都市のネットワーク通信に深く関わってるんだろ? だったら、【バルドル】を制圧しちまえば都市住民に
「……そういう事か……っ!!」
確かに、ゲンハの言うように【バルドル・デブリ】は市民生活に深く関り、この都市に生きる者で【バルドル】の恩恵を受けていない者はいないだろう。
だが、それは逆に言えば【バルドル】側はやり方によってはいつでも都市住民の脳チップに干渉出来てしまう、と言い換える事も出来る。
事実、【バルドル・デブリ】が悪用されれば碌でもない事態に陥る事は想像に難くない。
有機AIと違ってただ入力されたデータを出力するだけの人口無能である為、要請さえ通ってしまえば後はどうとでもなってしまう。
支配欲の塊のような橘玲佳が狙うには、絶好のものであると言える。
「じゃあ、あの怪物はハッキングに失敗したから今度は直接【バルドル】を狙おうってのか……っ!」
『状況から推察するに、そうとしか思えねえな。全く、厄介な事になってきたもんだねえ』
飄々とした語り口の八木澤だが、その拳は硬く握り締められ顔は全く笑っていない。
彼なりに、こんな出来事を引き起こした元凶に憤っているのだろう。
俺としても橘玲佳を見逃すつもりなど毛頭ない為、気持ちとしては同じと言える。
『【バルドル】も勿論守らなきゃならんが、あんなものが都市の構造体に到達したら未曽有の被害が出るぞ。疲れてるトコ悪いが、今は一人でも戦力が欲しいんでな。働いて貰うぞ』
「
『そうか。ま、なんかあってもフォローすっから精一杯やんな。若者は、元気が一番だしよ』
やれやれ、と八木澤は頭をかきながら溜め息を零した。
なんだかんだ言いつつも、八木澤は俺達の心情を汲み取ってくれたらしい。
俺は無言で頭を下げると、八木澤は軽く笑って応えた。
『ま、死なせるつもりはねぇから安心しろや。丁度、
「え……?」
俺が反応するより前に、八木澤の部隊の向こう側から無数のシュミクラムが疾駆して来る。
機体には【
そしてその機体の先頭には、見覚えのある顔があった。
『【都市自警軍】第一、第二、第三部隊現着しました。これより八木澤総隊長の指揮下に入ります』
『ああ、頼むぞ』
表情画面に出て来たのは紛れもなく、政志の姿。
政志は愛機、【ヴァンテュール】に乗ってこの場に現れた。
政志の機体は全体的に黄土色の部分が多く、所々が橙に染まっている。
無骨な胴体とシャープな両腕というアンバランスな機体だが、何より目を惹くのはその右腕に巻きついた【鎖】である。
【鎖】は腕に絡む蔦のように纏わりついており、その先端は手錠のような形をしていた。
左手には大きな盾を構えており、まさに暴徒鎮圧の特殊部隊をそのままロボットにしたかのような容姿だった。
「政志……っ! お前も来たのか……っ!?」
『ああ、
からからと笑いながら、政志は軽口を零す。
俺がそんな政志に苦笑していると、双葉が政志に通信画面を開いた。
『一応、お礼は言っておくわ。どうやら色々心配かけさせたみたいで、ごめんなさい』
『…………あー、それはいいんだが。双葉ちゃんが今使ったチャンネル、【都市自警軍】の秘密回線なんだが…………何で、何の前触れもなく乗っ取った上に痕跡一つ残してないワケ?』
「諦めろ。相手は双葉だからな」
元々、超人的な技術力を幼い頃から発揮し続けていた双葉だ。
たとえ最新鋭の機密コードだろうが、双葉にとっては片手間にハック出来る代物でしかない。
そこらへんの感覚の違いを知っている俺からしてみると、
『…………ま、超頼もしいサポートが付いたんだし細かい事は言いっこなしだな。ま、とは言っても双葉さんは怜二のサポート以外する気はないだろうけど』
『あら、それなら心配ないわ。もう貴方達の後詰めのサポート機器をハックして、私なりのアレンジでアップデートをかけておいたから。普通に使ってるだけで、多分効率は普段の数十倍まで上がってる筈よ』
あっさりとそう告げた双葉の言葉を聞き、政志の額に冷や汗が流れ出す。
まさかこの短期間で回線どころか作戦室が丸々ハックされるとは、予想もしていなかったのだから。
『…………考えるだけ、損な気がしてきた』
「そういうもんだろ、昔から。双葉からしてみれば、当たり前の事を当たり前にやった、って感じだろうけど。ま、知らなくていい感覚だな」
俺がそう締めくくると、政志もそりゃそうか、と呟き納得を見せた。
ともあれ、これで戦力は揃った。
【ミョルニル】の部隊と、【都市自警軍】の部隊。
この二つの部隊の総指揮を八木澤隊長が務め、【リヴァイアサン・エコー】攻略にあたる事になる。
俺達は遊撃部隊のような扱いだ。
要は、屁理屈を捏ねて俺達がやり易いように弁座を図ってくれたワケだ。
その配慮に応える為にも、全力を尽くさなければならない。
橘玲佳を放置していては、世界そのものが危うくなる。
なんとしても、この世界は守らなければならない。
俺と双葉が、生きる世界なのだから。
『そいじゃお前等、指示通り配置に付け。やっこさんが地面から顔を出したら、一斉攻撃を開始するぞ。いいか、絶対に接近戦だけはすんじゃねえぞ。サイズ差をきちんと考えろよ』
八木澤は配置図のデータを全部隊に送り、その指示に従って部隊員達が散らばって行く。
着々と、戦いの準備が進められていく。
決戦の時は、もうすぐだ。