BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
────橘玲佳は、周りの全てが怠け者に見えていた。
幼少の頃から凄まじい克己心を糧に知識の研鑽を怠らなかった彼女には、周りの人間達が怠けているようにしか見えなかったのだ。
才能がないから。
環境が悪いから。
自分には向いていないから。
人々はそんな言い訳をしながら、己を鍛える事に対し真剣に向き合わなかった。
有り体に言えば、手を抜いていた。
彼女には、それが許し難かった。
何故、もっと努力しない。
何故、もっと学ぼうとしない。
何故、真剣になろうとしない。
そんな疑問を、彼女は常に抱えていた。
時には、口に出していた。
けれど、返って来る言葉は決まっていた。
「無理だよ」、と。
何が無理なのか、理解出来なかった。
彼女自身、そう恵まれた才覚があったワケではない。
それまでに積み重ねて来た研鑽によって知識を習得し、あらゆる分野の勉学に手を伸ばした。
その結果として彼女は才媛と呼ばれる程となり、周囲にも一目置かれていた。
自分が、此処まで出来たのだ。
なのに何故、周りはそれをやらないのか。
何故、「無理」だと決めつけているのか。
それが、彼女にとっては理解の外だった。
成長してからもその疑問の答えは出ず、彼女は有り体に言って人間に失望していた。
学生時代に出会った男、クーウォンは彼女にとって唯一の
クーウォンは彼女に負けず劣らずの克己心を備えており、彼女には及ばないまでも勉学も優秀だった。
それでいて向上心も高く、周囲が怠け者ばかりだと考えていた玲佳にとって彼の存在は眩しく映った。
そんな彼と特別な関係になった事も、当然の成り行きと言えた。
…………けれど、クーウォンと出会った後も彼のような逸材にはついぞ巡り会えなかった。
確かに、クーウォンと過ごす時間は満たされていた。
同じレベルの視点で物事を見据える彼との会話は心地良かったし、新しい刺激に満ちていた。
────同時に、彼以外の人間に関する関心も、悪い意味で薄くなっていた。
彼女にとって、彼以外の人間は背景に等しい。
必要な努力をせず、ただ安穏と日々を生きる
玲佳は彼等を、人として認識していなかった。
そして、そんな彼等と親しくしているクーウォンの行動も気に喰わなかった。
彼は、自分と同じ視点が持てる特別な存在だ。
彼は、あんな
なのに、何故あんな連中の為に心を砕いているのか。
なのに何故、自分だけを視界に入れておいてくれないのか。
その不満は、日々を重ねるごとに蓄積していった。
あれは、そんな時だ。
偶然、
適切な環境を用意し、精神を効率的に追い詰めていく事で思想そのものを塗り替える。
洗脳という技術は、玲佳にとって天啓に思えた。
それこそが、自分に与えられた使命なのだと思えた。
即断即決、彼女の行動は早かった。
洗脳に関するありとあらゆる資料を掻き集め、昼夜を問わず頭に叩き込んだ。
シュミレーションも幾度となく行い、学友達を密かに実験台にして思考誘導を行った事もあった。
学校を卒業し、研究所に入った後も変わらず洗脳の研究は継続した。
…………結果として分かったのは、本格的な洗脳を行うには充分な
理想を言えば、世間から隔離した上で幼少期から
そうする事によって余計な情報をシャットアウトし、純度の高い思想誘導が行えるのだ。
まだ未成熟な子供であればいざ知らず、成人の思考誘導には長い期間と徹底した管理体制が必要になる。
現実的に考えれば無理のある部分が多い為、計画は頓挫しかけた。
クーウォンにも相談したが、彼は自分を諫めようとするばかりで協力はしてくれなかった。
それどころか、自分の所から被検体を逃がそうとしていた。
…………だが、その時に玲佳はある考えに至ったのだ。
クーウォンを、実験台にすれば良いと。
自分と同じ視点を持つ彼であれば、思考の誘導も容易に行える。
自分と同じ考えを持てば、あんな有象無象共に関わる必要もなくなるのだと。
正直、あの時はクーウォンに協力して欲しかったのか、単に彼を独占したかったのか、本当の所は覚えていない。
覚えているのは、彼女がそれを実行に移し、結果としてクーウォンと袂を別った事だけだ。
…………明確に彼女が道を踏み外したのは、恐らくこの時だろう。
唯一の理解者だと考えていたクーウォンも自分の下から離れ、彼女は真実孤独となった。
だからこそ、彼女は洗脳の研究を継続した。
更に研究を進める為、非合法な手段にも積極的に手を伸ばした。
必要とあれば自らの身体も使い、権力者に取り入った。
持ち得る全てを使って、彼女は洗脳技術の確立に邁進した。
その過程で脳チップを弄る事で特殊な能力を持った人間を生み出す研究にも着手し、五人の実験体を生み出した。
記憶容量の拡張、右脳の強化による身体能力上昇。
頭脳レベルの飛躍的な向上、実体から切り離しても生存し続けられるシステムの構築。
そして、洗脳からの脱却。
取り分け力を入れたのは、洗脳からの脱却技術だった。
技術とは、言い換えれば誰にでも使える
一度開発してしまった技術は、悪意ある人間に渡った瞬間自らに牙を剥く可能性がある。
自分自身が何者かに洗脳される事など、真っ平御免だった。
けれど結局その研究は中途半端な所で頓挫し、彼女は洗脳への対抗手段を学習して妥協する事となった。
結局五人の実験体はクーウォンによって連れ出され、自分の下には誰一人残らなかった。
…………その時点で、クーウォンへの親愛の情は憎悪に反転した。
自分と同じ視点を持っていた筈の彼が自分の邪魔をする事は、この上ない裏切りに思えた。
だから、取り入った権力者の力を使って彼を徹底的に追い詰めた。
しかし彼は諦める事なく、【
この時点で既に、両者の関係は決定的な断裂を迎えていた。
玲佳は、何故クーウォンが離反したのかという原因に目を背けて憎悪を滾らせ。
クーウォンは、既に玲佳が手遅れであると諦め自ら引導を渡す事を決意した。
両社は、完全なる【敵】同士となった。
…………しかし、クーウォンという支柱を失った彼女は言い様の無い孤独感を抱え続けていた。
橘玲佳が
彼女は自分の人格の一部をデータを電子化し、それを【リヴァイアサン】に埋め込んだのだ。
何故、そんな事をしたのかは彼女自身にも分からない。
孤独感を募らせて意味のない自傷行為を行ったのかもしれないし、何か空想じみた考えがあったのかもしれない。
結果としてそのデータは電子の怪物の奥深くに埋没し、【リヴァイアサン】の崩壊後にその形状崩壊を抑える一助となった。
その人格データに【リヴァイアサン】の内部で怪物と運命を共にした橘玲佳の魂が結び付き、電子の怪物は真実玲佳の墓標となった。
本来であれば、それで終わる筈だったのだ。
…………だが、如何なる偶然かこの時代の研究者が【リヴァイアサン】の残骸と共に彼女の存在を引き上げた。
サルベージされた彼女はこの世界の
即ち、この世界を自分の色に塗り替える、と。
それこそが、
この
故に生前に培った人心掌握術を用いて研究者達を意の侭に操り、自身の実体とも言える【リヴァイアサン】の復活を成功させた。
あとは、計画通り【バルドル】を乗っ取り、この
目標達成は、目前に迫っていた。
…………だからこそ、目障りだった。
自分の障害となる、有象無象が。
未だ自分を正面から見据える、あの男が。
けれど、あの眼は知っている。
自分ごと【リヴァイアサン】を倒した、実験体の一人。
自分の意志を貫き通しながらも、道を見失う事のない曇りなき眼。
それが、玲佳に不愉快な既視感を齎した。
あの眼の持ち主に、彼女は辛酸を舐めさせられた。
あの眼の持ち主に、彼女は常に予想を覆されて来た。
だから、今度こそ一切合切を消し去ろう。
あの眼の持ち主を。
自分に歯向かう、愚か者共を。
自分は、正しい事をしようとしているのだ。
ならば、
故に、邪魔立てそのものが罪なのだ。
罪には、罰を。
彼等は、断罪されなければならない。
この、
…………彼女は、気付かない。
既に、手段と目的が入れ替わっている事に。
自分の本当の願いが、何であったかという事に。
けれど、既に後戻り出来る地点は過ぎ去った。
────
存在している事そのものが、この世界の害となる。
故に、消去しなければならない。
この
彼女を唯一引き戻せる可能性のあった男は、既に玲佳との決別を選び、とうの昔に天寿を終えている。
故に、止める為には消す他ない。
それが、彼女の眼前に立った者達の責務であり。
唯一の、手向けでもある。
これは、誰にも知られる事のない記録。
何者かが記した、人目に触れない戯言に過ぎない。
けれど、その願いは確かに世界に聞き届けられた。
今、英雄が怪物を倒す準備は整った。
必要なピースは揃い、後は
この世界ではバルドフォース本編の時間軸では原作とは微妙に違う部分があったりします。
あくまで原作によく似た経緯を辿った世界、という事ですな。
まあ、それでも大方は憐ルート後の世界と考えて差し支えありませんが。