BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
「【シュラウド・ラビット】……っ!? 馬鹿な、【リヴァイアサン・エコー】は消えたのに、なんで……っ!?」
俺は目の前に現れた死者のシュミクラムを見上げ、瞠目する。
ジャビットの機体、【シュラウド・ラビット】は確かに彼が死んだ後もその【固有兵装】の力を用いて稼働していた。
だが、その在り方は【リヴァイアサン・エコー】に取り込まれた事により書き換えられた。
決戦が始まる前、俺達と対峙した時のジャビットは【リヴァイアサン・エコー】の
当然、その稼働の維持は【リヴァイアサン・エコー】が賄っていた筈であり、その大本が消えた以上ジャビットもまたただの死体に戻る筈だ。
『くく、ヒャハハハハハハハハハ……ッ! 信じられねぇよなぁ、僕が此処にいる事をよぉ』
『……っ!? 喋った……っ!? あいつはもう、自我はないんじゃなかったの……っ!?』
突如、【シュラウド・ラビット】から響いた声に誰もが瞠目する。
その声は、紛れもなく【牝喰い鬼】ジャビット=アンサーペのものだった。
それを証明するかのように表情画面が開き、目をギラつかせたジャビットの顔が映し出される。
「……馬鹿な。有り得ない……」
だが、それは有り得てはいけない事だった。
死後もジャビットの機体が動いていたのは、死の直前にジャビットが機体に命令を刻んでいたからだ。
故にジャビットの機体は彼の
当然、そこにジャビットの自我は既にない。
刻まれた命令に従うまま戦い、唸り声をあげるだけで、明確な自我は最早存在していなかった。
それは【リヴァイアサン・エコー】に取り込まれた後も、同様だった筈だ。
むしろ、【リヴァイアサン・エコー】に取り込まれて以降は機体に刻み込まれた執念さえ消されていたと聞く。
そんな彼が、明確な自我を持って蘇るなど、あってはならない埒外だった。
『ハッ、なぁに眼ぇかっ開いて驚いてやがる。俺はただ、あのババアの隙を突いただけだぜ? 僕を手駒にして喜んでた、あの低俗な女のなぁ』
「…………どういう、事だ……?」
俺の率直な疑問に、ジャビットは含み笑いをしながら答えた。
『テメェ等の知る通り、僕が【固有兵装】で動かしていた
「な……」
思わぬ告白に、俺は絶句する。
自分が見た、怪物の中に捕らわれた幾千幾万の死霊の群れ。
あの中に、ジャビットもまたいたというのだ。
『嘘……っ!? あんな思念の濁流に呑まれたら、自我なんて一瞬で消える筈……っ!?』
『あぁ? 僕を誰だと思ってんだよバーカ。あんな雑魚共の
「おいおい……」
流石に、これは圧巻と言う他ない。
あれだけの思念の嵐に巻き込まれながらも、自我を失わない強烈な自我と精神性。
最早、それは想像の埒外とでも呼ぶべき代物だった。
あの怨嗟の渦を
…………いや、それだけ彼の執念が強烈だったのだろう。
ジャビットは、自身の生存よりも有栖への復讐を優先した。
特殊な【固有兵装】があったとはいえ、死後も機体を動かす程の強烈な念はジャビットの強過ぎる復讐心に由来している。
あの時の憎悪に満ちた彼の咆哮は、未だに俺達の耳に残っている。
今も尚、その視線は
彼の目的は、その視線が雄弁に語っていた。
ジャビットはまだ、有栖を殺す事を諦めていない。
そして今、有栖はもう戦えない。
全身が溶け落ち、身動き一つ取れなくなった有栖は自身を討たんと狙う
更に言えば、いつまでもこの場所に留まっていてはあの【黒い穴】に飲み込まれて全員お陀仏だ。
だと言うのに、ジャビットは微塵も逃げようとする素振りはない。
…………いや、初めから、逃げる気など無いのだろう。
彼の詳細な状態は不明だが、それでもジャビットが
だが、ジャビットはそれを全く悲観していない。
いや、一顧だにすらしていなかった。
此処で有栖を討ち果たせれば、自身がどうなろうと構わない。
彼の眼が、何よりも雄弁にその意志を訴えていた。
『…………クク、説明の手間が省けて助かるぜ。テメェの考えた通り、僕はもう
ジャビットは口元に笑みを浮かべ、続ける。
『意識だけになってた僕はあの化け物が倒れた時、外でぶっ倒れてた自分の機体に乗り移ったのさ。出る時に他の
つまり、とジャビットは告げる。
『僕が動けるのは、【固有兵装】が稼働出来ている間だけ。つまり、その女を殺すまでだ。僕が機体に刻んだ命令を遂行した瞬間、僕の身体は朽ち果てる。身体がなきゃ、あとはもうお陀仏するだけなんだよ』
だが、とジャビットは鋭い目つきで有栖を睨みつけた。
『────僕はただ、その女を殺せればそれでいい。
ジャビットの声に、明確な殺意が宿る。
視覚化した悪意が、彼の機体から溢れ出している。
有栖を、殺す。
ただ、それだけの為に彼は此処にいる。
その為に、通りを捻じ曲げて蘇っている。
否、死した身体を動かしている。
今の彼は、正真正銘の
ただ、己が妄執を果たさんとする、一個の絶対なる自我。
それが、今の彼。
ジャビット=アンサーペの、
『…………僕が悪人なのは百も承知だし、坊やも悪党である事に違いはねぇ。けどな、それでもあいつは僕にとっちゃ亡くしたくない唯一の
なのに、とジャビットはギロリと有栖を睨みつける。
『────坊やは、テメェに殺された。テメェに捕まって、僕に負けて欲しくない一心で、あのクソ研究者共が心臓に仕込んでた爆弾を使って死んだ…………とっくの昔に、取り除いたと思ってたんだけどなぁ』
そう語るジャビットの声は、何処か寂し気だった。
だがそれも一瞬であり、再び彼の眼に明確な憎悪が宿る。
『あいつは、僕に
ジャビットは、毅然とした態度でそう宣告する。
全ては、死した仲間の為に。
彼は心の底から、そう言ってのけたのだ。
その姿は確かに、歪んではいたが。
けれど、眩しくもあった。
彼はあくまで憂さ晴らしの為ではなく、死んだ者の遺志を背負って此処にいる。
それが、彼が復讐に呑まれながらもああも確固たる自我を維持している理由なのかもしれなかった。
『あいつが死んだのは、そこの女に僕が勝つ為だ。だから、そいつを殺すまでは恥ずかしくてあいつのトコになんぞ逝けねぇよ』
だから、とジャビットはその眼に凄絶な殺意を宿す。
『────だから、退け。そいつさえ殺せれば、後の連中は見逃してやる。だが、邪魔するなら容赦しねぇ。全員、皆殺しだ』
────本気の殺意が、滲み出る。
ジャビット=アンサーペという強烈な自我の塊が、殺意の化身となって此処に立っている。
機体はボロボロで、今も尚端から破片が崩れて行っている。
そう遠くない未来、彼の
だが、それでも変わらないものがある。
ジャビットの、意志だ。
彼は死したフェネジールの遺志を背負い、確固たる決意を以て此処にいる。
故に、時間制限など関係ない。
ただ、
その決意に、その在り方に、心が震えた。
…………確かにジャビット=アンサーペはどうしようもない悪人で、救いようのない悪党だ。
奴が双葉を攫った事を、今でも俺は忘れていない。
有栖が助けてくれなければ、双葉は言葉にする事すら憚れる結末を迎えていただろう。
ジャビットの所業を、許す気など微塵もない。
だが、今目の前にいるのは死者の想いを背負った一人の男だ。
過去の所業など関係なく、そこにはただ純然たる事実がある。
その姿を見て、俺が決意した事がある。
────こいつを、倒したい。
そんな欲が、俺の内から溢れ出ていた。
そこには、相手が手負いだから勝てるだとか、ゲンハの力を借りてるから大丈夫だとか、そういう
ただ、勝ちたい。
損得も、後先も、その全てに関係なく、そう思えた。
『…………へえ。そっか、お前────やる気だな』
その意志が、ジャビットにも伝わったのだろう。
有栖だけを見据えていた眼が、明確に俺の事を認識した。
俺の事を、
その視線は、その事を雄弁に語っていた。
────ひひひっ、いいねぇいいねぇ……っ! 女の悲鳴を聞くのは、最高に気持ち良いぜぇ……っ! これだから、女連れの男を嬲り殺すのは止められねぇんだよなぁ……っ! ヒャーハハハハハハハハハハハハッ!────
────くははっ、無駄な抵抗ごくろーさんっと……っ!────
────くく、くくくく、そのザマで僕に歯向かうとか、無様だねぇ、情けないねぇ。雑魚は雑魚らしく、みっともなく命乞いをするべきなんだよぉ。ま、命乞いなんて聞き入れた覚えは一度たりともないけどなぁ────
ジャビットと単独で戦ったのは、三回。
そのいずれも、俺は抵抗すら碌に出来ずにあしらわれた。
眼中にすら、入っていなかった。
ジャビットに、
…………だが、今は違う。
ジャビットは、明確な
奴の所業はいずれも外道の類いだが、それでもこれまで単なる
その事実に、心が踊った。
昂揚している、と言い換えても良い。
これは最早、意地とかそういう次元の話だ。
『大穴』は今も刻一刻と広がっており、此処に留まれば命はないだろう。
だが、奴とは此処で決着を着けなければならない。
有栖を、護る為にも。
そして、俺自身の為にも。
『八木澤隊長、こいつは俺がなんとかします。だから、有栖をお願いします……っ!』
『…………
八木澤は何かを言いたげにしていたが溜め息を吐き、有栖の機体を抱えてその場を後にした。
そして、それを見送った俺は改めてジャビットに向かい合う。
『見ての通り、俺を倒さなきゃ有栖は追えない。さあ、どうする?』
俺のあからさまな挑発に、ジャビットは口元を吊り上げ応える。
『…………ああ、そうみてぇだな。なら、テメェをぶっ殺してあの女を追うだけだ────構えろ、八雲怜二』
『────ああ、決着を着けよう。ジャビット=アンサーペ』
俺とジャビットは、同時に身体を沈み込ませる。
空気が軋み、その場の緊張が最高潮に達する。
そして、【大穴】に飲み込まれたビル型のオブジェクトが激しい音を立てて崩落した。
それが、合図だった。
────最後の戦いが、始まる。