BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
「……ジャビット……」
俺が砂のように崩れ去ったジャビットの機体があった場所に目を向け、静かに溜め息を吐いた。
ジャビット=アンサーペは悪逆非道の盗掘者であり、仮に出生に秘密があり悲惨な過去を背負っていたのだとしても、情状酌量の余地は微塵もない。
たとえどんな過去を背負っていたとしても、悪行を為していたのはジャビット自身の意志だ。
自らの意志で悪逆を働いていた以上、彼は紛れもない【悪党】である事に疑いはない。
…………だが、最期に見せたジャビットの表情は、何処か晴れやかだった。
まるで、憑き物が落ちたような────そんな、顔をしていた。
もしかすると、ジャビット自身心の何処かで自分を終わらせてくれる者を待っていたのかもしれない。
それは言い過ぎにしても、ジャビットにはフェネジール相手に見せた深い
歪で妄執的であったとしても、彼がフェネジールに特別な感情を抱いていた事は明らかだ。
それは仲間としての絆というよりも、母が子に向ける愛情に酷似していた。
他者を徹底的に排し、傷付け、遠ざけて来たジャビットが、フェネジールを相手にするとまるで子を想う母親のような行動に出る。
そのアンバランスさこそが、案外ジャビットの本質なのかもしれなかった。
…………ともあれ、ジャビットはこうして眠りに就いた。
もう、あの男が誰かに害為す事はない。
ジャビット=アンサーペはたった今、此処でその生涯を終えたのだから。
『怜二……っ! 急いで、そこはもう崩れる……っ!』
「……っ! 分かった、今行く……っ!」
感傷は、此処までだ。
焦った声で呼びかける双葉の言葉通り、黒い【穴】は最早構造体の殆どを呑み込んでいた。
今俺がいる場所さえも、遠からず呑まれる事だろう。
最早、一刻の猶予もない。
俺は機体を反転させ、全速力で構造体の出口に向けて走り出した。
『怜二、崩壊のスピードが早まってる……っ! 急いで……っ!』
「分かってる……っ!」
後ろを見なくても、分かる。
黒い【穴】が構造体を呑み込むスピードが、明らかに加速している。
近くのもの全てを取り込み喰らうブラックホールのように、途轍もない引力で構造体のテクスチャを剥がし、飲み込んで行く。
────それはまるで、終末の絵図。
世界の終わりそのもののような、おぞましくも荘厳な光景だった。
無論、それに見惚れているワケにはいかない。
此処に来て、【穴】に呑み込まれて死んだなど笑い話にもならない。
俺はブースターを全力で稼働させ、構造体の出口、鋼鉄のゲートウェイへ急ぐ。
一歩、また一歩、出口へと近付いていく。
瓦礫の山を掻き分け、ただ出口を目指し、進む。
脇目は逸らさず、今にも崩れそうな身体を気合いで稼働させる。
一分一秒たりとも、無駄にする時間はない。
俺は、此処で死ぬワケには行かない。
必ず帰ると、俺は誓った。
此処で俺が死ねば、双葉を、ノインさんを、有栖を、悲しませてしまう。
俺の命はもう、俺だけのものではないのだ。
こんな所で、勝手に死んでいいワケがない。
だから、進む。
日常へと帰還する、唯一の出口へ……!
『……っ!!?? 怜二……っ!!』
「────あ…………っ!」
────あと、一歩だった。
あと一歩で、俺は出口に辿り着く事が出来た。
だが、間に合わなかった。
コンマ一秒、それこそその程度のタイムラグ。
それが、致命。
前に進む為に踏み込んだ地面が崩れ去り、俺は【穴】の引力に囚われ落ちていく。
暗く、深い、闇の底へ。
落ちたが最後、二度と這い上がれない永久の暗闇へ、墜落する。
それで、終わり。
俺の生涯は、そこで────。
『────ハッ! 終わんねぇよ、テメェはよぉ……っ!』
────閉じる筈、だった。
俺はそのゲンハの声を聴いた瞬間、視界が暗転。
此処ではない何処かに、姿を消した。
「…………此処は……?」
気付けば、俺は白い空間にいた。
この空間には、覚えがある。
【リヴァイアサン・エコー】から脱出する、その直前。
ゲンハと共に辿り着いた、俺の精神世界だ。
ならばと、俺は周囲を見回した。
そして、気付く。
想像通り俺の目の前にはゲンハがいて、呆れ顔で俺を見ていた。
「察しの通り、テメェの心ん中────っつうワケじゃねぇ。此処はな、あの【穴】の
「……横道、だって……?」
俺はゲンハの言葉の意味が分からず聞き返すと、ゲンハは舌打ちしつつ答える。
「あの【穴】はな、簡単に言やああのババアの残骸を
だから、とゲンハは続けた。
「機能停止した所を見計らって、あの【
やれやれと、ゲンハは吐き捨てるように言った。
それが真実ならば、俺は橘玲佳がやらかした事の
確かにゲンハの言う通り、毒の一つでも吐かなければやってられない。
どうやら橘玲佳には、
「ま、でもこれで
「……他の、世界……?」
「気にすんな。
ゲンハの物言いに俺は首を傾げるが、ゲンハは乾いた笑いを漏らすばかりで一向に答えを言う気配はない。
どうやらこれは、知らなくても良い類い────というか、知ったらいけない類いの話のようだった。
言うなれば、藪蛇だ。
今更、面倒を背負い込むのは後免被る。
そう判断した俺は、追及を取りやめた。
「……ハッ、それでいいんだよ。テメーはさっさと自分の女のトコ帰って、思う存分盛ってりゃあそれでいいのさ。あの女も、そろそろ身体が疼いてる頃合いだろう? テメェがやれる事はもう終わったんだから、大人しくしっぽりやって来いや」
ゲンハはしっしっ、と犬を追い払うような仕草で俺に「さっさと行け」と促した。
それもそうか、と考え俺は踵を返して歩きだし、気付く。
一向に、ゲンハがそこから動く気配がないのだ。
まるで、俺に
「ゲンハ、お前は……」
「ハッ、察してんなら言うんじゃねえよ。
溜め息を吐きながらそう語るゲンハは、何処か疲れて見えた。
まるでそれは、死期を悟った老人のようで。
けれど、あの時のジャビットと同じく────何処か、晴れやかな顔をしていた。
「…………お前は、それでいいのか……?」
「いいに決まってんだろダァホ。元々、俺様は気持ち良く寝てた所を叩き起こされて迷惑してたんだ。やる事やったんってんなら、もう起きてるつもりはねぇよ。もう二度と、呼んでくれんじゃねぇぞ」
本気、らしかった。
ゲンハの眼には、嘘や誤魔化しの色は見えない。
彼は本気で、此処で俺と別れて────あの世に、戻るつもりだった。
「それに、こっから
「……ゲンハ、お前……」
よく見れば、ゲンハの手足は所々が罅割れ、崩れかけていた。
それは奇しくも、ジャビットの最期の姿に似て────。
────彼が此処までなのだと、嫌でも思い知らされた。
「ハッ、んな顔すんじゃねぇよダァホ。元々、俺はテメェにとっちゃ寄生虫のようなモンだったろうが。それとも何か? 俺様に身体を乗っ取られる危険があっても、俺様の力を自由に使いたかったってか? ああ?」
「……俺は、そんな……」
「バァカ、冗談だよ。ったく、辛気臭ぇ顔しやがって……」
やれやれと、ゲンハは溜め息を吐いた。
俺はそんなゲンハに、何も言えずにいた。
確かに、最初は俺の身体を乗っ取ろうとする得体の知れない輩に過ぎなかった。
けれど今となっては、ゲンハは共に戦い、助力してくれた
情が欠片も沸いていないと言えば、嘘になる。
彼との別れを惜しむ自分がいるのを、ハッキリと自覚した。
それは勿論、ゲンハから借り受けられる力を惜しんで、というワケではない。
俺は、あれだけ協力して貰いながら、ゲンハに
ゲンハは俺の所為であの世から引きずり出され、橘玲佳の痕跡を見つけてしまったが故にこの世界に留まり、俺に力を貸してくれた。
だというのに、俺はゲンハに何も返礼出来ぬまま、別れを迎えようとしている。
それが、どうしようもなく心残りだった。
「ったく、面倒臭ぇ野郎だな。透もそうだったが、真面目ちゃんはこれだからよぉ」
ガリガリと頭をかきながら、ゲンハは半眼で俺を見据えた。
「…………1つ、昔話をしてやるよ。俺の、昔話だ」
「昔話……?」
「ああ、そうさ。俺の生きてた頃の、話だ」
ゲンハはそう告げると、何処か遠くを見ながら口を開いた。
「俺はあのババアに脳みそ弄られた実験体でな、右脳を徹底的に強化されて、良心の呵責を快楽に変換されるように仕込まれた。すると、どうなると思う?」
「それは……」
「────丁度、あのジャビットってガキのように好き勝手暴れ回ったのさ。強姦、殺人なんでもござれ。好きな事を好きなだけやって、俺様は自由に生きたのさ」
ところがだ、とゲンハは顔を顰めた。
「色々あって、俺様はリヴァイアサンに呑み込まれた。一回死んで取り込まれたんだったか、そこらへんはよく覚えちゃいねえが…………ともかく、俺は実体と切り離されてあそこに放り込まれたのさ」
つまりだ、とゲンハは続けた。
「脳が弄られて良心の呵責ってのが消えてた俺は、脳みそと完全に切り離されてそれが蘇っちまった。何百、何千と悪行を繰り返してた俺様が、だ────あれは、地獄だった」
ぶるりと、ゲンハが身体を震わせた。
当時の記憶を、想起したのだろう。
その顔は、何処か恐れすら見え隠れしていた。
「悪行の結果を、まともな脳みそで受け止めちまったのさ。そん時ぁ頭ん中しっちゃかめっちゃかでよ、頭痛だけで死ぬかと思ったぜ。実際、あん時は脳みそを掻きだしたいくれぇだった。生き地獄、ってのはああいうのを言うんだろうなぁ」
けどな、とゲンハは笑みを浮かべた。
「────そんな俺を、終わらせてくれた奴がいんだよ。あのババアに実験台にされてた、昔馴染みの透っつう奴だ」
何処か懐かしそうにその名を口にして、続ける。
「透は狂い死にそうだった俺様を
ふぅ、とゲンハは溜め息を吐き、再び俺を見据えた。
「俺があのババアの始末に拘ったのはな、ある意味じゃ透への
だから、とゲンハは俺の肩をぽん、と叩いた。
「────俺ぁ、これで満足だ。後は気持ち良く、逝かせてくれや」
────それが、別れの言葉だった。
俺はこくりと頷き、振り向かずに足を進める。
視界の先に、光る場所がある。
あそこが、出口なのだろう。
一歩、また一歩とゲンハから遠ざかり────ふと、足を止めた。
「…………ありがとう。
後ろで、ゲンハが笑った気がした。
俺はそのまま歩を進め、光の下へ辿り着く。
そして、光の先へ足を踏み入れる。
思考に靄がかかり、浮遊感が全身を支配する。
「────あばよ、相棒」
浮遊感と共に意識が薄れていく中、ゲンハのそんな声を────聞いた、気がした。
次回最終回、こうご期待