BALDR GENESIS~Revive of Future World~双葉√ 作:デスイーター
「怜二、入るわよ」
「ああ」
俺はドア越しに聞こえる双葉の声に応答し、すぐさまドアが開く。
部屋に入って来たのは双葉と、
「すまないな、有栖。退院に付き添えなくて」
「構わないわ。貴方も病み上がりな上にやる事があったのだし、代わりに双葉が来てくれたしね」
電動の車椅子に乗った有栖はくすりと笑い、そんな彼女を見た双葉が溜め息を吐いた。
「…………全く、本当に感謝してよね。身内がいないアンタの為に、わざわざ病院まで迎えに行ったんだからさ」
「ふふ、分かってるわよ。こんな身体になった以上、貴方達に頼る他ないのだもの。蓄えは充分にあるけど、それでも日常生活で不便な事は多いしね」
なんて事のないように、有栖は告げる。
しかし、有栖が本当の所何を考えているかまでは、分からない。
…………有栖の足はもう、
────あの後、俺が目を覚ましたのは自宅の
眼を開けた途端心配そうに俺を見詰める双葉と目が合い、双葉はわんわんと泣いて俺に抱き着いて来た。
しかし、俺は全身から迸る痛みに悶絶し、それに気付いた双葉が慌ててノインさんを呼びに行ったのである。
ノインさんによれば、どうやら俺の身体は無理な挙動を繰り返した事で、極度の筋肉痛に近い状態になっていたらしい。
恐らく、ゲンハの力を借りて戦った為だろう。
自分自身ではまず行えないような動きをゲンハの力で無理やり何度も繰り返した結果、そのフィードバックで身体が悲鳴をあげていたのだろう。
脳神経にも後遺症が見られており、俺は即座に入院の運びとなった。
そして、戦いの後遺症を負ったのは俺だけではなかった。
有栖もまた、リヴァイアサン・エコーの中心核を貫いた時のダメージにより、
彼女の場合は生身でマグマに突っ込んだに等しいダメージを受けた為、そのフィードバックもより深刻だったのだ。
医師の診察によれば、足の神経自体がイカレている為、神経を治す事は現時点では不可能との事だ。
根気強い治療と長期間のリハビリを乗り越えればなんとか歩ける程度には回復する可能性はあるかもしれないが、それまでには相当な年数がかかる。
足を義体にすれば動く可能性があるとの事だったが、それは有栖が拒否していた。
理由は教えてくれなかったが、彼女なりに自分の身体に愛着があるのかもしれない。
俺としても義体化はお勧め出来る方法ではない為、深くは追及しなかった。
ともあれ、足が動かない以上は探索者を続ける事は不可能だ。
いっその事探索者証を返上するという手もあるが、有栖は割と探索者の立場によって様々な後ろ暗い行いを見逃されていた節がある為、完全な探索者証の返上は悪手だ。
その為、有栖はギルドに無期限の活動停止報告を行い、足が治るまで探索者活動は休止するとの話だった。
ともあれ、有栖はこうした経緯で車椅子での生活を余儀なくされる事となった。
しかし、話によれば有栖に親類縁者はおらず、頼れる知り合いは俺達だけという有り様だった。
幾ら車椅子があるとはいえ、足が動かない以上日常生活を一人で送るのは厳しいものがある。
その為、ノインさんが有栖を家で引き取る事を提案し、有栖がそれを承諾した為彼女は正式にこの家の一員となった。
その事について双葉は渋い顔をしていたが、反対まではしなかった。
俺も双葉も、有栖には大いに助けられた。
恐らく、彼女が協力してくれなければ俺達は生きてはいなかっただろう。
その上、その助力の結果として有栖に大切な足を失わせてしまったのだ。
有栖には、返しきれない程の恩がある。
それを少しでも返せるなら、彼女の同居は願ったり叶ったりだった。
「とにかく、困った事があればなんでも言ってくれ。有栖は俺達の恩人なんだから、出来る限りの事はさせて貰うぞ」
「感謝するわ。じゃあ、遠慮なくお世話になるわね」
有栖は俺の言葉に笑顔で頷くと、何かを思い付いたのか唇を吊り上げた。
「…………ふふ、それじゃあお風呂の時は怜二に洗って貰おうかしら? なんなら、ついでに私の身体を使ってもいいわよ?」
ニヤリと、チャシャ猫のような笑みを浮かべた有栖は艶やかな声でそう告げる。
その声に含まれた色香に思わずドキリとしてしまい、我知らず顔が赤くなる。
そして当然、そんな真似を看過する双葉ではない。
「ちょっと……っ!? こっちが下手に出てれば調子に乗って……っ! そんなふざけた事を言ってるようなら、こっから叩き出すわよ……っ!?」
「あらあら、私は貴方達の
「ぐっ……!? ぐぬぬ……っ!」
反射的に有栖に噛み付いた双葉だが、相手が悪い。
的確にこちらの弱みを突く形で言い返して来た有栖に、双葉は言葉を詰まらせる。
その様子を好機と見たのか、有栖が更に叩きかける。
「それに、将来的に貴方が妊娠した時、怜二のお相手が一時的に出来なくなってしまうでしょう? その間怜二を我慢させるのも可哀そうだし、性欲処理の相手を他で見繕うよりは面倒がないのではないかしら?」
「に、妊娠ってアンタ……っ!?」
有栖の言葉から想像してしまったのか、双葉の顔が見る見る赤くなっていく。
そういった行為を繰り返していても、あくまでそれは双葉にとっては俺との繋がりを確かめる為の行為という位置付けが強い。
その行為の
まあ勿論、出来たら出来たら当然責任は取る心づもりではいるのだが。
俺としては無論の事そのつもりでいるし、間違っても「堕ろせ」などと言うつもりはない。
自分の行動の責任くらい、取って然るべきだろう。
…………まあ、慌てふためく双葉の様子が可愛らしい為、敢えて助け船は出していないのだが。
「ふふ、ごめんなさい。あまりにも貴方が愛らしいものだから、ついついからかってしまったわ。気を悪くしたのなら謝るわ。ごめんなさい」
「……っ!? ふ、ふん……っ! 悪いと思うんだったら、最初からやらないでよね……っ!」
有栖の謝罪の言葉に双葉はそっぽを向き、大きく溜め息を吐いた。
その様子を見て満足したのか、有栖は電動車椅子を操作して踵を返した。
「それじゃあ、これからよろしくね。色々迷惑をかけると思うけれど、私に出来る事があれば手伝うわ。それこそなんでも、ね」
その言葉を最後に、有栖は部屋から立ち去った。
後に残された双葉は俺の方を見て、潤んだ瞳を向けて来る。
「…………怜二、その……」
「分かってる。有栖だって、別に本気じゃないだろうさ。お前をからかっただけだよ、あいつは」
半ば本気ではあったが、という言葉は呑み込んで置いた。
有栖は俺に一定以上の好意を抱いている上、どうにも極端な性質がある為、俺が求めれば断らないだろうという確信はあった。
だがだからといって、それに安直に乗ってしまうワケにはいかない。
双葉はただでさえ有栖の常人離れした美貌にコンプレックスを持っているのだから、それを助長する真似などするべきではないからだ。
…………まあ、有栖の色香に揺れかけたのは事実ではあるのだが。
こればかりは、男の性である。
彼女のような絶世の美少女に慕われて、悪い気がする男などいる筈がない。
たとえその性格に様々な問題を抱えていたとしても、有栖の美貌はそれを塗り潰す程に凶悪だ。
もしも双葉とこういう関係になっていなかったなら、有栖に靡いてしまった可能性は大いに有り得ただろう。
だが、俺は双葉を恋人として選んだ。
ならば、相応の取るべき態度というものがある。
この件に関しては、俺は誠実に対応するつもりであった。
…………数々の戦いを通して、やっと掴み取った日常なのだ。
確かに【未踏領域】への探索は最早絶望的だし、【遺跡】やゲンハの一件で発覚した俺にまつわる
けれど、俺には双葉がいる。
双葉との日常を捨ててまで、その謎を追い求める事は────今の俺には、出来なかった。
臆病者、と謗られても仕方は無い。
けれど、俺はこれで良いと思っている。
大切な少女との日常をこそ、俺は優先したい。
それが、あの戦いを経て至った、今の俺の結論だった。
「────俺は、お前を愛してる。陳腐な言葉かもしれないが、信じてくれるか?」
「うん……っ! ずっと、ずっと一緒だからね、怜二……っ!」
双葉が、感極まった様子で抱き着いて来る。
俺はそれを受け止め、双葉の柔らかな身体を抱き留める。
そして俺達は、唇を重ねた。
────こうして、俺達の戦いは終わった。
謎は解明されず、残された問題も多い。
けれど、俺達は生きている。
なら、それだけでいい。
今の幸せを噛み締められるのなら、それだけでいい。
それが、俺の結論。
双葉と共に掴み取った、
────【管理塔】直下、【バルドル・デブリ】中枢。
「ふ、ふふ、あははははははははははははははははは……っ! 遂に、遂に辿り着いたわ……っ! 後は【バルドル】を手に入れれば、私の勝ちよ……っ!」
ゆらりと揺れる身体を引きずりながらその広間に現れたのは、誰あろう橘玲佳だった。
腕は片方が存在せず、その肉体も徐々に塵になって崩れ落ちている。
今にも消えてしまいそうな儚い存在感でしかないが、確かに彼女はそこにいた。
彼女は有栖に【リヴァイアサン・エコー】が破壊される直前に自分のデータの一部を切り離し、密かに脱出させていたのだ。
言うなれば、今の玲佳は本体の
当然、その稼働時間は短く、無理をすれば一瞬で崩れ去るだろう。
だが、彼女はそれで構わなかった。
今の彼女の目的は、【バルドル】を掌握し自身の理想世界を創り上げる事。
目的を果たせるならば、自分自身が消滅した所で支障はない。
今の彼女は、本気でそう考えていた。
「さあ、【バルドル】……っ! 私を受け入れなさい……っ! そして、私は────っ!」
玲佳は狂笑をあげながら、一歩一歩【バルドル・デブリ】に近付いていく。
その手が【バルドル・デブリ】に触れようと伸ばされ、そして────。
「────残念だけど。それは貴方が触れていいものではないのよ」
「がっ……!? ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……っ!?」
────その腕が、闇の奥から飛来した触手のようなアームによって斬り落とされた。
腕を失い、玲佳は痛みのあまり絶叫をあげ床を転げまわる。
そしてそんな玲佳の下に、一人の少女がヒールの音を響かせ現れる。
目深に被ったシルクハットに、キャミソールのような露出度の高い衣装。
それは間違いなく、怜二に【帽子屋】と名乗った少女。
その顔に、怜二に向けたような胡散臭い笑みは無い。
ただ、凍り付くような冷たい視線で悶え苦しむ玲佳を見下ろしていた。
「…………全く、余計な事をしてくれた。まさかこんな女が【
玲佳を見下ろしながら忌々し気に吐き捨て、少女は右腕を振り上げた。
「────貴方の存在は、どの世界にも必要ない。虚無の向こうで、その罪科を悔いなさい」
────そして、少女の右腕が振り下ろされる。
それと同時に玲佳の身体に無数の触手が殺到し、肉の一片に至るまでその身体を喰らい尽くした。
玲佳は悲鳴をあげる間もなく息絶え、その痕跡すら一瞬後には消滅する。
触手が消えた後には、玲佳のいた場所には何も残っていなかった。
塵一つすら、残さず。
「…………これで、一つ目の【
少女は舌打ちし、後ろを振り向き【バルドル・デブリ】を見上げる。
巨大な円柱を見上げる少女の瞳には、熱っぽい恍惚とした情が燃え盛っていた。
「嗚呼、ごめんなさい■■■■■■■……ッ!
────同刻、水晶に囲まれた場所で、一人の女性が口を開く。
「────次の世界でも、挑む。今度こそ、本当の未来を掴み取る為に」
【帽子屋】が、告げる。
「────今度こそ、貴方を目覚めさせる為に……っ!」
水晶宮の女性が、告げる。
「────1度で済まないなら、幾度でも」
語る、その決意を。
「────何度繰り返す事になっても、必ず」
語る、その執念を。
「────この世界を、導く為に」
まるで会話をしているように、けれど違う場所で。
「────この世界を、あるべき姿に変える為に」
決意と、妄執。その二つが、鏡合わせのように燃え盛る。
「────次の世界を、始めましょう」
その瞳に映るは、確固たる決意。
「────次の世界へ、向かいましょう」
その瞳に映るは、純粋にして歪なる妄執。
『『────
────そして、【世界】は切り替わる。
一つの世界を経て、また新たな世界へと。