2056年 4月2日 1716時 ドバイ
呉明と79式は狭い通りの先にある交差点の様子を双眼鏡で確認した。隊列の後方ではAUGとWA2000が銃を構えて警戒している。
先ほど、自分たちを攻撃してきた連中を振り切ることはできたが、油断は禁物だ。おまけに、件の交差点にリッパーとマンティコア、ガードが集まってきた。そこを通るのは自殺行為だ。
歩兵戦闘車を失ってしまったのはかなりの痛手だ。その中に入れておいた、リモコン信管とC4プラスチック爆薬、弾薬、RPG7を持ち出すことができたのは不幸中の幸いと言えよう。
「指揮官、これからどうします?真っすぐ目標に行けそうですか?」
SAT8が呉の後ろから話しかけた。彼女はRPG7のランチャーと対戦車弾頭が入ったザックを背負っている。
「無理みたいね。この先に敵がうろうろしているから迂回していかないと、袋叩きにされちゃうわ」
呉は腕時計を確認した。日の入り時刻まであと1時間少々。暗視装置は人数分用意してあるし、故障に備えて予備もある。バッテリーも多めに用意しておいた。
アルマータT-15歩兵戦闘車が破壊されてしまったのは大きな痛手だ。だが、あれ1台だけでは救出すべき友人たちを全員乗せるのは不可能だ。
銃声と爆発音が聞こえてきた。まだ軍は交戦中なのだろうか。通りには破壊され、放置された車、撃ち殺された市民や兵士の死体がそこら中に転がっている。グリフィンに来たばかりの頃の呉であれば、かなり動揺していただろう。だが、彼女は銃弾で穴だらけになった、7歳くらいの男の子の遺体を、まるでどうってことは無いというような様子で一瞥した。
「AUG、地図を確認して、ルートをまた考えなおしましょう。遠回りでも構わないわ。それと、他にグリフィンの部隊が活動しているかどうか、本部に連絡を取ってくれるかした?このままだと、うちに帰ることもできなくなってしまうわ」
2056年 4月2日 1720時 ドバイ ドバイ国際空港
滑走路にエアバスA350-1000旅客機が着陸した。更に、その直後、その隣の平行滑走路にボーイング767-300F貨物機も着陸する。
2機の飛行機はゆっくりと広いエプロンに向かってタキシングを始めた。エプロンには、トラックや装甲車が駐車し、更にはMi-24V、Mi-8、NH-90といった軍用ヘリも置かれている。
A350が駐機場で停止すると、即座に自走式タラップがドアに2つ、かけられた。ドアが開くと、中から1人の青年と武器を持った少女たちがぞろぞろと降りてきた。
スコット・ブレナンは周囲を見回した。機長にいきなり目的地の変更を告げられてから3時間が経っている。ブレナンたちはオーストラリアから出発し、インドを経由して東欧での任務に向かう途中だった。ところが、機内でヘリアンから連絡があり、ドバイで作戦中の部隊が窮地に陥ったため、救出に向かうよう新たに命令を受けたのだった。
「指揮官、どうしてこんなところに行くことになったんですか?」
ブレナンの後ろからついてきている、大きな対物ライフルを持った小柄な少女が話しかけてきた。
「さあな。だけどな、M200。こういう時って、だいたい、面倒事になっているだろ?」
「指揮官が言ったら、冗談に聞こえないんですが」
ブレナンは薄い灰色トレーナーの上から緑色のジャケットを羽織り、ジーンズとスニーカー、野球帽、サングラス、やや大きめのウェストポーチという軽装だ。そのポーチの中には、9mm弾がしっかり15発装填された、シグザウエルP226拳銃と予備弾倉が入っているのだが。
まずは、戦闘用の装備を調達しなければならない。ブレナンはつい2年前までは、銃器とは全くと言って良いほど無縁な生活をしていた。故郷のオーストラリアは銃規制が厳しく、民間人はおいそれと所持できるものではない。
だが、ブレナンがグリフィンにやって来てから、その生活は一辺した。常に銃と火薬に囲まれた、血生臭い環境が当たり前となった。ブレナンはあっという間に、その環境に適応した。
ブレナンは周囲を見回し、やがて探している人物を見つけた。そいつは相変わらず大きなタブレットPCを操作しながらうろついている。
「おい!カリーナ!」
カリーナがブレナンの方を見るなり、すぐに指示を出し始めた。
「ブレナンさん!あなたたちの装備はD-5倉庫の中にある、A1-10の棚に置いてあります!足りないものがあったら言ってください!準備が整ったら、N棟5号室で指示があるまで待機してください!以上です!」
「ちょっと待て!一体・・・・・・」
ブレナンがカリーナに抗議しようとしたが、カリーナの姿はいつの間にかその場から消えていた。
突如としてヘリの爆音が聞こえてきた。音がする方を向いたブレナンは、機体の所々に銃弾の痕が刻まれたCH-53Kキングスタリオン大型輸送ヘリが猛烈なダウンウォッシュとともにヘリポートに着陸する。ヘリの後部ランプが下がると、一人の男が少女を背負い、降りてきた。
「おい!技術班!早く来てくれ!イングラムがやられて再起不能になった!早く新しい素体を用意して、メンタルを再インストールしてやってくれ!」
今の部隊の状況を見ただけで、ブレナンは今、ここがどういう事態に巻き込まれているのかを理解できた。先月、自分が巻き込まれたルーマニアでの状況とよく似ている。鉄血が勢いを増し、現地の軍や警察がどんどん撃破されていき、最終的にはルーマニア臨時政府は国土全体のうち、東部の一部を放棄せざるを得ない状態になったのだ。その結果、ルーマニアは国土の約30パーセントを鉄血に明け渡してしまう結果となっていた。
ふと、ブレナンは撤収中のヘリに乗っていたときに聞いていた最後の通信の内容を思い出していた。それは確か・・・・・・・。
「指揮官」
隣にいたMDRの声でブレナンは我にかえった。
「ん、ああ。すまない」
「全く、これから戦いになるというに。一昨日の真夜中にAR70と"仲良く"していたことでも思い出していたのか?」
「おいおい」
「二人であんなことやそんなことやっていたの、全部筒抜けだったからな」
ブレナンは嘆息した。だが、仲間たちに隠し事をするのは不可能だということはわかりきったことである。
「指揮官様、D-5倉庫のA1-10の棚ですよ。わかっていますか?」JS9が念を押すように話しかける。
「ああ。大丈夫だ」
2056年 4月2日 1748時 ドバイ ドバイ国際空港
スコット・ブレナンと戦術人形たちは出撃の準備を整えていた。ブレナンはメインウェポンにはグレネードランチャーを取り付けたFN-SCAR-Lと、サイドアームとしてHKのSFP-9を選び、M26破砕手榴弾、M84フラッシュバン、M18発煙手榴弾に加え、40mmのHE榴弾を用意した。
「指揮官様、これはどうしますか?」
MP5が差し出した物体は、4つの細い脚が着いた、やや湾曲した弁当箱のような物体だ。その凸面になった部分には"FRONT TOWARD ENEMY"という刻印がある。
「バッグに入れろ。C4にセムテックス、リモコン信管とタイマーも忘れるな。暗視ゴーグルと予備のバッテリー、無人機の管制アプリを入れたタブレットも持っていく。発煙筒に赤外線ストロボ、食糧に浄水剤もだ」
ブレナンは狭い通路を大股で歩き、ボルトカッターとスレッジハンマーを手に取った。その隣に置かれていた、巨大なチェーンソーも持っていこうかと思案して、その場に立つ。
「指揮官、そんなのまで持っていく気?無茶しない方がいいんじゃない?」
後ろにいたP7が言った。彼女は既に装備にまみれ、無骨な姿になっていた。
「指揮官、もう時間が無いみたいですよ。さっきから、偉い人がまだ準備できないのかと、すれ違う度に言うんですから」
RPDが後ろに立っていた。彼女は上下迷彩服姿で、防弾チョッキを着て、PASGTヘルメットを被っている。隣にいるステンとSG510も同じ格好だ。
「くそったれが」
ブレナンはコンバットナイフや銃剣を何本か掴み、ザックの中に無造作に入れる。そして、中身をざっと確認してからジッパーを閉め、それを背負った。仕方がない。途中、何か必要なものがあれば、無人機で運んで貰うしかない。勿論、その無人機が撃墜されたりしなければの話だが。