2056年 4月2日 1806時 ドバイ
夕日が戦闘でボロボロになった高層ビルを照らし始める。そんな中でも、礼拝の時間を知らせるアッザーンの放送が聞こえてきた。
SV98とファルコン、QBU-88はスコープで注意深く周囲の状況を確認した。100mも離れていない通りを、マンティコアが隊列を成して通り過ぎて行った。
「これはまずいですね。無暗に外に出るのは危険ですよ」
「確かに。アパッチ攻撃ヘリが欲しくなる状況だね」
SV98とファルコンが言葉を交わす。しかし、QBU-88はそんな二人を後目に、反対側の通りを確認し、状況を無線機で知らせていた。
「指揮官、ガードとイェーガーの大群が動き回っているよ。このままじゃまずいかも」
『気づかれた様子はある?』
「ううん。西の通りに向かって行った。でも、今のと違う連中が回りをうろうろし始めたよ。それに、数も増えてる」
『わかった。何かあったら知らせて。以上』
やがて、後ろの扉が開く。ファルコンが振り向くと、スプリングフィールドとM14がやってきた。
「交代の時間だよ。様子はどう?」M14がファルコンに話しかけた。
「ダメだね。その辺は敵だらけで、出て行ったらあっという間に袋叩きにされちゃうよ。それに、ヘリに乗っていた人たちはもう助けるのは無理かも・・・・・」
「皆さん!隠れて!」
スプリングフィールドの一声に、その場にいた狙撃手たちが建物の中に引っ込んだ。直後、スカウトが何機か、編隊を組みながら通り過ぎていく。
「ここも安全じゃないかもね。もし、一斉に敵が襲撃してきたらおしまいだよ」QBU-88が僅かに開いたドアの隙間からスコープ越しに周囲を見渡した。
「このままでは埒があかないけど、仕方ないか。スカウトが辺りを飛び回っているのを、指揮官に報告しないと・・・・・」M14はそう言って、階段に歩みを進めた。
2056年 4月2日 1813時 ドバイ
先ほどまでソファーに座ったままこっくりこっくりしていた五十嵐は、抱えていたSCAR-Lが落ちる音で目を覚ました。果たしてどれだけ眠っていただろうか。部屋は薄暗く、発光する腕時計の文字盤でようやく時刻を確認することができた。
「あら、起きたの?」
声がする方を見ると、416がまるでマネキンのようにまっすぐ立っている。
「何してるんだ?」
「見ての通り、ボディーガードよ」
「・・・・状況は?」
「進展無しね。相変わらず、敵のジャミングでネット回線も、衛星通信も、無線もダメ」
「ECCMは?」
「あんな小型のものじゃ無理よ。奴らの出力の方がずっと上だわ」
敵に囲まれ、味方との通信は遮断され、補給線は絶たれている。完全に"詰んだ"状況だ。
「敵の動きは?」
「相変わらず、この辺りを巡回している分隊がいて、所々に道路を封鎖している奴らがいるだけ。こっちを攻撃する素振りはみせないわ」
「わかった。みんなはどうしている?」
「交代で見張りに立ってる。指揮はM4に任せている」
「それじゃ、交代の時間だな」
五十嵐はボディアーマーとタクティカルベスト、ヘルメット、度が入ったアイウェアを身に付け、SCAR-LとSFP-9の状態を確かめた。そして、タクティカルベストの左側に吊り下げられている大きめのポーチに暗視ゴーグルが入っていることを確認する。全ての装備は問題無く使えそうだ。
2056年 4月2日 1822時 ドバイ
五十嵐と416は、先ほどまで通信機が載った机の前にある椅子に座っていたクリモヴァとP22と、持ち場を交代した。
「もしかしたら故障した可能性もあると思ったので、中身も調べてみたのですが、やはり問題は外からの妨害電波のようです」
そう言ったのはTMPだ。彼女は、いつも持ち歩いている道具箱を開けた状態で机の上に置いていた。周囲には、ラジオペンチやドライバー、ピンセットなどが見える。
「電波の発信源を見つけて、そこを潰す以外に方法は無し。だけど、そんなことをしていたら、こっちがやられるわよ」UMP45は無線機を軽く右手の人差し指でつついて言う。
「TMPさん、敵の妨害電波を破れるほど無線機の出力を上げることはできますか?」G36が訊く。
「厳しいですね。まず、そのための部品が必要です。倉庫を漁ってみましたが、改造用の部品は置いていません。他に高性能な部隊用無線機はあると思ったのですが、そんなものは無かったです」
「ハマーの無線機は?」五十嵐がTMPに訊いた。
「もう試しました。そっちは故障して、使い物にならないどころか、一部の部品は劣化してしまっていて、部品取りにも使えません。相当長い間、メンテされずに放置されていたようです」
「わかった。それじゃ、無線機は後回しにしないとな。電源は?」
「ガソリン式の発電機は動くわ。それに、この辺りにはまだ外から電力が来ている。敵から切断されたりしない限りは、それを使いましょう」
FALの言葉に五十嵐は頷いた。ここからは、限られたリソースを節約しながら使って脱出手段を探らねばならない。
「徒歩で突破できそうなところはあるか?」
「無理だな。さっき、ROと周りを偵察してみたが、そこらじゅうに敵がうようよしている。見つからないように立ち回るのがやっとさ」M16が言う。
グリフィンの若い新米指揮官は両手を頭の上に乗せて、椅子の背もたれに背中を預けた。完全に"詰み"の状態だ。できることと言ったら、弾薬、食糧、飲み水、燃料、全ての資源を極限まで節約しつつ、救助を待つ他無い。勿論、それは、自分たちを救助するために、グリフィンの支部でヘリアンが色々と動いてくれていればの話になってくるのだが・・・・・・・。
2056年 4月2日 1832時 ドバイ
スコット・ブレナンとAR70、ステンMk2、StG44は広い通りに出るのを避け、できるだけ狭い裏道を進んだ。ブレナンと仲間の人形たちは、BDUと防弾ベストを着て、更には黒い目出し棒、PASGTヘルメット、四眼のGPMVG-18暗視ゴーグル、大きなザックという異様な出で立ちだ。
JS-9が右手を上げ、ブレナンと先頭を入れ替わった。K31とM200が狙撃用スコープで遠くの様子を確認する。
街中は死体だらけだった。交戦中に殺された兵士たち、赤ん坊を抱いた若い女性、老人、その他、様々な年代の人々の死体がそこらじゅうに転がっている。
ブレナンにとっては、もはや、見慣れた光景だ。大きく裂けた人間の腹からこぼれ落ち、転がった腎臓の干物を見ても、どうってことは無い。
部隊は広い通りに出た。地図を確認すると、ターゲットまではまだ遠い。かなりの距離を歩く必要がありそうだ。
M200とK31が、すかさず銃に取り付けられたスコープで建物の屋上を見た。敵の姿は無い。
K31が合図をし、まずはJS-9とStG44が走りながら次の目標であるビルの近くまで駆け足で向かう。続いて、M1911とStG510も仲間の近くへ向かう。
ブレナンは4番目に移動をした。周囲をステンとAR70、RPDが囲み、護衛する。部隊は狙撃されること無く、無事、通りを渡り切った。
「変だな。奴ら、どこに行ったんだ?ダイナゲート一匹見ないぞ」
ブレナンは周囲をきょろきょろと見回しながら言った。
「もう撤収したとかは・・・・・・」
MP5がそこまで言ったとき、遠くから微かにフルオートで断続的に放たれる自動火器の音が聞こえてきた。
「無さそうですね」とステン。
「軍とドンパチやっているのか?」
「あら?でも、活動している軍の部隊なんて見かけましたっけ?」StG44がもっともなことを言う。
「全滅した軍の部隊ならいたけどねー。みんな蜂の巣になってたやつ」P7はまるで、そんな部隊が全く役に立たなかったではないか、と言わんばかりの口調で言う。
「あれは軍じゃない。警察の特殊部隊だ」
「どっちでもいいじゃん。それで指揮官、これからどうするの?」
「下手に動くのはまずいな。こいつを使おう」
ブレナンはタブレット端末と小さなクアッドコプター型のUAVをザックから取り出してそう言うP7に見せた。端末を操作すると無人機の4つのローターが回り、あっという間にオレンジ色の空の向こうへと飛んで行った。
ブレナンは、この辺りを飛んでいるはずである滞空型無人機とも端末を接続しようとした。だが、ジャミングのせいなのか、データリンクが安定しない。
「指揮官様!あれは!」
ステンの声にブレナンは顔を上げた。すると、地対空ミサイルが2発、煙の尾を引きながらあっという間に遥か上空へと消えて行くところを見た。
「クソッ!」
ブレナンはすぐに、何が起きているのかわかった。鉄血が高高度迎撃用地対空ミサイルを、グリフィンの滞空型無人機に向けて発射したのだ。案の定、程なくしてタブレット端末に『Link Off Line』という文字が表示される。
仕方がない。今しがた飛ばした無人機だけで、なんとか状況を偵察するしかない。ブレナンが端末の表示を小型UAV用の管制アプリに切り替えた。
今のところは、小さな無人機はプログラムに従って市内を飛行している。タブレット端末は、人っ子一人どころか、野良猫一匹いない、戦闘でボロボロになった市街地の様子を写し出していた。